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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第十二章 人類の敵を名乗る
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最終決戦

 魔王は死んだ、そう思った僕はこの場をどう収めるかに全神経を集中させていた。目の前に居る屍音(しかばね)と名乗った魔王の娘、とても純粋な狂気を秘めた笑顔を向けてくる彼女は、僕にとってとても危険で危うい存在に見えた。

 魔王よりも高い実力を持ち、尚且つ大好きな親を殺したとしても、悪いの死んだ方だと心の底から言い張ることが出来る精神の持ち主。どう考えても戦うべき相手ではないし、戦う理由のある相手でもない。ステータスを見れば、僕の称号から『人類の敵』は消えていて、そのことから元々の目的は十分に達成出来たと言える。


 ならばこの場はさっさと逃げるべきだ。そんな結論は、とっくのとうに出ている。

 しかし、それを実現するには状況が悪すぎる。近くにルルちゃんがいることから、ルルちゃんは恐らく邪魔を突破して来たんだという事は分かる。でも、視線を動かして周りを見れば……レイラちゃんの足下には転がっているけれど、他の皆の前にはそれぞれ1人ずつ魔族が立ちはだかっている。気配や魔王の策略という考えからして、十中八九Sランク魔族だろう。

 逆を言えば、僕はSランク相当の実力者に挟み内にされている位置に立っているということになる。逃げるには少しばかり……最悪の状況だ。


「で、おにーさん人間だよね? 何してるの?」

「……いや、もう帰る所だよ」

「えー、駄目だよ。折角私がこうして外に出られたんだから、一緒に遊んでよ」


 何より、目の前のこの少女……屍音ちゃんが面倒臭い。何せ、帰ろうとする僕を引き留めようとするのだ。遊ぼう、なんて言う子供に碌な奴はいないんだ。僕はこの世界に来てからソレを学んだからね。メアリーちゃんに遊ぼうなんて言われた日には率先して無視するし。それはもう何をして来ようと無視するし。泣いたとしても無視し続けるから。

 だからこの屍音ちゃんにそんなことを言われたら、全力でその展開を回避するに決まってるじゃないか。最悪死ぬもん。


 でも、どうしたものかな……他の皆、はちょっと遠いし、それ以前に皆Sランク魔族に道を阻まれている。さっきのゴルトとかいうSランク魔族もいるし、形勢は圧倒的に不利だ。どうするかな……正直、この場から全員無事に逃げるなんて出来そうに無いぞ。


「おにーさん?」

「……うん、僕達用事があるからさ。また来るってことで今日の所は帰してくれない?」

「は? ダメだよ、私は今遊びたいんだから。私が遊ぶって言ってるんだから、おにーさんは遊ばないといけないんだよ?」

「うん、ちょっと意味分かんない」


 なんだろう、凄く怖いんですけど。は? のニュアンスが凄い威圧的なんですけど。超怖いんですけど。あれ、僕の知ってる少女ってこんな理不尽で頭おかしい存在だっけ? この年の女の子ってもう少し純粋でいじらしい良い子だと思うんだけど、僕の認識間違ってるのかな。なんだか不安になってきたぞ?

 というか、この子物理的にも凄い怖いんですけど。逃げようと重心を移動させたらすかさず動き出そうとする。隙の探り合いが会話の中で行われてるよー、僕こんな女の子知らないよ……あ、この世界に来てから結構いるや、物騒な女の子。なんだ、珍しくも無いや。


 とりあえず、今の僕は『鬼神(リスク)』で大幅に強化されている。長時間使えば使うだけ、後々に響く副作用の度合いも大きくなるだろうけれど、この際仕方がない。逃げ切るまでこの状態を解かないでいこう。後々の副作用は、安全な場所でなんとか回復させれば良い。

 て、ことでまずは―――ノエルちゃん。


『んー?』


 皆を回収して、此処から逃げる。Sランク魔族達の動きを止めてくれ。


『ふひひひっ♪ わかったー……ふひひっ……!』


 ノエルちゃんに指示を出して、僕は準備する。ルルちゃんに目配せをして、アイコンタクトで逃げることを伝えた。すると、ルルちゃんは走り出す体勢を整えて、僕が行動を開始するのを待っている。

