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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第十二章 人類の敵を名乗る
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凡人は思う

 桔音が去った後、残された『死神狐(デスフェイバー)』のメンバーは桔音に付いて行ったノエルを除き、魔族と対峙していた。

 邪魔は全て破壊し、自分の下へと辿り着けという桔音の言葉を実現させるべく、フィニア達は立ち塞がる魔族に敵意と戦意の籠った視線を向けていた。目の前の魔族の実力は、桔音に飛び掛かって行った速度から見てもSランク相当。如何にレイラがSランクの実力であり、ルルも時間が掛かる実力(スロースターター)でのSランクであると言っても、油断は出来ない。

 単身の方が、集団で戦うよりも強い者もいれば、同じSランクと言ってもその実力に大きな差がある可能性だってある。


 それに、レイラや時間の問題のあってもSランク相当の実力を発揮出来るルルと違って、フィニア達はSランクとは言い難い実力なのだ。高く見てもAランク上位の実力である。

 フィニアは数値だけならSランクレベルの高い魔力値を持っているが、その魔法を行使する技術はAランクでやっていける程度―――Sランクに至るには、圧倒的に経験が足りていない。それもそうだ、フィニアが生まれたのは、ほんの3ヵ月前程度なのだから。魔法を使い始めて、1年も経っていない以上、それは当然のことなのだ。

 それに、リーシェやドランもそうだ。行けてもAランク中位程度、リーシェも吸血鬼になってステータスを向上させたが……その技術はあくまで人間の時と同じなのだから。例えレイラと同等のステータスを持っていても、それを扱うスキルが足りていない。ドランに関しては、技術は問題ないレベルなのだが……Sランクと渡り合うにはステータスとスキルに大きな火力不足が否めないのだ。


 すると、レイラはリーシェと同等のステータスでありながら、Sランクの領域に至っているという事実が見えてくるのだが―――それこそ、レイラの戦闘センスと保有している力の危険度が高いということに他ならない。


 こういう事実を踏まえて言うと、桔音のパーティは強くとも、最強ではない。総合評価で下すのなら全てのパーティの中でも中堅程度の実力となるだろう。桔音の突出した実力、バランスの取れない実力差、ドラン以外のメンバーの経験不足、平たく言えば斑が多く、粗の浮き出たパーティといえる。


 故に、目の前の魔族がSランクであるというだけで、フィニア達は確実に勝てるとは言えないのだ。何せ、個々人がSランクの魔族に対抗出来る力を中途半端に持っているだけであり、それを十全に扱えると言う訳ではないのだから。


「先も言った通り、貴様らを先へ通す訳にはいかない」


 魔族、ゴルトの言葉を聞いて、フィニア達は相手の様子を窺う。下手すれば、この場で死んでしまう可能性だってあるのだから、警戒は緩められない。

 しかして、ゴルトはそんなフィニア達の警戒を一蹴するような言葉を放った。それは、魔王の用意した戦いを楽しむ為の一興であり、一種のゲームである。


「貴様らには、魔王様の用意した5人の側近と1対1で戦って貰う。あの方はこういう一興を重んじる方だからな……」

「1対1……?」

「そうだ……この道は私が塞ぐ。貴様らには―――」


 フィニアの疑問の声に、ゴルトが指を鳴らした。すると、ズズズ、と重い扉が開く様な音と共にホールの床に5つの大きな階段が生まれた。まるで用意されていたような周到さ。いや、実際に魔王が用意した仕掛けなのだろう……地下へと続く5つの階段の下からは、それぞれ濃密な魔力が感じられる。この全ての階段の先に、ゴルトの言うところの5人の側近が1人ずつ存在するということだろう。

 魔王の下へと辿り着く為には、ゴルトを倒して桔音の進んだ道を行くか……それとも5人がそれぞれ1人ずつ、5人の側近を倒して行くかしかない。


 普通なら、5対1でゴルトを打倒し進むのが最良の策だ。しかし、フィニア達は分かっている……このゴルトこそが、下に居る魔族達も合わせた6人の側近の中で、最も強い魔族であることを。それは、彼の放つ強大で濃密な魔力と、全員の肌を叩く殺気の強さが物語っている。

