押し合い
桔音とステラ、メアリーと神奈、天使と使徒との戦いはその圧倒的実力差により、必然的に魔王クラスVS魔王クラスのタイマン勝負となっていた。レイラやルルは天使メアリーとの戦いに介入しようとしたものの、しかし段階的強化もまだ序盤なルルと、伸び代が見えないとはいえ、まだSランク中堅クラスのレイラでは、初代勇者と天使メアリーとの戦いに介入することは出来なかった。
赤錆色の剣と、メアリーの翼が衝突し、火花を散らすが――神奈の剣がメアリーの翼を斬り裂く事が出来たのは、最初の1回切りだった。それというのも、メアリーが翼に魔力を込めて硬質化を強化したからである。
翼による攻撃は手足とは違って縦横上下全方向から縦横無尽に迫りくる。しかも、その動きはまさしく手足と同様の精密さを持っていた。
「ふむ―――この翼は、厄介だな」
神奈がそう言うと、メアリーはそのにんまりと吊り上げていた口角を更に吊り上げた。そして、翼による攻撃が激化する。コレはどうするべきかと神奈が眉を潜めるものの、翼によって飛行する事が出来るメアリーと、その翼による縦横無尽、重い威力の攻撃を、しかし神奈はその剣で捌き切っていた。
スピード自体はメアリーよりも神奈の方が速く、制空権を持っているかいないかで互角になっている様なものだからだ。それに、メアリーの翼による攻撃は長引けば長引くほど、神奈にとって捌きやすい攻撃となる。メアリーの癖や、良く出る角度の攻撃、苦手とする攻撃等が、長引けば長引くだけ神奈の知る所となるのだから。
だが、それでもメアリーの翼を凌いだ所で、神奈にはメアリーの攻撃を当てるだけの機会がなかった。メアリーに隙がないというのも要素の1つではあるけれど、まず空を飛べるという要素が大きい。メアリーは空を飛ぶだけで体勢を安全に立て直すことが出来るのだから、神奈と違って圧倒的に有利だ。
しかも、今回のフィールドは前回の幽霊屋敷という屋内ではなく、海という屋外。空を飛べるメアリーは、空を飛べばどこまでもが安全地帯だ。
しかも、空から魔法で一方的な攻撃をすることも出来るのだから。
「あははっ! それだけなの? 拍子抜けしちゃうわ!」
「む……まぁそうだな、子供を退屈させるのは忍びない」
「子供扱いかー、一応私貴女よりも年上だと思うけど、まぁいい―――わッ!」
制空権を取ったメアリーが、空中から神葬武装『断罪の必斬』を発動させた。手刀が振るわれ、斬撃そのものが概念となって神奈を襲う。
しかし、神奈は最初から手刀に警戒していた。手刀が振るわれた瞬間、真横へとステップして手刀の軌跡から自分を外した。すると、手刀によって生み出された斬撃が、砂浜を大きく斬り裂き、真っ直ぐな線を作りあげる。
神奈はその結果と手刀という要素から、これが桔音の警戒していたメアリーの近接最強の力か、と確信した。
(斬撃そのものを飛ばす力……? でも、斬撃にしては全く空気を切る音がなかった……高速で飛ばしたとしても、飛んでいるのならソレはあり得ない……となると、斬撃を押しつける力か。斬ったという結果のみを発生させるとなると……末恐ろしいな)
冷静な思考で戦況を読む。戦闘における冷静さが、彼女の戦闘における強みというモノだろう。振るわれる剣が、近づくメアリーの翼とギャリギャリ音を立てて剣が衝突する。
(どうする……このままじゃ均衡状態のままだし……あの手刀をどうにかして解く必要があるなぁ……)
狙うは、メアリーの手刀。あの手の形を崩し、その上で決定的な一撃、もしくはソレに繋がる一撃を叩きこむ。
そう考える神奈は、冷静な思考のまま戦況を覆す方法を探る。
◇
また、別の位置ではステラと桔音も同様に戦っていた。
お互い、奥の手まで手札を知り尽くしている以上、戦いのポイントとなるのはその手札を何処で切るか、だ。まぁ新たな手札をお互い持っている可能性もあるが、それを展開するタイミングもちゃんと見計らわないとならない。
雷と瘴気の衝突、剣と槍の衝突、光彩異色の瞳と露草色の瞳が交差し、そして切り結ばれた瞬間に切り抜いている両者。相手に一切傷を与えることが出来ず、また決定打に欠けている―――こちらもこちらで、均衡状態に陥っていた。
「強いなぁ……」
「此方の台詞ですね……」
桔音の呟きに、雷の槍を振るいながらステラが反論する。
ステラは、今までの時間で出来得る限り自分と神葬武装を扱う技術を磨いて来た。故に少なくとも以前よりずっと強くなったと自負していたし、桔音は異常でも人間、自分と同じ時間で大きな成長をする事は出来ないと思っていた。
なのに、蓋を開けてみれば桔音は凄まじい速度で進化していた。以前はなかった戦闘技術がしっかりと身に付いており、かつステータスも大きく上昇しているらしい速度、そして瘴気操作技術も格段に向上しているのが分かる。
はっきり言って、桔音の成長速度は人間の範疇を大きく超えていた。
「ッ―――……」
