凱旋と帰還
なんというか、とても想いの籠った告白を聞いた気分だ。
ルークスハイド王国に辿り着くまで後少し、というかもう目の前に見えている位近くに来ていたのだけど、馬車の中でも聞こえる様な音量で、アイリスちゃんの演説が聞こえて来た。途中から涙の混じった言葉だったけれど、あの子が皆に聞こえる様な声で堂々と演説しているだなんて、正直驚きを隠せない。
けれどまぁ……あの子はあの子なりに、僕のことを想って行動してくれたってことなんだろう。この国に、僕がまた戻ってくることが出来るように頑張ってくれたんだろう。
全く、これじゃあ折角のお城忍び込み計画が台無しだ。アリシアちゃん達にサプライズでもしようかと思っていないのに。
「きーくん、中々愛されてるね」
「どうやらそうみたいだね、いやはや持つべき者はやっぱり友達だねぇ」
「本当に友情だと思ってる?」
「分かってるよ、それ位」
この世界に来てから、僕って結構モテるな。フィニアちゃんとレイラちゃんはかなり特殊な例だけどさ。でもこの上に王女様にまで好意を寄せられたらそりゃもう嬉しさで死ねるね。ぶっちゃけ皆可愛いし、それぞれなんとなくキャラが濃いし、一緒に居て飽きることは無さそうだし、そういう方向ではかなり恵まれてるな、僕。
まぁ、皆それぞれ癖のある子達ばっかだけどね。ある意味ハーレム狙えちゃうんじゃないのコレ? お金はいっぱいあるんだし、なんとかなりそうだよね。まぁそんな甲斐性僕にはないけれど。
「着くよ」
馬車の手綱を握る神奈ちゃんの声に、僕達は荷物を手早く『魔法袋』に入れた。ああそうだ、コレもアイリスちゃんに返さないといけないね。便利だったんだけどなぁ。
◇ ◇ ◇
馬車を停め、ルークスハイド王国の門を潜ると、何故だか国民の方々が僕を歓迎してくれた。きつねだきつねだ、城へ連れていけーと僕の背中を押す。というか、僕達のことを胴上げの様に持ち上げて運びだした。
レイラちゃん達もこの国民全員の胴上げにびっくりしたのか、茫然と持ち上げられている。流されるままになっていた。
ひっくりかえった視界に映る城が、どんどん近付いてくる。
そしてその城の前には、いつの間に聞き付けたのか慌てた様に出て来た見覚えのある金髪とエメラルドグリーンの瞳の幼女、銀髪にティアラを乗せた割烹着の少女、そして快活にはにかんでいる金髪の女性がいた。
忘れる筈も無い、この国の誇るべき3人の王女様達だ。うん、変わりない様で良かった良かった。まぁ、一番嬉しそうにしているのは、さっき演説をしていたアイリスちゃんだけど。本当に変わったんだねぇ、前の君はそんなぱぁっと笑顔を浮かべたりしなかったのに……恐れ入ったぜ、大したもんだ。
そして、僕達は国民の胴上げから解放され、王女三姉妹の目の前に丁寧に降ろされた。
なんとなく落ちつかなくて、頬を掻きながらも胡坐になる。地面に座って見上げる様に、目の前に立っているアイリスちゃん達を見た。3人とも僕の顔を見て、嬉しそうに笑みを浮かべている。こんなに大勢の人に歓迎されるなんて、生まれて初めてだからどういって良いか全く分からない。
でもまぁとりあえずは―――
「……やぁ、久しぶりだね王女様方。僕への無視期間は終わったのかな?」
そう言って軽く手を挙げた。すると、アイリスちゃんがニコリと笑いながら答えてくれる。
「はい、この国に貴方を無視する人はいませんよ。お帰りなさい、きつねさん」
「ただいま、アイリスちゃん」
僕に手を差し伸べてくれたので、それを掴み立ち上がる。レイラちゃん達が遅れて僕達の下へと運ばれてきた。レイラちゃんはべたべた触られて不愉快だったのか、不機嫌を隠そうともしない表情で苛々オーラを纏っていて、神奈ちゃんは流石というか運ばれずに自分の足で此処までやって来ていた。リーシェちゃんは羽があったから怖がられたようで、モーゼの様に割れた人ごみを歩いて来た。最後にルルちゃんは、色んな人に運ばれて怖かったのか、僕の近くにたたたと近寄って来て、青褪めた顔を腰のあたりに埋めた。
うん、こういう所は変わっていないね、ルルちゃん。僕に近寄って来てくれたというだけで、僕としては大分嬉しい。ちなみにフィニアちゃんは飛べるから問題なし。ずるいなオイ。
「さて、僕が魔王を倒している間に色々とやってくれたみたいだね」
「はい、きつねさんが魔王を倒している間に…………間に?」
アイリスちゃんが固まった。いや、アイリスちゃんだけじゃないな、アリシアちゃんもオリヴィアちゃんも固まっているし、国民達も固まっている。というより、リーシェちゃんと神奈ちゃんを除く全員が固まっていた。
どうしたんだろう? 何かおかしなことを言ったかな?
