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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第十三章 魔王の消えた世界で勇者は
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☆天使と勇者、使徒と死神

 天使と使徒、メアリーとステラの2人との戦闘は、開始早々海を吹き飛ばす勢いで衝突となった。

 ステラの雷の槍と、桔音の漆黒の刃が衝突し、その雷と瘴気が火花を散らす。そして、Sランクの領域下での速度は2つの斬撃に多大な威力を上乗せする―――結果、その衝突は浅瀬ではあるものの、2人を中心に周辺の水を吹き飛ばした。雷の性質を持っている『神葬ノ雷(ブリューナク)』だが、今回は既に開放状態となっている。しかも、以前より増して、その形状は鋭く整えられていた。

 恐らくは前回のメアリー戦から今日までの間、ステラは自身の強化を行っていたのだろう。制御し切れていなかった神葬武装を、より制御し使いこなせる様に。


 故に、以前戦ったあの時よりもずっと――強い。


 更に言えば、メアリーの『断罪の必斬(フェイルノート)』は、桔音達にとっては凄まじく相性が悪い。何でも断ち切ってしまうこの力、『斬った』という結果だけを生み出すこの概念的な能力は、桔音の防御力も、武器も、何もかもが意味を成さない。手刀を振るわせないという攻略法はあるものの、相手の手の動きを完全に封じる方法など、あっても成功させることはそうそう出来はしない。

 もっといえば、メアリーのこの斬撃の力の射程範囲が分からないので、メアリーが遠距離にいようがいまいが警戒せざるを得ない。以前彼女は、少し離れた位置で、此処から桔音の首を刎ねることが出来ると言った。少なくとも、致命傷を負わせられる射程範囲は、最低でも桔音から半径8mの範囲なのは間違いない。


 桔音も以前より強くなり、『死神の手(デスサイズ)』という武器も手に入れたとはいえ、やはり神葬武装は格が違う。武器の性能だけで魔王を打倒出来る規格外さだ。


「ッ……ほんと、嫌になるなぁ……!」


 大きくバックステップして、メアリーから距離を取りつつステラと交戦する桔音。不幸中の幸いなのは、この戦闘において桔音は2対1なのではなく、他のパーティメンバーも戦うことが出来るという事だ。レイラやフィニア、ルル、ノエルに加え、初代勇者である高柳神奈も戦闘に参加する。

 メアリーから桔音が距離を取れるのは、フィニア達がメアリーの相手をしてくれているからだ。


「もう……邪魔だなぁ!」

「硬いね、その翼……鳥翼人種(ハーピィ)ってわけじゃなさそうだけど」

「あんな中途半端と一緒にしないでくれる? 前はそこの犬娘に斬られちゃったけど―――今回はそうはいかないわ!」


 ルルはじろりと見られて少しだけ気圧されたものの、すぐに立て直す。既に『星火燎原』を発動させ、強化の段階的上昇は始まっている。長期戦に持ち込み限界まで強化出来れば、ルルは恐らく魔王戦であっても屈指の実力を発揮するのだ。天使相手でも、互角にやりあうだけの力はある。

 そしてそんな天使の言葉に、初代勇者である神奈は眉を潜めていた。

 現状、恐らくこの中で事態に付いていけていないのは神奈だけだ。今回は戦えないリーシェやレイラはメアリーのことを知らないが、ステラがいるということはそういう存在なんだろうということは予想が付いているし、フィニアとルルに至っては既に戦闘を行っている。完全に初見なのは神奈だけなのだ。


 しかし、神奈はこの異世界に1人召喚され、たった1年半で魔王を打倒せしめた少女だ。正確には倒せてはいなかったが、それでも召喚されてすぐにこの世界に適応した適応力の高さは、彼女の持ち得る武器でもある。

 状況把握能力が高いというのだろうか、彼女はこんな状況でも冷静に周囲を見ていた。


(……きーくんが1人だけ相手にしているってことは、この2人は2人とも魔王クラスの実力を持っているってことか……しかもきーくんはさっきからこの子(メアリー)に対して一定の距離を置いてる……近接で圧倒的な能力を保有しているってこと? しかもあの翼に頭の円環……あんなの私が旅した中で見たことない……それに、きーくんが相手している子の武器……雷が槍の形態を取っているだけで、まんま雷そのものだ……あんな武器、普通じゃない)


 周囲の情報を集め、既に神奈はメアリーとステラに対して武器が脅威的な相手だということを見抜いていた。そして武器が見えないメアリーに対しても、近接的な力が高い可能性を挙げている。流石というべきか、戦闘を行いながらも彼女は何処までも冷静だった。

 そして彼女はメアリーから距離を取り、一瞬桔音の方を見る。正直、神奈は桔音の実力を魔王の体内から見ていたから知っている。その桔音が、かなり拮抗した戦いをしている……決定打を入れられていない。


