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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第十二章 人類の敵を名乗る
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決着、そして

 なんとなく、何かが終わった様な感覚があった。立ちはだかる魔族達も、ソレと戦うレイラ達も、全員が全員感じ取っていた。ピリピリとした戦いの感覚と、離れていても感じる巨大な魔力の衝突が、ふっと消えたのだ。魔王と桔音の戦いが終わったのではないか、そう思わせる程度には、レイラ達を静けさが包み込んでいた。


 そして、その結末を見ることが出来たのは……最も早く桔音の下へと辿り着いた、獣人の少女ルルだけである。


 彼女は、辿り着いたその瞬間、視界へ飛び込んできた光景に驚愕した。桔音の構えた光り輝く時間回帰の刃、大太刀である『原初の鬼神(アヴァロン)』と、魔王の膨大な魔力が全て内包された拳……ソレが衝突し、火花を散らしていたのだ。

 本来なら物理をすり抜ける筈のその刃は、魔王の膨大な魔力に受け止められ、刃と刃がぶつかるような甲高い金属音と共にギャリギャリと音を立てた。その衝撃は地面を割り、吹き荒れる衝撃波の嵐を作り出す。ステータス的には、威力や速度、魔力の大きさにおいても桔音に勝る魔王だ。


 故に押し合いに関して、魔王は桔音の刃を押し返す勢いだった。


 しかし、桔音の刃はそもそも魔力の壁に遮られる様な攻撃ではない。スキルで構成された刃は、スキルでない以上防ぐことなど出来ない。

 桔音の刃を防いだのはほんの一瞬――桔音の刃は、魔王に届いた。魔王の拳は桔音の顔面へと届いたが、その威力は間一髪……桔音の顔面に触れた瞬間霧散した。魔王の身体が、屈強な男のモノから、女子高生並の身体へと変わったからだ。伸びきった腕の長さが変わり、桔音の肌に触れた瞬間に腕が短くなった結果、威力が霧散したのだ。


「―――ッはぁ……なんとか届いたぞ、魔王サマ」

「……コレは、予想外だったぞ……きつね……!」


 貫いた刃は、魔王の身体の時間を急速に巻き戻し、その身体が勇者を取り込む以前のモノへと変貌させた。その姿は、黒い髪を腰まで伸ばしたロングヘアーに凛とした目付き、美少女というよりは美人といった印象を受ける少女のモノ。桔音は知り得る筈もないが、その姿は初代勇者高柳神奈のモノだった。

 そして、魔王の周囲に倒れ伏した4人の少年少女達が現れる。恐らくは、魔王が喰らった勇者達だろう。だが、桔音はその少年少女の生死を瘴気で確認し……もう死んでいることを理解した。どうやら60年以上もの間、魔王の中に取り込まれていた以上、そこから解放された所で生きていられる筈も無かった様だ。彼らも勇者である前に、1人の人間なのだから、仕方がない事かも知れないが。


 しかしこれで魔王は初代勇者以外の勇者を全員分離させられてしまった。膨大な魔力も、固有スキルも、ステータスも消え去っていく。残っているのは、元々の魔王のステータスと、初代勇者のステータスを合わせたモノのみ。

 これならば、『鬼神(リスク)』で強化されている今の桔音の方が圧倒的に強い。


「時間回帰、か……成程、先の戦いで見せたあの最後の一撃は……そういうことだったのか」

「どうする魔王サマ、流石に降参じゃない?」

「……いや、私は魔王だ。人間という種族としての敵を前に、敗北を認める事などあり得んな」


 そう言って、魔王は構えた。ステータス的に敗北していようと、初代勇者の力があればまだ勝機があると考えたのだ。彼女は唯一、魔王が本当の姿で存在していた時に戦った勇者であり、その事実は過去どんな勇者が現れようと覆らない。


 魔王にとって最も強い勇者とは、初代勇者――高柳神奈なのである。


 対し、桔音も油断はしていなかった。何故なら初代勇者の固有スキルはまだ残っており、そのスキルこそ詳細も分からないスキルなのだ。『天下無双』などという、最強の名を冠したそのスキルを前に、油断など出来る筈も無い。


「それに、その刃も長時間維持する事は出来ない様だな」

「!」


 すると、桔音の持っていた光の大太刀がボロボロと崩れて消えた。どうやら長い間使う事は出来ないらしい。

 だが、桔音はそれを見ながら少しだけ眉をひそめていた。何故なら、これでは『初神(アルカディア)』を使った時と何ら変わらない上に――その効果も『初神(アルカディア)』より規模が小さい。魔王の肉体は巻き戻されたモノの、精神は変わっていないようであるし、強化した筈の『初心渡り』の刃にしては拍子抜け過ぎる。