 さて……それじゃ、行こうか。


「あっ」


 バックステップから空中で振り返り、そのまま逃げ出す。後ろから屍音ちゃんの声が聞こえて来たが、無視して駆ける。巻き戻す前の魔王と同等のステータスを持っているであろう屍音ちゃんだけれど、駆ける速度に関しては技術的にも僕に分がある。まして、あの子の佇まいは正直技術はおざなりだった。僕が踏み込めなかったのは、彼女には技術がなくともそれを補って余りある戦闘センスがあったからだ。

 最強ちゃんにも及ぶであろう直感能力と、感覚で動くことで最良の動作が出来る戦闘のセンス。まさしく魔王の娘らしい凄まじい戦闘の才能だよ。


 ともかく、今は走るしかない。僕と同時に駆け出したルルちゃんに追い付き、追い抜く際に瘴気でルルちゃんを抱え上げた。

 そのまま駆け抜け、ルルちゃんを除いて最も近くにおり、Sランク魔族に勝利していたレイラちゃんを回収する。


「―――きつね君?」

「口を開かないで、今は逃げる事に集中して」

「うん♪」


 レイラちゃんが僕に話し掛けるけれど、僕は短くそう言って次の仲間を回収しにかかった。次はフィニアちゃんだ。すると、フィニアちゃんは此処までの僕の動きで既に僕が逃亡する事に気が付いていた様で、彼女自身もこっちに飛んで来ている。

 そして、すぐに僕達は合流する。フィニアちゃんはまっすぐ僕のお面の中に入っていった。次はリーシェちゃんだ。


 そう思った瞬間、僕に2つの危機が訪れる。


「どこいくの?」

『きつねちゃんごめんね! もう無理っぽい!』


 1つは、屍音ちゃんが真後ろまで追い付いて来た事。もう1つは、ノエルちゃんの拘束をSランク魔族達が破った事だ。

 驚きなのは、屍音ちゃんの駆ける動作……僕の使っている技術を使っている。まさか、ちょっと見ただけで真似したってこと!? それはちょっと反則過ぎだろ、畜生め……!

 驚いている暇は無い。僕は足に力を入れて更に前へと進む。付いてくる以上は仕方がない、振り切る―――!!


「鬼ごっこー? 私、鬼得意だよっ! アハハハハ!」


 鬼ごっこじゃねぇ! 捕まったら死ぬ鬼ごっこなんて最早遊びの範疇を超えてるんだよ!

 歯噛みしながら、僕は駆ける。リーシェちゃんまでは後少し、そこから更に進めばドランさんの下へも辿り着く事が出来る。でも、それには立ち塞がるSランク魔族達と……後ろから追って来る屍音ちゃんを振り切らねばならない。


「ッ……」


 駆ける。


 リーシェちゃんと僕との間に入って来たのは、瞳の紅い吸血鬼。ステータスを覗けば、リーシェちゃんでは到底相手にならない様なレベル――でも、魔王程じゃない。


「邪魔、だッ!」

「ぐ、ゥ……!」


 漆黒の棒を振るい、吸血鬼の胴を打ち抜く。打ち倒す事は出来ないだろうが、目の前からどかせれば十分。真横へと吹き飛んだ吸血鬼。結果、僕の前にリーシェちゃんまでの道が開いた。驚いた様な表情を浮かべているリーシェちゃんを、僕は両手で抱え上げながら走る。


 あとは、ドランさんだ―――ッ!?

 

 足が止まる。いや、止められた。

 まさか……まさか、リーシェちゃんを抱えた際のほんの僅かな失速で、追い付くなんて思わなかったよ。簡単な技術なら、見ただけで真似出来てしまうって訳か……この怪物め。


「えへへ、つーかまーえたー!」

「…………」


 僕の後ろに居た筈の屍音ちゃんが、僕の真正面からお腹に抱き付いて来ていた。嘘だろ……あんな一瞬で僕を追い抜き、真正面に回ったっていうのか? 幾らなんでも速過ぎる。僕の駆ける際の技術を見たからってそこまで大きな速度差が出るわけがない。

 となると、僕の技術を模倣した上で更に昇華させたってことになる。とんでもない才能の塊だぞこの子……なんて厄介な娘を生み落としてくれちゃってんの魔王サマめ。最強ちゃん並の化け物じゃないか。


