☆衣装替えで心機一転
挿絵あり
さて、それからしばらく初代勇者―――ああ、もうこの呼び方は良いか。どうやらこの子も、自分の事を勇者だと触れまわるつもりはない様だし、もうその名で名乗るつもりもないようだから。これからはただの高柳神奈として生きていくようだし、ソレに倣って神奈ちゃんと呼ぶことにしようかな。どうやら、彼女の認識では18歳のようだし、ということは同年代だからね。
彼女はどうやら勇者として旅をしている間は、かなり窮屈な思いをしていたらしい。なんでも、勇者として振る舞う必要があったから、今現在の様に天然発言をしないように気を付けていないといけなかった様だ。でも、天然は天然、意識して直せるようなものでもない。
そこで彼女がやったことは、そういうキャラ作りをしてずっと演技をするということ。幸いにも彼女は中学高校と演劇部で、将来有望なホープと呼ばれていたらしく、演技をし続けることで厳格でクールな勇者を演じていたのだそうだ。
まぁ、日常的に一緒にいる仲間達にはふとした時に演技をしていない時も見られる訳で、それがスイッチの切り替えの落差が激しいという認識を生んだってことだね。
「でも、アイは最初から見抜いてたなぁ……なんでだろう?」
「人の気持ちに聡い子だったんじゃない? 人って隠してるつもりでも大分顔に出るからさ」
宿の部屋で、神奈ちゃんとそんな雑談をする。正直目のやり場に困るんだけど、裸白衣のままでも羞恥心を感じていないらしいから、僕もあまり気にせず居られる。
でも、そうだなぁ……都合も良いだろうし、この際だからここらへんで新しく物資を調達しよう。食糧は一応調達出来ているようだから、後は他のものかな。魔王を倒したから区切りも良いし……ちょっとした心機一転ってことで装備を全変更するとしようかな。
で、ついでに神奈ちゃんの衣服も買おう。ステータスは正直ぶっちぎりで僕達を超えているし、流石は魔王が最強と評しただけの実力を今も尚保有しているというのなら、装備も与えよう。幸いにも、僕には『ジグヴェリア共和国の全職人に対する紹介状』が報酬として与えられているから、最高の職人達に最強の勇者の剣を作って貰おう。
それに、レイラちゃんのお洒落服はルークスハイド王国に置いて出てきちゃったし、オシャレイラ計画第2弾だね。
「そういえば、他の子達は? 魔王との戦いの時、まだいたと思うんだけど」
「ああそれなら―――」
神奈ちゃんの問いに答えようとしたその瞬間。
「きつねくーん!」
「良い湯だったぁ~……」
「尻尾が……もふもふです」
「やっと目が覚めたぞ……この身体は人間の生活には不便だな」
皆が帰ってきた。
すると、皆の視線が僕を通って神奈ちゃんの方へと向かい―――全員が一斉に戦闘態勢に入った。恐らくは魔王が取っていた容姿と同じ神奈ちゃんを見て、魔王がまだ生きていて、またやってきたのだと思ったのだろう。どういう理由で此処に魔王がいるのかは別として、警戒してしまうのは仕方の無い事だと思う。
「皆、ま―――」
「フッ……!!」
「『炎の槍』!」
制止しようとしたら、レイラちゃんが瘴気の刃で斬りかかり、フィニアちゃんが魔法を発動させていた。おっと、宿で戦闘開始ですか? コレは不味い、宿に傷でも付けたら後々弁償しなくちゃいけなくなる。とりあえず瘴気で壁や床を覆い、衝撃や魔法による攻撃から護った。
そして皆を止めようと動き出そうとした瞬間、前に出掛けた僕の足が止まった。
「―――うーん……52点、かな」
何故なら、そう言った神奈ちゃんが炎の槍をその手で握り潰し、その上でレイラちゃんを組み伏せていたからだ。ベッドに座った状態のまま、2人の攻撃に完全な対処を行い、その上で片方を無力化した。
流石は初代勇者、といった所なのかな。52点とかいう点数は、レイラちゃん達に対しての評価なのか、それとも自分に対する評価なのか、どうなんだろうなぁ。
まぁ、これなら事態を収めるのも大分楽になる。
「皆、落ちついて。彼女は魔王じゃないよ」
「え?」
「彼女は魔王に取り込まれていた初代勇者、高柳神奈ちゃんだ。なんやかんやあって魔王から解放されて復活したらしい。魔王はちゃんと死んだよ……で、彼女はこれから一時的に僕達と行動を共にすることになったんだよ」