「きつね……お前、魔王を倒したのか?」
あ、それ? 屍音ちゃんのインパクトが強すぎてその辺大したことない認識だった。そういえば魔王って人間の常識じゃ脅威の存在だったね。それを倒したとあればそりゃ驚くよね。
さて、どう誤魔化したものかな。そういえばコレは勇者凪君の手柄にするつもりだったんだよね。じゃあ、そうしよう。
「そうそう、まぁ倒したの僕じゃなくて今代勇者の凪君だけどね」
「え? きーくんが倒したじゃん。まぁちょっとトラブルはあったけど」
「……」
うん現在進行形でお前がトラブってるんだけどね、神奈ちゃん。天然もいい加減にしろよこの野郎。こういう時くらいは合わせて欲しかったなぁ……仕方ない、こうなったらこの情報はルークスハイド王国内で収めて貰って、他の国に伝える時は勇者がやったってことにして貰おう。
多分まだ間に合う筈だよね。
「……うん、まぁ魔王は僕が倒して来たよ。その証拠に、皆僕のこと認識出来てるでしょ?」
「そ、れは……予想外だ……まさか魔王を倒してくるなんて……証拠はあるのか?」
「証拠? うーん……ああ、そうだね。そこに居る子が証拠だよ。その子魔王の身体の中に封印されてた初代勇者だから」
「どうも、私初代勇者です」
神奈ちゃんを指差し紹介すると、また皆が固まった。あ、石化して崩れ落ちた奴もいるな、思考がショートしたようだ。
まぁ、魔王の討伐に初代勇者の凱旋……頭が受け止めきれないのは当然のことかもしれないね。加えて魔王の娘や使徒とか天使とか出てきたら、もう思考放棄する奴が出てくるよきっと。
「えええええええ!!? しょ、初代勇者様!?」
アイリスちゃんが叫んだ。今まで聞いたことない位の大きな声だ。仰け反る様にして、彼女は目を丸くし神奈ちゃんを見る。信じられない、といった表情だ。
けど、アリシアちゃんなら分かるんじゃないかな? なにせ、アリス・ルークスハイドは、初代勇者が召喚された時代の人間なんだから。神奈ちゃんの顔位知っていてもおかしくは無い筈だ。
アリシアちゃんに視線を向けると、彼女は神奈ちゃんを見て―――一瞬ゾッとするほどの殺気を放っていた。それは直ぐに引っ込んだけれど、世界中の怨念を押し固めた様な憎悪を感じたよ。
アリスじゃなく、アリシアちゃんとして生きているからこそ、引っ込みが付いたんだろうけれど……多分アリス・ルークスハイドとして出会っていたら、すぐさま切り掛かったんじゃないだろうか。アリシアちゃんが理性的で良かったよ。
でも、その殺気に神奈ちゃんも気が付いていたようで、視線をアリシアちゃんに向けたが……ふと笑みを浮かべるだけで視線を切った。多分、彼女もアリシアちゃんに何かあるのだろうということは気が付いているな、アレは。
「まぁそういう訳だから、魔王は死んだし、初代勇者がなんか復活したから。そういう感じでよろしく。あ、魔王倒したのは今代勇者ってことにしておいてね」
取り敢えずこの場を収めて貰う為にも、僕はそう言って薄ら笑いを浮かべた。
◇ ◇ ◇
魔王討伐や初代勇者の凱旋など、アイリスの演説のインパクトを消し飛ばしてしまう程の驚愕を齎した、桔音の帰還。
アリシアはとりあえずそれを王女として収め、すぐさま緘口令を強いた。この情報が外へ漏れてしまえば、それこそ困惑と動揺を呼ぶ。まして、現勇者である芹沢凪の耳に入ったとなれば、それこそ不味い。
