簡単には、いかない
「声が小さいよー」
「わ、私は! きつね様の下僕、グランディール王国巫女セシル・ディミエッタです!!」
「もっと自分を卑下してー」
「くぅぅぅうぅ……! わ、私は愚かな行いをし、きつね様に残酷な仕打ちをしたにも拘らず、都合が悪くなると助けを求める卑しい女です……ぅぅ……!!」
「はいもういっかーい」
「うぇぇぇん! もう許して下さいぃぃ……!!」
はい、ということで現在ルークスハイド王国城下町を歩きまわっている所である。
ただし、紅白豚合戦優勝者の巫女セシルの首には、何の効果も無いただの首輪が付いており、そこから伸びる鎖が僕の手に握られていた。彼女は四つん這いで犬の様に歩きまわり、わんと鳴く代わりに自分のことをとことんまで貶めていた。まぁ僕がやらせているんだけどね。
結局、あの後彼女は僕に深々と土下座をして、丁寧な言葉遣いで僕に助けを懇願した。その姿を見て、僕はなんとなく察する。あ、こいつ頭の中では土下座程度どうということはないと思ってるな、と。
だから最初に転がりこんで来た時、自分で言っていたことを実践して貰った。国民全員の前で痴態を晒すというアレを。まぁこの国には色々とお世話になっているから、エロい方面で痴態を晒されると迷惑が掛かる。
なので、こういう風にとことんまで自分を貶めて貰うことにした。これで二度と彼女はこの国には顔を出せないだろう。
まぁ、かれこれ数十分位これをやり続けてるから、四つん這いで歩く彼女の手は土塗れでボロボロだし、声もさっきからなんとなく声が嗄れて来ている気もするし、巫女服は気崩れ、ちらりと見える素肌には大量の汗が伝っている。流石にもう限界かな? 大分歩き回ったし、そろそろ飽きて来たし、止めようかな。
「じゃああと1時間ね」
「鬼! 悪魔! この鬼畜死神ぃぃ!! ふぇぇぇぇえええん……!!」
後少し経ったらね。
僕は四つん這いで歩く巫女セシルのお尻を蹴飛ばしながら、ほくほく顔で散歩を再開した。とても晴れやかな気分だ。
◇
「うぅ……もうお嫁にいけません……」
「大丈夫大丈夫、そうなったらほら、養豚場に行けばいくらでも相手いるよ?」
「豚しかいないじゃないですか!!」
「十分じゃないか。何だい、知能がいるの? ならゴブリンキングでも見繕ってあげるけど?」
「そっち系しか候補いないんですか!?」
何を言う、君もそういう種族じゃないか。
セシル・ディミエッタ:哺乳綱鯨偶蹄目イノシシ科で、猪を家畜化した豚から稀に生まれる雌豚。紅白豚合戦で優勝した経歴もあり、高望みして自滅する程度の知能を持った劣等種。うん、やっぱり合ってるね、僕の記憶力も中々馬鹿に出来ない。
にしてもゴブリンキングとは自分で言っておいて懐かしい名前が出て来たな。そう言ってみれば、確かんこの女の伴侶としては最適な相手だ。ここまでばっちり合いそうな2人は見たことがないよ。
なのにこの女は何をヒステリックにキーキーと喚いているんだ。モチベーションが下がるじゃないか。ただでさえ低いのに。
「ねぇ、きつねさん。これからその『出入り口』って迷宮に行くの?」
「ん、そうだよ。面倒臭いけど、今代勇者の凪君をさくっと助ける」
ふと、フィニアちゃんが問いかけて来たので、それに答える。まぁまだ宿も取っていなかったし、武器も手入れ自体はしてあるからいつでも戦える。アイリスちゃんが『魔法袋』はくれるって言ってくれたから、食糧も十分だ。
「ふーん……それって私達に何か得があるの?」
すると、そこへレイラちゃんが口を挟む。彼女はじとーっとした瞳で巫女を見たあと、僕の方へとその視線を移す。赤い瞳に見られて、巫女は少しむっとしていたけれど、無視して答えた。
「まぁ今は元々勇者に会うのが目的で動いていたし、勇者に恩を売っておけばそれなりに今後優遇されることも出てくる筈だ。その辺はコレにちゃんと約束として守らせるから、安心していいよ」
「指差さないでください」
「蹄で叩かないでください」
「蹄じゃないです! 手ですよ!!」
うるさい子だなぁ……凪君も良くこんなのと一緒にいれるよね、ぶっちゃけ面倒臭くない? 正直あまり一緒にいたくはない子だよね。
あー、あとで手洗わないと……ばい菌が付いてたら危ないしね。
「なぁきつね、それは良いが……フィニア達の件はどうするつもりなんだ?」
すると、リーシェちゃんが僕にしか聞こえない声でそう問いかけてきた。今までは少し慌ただしかったから仕方なかったのかもしれないね。移動をして余裕のある今、それを聞いておきたかったんだろう。
