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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第三章 道案内は必要だから
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緊張問題

 睨み合う僕とオジサマの間には、緊迫した空気がピリピリと火花を散らしていた。僕と彼の間にある実力差は圧倒的で、戦えば2秒で僕が負けることは僕を知っている誰もが知っている。

 でも、僕としてはこのオジサマを見て見ぬふりするのは無理だ。

 彼はリーシェちゃんの父親、でも彼はリーシェちゃんを勘当しようとしている。それは駄目だ、親は子を導く者、護る者、愛する者、けして子を捨てても良い筈が無い。間違った道を正せないのならば、出来ないことを強制するようならば、それは親心では無い、ただの虐待だ。


 僕は、それを知っている。そうされる子供がどれほど辛いのか知っている。本で読んだからね。


「話が見えないけれど、僕の恩人であるリーシェちゃんを虐めるのは止めてくれないかな?」

「何?」


 オジサマは青筋を立てて、僕を睨む。『不気味体質』が発動して、精神的に圧倒しているのは確かな筈だけど、『赤い夜』といいこのオジサマといい、強い者はやはり逃げたりしないみたいだ。心底面倒な相手だなぁ。


「コレは私の娘だ、家族の話に部外者が介入するな」

「娘をコレ呼ばわりで家族はないでしょ、親が娘を物扱いか。僕の知ってる家族と違うなぁ」

「貴様ッ……」

「それに、自分より弱い者に対して自慢の剣を抜こうとするのも笑えるね」

「なんだと? 私の剣術を侮辱するか……その首、この場で落としてやってもいいんだぞ」

「強がるなよ、弱く見えるぜ?」

「なっ……!?」


 剣術は高い実力を持っているみたいだけど、内面はただの老害だね。若い世代を駄目にするタイプの人間だ。それに、かなりプライドが高いと見える。僕みたいな若い人間に挑発されると苛立ちを覚えるみたいだね。

 典型的な自尊心の塊みたいな人間だ。これが騎士団長か、この国の未来は暗いな。


「大体、見習い騎士であるリーシェちゃんは2年間その地位に甘んじてるんだ、今更一週間やそこらで騎士に上がれる訳ないだろ」

「え」

「……」


 僕の言葉に、リーシェちゃんが悲しそうな顔で固まった。

 だが、僕が見たかったのはオジサマがこの言葉に何も言い返せない現実だ。言い返せない、つまりそれは自分でも分かっているということだ。


「分かってて―――その条件かい?」

「…………」

「酷い親だね、過酷な現実を突き付けるなんて。可哀想可哀想、なんで親が子に鞭を打つの? 一週間という猶予なんて、執行猶予みたいなものだよ」


 オジサマは何も言えない。正直な所、ここまではちょっと頭が回れば誰でも分かる。でも、此処から先は出来る人と、出来ない人が大きく別れる。正直な所、このオジサマ相手に何かを言える奴はそういないだろう。

 騎士団長、それにAランク級の怪物、権力だけでも厄介なのに実力のある相手だ、物申せるような度胸と器の大きな人物はこの世界でも稀の筈だ。本来なら僕でも何も言える相手ではない。


 でも、僕はこの世界の人間じゃないから、権力とか良く分からないし、少なくとも今の僕にとって目の前にいる怪物は―――ただの年老いたおじさんでしかない。


「だから、一週間とか要らないよ」

「何……?」

「きつね! おまえっ……!」


 一週間なんて猶予が与えられるなんて、それこそトドメの一撃の様なものだ。時間はあればあるだけ無駄になる。特に、リーシェちゃんみたいな人間に対しては。

 それに、リーシェちゃんを騎士に上げる方法なんて腐るほどある。僕の出来る限りでは、一つ二つくらい思い付くんだよ。


「一日で十分」

「…………何?」

「明日の夜、また此処においでよオジサマ。リーシェちゃんといっしょに、楽しい楽しいティータイムをしよう」


 紅茶を飲む様な素振りを見せながら、薄ら笑いを強くした。『不気味体質』は、僕の精神が相手よりも優位に立っていればいるほど効果を強くする。

 それがどれだけ強い相手だろうが、どれだけ権力が上の相手だろうが、それは変わらない。平等に、全員僕の格下だ。


「……一日で、トリシェを騎士になれるレベルまで鍛えるというのか?」

「違うよ、一晩寝て起きたら―――勝手にリーシェちゃんが強くなるだけだ」

「馬鹿な……良いだろう、ならば一日だけ待つ。それでトリシェが騎士に上がれないようならば……」


 その先は、言わなくても分かってる。


「うん、リーシェちゃんは僕が貰っていく」


 オジサマの表情が唖然とした物になるのを見て、僕は面白そうにそう言った。



 ◇ ◇ ◇



「どういうつもりだ!? お前っ、なんであんなことっ……!」

「落ちつけよリーシェちゃん」


 あの後、オジサマは少し疑問を呈してきたけど、捨てるなら僕が貰っても良いだろう? と言ったら黙ったので、そのまま帰って貰った。明日の夜、リーシェちゃんを試験しに来るだろう。