(きーくんの強みは多分高い耐性値の筈……なのに攻撃を一切受けないで避けてる……きーくんの性格ならわざと受けてからカウンターを入れる位やりそうなのに……ってことは、あの雷の槍はそれほどの威力を持っているか……もしくは防御無効の性質を持っているのか、か……)


 また地面を蹴って、メアリーに肉薄する。斬撃は翼によって防がれてしまうのだが、先程と違って神奈は少しだけ"本気"で斬り込んでみた。


 すると――


「なッ……!?」

「ふーん……これ位なら斬れるんだね」


 ――メアリーの翼に少しだけ、その刃が通った。固い羽が翼から何枚かひらひらと地面に落ちる。メアリーは驚愕の表情と共に、神奈に対して警戒を強めた。


「……貴女、誰? そういえば初めて見る顔」

「ん? 私か……そうだなぁ」


 メアリーの問いに、神奈は少しだけ視線を泳がせた後、まるでスイッチが切り替わったかのように鋭い眼光で睨みつけた。途端に神奈の放つ威圧感が強大になる。メアリーは神奈の威圧感に、一瞬死をイメージした。


「ひっ……!」


 小さな悲鳴をあげたのは一瞬。メアリーは生まれて初めて、人間に対し恐怖を抱いた。

 神奈は借りている赤錆色の剣、『赫蜻蛉』をだらりと投げ出して、構えない。自然体のまま、脱力した姿勢を取った。彼女にはこの姿勢が最も戦闘を行い易いのだ。構えるだけの労力を割かず、自然体から一気に最大の力を発揮する事が出来る程、彼女は強い。


 神奈はかつて、初代勇者を名乗っていた時代――あらゆる敵からメアリーと同じ様に尋ねられた時があった。その時、神奈は口癖の様にいつも同様の答えを返す。だから、メアリーに尋ねられた時も同じだ。かつての敵達に名乗った様に、彼女はこう名乗った。


「私は勇者、名前は――高柳神奈(カンナ・タカヤギ)だ」


 口調が彼女の想う空想上の勇者のモノへと切り替わり、彼女は演技を現実へ持ってくる。イメージした最強の勇者の姿を、自分自身に投影して、彼女は勇者で在り続けた。


 故に、初代勇者は厳格で、孤高で、最強の勇者なのだ。


「使い慣れた剣があれば良いんだが……文句は言えない。それに……少しの間とはいえ、仲間に託された剣の方が、聖剣よりよっぽど価値があるさ」


 呟く神奈は、黒髪を靡かせメアリーに対し殺意ではなく闘志を露わにした。殺意や殺気の類は一切含まれておらず、メアリーは本当に純粋な戦う意志だけを感じ取る。相手がどんな存在であれ、戦う以上は対等で、戦うのなら相手に敬意を払う。

 神奈の戦いはいつもそうだった。スライムを相手に戦った初めての戦いの時から、魔王を倒した最後の戦いまで、彼女はどんな相手でも敬意を払った。戦う相手として純粋な闘志を抱いた。


 まるで、これが勇者なのだと体現するように。


「……」


 神奈は何も語らない。

 しかし、メアリーはなんとなく、本当になんとなく、不思議な感覚を抱いていた。殺意ではなく、闘志を持って敵を討つ――目の前の神奈が、他の有象無象と違ってメアリーには玩具には見えなかった。

 

 この少女と戦いたい。全力でぶつかってみたい。


 そんな気にさせられていた。桔音を壊れた玩具と判断したのとは、全くの逆……桔音が壊れた玩具なら、神奈はメアリーにとって初めて人間が人間に見える存在であった。


「勇者……そっか、きつねくんとは全く違う異世界人……まぁきつねくんが異常なだけで、貴女みたいなのが本当に勇者らしいのかもしれないけど」

「……」

「貴女みたいなのも初めて。異世界人って本当に面白いわね」


 メアリーが手刀を作った。その動作だけで、神奈はメアリーの武器があの手刀であることを見抜く。手刀を作った瞬間から、メアリーから放たれる気配に凶悪な感覚が混じったからだ。


「ホントはきつねくんを消しに来たんだけど―――面白いから貴女も消すわ!」


 メアリーはにっこり笑ってそう言った。悪意もなく、殺意も無く、純粋で無邪気な楽しいという感情だけで、なんの悪いこともしないかのような潔白さで、そう言った。


 狂っている、というよりは価値観が違う。神奈は桔音と同じ感想を抱く。

 悪意なく人を消しにくる、人を殺すことを悪い事だと思っていない存在など、最早化け物以上に理解の範疇を超えている。

 メアリーは神奈を玩具ではない人間として認識したようだが……それでもやる事は変わらない。それならそれで、玩具ではないモノで遊ぶだけだ。戦いたい、という気持ちも、彼女に関してはやはり全く違った認識になってしまうのだ。