 満面の笑顔で見上げてくる屍音ちゃんを、僕は気持ち悪いと思った。


 そして、屍音ちゃんは僕を放すと、目視出来ない速度でドランさんの首を掴んだ。


「ぐぇ……!?」

「アハハハ! おじさんも人間だねー……おにーさんのお友達かな?」

「ッ……」

「その反応はそうみたいだね! うん、お友達は良いモノだよね、私の言うことなんでも聞いてくれるんでしょ? 私も欲しいなぁ、"オトモダチ"」


 これは、心底不味い。ドランさんが人質に取られた形……しかも、あの小さくも強大な力を持った手でドランさんの首を掴んでいるんだ。その気になれば首が圧し折られるか、魔力で吹き飛ばされてしまう。下手な動きは取れない……どうするか……。

 もっと不味いのは、この下手な動きが出来ない状態の中、他のSランク魔族達が集まって来た事だ。やがて僕達はSランク魔族達に囲まれてしまった。


 嫌味な笑みを浮かべた細身の魔族の男。ルルちゃんを恍惚とした目で見ている女の魔族。ドランさんの相手をしていた女の魔族、そして―――僕達に立ちはだかったゴルト。屍音ちゃんを始めとして、強力な力を持った敵に囲まれてしまったのだ。

 瘴気で抱えていたレイラちゃん達を地面に下ろし、僕は『病神(ドロシー)』を発動させた。漆黒の薙刀を形成し、構える。


「き、つね……! 俺の事は良い……さっさと逃げろ……!」

「馬鹿言うなよドランさん……逃げたくても逃げられないって……!」


 首を掴まれて苦しそうにもがくドランさんが、僕を見てそう言うけれど、僕は逃げないんじゃなく逃げられないんだ。それに、ドランさんを見捨てて逃げるつもりは毛頭ない。


「……あら、シカバネ様……出て来たのね」

「あ、フレーネ! ひさしぶりー」


 すると、ドランさんと対峙していた女の魔族が屍音ちゃんに話し掛けている。どうやら彼女はフレーネという名前らしい。長い髪が特徴的で、落ち付いた雰囲気を感じる。彼女と屍音ちゃんはかなり仲が良いらしく、屍音ちゃんは彼女にひらひらと手を振っていた。勿論、ドランさんの首から手は放していない。

 会話をしているのに、隙が見えないなんてどれだけだよ。その場に突っ立っているだけなのに、それでも隙がないってことは……自然体の状態でいても、どんな攻撃が来ようと対応出来るってことだ。厄介だなぁ。


「さっきの思想種の妖精は何処へ行ったのかな? 僕としては、アレを解剖して隅々まで研究し尽してやりたいんだが」

「はぁ……はぁ……ルル様……やっぱり可愛らしいぃ……!」

「ヘマを打ったな……だが、大したダメージはない、か」


 集まってきた魔族達も嫌味な奴と変態となんかまともそうな吸血鬼だし、突破するのは難しそうだ。


「きつね君♪ まだまだ諦めるには早いよ♪」

「レイラちゃん」

「そうだ……人数じゃそれほど負けていないのだから、諦める必要はない」

「リーシェちゃん」

「きつねさん! 私もいるよ!」

「フィニアちゃん」


 すると、そんな風に思案していた僕に、レイラちゃん達がそう言ってくれた。その言葉で、僕は思い直す。そうだったね、僕が皆を護るなんておこがましい……皆は僕の家族で、共に戦ってくれる仲間なんだ。隣も後ろも、安心して任せられる。

 僕1人で戦うのなら負けるかもしれない戦況だけど……僕達で戦うのなら、可能性はある。


「私は……少しお腹が空きました」

「ルルちゃん……あはは、そうだねぇ……それじゃ、帰ったら何か美味しいものを食べに行こうか」

「! はい!」


 ルルちゃんのお腹から、きゅうと可愛い音が鳴る。僕はそんな音と共に場違いな事を言うルルちゃんに苦笑し、そう言った。ルルちゃんの嬉しそうな表情に、更に笑いが漏れた。すると、僕につられてレイラちゃんもリーシェちゃんもフィニアちゃんも笑い出す。


 屍音ちゃん達が僕達の方をきょとんとした表情で見てくるが、そんなのも気にならない位僕達は落ち付いていた。見ればドランさんも、僕達の笑い声に首を掴まれて苦しそうではあるが、微かに笑みを浮かべている。気持ちは一緒、って訳だね。

 戦えば良い。この程度の逆境が何だ―――此処さえ乗り越えれば、後は幸せな日常が帰って来る。


「おにーさん?」


 首を傾げて声を掛けてくる屍音ちゃんに、


「分かった、良いよ。遊ぼうか屍音ちゃん―――鬼ごっこだ」


 僕は『不気味体質』を発動し、薄ら笑いを浮かべてそう言った。


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