休息を破る
さて、仲間の大切さと皆にとっての自分の大切さも確認出来たところで、僕達が海に来た理由であるハート型の尾鰭を持ったイルカでも探すとしよう。何かあってもまぁ大丈夫だろう。荷物は全て『魔法袋』に入れて持って来ているし、宿に関しては既にチェックアウトしてある。元々は衣服を買った後そのまま国を出るつもりだったからね。今は海で遊んでからそのまま国を出ることになったけど。
だから、武器も全部袋の中に入れてあるし、体調も海でのリフレッシュのおかげで万全だ。そもそも初代勇者がいる以上そうそう危険はない。
僕は自分のことを過小評価も過大評価もしない。それでいて、僕は自分自身の実力を魔王よりも高く評価する。初代勇者の実力はかつての魔王よりも高く、そしてその古き時代から積み重ねられてきた経験は、なによりも彼女を強くしている。
この場に置いて、魔王クラスが2人もいるんだ。例えSランクの魔族が来ようと、魔王がもう一度現れようと、負ける気はしない。
「リーシェちゃん、ちょっと遊んでくるよ」
「ああ、行って来い」
リーシェちゃんを置いて、パラソルの外へ出る。燦々と降り注ぐ太陽の日差しが、じりじりと僕の肌を焼く。けれど、これも海の醍醐味という奴だろう。
そして、熱い砂浜を歩いて海へと近づいた。レイラちゃん達が近づいてきた僕に気が付いて、駆け寄ってきている。身体中を水の掛け合いで濡らして、楽しそうに笑顔を浮かべているのを見ると、僕としても少しばかり笑みを浮かべてしまうね。
ちなみに、レイラちゃんは髪が長いから海で遊ぶに当たってポニーテールにしている。うなじが見えていて、なんとなく新鮮だ。女の子ってどうしてこう髪型だけで大きく変わるんだろうね。
「きつね君も遊ぼ♪」
「きつねさん! こっちこっち!」
「うん、今行くよ」
レイラちゃんとフィニアちゃんが前と後ろからぐいぐいと海の方へと僕を押したり引っ張ったりしてくる。海満喫してるな君達。
とはいえ、水着姿の女子達に囲まれて海って……僕結構リアル充実してるよね。内2人は僕に好意を寄せてくれているわけだし。まぁそれに応えていない僕が言うのもなんだけど。特殊なんだよね、この状況。
好きだと言われて、応えていない訳だけど、レイラちゃんの場合恋人がどういう関係なのか分かっていないんだろうし、フィニアちゃんの場合はしおりちゃんのことを知っているから許してくれている感じがある。というか、レイラちゃんの中ではもう僕と恋人でいるのかもしれないね。
まぁ、僕が元の世界に帰る事が出来る様になったら、流石に答えを出さないといけないね。レイラちゃん達は、僕の世界に来ることは出来ないんだから。
「えいっ♪」
「わぷっ……」
そんなことを考えていたら、レイラちゃんが僕に水を掛けて来た。掛かった顔から、ぽたぽたと水が垂れている。うん、冷たい。
「レイラちゃん……」
「うふふうふふふ♪ きつね君の負けー♡」
一体僕は何に負けたんだ。
「待てこらッ!」
「きゃー♡」
逃げるレイラちゃんを追い掛ける。何に負けたのかは分からないけれど、なんか気にくわない! その顔に水をぶっかけてくれるわ。瘴気で器を作り、レイラちゃんの周りに展開する。水を汲み上げ、一斉にレイラちゃんへぶっかけた。
「わぶぶっ!?」
どばーっと流れる滝の様にレイラちゃんを飲み込んだ水。ふはは、まいったか。
水が収まった所にで浅瀬で尻もちをついたような体勢のレイラちゃんが現れる。いつも癖っ毛だった髪が、濡れたおかげでストレートになっている。きょとんとした瞳が、今の状況についていけていない様な表情を作りあげていた。
「ぷっ……あははは!」
すると、横で見ていたフィニアちゃんが笑いだす。レイラちゃんのそんな表情が面白かったのだろう。見ればルルちゃんもくすくすと口元を隠しながら小さく笑っていた。ついでに神奈ちゃんも苦笑している。
「……あはっ♪ あははははっ♪」
すると、それにつられてレイラちゃんが笑いだした。僕も自然と笑ってしまう。
なんというか、こんなに楽しいのは久しぶりな気がする。この世界に来てから、命を取るか取られるかのことしか考えていなかったから、そもそも遊ぶということ自体が久しぶりだ。魔王を倒して、少し平穏が訪れたからそう思うのかもしれないね。
