騎士団長
「勇者?」
「ああ、どうやら最近の魔獣達の活動が活発になってるらしくてな。その原因が魔王の復活にあるらしい……そこでグランディール王国のお偉いさんが勇者を召喚したんだとよ」
翌朝、首輪を付けたルルちゃんとフィニアちゃんを起こして朝食を食べていると、なんだか人々の様子がおかしいと思った。ざわついている感じがして。
その後ギルドにやってきたら、僕が最初にギルドに入った時に絡んできた大柄の男の人が話しかけて来た。ルルちゃんがまた急所攻撃をかまそうと前に出た時は慌てて止めた。
男の人も中々青褪めた表情をしていたけど、流石に何もしていない人に金的は辛いよね。
それで、時間に追われている訳でもないからちょっとした雑談をすることになった。そしてギルド備え付けのテーブルに座って、教えられたのは勇者のことだった。
「へぇ……勇者に魔王とは……これまたテンプレな」
「まぁ魔王は脅威だけど、勇者が召喚されたなら大丈夫だとは思うぜ」
「ふーん、所で僕おじさんの名前知らないんだけど」
「勇者よりも俺の名前かよ……俺はグリムだ、Fランク冒険者のな」
正直な所、僕は魔王や勇者がどうのこうのという話に興味はない。まぁ元の世界に帰る手かがりを持っているのなら別だけど、魔王とか絶対強いじゃん、怖いからまず会いたくない。最悪戦闘にならないならいいけど。
それにしても、このおじさんはグリムって名前なのか、知らなかったなぁ。でもこういう風に情報収集が出来るなら冒険者と色々会話してみるのも手かな。
「きつねさん! 依頼はー?」
「うーん、そうだね。外に出る系の奴お願い」
「うん! ルルちゃん選びに行こっ!」
「あ、はい!」
あの後、結局フィニアちゃんはFランクに合格して帰ってきた。ルルちゃんはまだHランクのままだけど、魔獣討伐依頼の受けられるフィニアちゃんが仲間にいるというのは少しだけ前進した気分。
それに、首輪をして家族としての絆を深めたおかげか、ルルちゃんとフィニアちゃんも中々打ち解けて来たみたいだ。妖精様って呼び方はフィニアちゃんが許さなかったからフィニア様で落ち付いたけど。
「あの子達はお前のパーティか?」
「うん、僕の家族だよ」
「でもあの子の首のは奴隷の……いや、なんでもねぇ」
グリムさんはルルちゃんの首輪を見て怪訝な顔をしたけれど、家族だと言ったからか途中で言葉を引っ込めた。年を取るとやっぱり会話の空気というものを読めるらしい。それ以上言ってたらルルちゃんの金的喰らわせるとこだったよ。
「それにしても、勇者って何処から来てるのかな?」
「ん、なんでも異世界からやって来てるらしいぜ? この世界にも過去召喚された勇者が持ち込んだ技術や品物も多いしな」
「え?」
異世界? 勇者は異世界から召喚されている?
「ちょっと、その辺詳しく」
「え? あ、ああ……確か最初に勇者が召喚されたのは300年前だったか、最初の勇者は女だったらしいぜ」
「ふむ」
「んで、その時現れた魔王を倒す為に女勇者は聖剣シュバルツレイドを手にし、瞬く間に強くなったんだと。それで魔王を倒し、元居た場所へと帰ったらしい。あー名前は確か……カンナ・タカヤギ、だったかな? 大層な美貌を持っていたらしいぜ?」
たかやぎ、かんな……間違いなく日本の和名。300年前っていうと江戸時代の人か……本を読み漁っていた時期に読んだ歴史書ではその時代、女の人が戦ったって記述はあまりない……なのに勇者として戦えたってことは、何かしらの特別な強化があったと見て良いだろう。
けどここで重要なのは、勇者は魔王を倒した後『帰った』ってところ。異世界から来た勇者は元の世界に帰った、帰る方法は『ある』?