雷の槍を振るっても、全て瘴気によって防がれる。振るおうとした瞬間に刃先の進行方向に瘴気が生成されたりすることもある。防御を抜けると言っても、それは刃先の話で柄までもがそうかと言われればそうではない。瘴気で柄の部分を叩かれれば、ステラの攻撃も停止を免れない。
『瘴気操作』が『瘴気支配』になったことは、桔音にとっては大きな成長であったようだ。少なくとも、今のこの時においては桔音の力となっている。
だが、桔音とて同じ感想だ。
ステラの成長ぶりは桔音にとっても予想外のモノだった。神葬武装を扱う技術もそうだが、ステータスや動き方が全く違う。洗練されたというべき強さとなっていた。
型に嵌まった様に振るわれていた筈の雷の槍が、今では変幻自在に振るわれる。雷という性質を利用し、形を変えてきたり、いきなり右手に持っていたのが消失し、左手に現れたりもする。使い方が明らかに変幻自在、上手くなっていた。
騙し打ちや嘘に関しては鋭い観察眼を持っている桔音だからこそ、躱せるトリッキーな動きと言えるだろう。しかも、防御無視の超威力が加われば厄介極まりない。
「このままじゃ――」
「――均衡は崩せません、ね……」
桔音とステラは同じことを考える。このまま何もせず打ち合っているだけでは均衡は崩せない。どちらかが仕掛けなければ、戦況は動く事はないだろう。
しかし、それに思い至った瞬間、桔音もステラも同時に動き出した。均衡を破るために、桔音は『死神の手』に『死神』を展開し、ステラは『神葬ノ雷』の刃の先端に青白い雷を集束させたのだ。
恐怖を付与する刃を展開しながら、桔音は魔眼を発動させる。ステラの雷の動きに危険を感じたからだ。これはおそらく、あの一撃だと思ったからだ。
そして、その予想は当たった。
「―――ふっ……!」
その刃が振るわれ、集束された雷のエネルギーが解放される。放たれた雷のエネルギーは、超高速で桔音の顔面を貫く様に迫った。これは桔音も既に見たことがある……"彗星の如き一撃"だ。
その速度は速過ぎて桔音も目視する事が出来ない。恐らくは光速を超えているだろう。しかし、魔眼で先に軌道を読めばなんとか躱す事も出来る。桔音は彗星の如き一閃を躱すと、不気味な大鎌を構えてぐっとステラの方へと踏み込んだ。
この大鎌……『死神』を当てることが出来れば、ステラにもなんらかの隙が見える筈。その隙を衝く事が出来れば、桔音の勝機も見えてくるというものだ。
懐へと潜りくむ桔音だが、その刃はまったくステラに届いていない。とはいえ、桔音としてはこの刃を、ステラの隙を作るために振るっている。
牽制とはったり、この大鎌を出した瞬間から、桔音のハッタリが始まっていた。ステラはそのハッタリにまんまと乗せられたのだ。
「隙がないな、ステラちゃん」
「不気味で危険な気配を感じる刃ですね……これはしかも、一度斬られればその時点で終わりそうです」
言葉を交わす。桔音は既にその大鎌で攻撃するつもりはほぼない。しかし、ステラは今だ桔音の持っている大鎌に注目していた。警戒していた。
「フッ―――!」
そして、桔音の大鎌が遂に振るわれる。ステラの雷の槍と衝突するが――スキルである刃は衝突せず、雷の槍をすり抜けた。
「な……!?」
驚愕の色を見せるステラだが、顔面に迫りくる大鎌の刃を見て、すかさず躱す。上半身を後方へと反らし、鼻先を少しだけ大鎌の刃先が掠る様にして、ステラは桔音の攻撃をなんとかやり過ごした。
均衡を破る為に同時に動きだした結果、この結果はおそらく、桔音とステラによる読み合いに、桔音は勝ち、ステラは負けたということになるだろう。ステラの考えていた以上に、桔音に増えた手札は多く、桔音の予想通りステラは"彗星の一撃"を繰り出した。
この読み合いの結果は、未だ勝敗を大きく分けることはなかったが――確実に均衡は破られた。
「畳み掛ける……!」
上半身を反らして崩れた姿勢のステラに、桔音は一気に畳み掛ける。『死神の手』をくるりと回して、漆黒の薙刀を作りあげると、斬撃を飛ばしながらもステラに近づいた。
近づいている桔音に、ステラは流石に不味いと感じる。雷の槍で地面を突き刺し、その反動を利用して体勢を強引に立て直した。
迫りくる桔音の刃に合わせて雷の刃を振るい、飛来する瘴気の斬撃と雷が衝突させ、消える。桔音の持つ薙刀による斬撃ではないにしろ、確実にステラの首を狙っていた一撃を防いだステラは、そこから踏み込んでくる桔音に対して迎え撃つ姿勢を取った。
「此処―――!?」
「はぁぁぁああ!!」
瘴気の薙刀が予想していた射程範囲の外から伸びて来た。見ればその刃がぐんと伸びていた。
瘴気で出来た刃故に、桔音の匙加減次第でその刃はその形をいくらでも変えることが出来る。今回はその刃が追加された瘴気によって伸びていた。ステラの意識の範囲外からの奇襲である。
「奇襲っていうのは……こうやるんだ……!!」
「っ……!」
だが、それもステラの雷の槍が防ぐ。戦況が、桔音に優勢な方へと傾いてくるのをお互いが感じていた。均衡を崩そうと動いた結果、ここまでステラは押し負けたのだ。
ギリギリ、顔の目の前で止まった漆黒の薙刀に、ステラは背筋が冷える様な感覚を覚えた。