レイラちゃんが立ち上がり、今度は彼女も瘴気を使って水を掛けようとした。すると、皆もそれぞれで水の掛け合いを始めようとする。成程、なんでもありか―――良いだろう。
それなら僕も容赦はしない。瘴気で器を作って水を汲み、魔眼で水の攻撃を予測、その上でカウンター気味に『城塞殺し』を水に叩き込んで水飛沫攻撃をしてやる! 無論、手加減はするけどね。全力でやったら地面にクレーターが出来ちゃうから。
なんというスキルの無駄使い。でも――
「くらえ!」
「なんの、こっちだ!」
「わぷっ!?」
――全力で遊ぶってそういう事だと思う。
◇ ◇ ◇
そうして遊び続け、おやつ時になった頃だ。海に変化が訪れた。
浅瀬に居たから僕達には何も危険はなかったけれど、沖合の方の水面がゴボボボ、と音を立てて盛り上がってきたのだ。
巨大な何かが、水の中から出ようとしているのがすぐに分かった。だって、この光景はもう見たことがあったから。魔王城へと向かう際に現れた、『海王龍』が水面に現れた時の現象と同じだ。とりあえずポケットに入れておいた『魔法袋』から『死神の手』を出しておいた。そしてルルちゃんの『白雪』も出して、ルルちゃんに渡す。
漆黒の棒を構えて、ルルちゃんも青白い刃紋を持った剣を抜いた。
『何かな?』
「さぁね……でも、無粋な奴には変わりはない」
ノエルちゃんの言葉に、僕は視線を膨れ上がる水面に固定しながらそう返した。
全く、折角楽しく遊んでいたというのに、なんだっていうんだ。しかも今僕達水着だぞ。なにか? 女の子が水着だからサービスシーンに興奮して暴走してしまった何者かか? そういうの迷惑だからさぁ、やっぱり変態でも紳士さって言うのが必要だと思うんだよねー。
と、まぁ妙な文句を心の中で呟いていると、遂に盛り上がった水面が弾けて、水の中からどっぱーんとソレが姿を現した。
現れたのは、生物ではなかった。なんと、アレだけ大きく盛り上がった水面だったというのに、現れたのは小さな人影だった。水の中から出て来たというのに、凄まじい速度で空中を上へと進んでいき、そして止まる。まるで水の抵抗を受けながらも押し上げて出て来たかのような感じだ。
「何あれー?」
レイラちゃんの呟き。
だけど僕はその人影を見て、正確には太陽の逆光で出来上がったシルエットを見て、なんとなくその正体に気が付いていた。というか、予想通りなら僕の知っている子だった。多分この時点で、僕の顔はうわーって顔になっていると思う。
真っ白な翼に、
天使の円環、
着物の様な服装、
そして、白金色の髪―――
あの幽霊屋敷で戦った、『天使』と名乗ったあの少女。僕とは全く価値観が違う、悪意の欠片も持たない純粋で潔白な少女。彼女のことを表現するのなら、僕はとても苦々しい表情と共にこう言うだろう。
純粋で潔白で清廉で無邪気な、迷惑の塊、と。
「きーつーねーくぅーん……消し飛ばしに来たよー?」
現れた少女は、とても楽しそうな満面の笑みでそう言った。悪意など全く感じられない、大好きな友達の家に遊びに来た様な気軽さで、全く悪い事などしていないかのような純粋さで、とても神々しく綺麗な翼をはためかせながら、やってきた。
「……メアリーちゃん」
どこぞの序列第6位『天使』、メアリーちゃんが襲撃してきた。
彼女はすいーっとその翼で飛んで来て、僕達の目の前に着地する。水の中から現れる演出はどういう訳だろうか? 普通に飛んでくれば良いのに……まぁ彼女の気まぐれだろうけど、なんというかすいませんねぇこんな演出して頂いて。
「お尻を叩かれた100発分、お返しにきたわ!」
「あ、ちょっと待って着替えるから」
「え?」
そういえば僕達水着だった。戦闘になるなら着替えないといけないね、水着とか凄い防御力薄いじゃん。それに水着を切られでもしたら、皆即ポロリだよ。まぁ僕としてはそれでも全然構わないんだけど、僕ってほら紳士だから。ポロリしろよ、とか人に自分の欲を押しつけたりしないから。
という訳で着替えないと。
「じゃ、数分待ってて」