「その女勇者を含め、過去4人の勇者が召喚されてるが……その中でも様々なものを持ち込んだ勇者がいたらしくてな、俺一押しはやっぱり『スカート』だな! あれは女の色気をぐっと高めたね!」
グリムさんが何か言ってるけど、僕としては帰る方法があるって分かったことが一番の知らせだ。勇者限定の帰還方法かもしれないけれど、前例があるのならそれはかなりの手掛かりになる。
「こう、すらっと伸びた足が眩しくてなぁ……! 下着がちらっと見えた時はもう最高だな!」
「馬鹿だね、見えちゃったら意味ないんだよ! スカートがほんの僅かな揺らぎで見せる、見えるか見えないかのギリギリの境界線にこそエロを感じるんだよ! 見えそう……でも見えない! でも見えないからこそ男の妄想を誘うんだ! スカートの中にある光景は妄想の中にこそ理想の光景として確立してるんだ! パンツが見えてしまったら、駄目なんだ!!」
「お、おう……すまねぇ……悪かったよ」
全く、チラリズムがどういうものなのか全く分かっていないよこの人。そもそも、スカートの部分だけに注目するのは間違ってる。チラリズムとは、本人が見られてしまったかもしれないと羞恥に頬を紅潮させる表情や、隠そうとする仕草にも価値があるんだ。
ただパンツを見たくらいではしゃぎやがって、子供か―――おっと、違うよ。僕は別にパンツになんて興味ないし。真面目な青少年だし。
「で、勇者についてもう少し知っていることないかな?」
「あ、ああ……勇者は60年周期で魔王が復活する事から、同じく60年周期で召喚されてる。今は丁度5回目のその時だからな、さっきも言った通り勇者が召喚されたんだ。魔王を確実に殺す方法は……まだ分かってないらしい」
「魔王っていうのはどんな姿をしてるの?」
「いや、魔王の姿は勇者とそのパーティ以外は見ていないらしい。そもそも魔王まで辿り着くにはAランク以上の実力が必要だからな……」
なるほど、ってことは魔王は人間みたいな容姿をしていない可能性があるな。復活出来るということは、やっぱり別の肉体を用意しているとか、魂だけ別の場所に保管してあるとか、そういった細工がしてあるわけだからね。脆弱な人間よりも魔獣の様な強い肉体の方が都合が良いだろうし。
まぁ魔獣の要素を押し固めて人型を取るってのも魔王っぽいけど。
「で、今回召喚された勇者の国……どこだっけ?」
「さっきも言ったが、グランディール王国だ。戦争の多い武力国家だな、弱肉強食の国とも言われてる。腕を上げたい冒険者とかに人気だな、まぁあそこの冒険者は最低でもDランク以上の猛者たちばかりだ、軽い気持ちで行けば痛い目見るぞ」
「ふーん、興味あるね」
勇者、おそらくは異世界の人間。僕と同じ世界から来たのか、それともまた違う世界から来たのかは分からないけれど、これは大きな手掛かりを手に入れた。目的はどうあれ、そのグランディール王国には一度行ってみた方が良いと思う。
「きつねさーん!」
「ん、依頼が決まったのかな?」
「おいきつね……まさかお前行く気か? 弱肉強食の国に……」
グリムさんは案外僕のことを心配してくれているみたいだ。こういうお人好しな人は、嫌いじゃない。
「さぁてね、でもまぁ……その勇者には会ってみたくなったよ。それじゃ」
僕はそう言って、依頼書の掲示板の前で僕を呼ぶフィニアちゃん達の下へと歩み寄っていった。
◇ ◇ ◇
さて、今日もHランクのお手伝い依頼を幾つかこなして、多少レベルも上がった所で宿へと帰ってきた。最近ではレベルも余り上がらない、まだレベルも10台だというのに何故こうも上がりにくくなってきたのだろう。僕としては心底納得いかない。
ちなみにルルちゃんはまだ戦闘に参加出来ていない。小剣を構えるまでは出来たのだが、やっぱり生き物を殺すのはまだ抵抗があるようだ。