僕の言葉に、全員が少し驚いた様な表情をする。まぁ、初代勇者といえば伝説上の人物だし、信じられない気持も分かるけれど……その証明は今為された筈だ。レイラちゃんとフィニアちゃん、その2人の連携による攻撃をいとも簡単に捩子伏せたその実力が、何よりの証拠だろう。
言葉が出ない様子のフィニアちゃん達を見て、僕は立ち上がる。『死神の手』を杖代わりにして、大きく身体をぐいーっと伸ばした後、僕は出来るだけ仰々しく、最重要事項であるかのように言った。
「ま、そういう事だから―――そろそろこの国を出るよ」
最強の勇者との旅を始めよう。
◇ ◇ ◇
フィニア達が初代勇者と自己紹介を終え、なんとか急な展開に付いて来たことで、桔音達はまず衣服を一新することにした。食糧等は既に『魔法袋』の中に大量に詰め込んであり、更に中には旅をする為の道具等も様々入っている。
故に、後は衣服を買う必要があるのだ。流石に桔音は学ランを着続けるつもりではあるものの、『初心渡り』で新品に戻して日々着続けるといっても限度がある。女性陣は毎日同じ服を着て不潔と思われたくはないだろうし、もっと色々な服を着ていたいという気持ちも少なからずあるのだ。
だから、衣服の一新を図る。
これを聞いた女性陣、特にレイラはとても嬉々とした表情を浮かべていた。以前やったオシャレイラ計画で手に入れた服は、彼女も大分気に入っていたので、ルークスハイド王国へ置いて来る破目になった以上、思う所はあったのだろう。
カイルアネラ王国は魔王城へ向かう勇者達が全員、一時魔王戦の前の休息の為にしばらく留まった国として有名だ。また、海で遊ぶといった行動をした勇者もいた故に、勇者という役目を忘れて一旦リフレッシュする為の国と言っても良い。まぁ、桔音は着いてすぐ出発したので、此処でリフレッシュするのは帰って来てからとなっているのだが。
とはいえ、そういう訳でこの国は勇者の齎した物が召喚国並に多い。4代目勇者が水着を作った国でもあるし、海関連の道具を作ったりもしている。更に、海にインスピレーションを得たのか、此処で作られた衣服は中々クールなデザインや、カジュアルな物が多かったりする。
『わぁ~、この帽子可愛いねぇ……ふひひっ♪』
そしてそんなデザインの多い衣服屋で、ノエルが壁に掛かっている黒い帽子を見ながらそんなことを言っている。
クールなものや、カジュアルな物が多いと言っても他のジャンルが無い訳ではないので、海にちなんで爽快感のある涼しげな服もあれば、普通に可愛い服だって置いてある。まぁ男性用の服が女性用の服に比べて少ない所を見れば、4代目勇者の手腕が女子の衣服を作る方へと過分に注がれたということが見て取れる。
「きつねさん! コレ似合う?」
「きつね君♪ 可愛い?」
「きつね様、獣人用の服があります……これなら尻尾の部分に穴を開けずに済みます」
「きつね、どうだこのシャツ。良くないか?」
そんな中、桔音は女性陣達から色々と意見を聞かれていた。フィニアは小さな髪留めを持って来た。レイラは白いスカートを履いて来た。ルルは獣人用の服の構成に感動している。リーシェはなんというか、ファッションセンスが皆無なTシャツを持ってきた。でかでかと『壮絶な色気』と書かれている。色気などなかった。
当然ながら桔音は男であり、ファッションに関して女性以上の興味があるわけでもない。学ランがあるので、下に着るTシャツが数枚買えれば良い。故に、こういった質問攻めに遭うと段々と疲れてくる。がっくりと肩を落としながらも、それぞれに感想を述べていた。
「大変だね、きーくん」
「神奈ちゃん……神奈ちゃんは決まったの?」
「うん、私は演劇やってたけど服装にはあまり拘らないタイプだったから。勇者をやっていた時と似た様な服装を選んだよ」
するとそこに、白衣から普通の衣装に着替えた神奈がやってきた。勇者をやっていた時に着ていた服と同じタイプの服装ということで、赤い色が基調となっている服装だ。中々凛としていて、佇まいと相まって確かに厳格そうな印象を与えてきていた。それに、かなり動きやすそうな服装をしている。
これで勇者然とした態度を取っていれば、それはもうまさしく勇者、といった雰囲気を醸し出していたのだろう。今はなんというか、もっと取っ付きやすい雰囲気を出しているが。
