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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第十三章 魔王の消えた世界で勇者は
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きいてほしい

 桔音が人類の敵としてこの世界の誰からも認識されなくなってからしばらく、アリシアは寧ろアイリスの成長ぶりに圧倒されていた。


 ルークスハイド王国第2王女アイリス・ルークスハイド。


 図書室に籠り、毎日をただ流れるままに過ごしていた地味で平凡な王女。それが彼女だった筈……筈だった。

 事実、彼女には王としてやっていく才能はない……しかし、彼女もそれは重々承知の上。だから、彼女は自分の出来る当たり前の事を当たり前の様に頑張った。


 彼女は彼女の生活を一変させる。

 図書室から出て、城を歩く様になった。出会う兵士やメイド達に、挨拶を欠かさなかった。自分で出来る自分のことは全て自分でするようになった。城から出て民と触れ合おうと、護衛付きだが毎日城から出た。人と触れ合うことが、何よりも恐ろしかった筈なのに、震える身体を抑え込み、小さな身体の中にあったほんの少しの勇気を振り絞った。


 今まで当然の様にそこにあった自分の環境に感謝し、ただ1人の友人である桔音の為、この国の民に、自分を見て貰おうとしたのだ。


 ―――自分は此処に居る。


 私はアイリス、この国の第2王女――アイリス・ルークスハイドだ、と。


 すると、彼女の行動は最初こそ周囲の民や兵士、メイド達に驚かれたものの、すぐに受け入れられた。彼女の顔が必死だったから、本気だったから、その懸命な姿は国民達の心を打つ。

 アイリスを見て、皆がこう思った。


 頑張れ、と。


 あるいは我が子を見る様に、あるいは妹を見る様に、あるいは孫を見る様に、あるいは友を見る様に、あるいはライバルを見る様に、あるいは弟子を見る様に、皆がその懸命さを認めた。


 ―――あの方は此処に居る。


 彼女は紛れも無くこの国の王女、私たちを想い生きている王女様だ。あの懸命さを、勇気を、心を、彼女を愛する国民(わたしたち)が認めずして誰が彼女を認めようというのか、と。


 それはきっとアリシアもオリヴィアも成しえないであろう王女としての在り方。平凡で、才能も無く、王女にしては本当に普通の女の子にしか見えないアイリスの、たった1つ存在した王女の在り方だ。


『わた、私と……おは、お話しませんか?』


 その言葉から始まった彼女の頑張りは、桔音が魔王を倒した時には既に、花を咲かせた。最早、アリシアと同じ位彼女は王女としてこの国に認められる存在となっていた。


 彼女はそこに立って初めてアリシアと並ぶ。


「もう……私は臆病な私じゃない。私はこれから、私の世界を変えます……きつねさん」


 そして現在、彼女は国民全員が見守る中で初めて―――王女としてスピーチをする。

 音声を拡大する魔道具を使って、この国の一番高い所から……国を一望し、その声を届かせる。これこそが、アイリスがやろうとしたこと。


 この国に、たった1人の友達が戻って来れるようにする。


 ただそれだけの為に。


「大丈夫ですか? アイリス姉様」

「……大丈夫です、だって今日この時の為に私は……あの図書室から踏み出したんですから」


 アイリスの力強い言葉は、アリシアにふと笑みを作らせる。

 いつの間にか、こんなにも誇れる姉の姿を見せる様になったのか。普通の事をして、普通の事を頑張って、普通の事に懸命になって、誰にでも出来ることを……誰にでも出来ない位やったこの人はもう――


「アイリス姉様」

「なんですか?」

「私は、姉様が姉であることを誇りに思いますよ……ほら、民の皆が姉様の言葉を待ってます」


 少し視線を向ければ、そこには国民達の姿があり、あとはアイリスが少し前に出れば国民達にその姿を見せることが出来るだろう。


「……はい、行ってきますね」


 アイリスは、緊張したようなぎこちない笑みを浮かべて歩を進める。

 アリシアは国民の喝采を浴びる姉の後ろ姿を見て思う。

 こんなにも王女らしくないのに、こんなにも王女として完成した器を見たことがない。この人はきっと、王女になんてなろうとしていなかった……普通の街娘として生まれた方が、ずっと幸せな日々を送れたと思う。

