聖母の狂気
皆様の支えもあり、なんとか夢の実現の第一歩を踏み出すことが出来ました!応援のメッセージも、見る度に励みになりました!ありがとうございました!
ということで、自分が待てなくなったので予告より早いですが、更新再開です!
最近はグッズ作りにハマっていて、今度は個人的に本作キャラでLINEスタンプでも作ろうかなーと画策していたりしてます。本作もまだまだ頑張っていきますよ!では、はりきってどうぞ!
前回までのあらすじ
魔王を倒した桔音達。しかし、魔王にトドメを刺したのは魔王の娘だった!
続いてドランを殺した魔王の娘から、命辛々逃げ延び、カイルアネラ王国で休息を取ることにした桔音達。
そこへ魔王が死んだことで復活した初代勇者が現れる。彼女の希望もあり、桔音はルークスハイド王国へと戻ることにした。
しかし、その前に海で遊んでいた所、襲撃を仕掛けて来た天使と使徒の2人。初代勇者と共闘し、勝利した桔音達だが……そこへ、『聖母』と名乗る存在が現れたのだった―――
―――『聖母』
聖なる母と書いて聖母と呼ばれる存在は、おおよそ神々や天使と呼ばれる存在とは違い、ある意味人間でありながら神に触れた女性だ。なにせ、神の子とされる子を生んだ女性なのだから。
だが、桔音の目の前に現れたこの女性は、およそその聖母マリアとは全く別の存在である。というのも、彼女は人間として、悪意も善意も何もかもを知りながら、生き様や佇まいが神々しく、より人間らしい人間として完成しているからだ。
汚さも、美しさも、醜悪さも、清廉さも、強さも、弱さも、人間らしい何もかもを持ち、そしてその中に人間らしくない人外の力を詰め込んで、尚人間と同じ様に生きようとする意志と心が、彼女にはあった。
序列第5位『聖母』マリア
そう名乗った彼女は、温かみのある柔和な笑みを浮かべながら、桔音の下へと近づいてくる。両手には何も持っておらず、完全な無防備状態。警戒心も殺意も闘争心も怨恨も怒りも、敵対するような感情を一切感じない故に、桔音は思わず彼女の接近を許してしまった。
「その足蹴にしている子を、返してもらえませんか?」
「……返したら、そのまま帰ってくれるのかな?」
「争うことはしたくはないので、返して頂ければすぐにお暇させていただきますよ」
マリアの言葉に対して、桔音はメアリーに突き刺していた大鎌を引き抜き、瘴気の拘束を解いた。そして、メアリーを踏み付けていた足をどかして、数歩離れる。
本当ならメアリーを殺してしまいたいという気持ちはあるのだが、目の前のマリアがどのような力を持っているのかも不明な上、ステラと組んで戦闘になると少々厄介だと判断した。故に、桔音はメアリーを見逃す。
警戒は解かず、マリアの一挙手一投足を見逃さずにいると、その視線に気が付いたマリアはまた微笑んだ。メアリーをゆりかごの様に抱き上げ、白目を剥いていた瞳を閉じさせ、涎やら涙やらで濡れた顔を布で拭いてやる。そうした後で、彼女は桔音を始め、近くにいたレイラ、ルル、フィニアと順々に視線を送り、最後に桔音に対してゆるりと頭を下げた。
「此度はこの子の勝手な行動で御迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした」
「……まぁ、二度とメアリーちゃんに襲撃させないでくれれば良いよ」
「はい……それでは、失礼します……ステラ、貴女も帰りますよ」
「はい……」
マリアはもう一度頭を下げた後、ステラに声を掛けて桔音に背を向ける。ゆっくりとした動作に、何処か気品と整然とした人間味を感じた。
そうして、マリアの近くにステラが歩み寄り、2人並ぶと、一緒にまた桔音に頭を下げた。何度も深々と頭を下げられたことで、桔音も気が付けば警戒を解いてしまっていた。
「!」
そして桔音がそのことに気が付いたのは、メアリーを抱きかかえたマリアとステラが、一瞬でふっと姿を消してからだった。おそらくは転移の類の力。マリアの神葬武装の力なのか、それとも全く別の転移魔法やアイテムの力か。