 だが、変化が起こったのは次の瞬間だ。


 まず、魔王城が消えた。真っ黒な大地の上に桔音と魔王が足を付け、空の下へと投げ出される。更に桔音達から見て、距離は離れているものの、魔王城内で戦っていたSランク魔族達とレイラ達がそれぞれの場所で姿を現した。

 桔音だけではない、魔王も含めてその場にいた全員が驚愕の表情を浮かべていた。どういうことだ、と状況を理解出来ていない様子だ。


「……コレは、なんだ……私の城が……消えた?」

「さぁ、でも……そうかもしれないね」


 魔王の呟きとも言える言葉に、桔音はなんとなく解答を得ていた。

 もしも、これが『原初の鬼神(アヴァロン)』の効果だとすれば……と桔音は考える。そうだとするのなら、確かに恐ろしい時間回帰だった。いや、いうのなら巻き戻した時間の中に内包される事象の消失とも言える。


 つまり、巻き戻された魔王の時間の中で、魔王がやったこと、起こしたこと全ての事象が無かったことにされたということである。


 魔王城を建てたことも、勇者と戦いソレを喰らったことも、桔音と魔王が戦ったという事実も、何もかもが無かったことにされたのだ。術者である桔音やそのパーティであるフィニア達の記憶の中には残っている事実だが、この世界では魔王の起こした全ては無かったことにされている。人々の記憶の中からも消え失せ、壊したモノは元通りになり、手に入れた物は元あった場所へと戻る……そういうことなのだ。まぁ、死んだ命や生まれた命に関しては例外であるようだが。


「お前の仕業か、きつね」

「まぁ、多分そういうことだろうね」

「……何をしたのかは分からないが―――私はまだこうして此処に存在している。勝負はまだ終わっていないぞ」


 桔音を睨みつけた魔王がそう言う。すると、桔音は漆黒の棒をくるりと回して魔王へと向けた。まだまだ勝負は終わっていないというのなら、桔音としても決着を付けるのは吝かではない。元々魔王を殺しに此処へ来たのだから、ソレを達成するのに遠慮など一切ある筈がない。

 減少したとはいえ未だ昂る魔力を滾らせ、魔王は桔音に向けて構えた。火焔魔法を全開に展開し、遠距離攻撃を並行して準備しながら、桔音に対して全力の殺意を放つ。


 最早戦いを楽しむ、といった様子は無い。本当に本気で、桔音を殺そうという意志が感じられた。

 じりじりと近づき、隙を窺い、飛び出すタイミングを見計らう。相手へと集中した意識は、最早相手以外の情報をシャットアウトして、自分の身体の隅から隅、細胞の1つ1つに至るまで、最高のタイミングを待って、力を漲らせていた。


 そして―――


「行くぞ、きつね」

「来いよ、魔王サマ」


 短い言葉が交わされ、魔王が地面を全力で蹴った。桔音は動かず、魔王が迫って来るのを待つ。魔眼を発動させ、魔王の動きを見切り、後の先を取るべく全神経を集中させて攻撃に備える。瘴気の空間把握を展開し、魔王も含めて周囲に存在する動くもの全てを警戒していた。

 故に、そのおかげもあっただろう――


「――ッ!?」


 ――背後から迫ってきた攻撃を、躱すことが出来たのは。

 猛スピードで迫ってきた何かが、咄嗟に伏せた桔音の上を通り抜けて行く。魔王が仕掛けた攻撃かと一瞬考えたが、その考えは直ぐに打ち切られる。

 何故なら、その何かは桔音のすぐ目の前まで迫っていた魔王の首を、跳ねたのだ。驚愕の表情を浮かべたまま、魔王の首が宙を舞う。赤い血が飛び散り、桔音の視界に鮮血の色を足していく。どういうことだ、と桔音の思考は一瞬空白に囚われる……が、すぐに思考を再開させた。


 瘴気が背後から高速で迫る人影を捉えていたからだ。


 すぐに振り返り、その人影の拳を『死神の手(デスサイズ)』で受け流す。ビリビリと身体を伝う衝撃と拳の重さに、桔音は内心動揺した。この威力、上手く受け流せたから良いものの……巻き戻す前の魔王以上だと思った。

 そしてその顔を確認する前に、その人影は地を蹴り桔音の頭上を飛び越えた。すると、そのまま空中を舞う魔王の首を掴み取り、そのまま地面に叩き付けるようにして―――潰した。