 なのに、王女として生まれたから、彼女は自分の世界に閉じこもってしまった。運命とは、残酷だ……しかし、それを乗り越えた彼女は人間として―――輝いている。


 国民の喝采を浴び、困った様にぎこちない笑みを浮かべる姉の姿。


 きっと、彼女に何かを求める者はこの場には1人だっていないだろう。それでも、彼女は王女だと誰もがいうだろう。彼女が彼女だから、誰よりもこの国の為に頑張ることが出来る彼女だから、彼女は王女なのだ。


「―――……私は、この国が大好きです」


 銀色の髪を揺らし、足もガクガクに震えているのに、声はしっかりと空に響く。


「……ありがとうございます、アイリス姉様。貴女は私の憧れです」


 アリシアがアリスだった頃、恐らく最も在りたかった王女の形。ソレが目の前にあった。



 ◇ ◇ ◇



「―――……私は、この国が大好きです」


 伝えられるかな、私の言葉。


「街は人の声で満ちていて、まるで音楽の様でした……城では兵士達が、メイド達が、神官や大臣、執務官、宮廷魔法使いの方々が、それぞれこの国の為に自身の時間を使っていて、私のいた図書室の扉の外には……きっと沢山の世界がありました」


 あの扉を開けて、思えばずっと遠い所へやってきた。

 初めて出会った、不気味な男の子。前代未聞、城に侵入して、やりたい放題やって去って行った冒険者。きつねさん。


 彼はきっと、舞い上がる風の様に、何者にも囚われない。やりたいように、やりたいことを、やるべきことをやってしまえる。


 私は多分、その姿に憧れた。彼と友達になって、もっと彼と話をしたいと思った。彼の持つ独特の雰囲気と魅力に、私は知らず知らず惹かれていたんだと思う。


「私の世界は、本に囲まれた狭い部屋の中でした。だからこの空も、この光景も、国も、何も見えていませんでした。活字に目を向けて、乾いた紙を指でなぞっていればそれで良かった。でも……ある時図書室の扉が開きました……そこに居たのは、不気味な死神さん」


 苦笑する。


「彼は言いました。『君がほんの少し普通のことを頑張れば―――皆は頑張った君に付いて来るよ』……その言葉が、思えば私が図書室から出ようと思った始まりなのかもしれません。そして、その言葉は本当でした。普通のことを当たり前に頑張ろうと進んだら……いつのまにかこんな所に立っています」


 国民が、一様に笑った。


「私はそんな死神さんと、友達になりました。彼がいなければ、多分私は今もまだ……あの図書室の中で文字に囲まれていたでしょう」


 きつねさん、聞こえていますか? 貴方を否定する者は、もうこの国にはいませんよ。居ても、そんなの全部私が変えて見せる。それだけの勇気を、貴方が私にくれたんです。


 この声が聞こえていますか?


 この想いが聞こえていますか?


 この願いが聞こえていますか?


 私は、貴方もう一度――お話がしたい。初めて出来た、私の大事なお友達……きつねさん。

 この世界は、貴方に対して過酷な運命を背負わせるかもしれない。沢山の存在が、貴方の敵となるのかもしれない。必死に戦わないと、貴方は死んでしまう場所にいるのかもしれない。