神奈は桔音の座っているベンチに腰掛け、きゃいきゃいと服を選んでいるレイラ達を見た。そして、なんともなしに微笑み、少しだけ羨ましそうな瞳をする。
「……私が勇者として旅をしていた時は、こんな楽しそうな旅は出来なかったな」
「ふーん、そうなんだ」
「服を選ぶ、なんてまず冒険者じゃしないからね。基本的に服は動きやすいものを適当に選んで、重要なのはその上に着る装備の方だったから」
神奈はおよそ300年以上昔の人間だ。その時と今の価値観は、やはり異なる。冒険者としては、可愛い服を着て旅をするのは、ほぼ自殺行為。魔獣や魔族の攻撃を防ぐ防具も無しに旅をするなど、愚の骨頂だ。殺して下さいとでも言っている様なものだ。
神奈は、桔音達を見る。
リーシェは簡単な防具を付けているものの、基本桔音達は全員防具など付けていない。私服そのままに旅をしているのだ。300年経って、今がどんな時代になっているのかは分からないけれど、彼女はその事実を見てこう思った。
「……今は、これが普通なんだね」
今の時代は、防具なしで旅をするのが普通なのだと。桔音達が魔王を倒しに来たパーティである以上、相当の実力を持っているのが分かるのだが、そんな彼らが防具を付けていないということは、他の冒険者達も防具を付けていないのだろうと思ってしまった。
桔音達を基準に冒険者達を見てしまった訳だ。彼らは完全に異質なパーティであることを、彼女はまだ知らない。知っていると言っても、見た目や気配でレイラやリーシェが魔族であると分かる程度だ。
「コレ可愛い♪ これにしよ♡」
「レイラ、これどうだ?」
「うん、凄くダサいと思うな♪」
「ええっ!?」
リーシェとレイラがそんな会話をしている。リーシェの手には、『視界の女は俺の嫁』と書かれている。恐らく意味は分かっていないのだろう。ただ、普通に着るならダサい。
レイラはある程度のファッションセンスがある様で、リーシェを見かねたのか、彼女の服もコーディネートし始めている。リーシェはそんな中でもちらちらと色モノTシャツを見ているのだが、そんなに気に入ったのだろうか。
とりあえず、桔音は何着かそのTシャツを買い物カゴに入れておいた。寝る時などで着るなら問題はない。
「でも、勇者時代がどうであれ……今は今だ、君も自分の着たい様な服を選べばいいよ」
「きーくん……うん、そうだね。なら、そうする」
そう言うと、神奈はレイラ達の中に混ざって行った。
桔音はベンチからその光景を見て、ふぅと大きく息を吐く。これはもう少し長引きそうかな、なんて思いながらも、楽しそうなら良いかと結論を出す。自分が質問攻めに遭うのは、こういう場所のお約束というものだろうと。
ならば、思う存分選ばせてあげよう。桔音はもう1、2時間は此処にいることを覚悟して、此方に選んだ物を持って駆け寄って来る満面の笑みのレイラに苦笑する。
「きつね君♪ コレ、似合う?」
「うん、可愛いと思うよ」
レイラが持ってきた物を頭に乗せて問いかけて来たのに対し、桔音は素直にそう述べる。嬉しそうに笑ったレイラは、それを頭に被ったまま、また服を選びに行った。
たったそれだけの言葉を聞く為にわざわざ感想を聞きに来るなど、非効率的だと思う者もいるだろう。
だがしかし、きっとたったそれだけの言葉が嬉しいから、女子はあんなに真剣に、かつ楽しそうに服を選んでいるのだろうなと、桔音は思う。なら、それに応えるのが男の役目ってことなんだろう。
「今の帽子……さっきノエルちゃんが見てた奴だったね」
『あの白髪に黒い帽子はとても似合うと思ったけど、正解だったね……ふひひひっ……♪』
桔音は傍に居たノエルとそんな会話をしつつ、ベンチの背凭れに寄り掛かる。
「うん……まぁ魔王と戦っている時よりは、大分楽しいかな」
そう呟いた桔音が質問攻めから解放され、レイラ達が服を選び終えたのは、それから3時間ほど経った後のことだった。桔音の感想としては、最後の方はもう同じことしか言ってなかった気がする、だ。
とりあえず、レイラが黒地にピンク色を基調としたお洒落な服装になっていたのは印象的だった。
結局あの帽子も買ったようで、ノエルがドヤ顔をしていたのが、桔音に今日一番大きな溜め息を吐かせた最大の原因かもしれないのだった。