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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第十三章 魔王の消えた世界で勇者は
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新たな存在

 戦っている4人、その全員が決定打に欠けていた。桔音は押してはいるものの、決定的な一撃を入れられず、ステラは押されているものの、やはり押し返すだけの一撃を放つには少しばかり展開が悪い。神奈もメアリーの『断罪の必斬(フェイルノート)』を斬り返すだけのタイミングが掴めず、メアリーも神葬武装を使った攻撃が決まらないという状況にジレンマを感じている。

 相性が悪ければ、相性が良ければ、まだ何とかなったのかもしれない。しかし、生憎とこの2組はそれぞれ相性が良くも悪くもない。相性も実力も、様々な要素を踏まえて互角。決着が付くにはかなりの時間が掛かると思われた。

 

 だが、この均衡が崩れたのは――桔音と神奈の思考が、被ったことが原因だろう。


 相性が互角、実力も互角、長期戦でなければ決着は付かない。ならば、相性の良い相手に変更すれば良い、相性の悪い相手に変更すれば良い。


「きーくん―――」

「神奈ちゃん―――」


 桔音と神奈はバックステップでお互いに向かって走り、そして擦れ違い様に手と手を握った。そしてそのまま引っ張り合う力で回転し、遠心力と共に手を放す。


「「選手交代」」


 同時に言ったその言葉に、桔音と神奈は地面を蹴る。桔音はメアリーの方へ、神奈はステラの方へと、駆けた。直接的な近接戦闘であれば、神奈はステラに対して圧倒的なアドバンテージを持つ事が出来、桔音はメアリーの力に対して凄まじく相性が悪いが、そういう状況が桔音にとっては優勢と言える。

 そして、その行動に対してステラもメアリーも驚愕の表情を浮かべた。驚愕に隙を作ってしまった。迫りくる桔音と神奈、雷の槍に対する初代勇者の剣、メアリーの翼と手刀に対する桔音の大鎌。


 瞬間、2つは衝突しーー


「おりゃ!」

「シッ……!!」


 桔音の大鎌が、メアリーを真っ二つに切り裂き、神奈の赤錆色の剣がステラを雷の槍ごと斬り飛ばした。

 桔音の大鎌は、メアリーの翼と手刀では防ぐことが出来ない。何せ、スキルそのものである刃は、物体ではない。物理的な物は全てすり抜け、相手の心と感情を攻撃する刃なのだから。

 神奈の実力は、ステラが多少鍛えた所で超えられない経験の壁がある。雷の槍を切り裂く事は出来なかったけれど、その圧倒的ステータスと経験によって裏付けされた実力と剣技はステラを容易に斬り飛ばす事は出来る。


 恐怖の大鎌で切り裂かれたメアリーは瞳から光を失い、ぽてっと空中から地面へと落ちた。

 斬り飛ばされたステラは一瞬歪んだ雷の槍が消え、岩礁にぶつかり苦悶の声を漏らす。


「ふー……こんなものかな」


 桔音は呟き、すぐさま地面に顔を埋めているメアリーの両手と翼を瘴気で縛り上げた。これで手刀は使えないし、翼によって飛行する事も出来ない。

 だが、ステラは苦悶の声をあげているものの、岩礁に手を付いて上体を起こしている。雷の槍は消えてしまったままである故に、彼女は立ち上がった所で勝ち目がないことは分かっているようだ。立ち上がった彼女は、少しだけふらついたあと、その露草色の瞳で縛りあげられたメアリーを見る。


 そして、はぁと大きな溜め息を吐いた。


「……これ程の人間が傍に居る時を襲撃してしまったのは、運が悪かったかもしれませんね」

「そうだね」

「勇者だからな」


 ステラの言葉に、桔音と神奈はまぁそうだろうなと頷いた。正直、お互いの実力を知っている桔音と神奈からすれば、心強い以上に負ける気はしないのだ。神葬武装を少しは上手くなっただろうが今だ使いこなせていないステラと、敗因として自分の力の正体を自分からバラしてしまっていたお調子者(メアリー)、負ける気はしないのは当然のことだろう。