「すいません……」
「いやいや、無理にやらせようとは思わないよ。ちょっとずつ頑張ってくれれば」
「はい……」
しょぼんと肩を落とすルルちゃんの頭をぽんぽんと撫でながら、僕達は宿へと入る。晩御飯の時間まではまだあるし、しばらくは部屋の中で大人しくしていよう。あといずれグランディール王国に行くって二人にも言っておかないとね。
入り口を潜って、階段へと向かおうとすると、宿内の雰囲気が何処か違うことに気が付いた。自然と僕らの足が止まる。
「―――もう良い、貴様は家の恥晒しだ。我が子故に多少は目を伏せて来たが……これ以上は付き合ってられん」
「そ、そんな……! 待って下さい! 私は……!」
「一週間だ」
「え?」
「一週間、最後のチャンスをやろう。それまでに見習いを脱せないのならば……貴様はもう私の娘ではない」
リーシェちゃんがなにやらダンディーなオジサマと揉めていた。揉んでるんじゃないよ、揉めてるんだよ。
話の内容から、多分あのオジサマはリーシェちゃんのお父さん。腰に下げた剣とリーシェちゃんの騎士見習いという要素を組み合わせると、やはりあの人も騎士なんだろう。それも、凄腕だ。佇まいからしてそれっぽい風格と威厳がある。
「……ステータス」
ひっそりとオジサマのステータスを覗いてみた。
◇ステータス◇
名前:ヴァイス・ルミエイラ
性別:男 Lv89
筋力:6250
体力:5400
耐性:250
敏捷:4560
魔力:1200
称号:『騎士団長』『魔眼保有者』
スキル:『剣術Lv7』『身体強化Lv5』『神速』『威圧』『魔力操作Lv3』『先見の魔眼Lv5』
固有スキル:『先見の魔眼』
◇
凄まじいな。レベルの高さは言うまでも無いけれど、そのステータスの高さは尋常じゃない。
ミアちゃんに言い寄っていたジェノとかいう男の人はレベル47だったけど、ステータスを倍にした所であのオジサマには敵わない。しかも称号に『騎士団長』とある、相当の実力者―――おそらくAランク級の冒険者に匹敵するんじゃないだろうか。
「ねぇきつねさん……アレ何? 揉め事?」
「揉み事だったら混ぜて欲しいけどねー」
「でもリーシェちゃん凄く必死な表情だけど」
「だねー、でも家族の内輪揉めだからねぇ……僕達の入れる世界ではないんだよ」
ルルちゃんが僕の手を握る力を強くした。
「......入れない、けど」
家族同士の話に、他人は介入出来ない。うん、僕の元居た世界ではそれが常識だった。現に、暴力を振るっていた僕の母親らしき人を止めようとした人はいなかった。
でも、ここは僕の元居た世界じゃない。そんな常識は此処でもあるのかもしれないけれど、僕の知ったことじゃない。それに、
―――子供が親から捨てられる苦しみを、僕は知っている。
「それだけは、見逃せない」
一歩、止まっていた足を前へと進めた。その足音に、素敵なオジサマが此方を見る。けどすぐに視線をリーシェちゃんに戻した。
気に入らないな。
「なっ!?」
『不気味体質』を発動すれば、ほらこっちを向いた。彼はAランクの化け物級の実力者で、確かに強いんだろう。でも、あの日の赤い瞳は、もっと怖かった。それを思えば、なんてことはない。
「初めまして、リーシェちゃんのお父様?」
僕は薄ら笑いを浮かべながら、挨拶をする。
対して、リーシェちゃんのお父さんは腰の剣に手を当てながら、好戦的な鋭い眼光で僕を射抜き、
「………何だお前、死神でも喰らったのか?」
重い口調でそう言った。
リーシェちゃんのお父様。滅茶苦茶強いです。Bランクの魔族を相手にしてもソロ狩り出来ます。
そう考えると相手の強さ関係無く精神的強者になれる『不気味体質』はある意味チート。