「……正直、あの『聖母』って名乗ったマリアさんの所在が分からないとどうしようもないんだよね」
「海辺で現れた女か……きつねのスキルで戻せたりはしないのか?」
「うーん、精神に干渉出来ないスキルだからね……残念だけど」
「そうか……」
「多分、レイラちゃん達の中に記憶自体はあるんだと思う。だから、彼女達が自力で記憶を取り戻すことも多分出来る筈なんだ……ただし、それには記憶を呼び醒ます為の刺激が必要だろうけどね」
そうか、分かった。リーシェちゃんはそう言って僕から一歩離れた。内緒話はお終いだ。
◇ ◇ ◇
色々と会話を繰り広げつつ、ルークスハイド王国を出て、馬車にて迷宮へと向かうことになった僕達。
御者は案内役ということでセシルが務めている。豚が馬の扱いなんて出来るのかなぁ、なんて超失礼なこと考えながらも、僕は荷台に乗っていた。
そういえば僕が正式に迷宮に挑むのはこれが初めてか。幽霊屋敷の時は迷宮って感じではなかったしね。
周囲を瘴気の空間把握で警戒しつつ、近寄ってきた魔獣達は全て瘴気へと変換する。近くに迷宮があるとは言われたものの、具体的にはどれくらいの場所にあるんだろう? そもそも迷宮初挑戦だから色々と知識が足りないんだよねぇ……まぁ神奈ちゃんがいるからどうとでもなるだろうけど。
「とりあえず、今の内に作戦を練っておこうか」
僕は同じく荷台に乗っている皆に対して、そう言った。そもそもルルちゃんは今戦闘を行える精神状態にない。剣を持つことにすら怯えているのだ、迷宮に連れていくこと自体、あまり良い事ではない。
だから、この迷宮攻略は踏破が目的ではない。
「まず最初に、迷宮へは勇者を救出、というか連れ戻す為に入る。だから、勇者を回収したらすぐに脱出するってことを念頭に置いておこうか」
「その勇者捜索の方法はどうするの?」
「そこは僕の瘴気を使う。レイラちゃんも分かってるだろうけど、この瘴気は散布すればした場所の空間把握が出来る。これを迷宮全域に展開して、勇者を探す」
「ふーん……」
レイラちゃんの問いに返すと、なんとなく納得したようで頷いていた。レイラちゃんは一緒に旅し出した初めの方から、この瘴気の空間把握を使いこなしていたから、ちゃんと僕の言ったことの理解も出来ていると思う。つくづく便利な力だからね、コレは。
「で、迷宮内ではきっと戦闘もある。その際どれだけの規模でどんな環境下での戦闘になるかは予想出来ない。だから、現時点で比較的に連携が取れる僕とリーシェちゃん、神奈ちゃんを中心に戦闘を行っていこうと思う。フィニアちゃんやレイラちゃんは援護しつつ、ルルちゃんを護って欲しい……巫女はまぁ、ある程度なら自分でなんとかするでしょ」
「分かった」
「まぁ、大抵は僕の瘴気で事足りると思うから、それほど心配しなくても良いよ」
リーシェちゃんの返事を、全員の総意と取って、僕は苦笑する。Aランク最大の迷宮にして、Bランク以上の魔獣ばかりが出てくる迷宮……そんなのは大した場所じゃない。僕達パーティはそもそもSランクの化け物達に幾度となく襲われて生き抜いて来ているのだから、今更その程度どうということはないんだよね。
まぁ、そんなに簡単に行かないのが僕の運命力だから―――警戒はしておくけどね。
万全を敷いておいて悪い事は無い。元々、勇者自体僕の敵になる可能性が高いんだ……最悪、凪君と戦うことになるのも考えておかないといけない。どうやら彼は単騎でAランク迷宮を踏破出来るだけの実力を手に入れている様だし……まず間違いなくSランクの実力となっている筈だ。
戦うことになったら……やはり厄介だ。あのスキル封じは僕の実力を半減させると言っても過言ではない。まだ分からないけれど、もしも固有スキルまで無効化出来るようになっていたら――
「キツイかなぁ……」
―――最悪、彼を殺してしまう可能性も考慮しておこうか。
「着きましたよ」
そんな巫女の声が聞こえた。馬車が止まる。
「…………さて、それじゃ行こうか。勇者を救いに」
荷台から降りると、そこには湿原が広がっていた。じとっとした空気と、湿った地面……そして広がった空間の中央にぽつんと存在する底無し沼の様な大穴。アレが迷宮の入り口にして、Aランク最大最高難度の迷宮。
Sランク迷宮の登竜門―――『出入り口』
◇ ◇ ◇
―――あれれれれれれれ? 人間さんだー?