最近、今代の勇者を見た者の情報では、芹沢凪はかなり精神的不安定な状態にあるとのこと。魔王討伐の為に自分の命を削る様な修行をしているのだそうだ。まるで、死にたいのかと思わせるほど、自分を追いこんでいるらしい。そんな彼に、彼の召喚された理由である魔王が死んだと伝えるのは、非常に危険だとアリシアは判断した。
そして、城の中へと桔音達を招き入れ、王座の間にて話をする。国民達も、ざわざわと噂をしているものの、既に元々の生活へと戻っていっているので、この場に居るのは桔音達パーティと王女様達だけ。
「現在勇者ナギは、A、Bランクの『迷宮』に挑み、踏破をし続けているらしい。現在彼によって踏破されたのは、Aランク迷宮『蟲毒の恐災』『凶獣の覇群』『小人の国』、Bランク迷宮『獣性森林』『天候災害』……どれもレベルの高い魔獣達がいる危険な迷宮だ。Aランク冒険者が十数人いて初めて踏破出来る程の、な」
「つまり凪君は順調に実力を伸ばしてるってことだね?」
「まぁそうなるが……だがそれ以上に気になる点が1つ、勇者ナギの様子が少々おかしいらしい。パーティのメンバー……いつも一緒に居る筈の巫女の姿も見えず、彼は常に1人で行動しているのだそうだ。話し掛けても反応がなく、まるで幽鬼の様にフラフラとしていて、常にぶつぶつと何かを呟いているらしい……何かに囚われたかのような姿に、正直人々は困惑している」
桔音はそれを聞いて、うへーと面倒臭そうに表情を歪めた。勇者関係では中々苦い思いをしてきた桔音だ。そんな勇者がまたなにか面倒なことになっている聞けば、やはりそういう反応をとってしまうのも仕方の無い事だろう。
とはいえ、勇者の様子がおかしいというのは納得だろう。なにせ、あの仲良しこよしでべったりだった巫女が傍にいない、というのは確かにおかしいのだから。桔音は巫女や他の面々を殺した覚えは無い。故に、桔音関連で死んでいるはずはない。
しかし、凪が強くなる為に我武者羅に迷宮に挑み、その過程で巫女達が死んだというのならまだ納得出来る。
「けど……それなら凪君が戦い続ける筈ないか……」
ならば、まだ巫女達は生きている筈だ。なのに何故巫女達はいないのか? 何故凪は1人きりでいるのか? 何か嫌な予感がしてならない。桔音は、まさか自分が追い詰め過ぎたからこんな感じになってるのかな? なんてことを考えていた。
しかし、それはこの場で解決することになる。
何故なら―――
「しっ、失礼します! 報告です! 現在城門前に―――」
「お願いします……! 通して下さい!!」
―――報告にやってきた兵士を押し退けて、1人の少女が入ってきたから。
「……おやおやまぁ……噂をすれば影とは良く言ったもんだ」
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
その少女は、赤と白に別れた特殊な衣服を着ていた。所謂、巫女服と呼ばれるその衣服は、桔音もこの世界で見かけたことがある。とある少女が着ていた、その服装。
彼女は兵士を押し退け、バランスを崩しながらも桔音の目の前に転がりこんできた。そして、数回呼吸を整えた後、桔音の服を掴み、必死の形相でこう言った。
「もう……! 誰だって良い……! 助けてくれるなら私を好きにしても構いません、なんだってします……! 貴方に土下座して涙を流して謝れというのならそうします……! この国の全国民の前で痴態を晒せと言うのならそうします……! だからナギ様を……ナギ様を助けてください! 」
彼女の名前は、セシル。今代の勇者ナギの道標となり、そして支えようと誓った巫女である。