「私は貴女と戦いたい――ん~……ッ……!! 人間を殺すのは初めてだからわっくわくするなぁ~!」


 人間を殺すのは初めて。

 殺した人間の数は数知れないというのに、彼女にとって今まで壊した人間達は全て玩具という認識だった。玩具はいくら壊そうと玩具であって、替えの利く消耗品でしかない。

 しかし、神奈は人間として認識された。それはつまり、メアリーにとっては初めて人間と戦うという認識となる。本当に子供の様にわくわくしていますと言わんばかりの笑顔。


 神奈は素直に不気味だな、と思う。


「今までの玩具って皆同じで飽きていた所なの……だからきつねくんも貴女も、私にとっては新しい刺激が詰まってそうなびっくり箱―――ちゃんと私を楽しませてね?」


 メアリーは笑う。悪意の籠っていない笑顔で笑う。


「任せろ、勇者(わたし)は子供好きなんだ……最後まで楽しませてやる」


 対して、神奈の空想上の勇者が、神奈を通してそう言った。



 ◇ ◇ ◇



 桔音とステラの戦いは、やはり拮抗していた。どうやらメアリーの意識は全て神奈に集中したらしく、桔音もメアリーとの距離を考えに入れなくて済む様になった故に、戦闘にも大分余裕が生まれたのだが……やはりステラは強い。

 雷の槍は掠っただけでも桔音の身体に傷を作る。防御無視の破壊力を持った武器、それが彼女の神葬武装『神葬ノ雷(ブリューナク)』……通常状態ならまだしも、開放状態ともなるとますます厄介になる。


 桔音としては、この開放状態から放たれる"天墜し"―――『天霆(ケラウノス)』を最も警戒していた。以前よりも武器を使いこなせる様になったということは、あの技にも磨きが掛かったということ。あの広域殲滅技には、桔音も正直死を覚悟した程だ。まして、今の人数を纏めて護れる手段はない。


『……どうする? きつねちゃん?』

「どうするかなぁ……」


 ノエルの言葉に、桔音は汗を拭いながら呟く。もう雷と瘴気の刃が幾度となく衝突し、既に両者息が上がっている。桔音と違って、ステラの方は全く汗も掻いておらず、表情も無表情の澄まし顔だが、肩が上下しているのを見れば体力を削られているのは明白だ。

 ステラとしては、正直約束を破ってしまうということが気に掛かっているのだが、元々桔音は浄化対象。こうなるのは仕方がない事なのかもしれないと思う。


「……強くなりましたね、きつね」

「いつまでも弱いと流石に死んじゃうからね。あと名前呼びは続けてくれるんだね」


 ステラの唐突な言葉に、桔音は薄ら笑いを浮かべながらそう返す。くるり、と漆黒の棒を手首で回転させ、刃を『病神(ドロシー)』から『武神(ミョルニル)』に付け替えた。


 すると、そんな桔音にステラは初めて――その無表情に悲しい微笑みを浮かべた。


「……きつね、私は……貴方が異世界人でなければいいのに、と考えることがあります」


 ステラはそう言った。


「……?」

「貴方は強い……力ではなく、心が強い。私は、貴方の心はとても綺麗だと思います。誰かを想い、自己犠牲でも踏み出せる意志の強さは、なにより純粋で尊い物です。だからこそ、私は貴方を浄化しなければならない事が少しだけ、嫌です」


 ステラは、以前桔音と約束した。この戦いで負けたら、もう襲って来ないで欲しいという約束を。

 本来ならステラの立場でいうと、こんな約束を交わす必要はまったくないし、メリットもなにもない。それでも彼女がこの約束を提案され、そしてなんの条件もなく呑んだ理由には、桔音を浄化しなくても済むかもしれないという気持ちがあったからだ。

 ステラにとって桔音は浄化するべき悪性はなく、異世界人だからという理由で、仮に桔音を浄化した後世界の揺らぎが解決するかも分からないのに、浄化したいとは思えなかった。


「しかし……貴方が異世界人である以上、決着は付けなければならない様ですね」

「……まぁ、褒められているのかな? ステラちゃんが僕を殺したくないって思ってくれるのは、中々嬉しいよ。でも、やるからには抵抗させて貰う」


 雷の槍の切っ先が桔音に向けられ、巨大な大槌の如き刃が振り上げられた。


「3度目ですね―――きつね、貴方を……浄化します」

「なら、そんな手間を省く為にもうがい手洗い位はしておくよ。明日から」


 そんな言葉が交わされた後、雷の槍が振るわれ、彗星の如き雷が光の軌跡と共に桔音に迫り、桔音はそれを魔眼で見切って『武神(ミョルニル)』を振り落とした。


 轟音と共に互いの威力は相殺され、ステラと桔音の視線が交差する。


「あと、もうちょっと笑った方が良いと思うよ、ステラちゃん」

「必要なら、そうしましょう」


 戦いは激化していく。


天使と使徒、この2人の違いは……なんなのか―――


天使のイメージイラスト。顔と髪型と髪色はこんな感じですが、服に関してはそんな固まってません!!(真顔)

挿絵(By みてみん)

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