 それまでにリーシェちゃんを強くする方法。それは、恐怖の克服だ。


「……どうやって私を強くするつもりだ?」

「とどのつまり、リーシェちゃんの実力が発揮されないのは……人一倍戦いに恐怖を感じるから」


 恐怖なら、僕の専売特許だ。

 僕は『不気味体質』と『威圧』、二つの威圧系スキルを持っている。が、この二つは大きく性質を異ならせている。


 『不気味体質』はプレッシャーを掛けて威圧するんじゃない。相手の心の内で僕に感じている印象を、恐怖に似た感情へと変質させるスキル。その効果は、僕が相手よりも優位の精神状態であり、かつ相手が僕のことを悪意で、もしくは弱者と見る程高まっていく。まぁ主なのは僕の精神状態の優劣だけど。

 『威圧』はその逆、それこそプレッシャーを掛けて威圧する、純粋なまでの威圧系スキル。でも、これは僕の弱さから言って『不気味体質』と組み合わせないと単独ではあまり効果は発揮出来ない。


 今回はこれを使う。リーシェちゃんが眠っている間、ずっとこの二つのスキルで精神的に攻撃し続ける。この二つのスキルが発動している間、特に『不気味体質』が発動している間、僕と同じ空間で眠ることはまず不可能だ。それは、強者であるほど絶対性を増す。自分が恐怖している存在の前で、睡眠という最大の隙を見せるのは、理性よりも本能が拒絶する。

 でも、この条件下でリーシェちゃんが数秒でも眠れたのなら……それは怖がる身体を自分で支配出来たということ。つまり、戦闘時、恐怖で動かない身体を自分で支配出来るということに繋がる。


「リーシェちゃんはこの部屋で、ただ寝るだけで良い」

「……それで、強くなれるのか? 本当に……」

「寝られるものならね。後はリーシェちゃんが眠れるかどうか、それだけだ。あのオジサマに認められたいのなら、眠る努力をするんだね」

「頑張れリーシェちゃん! 私が子守唄でも歌ってあげるぞ!」

「が、頑張って……下さい」


 フィニアちゃんもルルちゃんも、僕のやることにストップを掛けない。信頼されているからか、それとも家族ゆえか、それはまぁ分からないけど。

 とはいえ、これでリーシェちゃんが出来ようが出来まいが、僕にとってはどっちも得になる。出来ればリーシェちゃんは騎士になれて、僕も晴れて恩返しが出来るというものだし、出来なければ上手いこと言いくるめてリーシェちゃんを仲間に出来る。


「う…………分かった、それじゃあよろしく頼む」


 後者であれば一緒にいる内に恩返しの機会は何回でも訪れるだろうし、グランディール王国への道案内も頼める。出来ればリーシェちゃんには失敗して欲しいけれど、ここは最大限、力を尽くそう。


「それじゃ……眠って貰おうか」


 ベッドに寝そべって、渋々眼を閉じるリーシェちゃん。最早藁をも掴む気持ちでいっぱいだろうが、此処から先は君次第。

 僕は椅子に座り、彼女に向かって二つのスキルを同時に発動させた。


「っ!?」


 勢いよく起き上がり、立て掛けてある剣を手にしたリーシェちゃん。その表情は、何かに怯えるような表情で、剣を抜こうとする手も震えている。どうやらこの作戦は上手く嵌まった様だ。かなり強引な荒療治ではあるけれど、強弱関係無く圧倒するこのスキル……強者であれば立ち向かえる―――その領域に踏み込めるかな?