そんな声が聞こえて、桔音達は勢いよく振り向いた。瞬間、馬車が馬と共に爆散し、真っ赤な馬の血が湿原の地面を赤く染め上げた。
一瞬の出来事に、桔音達は警戒を高める。周囲に、何かの気配はなく、何者の姿も見えない。しかし、確かに誰かの声がした。幼い子供の様な、そんな声だ。
桔音は瘴気を散布し、空間把握にてこの声の主の居場所を探るが……しかし見つからない。まるでノエルの様に実体の無い存在なのかと思わせる、不気味な危険を感じた。
―――うふふふふっ☆ お腹空いたー、あれ? 空いてないかも? 眠い、遊ぶ? うふふふっ☆
全く要領を得ない台詞。次から次へと感情や思考が移り変わっている様な、そんなちぐはぐさを感じた。
「……一体誰かな?」
桔音が問いかけると、ソレは桔音の瘴気が展開されていない場所――つまり、空から降ってきた。全く死角からの登場、桔音の目の前に降りて来たその存在は、眼が正気を保っていなかった。元気いっぱいに笑うその笑顔に反して、瞳だけが全てを見ていて、何も見えていない。
青黒い髪を靡かせて、ケタケタ笑うその小さな存在は、桔音も見た事のある姿をしていた。
「うふふふふっ☆ 人間さん人間さん、遊ぶ? 遊ぶ? 遊ぶってねー、泥を飲み込んで目をほじってお花とお話しながら死んじゃうってコト! うふふふ、うふふふふふふふふっ☆」
「……妖精?」
そう、現れたソレはフィニアと同じ妖精だった。人形サイズで、背中には薄透明の羽、感情豊かに狂気を振り撒き、何を言っているのか要領を得ない女の妖精だった。首には赤い宝石の付いた指輪があり、ケタケタと笑う妖精の笑顔は、天真爛漫さよりも先に―――おぞましい憎悪を感じさせた。
「うふっ☆ うふ? うふふ、うふふふっ☆★★ 人間さん人間さん、遊ぼう遊ぼう? 遊ぶってなんだっけ? キノコキノコ、粉みたいな動物? ビリビリ、お家帰る? うふふっ☆ 突き破って、食べて、お腹の中でぐちゃぐちゃー……うふふふっ☆」
「……なんというかまぁ……狂い方としては、出会った中でも最高に狂ってるね」
「痛い痛い、血が出る? どろどろで、キラキラ光ってるよ? 指は何本? いーち、にーい、さーん、しーい? あれ? 1本足りない? 千切れてる? あれ? うふふふっ☆ ハチ? どーん、ぐちゃぐちゃになったー! うふふふっ☆」
桔音は目の前に現れた妖精に、『死神の手』を構えた。
妖精、敵対する意志はないし、正直傷つけたくは無いけれど……桔音の直感が告げている。コレは危険な存在だと。
「多分思想種……だよねー……」
「どうする、桔音?」
「……多分あの指輪が媒体だろうから、アレを壊せば消えるだろうけれど……あまり気は進まない。パートナーがいるのかも分からないしね……とりあえず、拘束して大人しくさせるよ」
桔音はそう言って、現れた妖精を『ステータス鑑定』で見る。すると、そこにはあり得ない事実が存在していた。何故なら―――
◇ステータス◇
名前:無し
性別:女 Lv1
筋力:19280
体力:781900
耐性:1200
敏捷:980290
魔力:27948000
【称号】
『狂想の妖精』
【スキル】
『闇魔法Lv5』
『魔力回復Lv4』
『火魔法Lv4』
『身体強化Lv4』
『魔力操作Lv3』
『命中精度Lv2』
『並列思考Lv4』
『高速機動Lv4』
『分解魔法Lv5』
『爆裂魔法Lv6』
【固有スキル】
『狂天葬送』
◇
「嘘だろ、なんてステータスだよ……!?」
―――彼女は、未だレベル1でありながら、その数値は完全に規格外だったからだ。持っているスキルの質も、生まれてから今まで鍛えて来て相当強くなった筈のフィニアとそう変わりない。これはどういうことだと、桔音は驚愕する。
思想種の初期ステータスは、自身を生み出した想いの強さに比例する。想いが強ければ強い程その能力値は高くなり、その想いが強ければ強いほど、思想種の妖精の意志も強く、固いものになる。
そして彼女は『狂想の妖精』。狂気の感情から生まれた、生まれついての狂気的存在である。
それはつまり、この思想種の妖精は―――とても強い狂気から生まれたということ。
「うふふふふっ☆★★ にんげーんさーん! しんぞーと脳みそがとろけ、とろけるとろけるトコロ……見・た・い・なぁぁぁああぁぁ? どろどろ? ぶちまけるの? うふふふっ☆ 面白い面白-い!」
くるくる回りながらそう言う、名も無い思想種の妖精。言葉が次々と移り変わる。主語も述語もあったものではない。きっと、自分でも何を言っているのか分かっていないのだろう。
「はぁ……やっぱり、僕の運命力はどこまでもハードだなぁ……」
対して、桔音はそう言って―――薄ら笑いを浮かべた。