なんにせよ、桔音は脅威が去ったことでほっと安堵の息を吐いた。『死神の手』をただの黒い棒へと戻し、トンと地面に尖端を置く。海の波音と潮風の音が耳を通り抜け、まるで此処まで何も無かったかのような錯覚さえ覚える静けさが、戻ってきた。
桔音はくるりと振り返り、その場にいた全員を見る。するとなぜか、高柳神奈とリーシェを除き、皆一様にしてぽかんとした表情を浮かべていた。そして全員桔音の視線に気が付くと、ハッと我に帰り困ったような表情を浮かべる。
うんうんと唸る様に何かを考え込み、自分の服装や居場所を確認して、また首を傾げていた。どうしたのかと思って、桔音は近くにいたレイラの下へと歩み寄る。
「どうしたの? レイラちゃん」
「……?」
問いかけた桔音に、しかしレイラは何も答えなかった。桔音の顔を見て、何も分からないと言った表情を浮かべて、じろじろと桔音の顔を見ている。
流石に桔音もおかしいと思ったのか、レイラの額にデコピンでもしてやろうかと、そのおでこに手を伸ばした。
すると――
「あはっ♪ ……何するの? 止めてくれるかな!」
―――レイラはそう言って、桔音の手をぱしんと跳ねのけた。
「……レイラちゃん?」
流石に此処まで来れば、レイラに何か異変が起こっている事は桔音にも分かった。少しだけ驚いた様に目を見開いて、桔音はレイラの名前を呼んだ。
すると、レイラはその赤い瞳を爛々と輝かせながら桔音に笑いかける。にへら、とだらしない笑みを……それこそ、桔音が最初にレイラと出会った時の様な笑みで。
「ごめんね♪ 貴方誰かな? でも美味しそうな匂いがするぅ……♡ あっはぁ♡ 食べても良いよね? うふふうふふふ♪」
「っと……これは……一体どういうことだ?」
レイラがその手で桔音に攻撃した。咄嗟に躱した桔音であったが、困惑は隠せない。レイラが、桔音を攻撃したのだから、当然だろう。
しかも、桔音に向かって貴方誰? と言ったのだ。それはつまり、桔音のことを覚えてはいないということ……その上、食べても良い? と言うという事は、彼女は恋愛感情を知る以前のレイラ……桔音に出会う前の、『赤い夜』としてのレイラになってしまったということではないだろうか?
『あれれ? 白髪ちゃんどうしたのかなぁ? ふっしぎー……ふひひっ♪』
「これは……あのマリアとかいう奴、やっぱり見た目通り、態度通りって訳にはいかないみたいだね。何かされたらしい」
桔音は直ぐにこの原因に思い当たる。というか、今の今でこんなことが出来るのは、正体不明、実力も未知数のマリアしかいない。記憶操作なのかは分からないが……桔音のことが分からなくなっている様だった。
「……とりあえず、レイラちゃんを抑えつけて、ノエルちゃん」
『おっけー!』
ともかく、まずは現状を確認する事が優先だと、桔音は判断した。
◇ ◇ ◇
一方その頃、去って行ったマリアとステラは、森の中を歩いていた。メアリーはステラの背中に背負われている。
マリアの歩くスピードは、雰囲気同様スローペースで、ステラもその速度に合わせて歩いていた。メアリーは未だに起きる気配はないものの、表情は安らかに眠っている所を見れば、あまり心配はいらないようだ。
そこでふと、ステラがマリアの方を見ずに話し掛けた。
「……また、アレを使ったのですか?」
「うふふ……ステラ、貴女も知っていると思いますが、私は争い事が嫌いです。だから、私はこの力が皆さんをより良い方向へと導くことが出来るのなら、そうしたいと思っています」
「……」
「争わなくても良いのなら、その方が良いです。仲良く手を取り合うことが出来れば、きっと世界は素敵になると思いますよ」
ステラの言葉に、マリアはそう返す。すると、にっこりと微笑んでいたマリアの瞳が、うっすら桃色の光を放っているのが見えた。