 それでも、私は……貴方の友達でいたいんです。


「……死神さんは私たちが臆病だったから、弱かったから、この国に居られなくなってしまいました。私は、初めて出来た友達を――護れなかった」


 国民達が、私の言葉を聞いている。私の懺悔を聞いている。私の後悔を聞いている。私の弱さを聞いている。私自身への呵責の言葉を聞いている。

 きっと、何を言っているのかは分からない。けれど、真剣な眼差しで、彼らは私を聞いている。聞いて、くれている。


「私は、もう一度死神さんと言葉を交わしたい。もっと彼の話を聞きたい。私の世界を広げてくれたあの死神さんに、ありがとうと……お礼が言いたい」


 私は前を見る。目頭が熱くなった。じわりと、視界が揺らぐ。


「だから、皆にも思い出して欲しい! この国には居たんです! 不気味で、優しくて、捻くれてて、温かくて、孤独になって尚折れない強さを持った、死神さんが……!」


 私の精一杯の叫びを、聞いてほしい。


「『きつね』と呼ばれた、冒険者が!」


 私の精一杯の願いを、聴いて欲しい。


「私の……! 初めて出来た友達が……!」


 零れた涙に籠った想いを、きいてほしい。


「何を言っているのか、分からないかもしれません。でも、きっと彼は戻ってきます。この国に、薄ら笑いを浮かべながら……戻って来てくれます」


 涙を拭って、国民達を見た。すると、彼らは私を見上げ―――涙を流していた。

 

 ―――届いている。


 それが分かった。私の言葉は、想いは、届いている。

 ならば大丈夫……きつねさんの居場所は、この国にちゃんとある。


「……私は、この国が大好きです。皆さんが大好きです。だから、私はこの国の王女に生まれて、本当に嬉しい……私の愛するこの国が、こんなに色んな想いで満ちているから……私は私が誇らしい」


 最初の緊張はどこへやら。

 私は涙に濡れた顔で、精一杯の笑顔を浮かべることが出来た。


「私は、この国の王女……アイリス・ルークスハイドです。これからも……よろしくお願いします」


 その言葉の後で、私は沢山の拍手と歓声に包まれた。



 ◇ ◇ ◇



 アイリスがスピーチを終えてアリシアの下へと戻ると、彼女はがくりとその場にへたりこんだ。しかし、それをアリシアはしっかり支える。アイリスが顔をあげると、そこにはアリシアとオリヴィアがいた。


「姉様……大丈夫ですか?」

「……あはは……少し、腰が抜けちゃいました」

「全く……感動的な演説だったよ。こんなに想われて幸せモンだな、きつねの奴は」


 アリシアとオリヴィアも、目元が赤かった。涙を流した跡がある。アイリスは、その事に気付いて、また苦笑する。


「届いてましたよ、姉様の声」

「ああ……きつねの奴もきっと戻って来る。アイリスが此処まで頑張ったんだからな」


 2人の言葉に、アイリスは頷く。


「そうですね……きっと、戻って来てくれます」


 アイリスは2人の姉と妹に支えられて、立ち上がる。やるべきことは、やりたいことは、すべてやった。桔音が戻って来れるように、何もかもを変えてやった。アイリスの胸の中には、自信と達成感があった。


 たった1人の友達の為に、此処までやれる人間はきっとそういない。


 だからアリシアもオリヴィアも、アイリスの桔音に向ける感情が友情の領域を大きく超えていることくらい理解している。もう一度お話がしたい、また会いたい。そんな感情を抱く様な相手を、人は友達とは言わない。


 会おうと思って会おうとするのが、友情。


 会う理由を作って会おうとするのが、恋情。


 ならば、桔音の為に自分の世界を広げ、もう一度会って話をするために国の心を動かしたアイリスの場合は、どっちだろうか。


「全く、情熱的なのは良いが……如何せん鈍すぎだなぁ……この可愛い妹は」

「……?」

「全くですね」


 オリヴィアとアリシアは、きょとんと首を傾げているアイリスを見て、苦笑した。


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― 新着の感想 ―
このシーンは、ほんとに涙が毎回止まりません。 読んでいて涙が出るのは、数少ないです。 電車で読んでしまい1人で涙出して呼んでました。 もう何周したか分からない大好きな回です。
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