「え? 何それ、この登場でそんな扱いなの?」
戸惑う皆を纏めて瘴気で囲い、更衣室を作り、上から皆の服が入った『魔法袋』を投げ入れた。勿論学ランは出してからだよ。
で、僕は瘴気で自分の周囲を隠してささっといつもの学ラン姿に着替えた。微妙な間が空気を包んでいるけれど、メアリーちゃんの出鼻を挫くという意図もあるから、この微妙な間が出来たという事実が、僕の狙い通りだ。
リーシェちゃんはパラソルの下にいたから着替えられていないけれど、まさかこんなに早くこれが役立つとは思わなかったね。『壮絶な色気』と書かれたあのTシャツを渡しておいた。日の光の下で戦わせる訳にも行かないから、とりあえずそのTシャツを着て見ておいて貰うことにする。
「で……何しに来たの? メアリーちゃん」
「だから、この前の仕返し!」
「仕返し? どうやって?」
「消し飛ばすのよ、きつねくんも……その他大勢も」
成程、どうやらメアリーちゃんはまた僕達を殺しにきたらしい。まぁ分かっていたけれど、やっぱり面倒な子だなぁ……正直、この子と屍音ちゃんって似た様な性格しているよね。まぁ屍音ちゃんの方は色々壊そうとする分頭おかしいけど。メアリーちゃんは価値観はおかしいけれど自分のやることは悪い事ではないと思っているだけで、善悪の判断はあるんだろうし。
「でも、また動きを封じればお尻叩きだよ? その辺分かってる?」
「分かってるよ……でも、ソレの対策位練ってきたわ」
「へぇ……その対策ってのは―――……うっそ」
メアリーちゃんの言葉に薄ら笑いを浮かべながら、ふと視線を動かした先……そこには新たな人影が立っていた。その人影も僕の知っている人物だった。
長い白髪に、露草色の瞳、服装はドレスのままだけれど、上から白いロングコートを羽織っているスタイルに変わっている。そしてなにより、青白い雷の槍がバチバチと音を立てていた。
「……ステラちゃん」
やはり無表情でただそこに真っ直ぐ佇んでいるステラちゃん、その瞳には感情と呼ばれる様な物は映っていない。何処までも、無機質で機械的な少女だった。その手に握られた雷の槍は、以前にも増して危険な気配を放っている。
「すいません――あの約束は……恐らく破る形になってしまうと思います」
そう言ったステラちゃんは、雷の槍の切っ先を僕に向けた。
成程……確かに2人掛かりであれば片方を拘束しても片方が攻撃すればいい。ノエルちゃんの金縛りは、拘束対象が増えればその拘束力も分散してしまう……ソレは魔王戦でSランク魔族達を同時に拘束した際に判明している。
多分この2人なら同時に縛ってもすぐにその拘束から逃れる筈だ。正直、ステータスはそうでもないけれど、この2人の持っている神葬武装は魔王以上の性能を発揮する。
防御無視の超火力を持つ『神葬ノ雷』に、防御不可の斬撃そのものである『断罪の必斬』、正直これらの武器だけで僕死にそうだもの。
多分メアリーちゃんに言われて仕方なく来ちゃったんだろうなぁステラちゃん。正直序列は別として、ステラちゃんの上司っぽいし、メアリーちゃんは。でなければ約束を破ったことを謝ったりしないだろうし。
「ほらほら、遊ぼうよ――きつねくん?」
そう言って手刀を作るメアリーちゃんと、雷の槍を持つステラちゃん。
対し、僕は漆黒の薙刀と化した『死神の手』を構えた。
すると丁度、皆が着替え終えたらしく、開けておいた天井から飛び越えるようにして出て来る。同時に瘴気の更衣室を解除して消した。
さて、役者は揃った。まだ神奈ちゃんの武器はないけれど、リーシェちゃんが戦えないから彼女にはリーシェちゃんの剣、『赫蜻蛉』を渡しておく。
「そうかい……それなら、僕としても手加減出来ないけど……良いよね?」
「壊れた玩具は処分しないと。お片付けまでが遊びの基本だからね?」
海で遊んでいた僕達の目の前に現れた『天使』と『使徒』……この魔族とも人間とも言えない存在達は、この異世界の根幹に関わる存在である可能性は高い。ならば、僕が元の世界に帰る為には――
―――この戦い、けして避けては通れぬ道なのかもしれないね。
運命力は、待ってはくれなかった――