「……出来れば見逃して欲しいのですが」

「ソレは無理だね。ステラちゃんはまだしも、メアリーちゃんに関しては見逃すわけにはいかない。この子を生かしておけば、僕達をずっと狙って来そうだし―――此処で殺しとく方が良いと思うし」

「……そうですか」


 ステラの言葉に、桔音はメアリーの翼ごと彼女の背中を踏み付けそう言う。メアリーは敵だ、危険な思考を持っており、桔音にとっては命の危機にもなる危険因子である。しかも、序列第6位の『天使』という称号すら持っている正体不明の存在なのだ。この先この選択がどうなるかは別として、消しておくのが普通だ。

 ステラも一応、ソレが分かっている。分かっているが、ステラにとってメアリーとは一応同じ組織の仲間であり、上司的な存在でもある。なにより、組織の戦力としては殺されると困るものがあったりもする。神葬武装『断罪の必斬(フェイルノート)』を失うのも、組織としては痛い。

 だから、ステラは選択する。思考し、なんとかメアリーの命を見逃して貰う方法を考える。


 そして決断した選択肢は―――『自分と引き換えにする』ということだった。


「……私を殺すのは構いません、メアリーを解放してはくれないでしょうか」

「うーん、別にステラちゃんなら解放しても良いけどねぇ……」


 桔音が顎に手をやって、うーむと考える。ステラの案が自分達にそれほどのメリットを与えるのか。


 ステラを殺し、メアリーを開放する。それだけ見れば、桔音にとってデメリットしかない。メアリーが殺しに来るという時点であまり得した気分ではないし、ステラを殺した所で何か得がある訳ではない。

 今は襲い来る恐怖で気を失っているメアリーが目を覚ませば、それはそれで面倒臭い展開になるだろう。やはり、ステラを殺してメアリーを開放するという選択肢はありえなかった。


「無理、メアリーちゃんは此処で殺す」


 だから桔音は無情にも、ステラにそう言って足下のメアリーに死神の大鎌をすとんと振り落とした。



 ◇ ◇ ◇



 僕がメアリーちゃんの背中から『死神(プルート)』を突き刺すと、メアリーちゃんはその恐怖で目を覚ました。そして、身体をビクンビクンと痙攣させながら叫びとも言えない叫びをあげる。


「あッ……~~~~☆#"#$!$%#$W"ERFW$%!?!?」


 翼がギシギシと音を立てる。瘴気によって縛られている故に、翼を動かすことが出来ないのだ。さらに手刀で何かしようにも、手は拳の形で瘴気に包まれ拘束されている。突き刺さった恐怖の刃から逃れる方法は、今のメアリーちゃんには残されていない。

 なんとか足を使って立ち上がろうとしたけれど、その瞬間両足も瘴気で拘束する。最早逃げることも抵抗する事も出来なかった。


 ステラちゃんが叫び声をあげたメアリーちゃんに、急いで駆け寄ろうと地面を蹴ったけれど、神奈ちゃんがステラちゃんを止めた。初代勇者とはいえ、子供の姿をしているからという理由だけでメアリーちゃんを見逃すことはしないということだろう。

 今代の勇者、凪君であればきっとメアリーちゃんにも温情を掛けるのだろうけれど、全てを救おうとするから破綻する。本物の勇者であれば、命の取捨選択は嫌でもしなければならないんだ。


 9救えて1は救えない、でも俺は10救う! 救ってみせる! みたいなことを言う漫画の主人公みたいな熱血君って居るけれど、正直馬鹿かと思う。身の程知らずにも程がある。こういうタイプの人間は、わざわざ9救える道で無茶して、10を台無しにする人間だね。


 僕ならこうする。


 10の中の大事な人だけを救い、後は見捨てる。大事な人がいないのなら、全て見捨てる。


 だって、僕が救わなくちゃいけないのは僕が大切に思う存在だけだからね。救われなければ生き残れない赤の他人なら、救われないと諦めて貰うしかない。それでも10全てを救いたいというのなら、救った9で残りの1を救えばいいんじゃない? 僕は9を救ったとして、9に他を身捨てろとは言わないからね。