 ゆぅらぁ、と、先程までの俊敏な動きとは違って、とてもゆっくりとした動きで人影は立ち上がり、その手に付いた魔王の血を舐め取り、笑みを浮かべた。


「―――あばよ、クソ親父? アハハハハ!」


 そう言った人影は、高らかに嗤う。理性的なのに、狂気的な笑い声が、とても耳触りだった。その人影は、桔音よりも小さな少女だった。しかし、あれほど戦いに集中し、本当に全力、本気の状態の魔王を、あんなにも一瞬で、簡単に殺してしまった実力は、普通ではないことを示している。


 少女が、桔音の方へと振り向いた。


「アハハッ……よーやくこのクソ魔王を殺せたぜー……よし、反抗期終わりっ! いきなり"牢獄"が消えた時は何事かと思ったケド―――おにーさん、強いねー」


 先程までとは口調が一転して変化し、男勝りで不良の様な口調から子供の様な口調へと変わった。

 瞬間、背筋に悪寒が走る。恐怖、という訳ではない……もっと根源的な、本能が受け付けない様な存在に見えた。咄嗟に『死神(プルート)』を発動して、少女に向ける……いや、向けさせられた。桔音の本能が、少女を危険だと認識したのだ。

 魔王を軽々と殺し、そしてお父さんと呼んだこの少女は、間違いないだろう。桔音の予想が間違っていないのなら、今や死んだ魔王の形見とでも言うべき存在。


 魔王の娘、だ。


「……なんで魔王サマを殺したのかな? お父さんなんじゃ、ないの?」


 桔音は探り探り、少女に言葉を投げかける。


「えー? 反抗期って親にストレスをぶつける特別期間でしょ? ソレで親が死んだからって何か悪いの?」

「は?」

「強いて言うなら、死んだ方が悪い。そうは思わない? おにーさん!」


 こいつ何言ってるんだ、と桔音は思う。とても良い笑顔でそう言う少女に、桔音は天使メアリーと似た様なモノを感じた。いや、ちょっと違うだろうか。メアリーは自分のやっている事が悪い事だと分かっていなかった故に、悪意無く様々なモノを傷付けていたが……この少女は違う。

 この魔王の娘は全ての行動が自己中心的で、自分は悪くないという考えで様々な物を傷付ける。究極の自己中娘だった。しかも、魔王よりも強いときている……性質が悪い。


「普通、親より子供は強くないと思うけど」

「魔王の娘が魔王より強いなんて、よくある話だと思うよ? ほら、親子って子供は親を殺せるけど、親は愛してるとかなんとか気持ち悪い薄っぺらな理由を付けて殺せないー、とか言うよね? その時点で子供は親より強いんだよ」

「……だから殺したってこと?」

「だっておとーさんったら私のことを生まれてからずーっと閉じ込めてたんだよー? 酷いよね、虐待だぁー。でも分かってるよ? おとーさんは私を愛してるから閉じ込めたんだよね! 嬉しいよ! だから私はそんなおとーさんが大好き! だからおとーさんも大好きな私に殺されて嬉しかった筈だよね!」


 狂ってる、という感想しか浮かばない。桔音も大概捻くれているが、此処まで自分が悪くないと言い張り、その為に狂った理由を平気で口にするこの少女は、捻くれている以上に狂っている。しかも、それを本気で言っているのだから救えない。

 お父さんが大好き、なんて言っているけれど、桔音にはソレが嘘に聞こえなかった。嘘を見抜くことに関しては異常に鋭い桔音が、嘘ではないと感じたのだ。本当に魔王という父親が好きで、だから反抗期なんて理由付けで殺し、大好きな自分に殺されたのだから父親である魔王も嬉しかった筈だと、心の底から浮かべた可愛らしい笑顔で口にする。


 今まで出会った人々の中でも飛び抜けた狂気。


「で、おにーさんお名前は? 私おにーさんのこと気になるなぁー」

「人に名前を尋ねる時は自分からって親に教わらなかった?」

「んー? 私が名前を聞いてるんだよ? 御託は良いよ、答えて?」

「……きつね。僕の名前はきつねだよ」


 桔音の皮肉にも自己中心的に威圧する少女。桔音は何を言っても無駄だなと思い、正直に名前を答えた。

 すると、少女はとても嬉しそうな笑顔を浮かべた後、ぺこりと頭を下げた。すると、頭の上にちょこんと乗っている小さな王冠が付いた帽子が揺れる。そして――


「えへへ! よろしくねおにーさん! 私の名前はね、屍音(しかばね)! おとーさんが言うには、異世界の名前だってさ!」


 ―――胸を張って、えへんとそう自己紹介した。


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