「眠る努力、頑張ってねリーシェちゃん」


 僕はそう言って、薄ら笑いを向けた。



 ◇ ◇ ◇



 翌朝、空が段々と青白くなってきた頃。リーシェちゃんはまだ眠れずにいた。僕は夜型だから良いけれど、フィニアちゃんやルルちゃんには僕の部屋で眠るように言って寝かせている。

 夜までに眠れればいいのだが、その眼元には隈が出来ており、眼を閉じれば眠れそうな程眠そうな雰囲気を醸し出している。とはいえ、やはり恐怖の中では眠れないのかスキルを発動する度に起き上がる。

 レベルは相当高く、ステータスだって一般騎士に負けない能力値を誇っているというのに、何故こうも戦いに怯えるのか、それが良く分からない。

 本人は緊張してしまうというが、緊張しても身体が全く動かなくなるというのはどうもおかしい。これは一回聞いてみる必要があるだろうか。


「うぅ……」

「ねぇリーシェちゃん」

「な、なんだ……」

「どうして君は騎士になりたいの? というより、何故あのオジサマの期待に応えようとするの?」


 僕がそう言うと、ばつが悪そうな表情で眼を伏せた。

 元々、彼女は騎士になりたいがために騎士見習いを2年続けていると聞いた。そう、2年もだ。おそらく同期の人間はとっくに騎士になっているだろうし、才能の無いと理解出来た人間は1年掛からず辞めていった筈だ。

 なのになぜリーシェちゃんはそうまでして騎士になりたいのか。


「……私の、」


 すると、リーシェちゃんは決まり悪そうにぽつりぽつりと話し始めた。自分のことを。


「私の父は……この国の騎士団長をやっている。そして、私の家系は代々『先見の魔眼』を受け継いでいるんだ」

「先見の、魔眼」


 リーシェちゃんにも、そしてあのオジサマにもステータスにあった『先見の魔眼』。イメージ通りなら二人の眼には先を見る能力が備わっているんだと思う。

 でも、リーシェちゃんはそれを使ってはいないようだけど……?


「私の家系は昔から騎士を輩出していてな……父を始めとして、祖父や先祖様まで、この国に名を残す程の実力ある騎士だったらしい。

 また、『先見の魔眼』は私達の家系だけのものではない……が、その力は凄まじく、過去輩出された祖父達は一対一の戦いなら負けなしと言われるほど強く、そして誇り高い騎士と聞いている」

「ふーん」

「当然、私もその魔眼を持っている……だが、使えないんだ。なんでも、私には魔眼の適性が低いらしくて……魔眼を使おうにも先なんて全然見えない……それを知った父達は、私を酷く叱りつけた。一族の恥、なんて何度言われた事か……」


 魔眼。保有していたとしても使えない代物。それを持って生まれても、必ずしも本人に恩恵を与える訳ではない、か。


「でも、両親は私を見捨てなかった。魔眼が使えないのならば、自分自身だけの力で騎士になってみせよ、と。過去、魔眼を持たずに大成した先祖様もいたからな」

「なるほど」

「でも、それから1年、2年と経って……未だに騎士になれない自分がいる……教官にも才能が無いと言われ、私自身も成長していない。私は騎士団長の娘だから、周囲の期待も凄かったが、こうなっては陰口や陰湿な悪事にも晒される……流石に父も騎士になれない私の面倒を見切れなくなったんだろう」


 だからこそ、今の状況になっているのか。多分リーシェちゃんの身体中にある包帯や手当の後はその陰湿な悪事によるものもあるだろう。父親も、一度は見捨てなかった。でも二度目はなかった。

 正直、魔眼の適性が無いのは生まれのせいだ、仕方ない。でも、リーシェちゃんが戦闘時身体を動かせない理由にはならない。

 何が彼女の動きを縛っているんだ? 恐怖、緊張、とはいいつつも、彼女は実際レベルを上げている。魔獣を倒したことが無いわけではない筈だ。であれば、その違いはなんだ?


「リーシェちゃん、君が魔獣を倒した時とこの前の僕達と一緒に行った時、何が違った?」


 確実にある筈だ、何らかの違いが。


「……そうだな……きつね達がいたか、いなかったか……かな? 武器や体調は一緒だったし、それ位しか思い浮かばない。敵の強さもそう変わらなかった」


 一人であれば魔獣を倒せるって事かな? 人が傍にいると緊張するってことか? でもリーシェちゃんは人見知りってわけじゃない、人が傍にいると緊張するのなら戦闘時以外も碌に人と話せない地味な子になる筈……なのに戦闘時だけだなんて。

 

 そこで、ふと思い出す。先程リーシェちゃんが言っていたこと、過去彼女の先祖達は一対一の勝負では負けなしの実力を誇っていたと。


「リーシェちゃん、もしかして――――」


 僕は一つ、思い付いたことを話してみた。すると、リーシェちゃんは少し考えた後、頷く。それで僕は確信した。リーシェちゃんが戦闘時に動けなくなる理由を。


「なら、それで行こう」


 スキルを解いて、僕は薄ら笑いを浮かべる。リーシェちゃんには眠って貰い、体力を回復して貰う。


 さて、それじゃ僕は夜まで色々駆け回るかな。



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