 だからこそ、メアリーちゃんは僕にとって切り捨てるべき存在で、救われなくても良い存在なんだ。


 ステラちゃんがどう言おうが、僕にとってメアリーちゃんは救うべき10を救われないと生き残れない状況に追い込む元凶なのだから。排除するのは当然のことだ。


「天使ってメンタル強いんだねー、まだ死なないんだ?」

「ッ……!」


 未だに叫び声をあげているメアリーちゃんが、あまりの恐怖に以前のヴィルヘルム同様失禁した。後少しこのままにしておけば、メアリーは死ぬだろう。恐怖死という、完全犯罪的最悪な殺害方法で。


「メアリー……!」

「ステラちゃんには悪いと思うよ。でも、他人を殺すのなら……殺される覚悟をしていないとね。コレは悪意じゃない……生存競争における命の奪い合いに、僕が勝ち、メアリーちゃんが負けた、それだけのことだ」


 ステラちゃんは雷の槍を生み出しメアリーちゃんを救おうとするも――やはり初代勇者の力は凄まじい。ステラちゃんは神奈ちゃんの剣に雷の槍を止められ、僕の足下で叫び声をあげるメアリーちゃんの下へと辿り着く事が出来ない。


「#"$"%#!#"'$!$"$%……!!??!」


 叫び声が段々と小さくなっていき、メアリーちゃんの意識と精神が崩壊し消失してしまいそうになる。そしてそれが完全に消失してしまったその時が、メアリーちゃんが死ぬ時だ。

 ヴィルヘルムの時も同じだったから良く分かる。生物は根源的恐怖を与え続けられると、精神が壊れ、そして心が死ぬ。心が死ぬと、脳が精神の崩壊と同時に恐怖に耐える為の理性を失ったことで、恐怖から逃げる為にその命を終わらせるわけだ。


 でも、メアリーが白目を剥いてガクガクと青白い表情を涙でぐしゃぐしゃにして、恐怖の限界点を越えようとしたその瞬間だ。


「全く……勝手に飛び出したと思ったら―――お仕置きですね」


 そんな声が、僕の後ろから響いた。


「……誰?」


 僕は振り向いて、その声の主を見る。

 そこに居たのは、絶世の美女だった。清潔で白い衣装に身を包んでいるものの、出る所は出て、引っ込む所は引っ込んだ、絶妙なプロポーション。加えてシミなど無い白く美しい肌。少しだけ後光が差しているかと思う程の清廉さを感じさせた。しかも、メアリーちゃんを見て吐いた溜め息が物憂げで、どこか芸術的な絵画の様にも見えた。


 一瞬唖然としてしまったものの、すぐに思い至る。この美女は、確実にメアリーちゃん達の同類だ。


 さらりと長い髪が揺れ、警戒を高める僕に対して視線を向けた。じっと見つめる彼女の瞳に、僕は少しだけ気圧された様な錯覚を得るけれど……悪意の無い彼女の清楚で清廉な佇まいがそう思わせるだけだ。

 でも、仕方がないかもしれないね……この美女は多分……メアリーちゃんやステラちゃんとは違う。

 彼女は、この世の悪意や汚い一面、欲望や罪、その全てを自分の中に詰め込み、背負い、理解した上でこの神聖さを放っている。だからこそ、この美女はメアリーちゃんやステラちゃんとは違って、不完全で人間らしく、故に美しい。


「初めまして人間の少年……(わたくし)、そこのお子様の……保護者みたいな者です」


 彼女はそう言って、深々と頭を下げる。

 そして頭をあげて芸術的に笑うと、まるで困った母親の様なニュアンスでこう言った。


「序列第5位―――『聖母』、マリアと申します……そこのお子様を引き渡して頂けますか?」


 現れたのはステラちゃん達の組織の一員……新たな脅威と言える存在だった。


聖母、降臨。

使徒、天使、聖母、現れたこの存在達の正体とは―――?

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― 新着の感想 ―
[良い点] プルートでの精神破壊、ヴィルヘルムの最期も良かったけど、メアリーちゃんはあの笑顔からの聖水お漏らし&白目剥いて絶叫ってギャップが最高
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