ステラは、その眼を見ないようにしているのか、視線を伏せる。メアリーが落ちそうになったので、軽く揺らして彼女の位置を戻した。
森の中を歩きながら、マリアは続けた。
「私の神葬武装は、貴女の『神葬ノ雷』やその子の『断罪の必斬』と違って、争いごとや戦いには向いていません。私はこの神葬武装は、神を殺した後に必要になる力だと思っています」
「神を、殺した後……ですか?」
ステラの相槌に、マリアは頷く。そして、彼女はステラにこう問いかけた。
「平和には愛が必要です……では、戦争には何が必要だと思いますか?」
戦争に必要な物。戦争を起こすには何が必要か、ということだろう。武器や力、物資などというものではなく、もっと争いに必要な根源的なモノ。
ステラはそれを少しだけ考えた後、ふと思い付いた様に答えた。
「憎悪、でしょうか……」
「正解です。では、もっと遡ってみましょう。憎悪が生まれ、争いの原因となるもの……私はそれを―――"出会い"だと思うのです。ああ、そうですね……これは平和にも繋がる原因とも言えるでしょう」
「出会い、ですか……」
マリアは言う。
「人と人が出会えば、そこには大抵……感情が発生します。それは新たな出会いを呼び、愛に変わることもあれば、出会いの連鎖を呼び続ける友情にも変化します……でも、時折その出会いが憎悪を生んでしまうことがあります……悲しい事ですが」
「……」
「では、その出会いがなかったらどうでしょう? その出会いがなければ発生し得ない憎悪は、生まれずに済むということにならないでしょうか?」
「……まぁ、そうですね」
マリアはステラの相槌ににこりと微笑む。そして、人差し指をピンと立てて、まるで子供に教える優しい教師の様な感じで、続けた。
「その出会いを失くすことが出来るのが、私の神葬武装『慈愛の鎖』の力……神がいなくなった後、それ以上の争いは必要ありません……その全ての争いを生ませない為の、神葬武装だと思っています」
マリアは、当然の事の様に、そう言った。
出会いをなかったことにする事が出来る力。縁切りという未来へ繋がる事象ではなく、過去にあった出会いそのものを消し去り、現在に還元する事が出来るする武装。
まさしく、争いを根源から、根本から消し去る神葬武装。マリアは戦いにおいては弱い……しかし、戦う必要がないからこその弱さなのだ。彼女は、そもそも戦う必要も、戦うつもりも無いのだから。
見るだけで出会いをなかったことにする魔眼、それが彼女の神葬武装。
『慈愛の鎖』
「だから―――全ての人が、争わなくても済む出会いを、私は平和と呼ぶのです」
なんてことの無い様に、まるで聖書の1ページにでも乗っているかのように、そう言い切る彼女。それが彼女にとって揺らぎ無い真実であり、彼女自身が実行出来る平和の形。彼女が信じる平和と、彼女が嫌う争い……その2つは根源が同じく、そして彼女が唯一干渉出来る概念であった。
序列第5位『聖母』マリア。
メアリーがそうであったように、彼女もまた、人間らしい人間として、人間らしく何かが狂っているのである。
「きつねさん、でしたか……あの方も、きっといずれは私達と本格的に衝突し、争うことになるのでしょうね……こればかりは、出会いを消した所で覆せない現実……悪しき神の齎した、残酷な余興なのでしょう……ならばこそ、それを覆すのが私達の役目……ですから今は―――」
マリアは立ち止まり、黙ってしまったステラに対して慈愛の籠った笑みを浮かべてこう言った。
「あの方の周りの方だけでも、争いから遠ざけるべきでしょう?」
桃色の光を滲ませたその瞳が覗き、悪意ない言葉を放つ。
「魔族と妖精と獣人なんて……人間の彼には、争いの種にしかなりませんからね」
言葉通り、その桃色の眼光をもって、対峙したあの瞬間に、自身の信じる狂気とも言える平和の実現をするために、
彼女はその恐ろしき縁切りの神葬武装によって、3つの出会いを―――消したのだ。