 戦えば、勝てない。桔音の下へ行く為の最短ルートは、魔王の掌の上で転がされるしかないということだ。


「どれか1つの階段に5人で行けばいいだろう」

「そうした場合……背後に気を付けると良い」

「……仕方がない、か」


 リーシェが桔音の様に捻くれた案を出すものの、そうした場合ゴルトが背中を刺すということを言外に告げてきた。どうあっても、魔王の企画通りに進めるつもりのようだ。有無を言わさぬ実力と威圧感が、フィニア達に抵抗の意思を持たせない。ゴルトの言う通りにしなければならないという結論が、フィニア達の頭にはあった。


「……仕方ないかなぁ……じゃ、皆そうしよっか」


 すると、フィニアが桔音に変わってそう指示を出した。桔音がいない今、フィニアがリーダー代わりとなっても誰も文句は言わない。元々、パーティ名こそ後から付いたとはいえ、このパーティで桔音と最初から共にいたのはフィニアなのだ。リーダー代理の権利は持っている。


「えー、面倒くさーい……♪」

「まぁ……此処で二の足を踏んでも居られないしな」

「行きましょう、きつね様が待ってます……」

「はぁ……良いじゃねぇか、これできつねの下に誰が1番最初に辿り着くか競えるだろ」

「「「「はッ……!」」」」

「ってオイ!?」


 フィニアの指示に、レイラ達は渋々と言った様子でそれぞれ階段の前に立つ。だが、ドランの言葉で確かにそうだと気が付いたのか、全員我先にと階段へ飛び込んで行った。

 ツッコミを入れつつ残されたドランは、はぁと溜め息を吐きながらぽつんと残された階段の前に立った。そして、気を引き締めて下へと下りようとした瞬間……ドランに声が掛かる。


「―――お前は、普通の人間だな」

「……おいおい、きつねだって人間だぜ?」


 ゴルトの言葉に足を止めたドランは、冷や汗を掻きながらも気丈に返す。まさか呼び止められるとは思っていなかったらしく、若干の動揺が見られたが、桔音の『不気味体質』に比べればまだまだマシだ。この程度の緊張程度なら、気力でどうにでもなる。

 しかし、ゴルトは更に続ける。ドランとしてはすぐにでも階段を下りていきたいのだが、此処で焦って衝動的に動いたりすれば、それこそ底が知られてしまう。


 今のドランにとって不味いのは、ドランという男がその程度だと底を知られることだ。そうなれば桔音のパーティの弱点なのが自分であることが露見し、最悪この場で殺されることもあり得る。


「アレは最早人間ではない。それこそ、化け物だ……だが、貴様は違うだろう。あの吸血鬼の娘は微弱ではあるが、それでも貴様からは他の奴らから感じられる気配を感じられない……貴様は天才ではなく、ただの凡人で、貧弱な人間でしかない」

「……」

「努力は認めよう、あの化け物に此処まで付いて来ただけの実力は、弛まぬ修練の末に手に入れたモノだろう……しかし、貴様にその先は無い」


 だが、ドランのそんな内心は既に見抜かれていた。ドランの実力、才能、思考など、ゴルトにとっては簡単に見抜く事が出来るモノなのだ。それだけの実力差があるのだから仕方がない。

 そして、ゴルトはドランに厳しい現実を突き付ける。お前の実力では、桔音の仲間は分不相応だと。


「逃げ帰るのなら……貴様を此処で見逃しても良い。魔王様の狙いは、あくまであの化け物だからな」


 更にその上で、ゴルトは逃げ帰る道をドランに示した。これは同情や優しさではない、相手にするのも馬鹿馬鹿しい程、ドランが弱いと言っているのだ。道端で餌を運ぶ蟻を特に見もせず素通りするように、道端の花を踏まない様にして歩くように、特に傷付ける意味も価値も見出せないからこその言葉だ。


 何故なら、ドラン1人逃げ帰った所で、特になんの得も損もしないのだから。


 しかし、ドランはその言葉に少しだけ俯いて考えた後……大きく溜め息を吐いた。階段に座りこんで、頭を掻く。正直、あまり言われたくは無いことだった。実力が他のメンバーに比べて低いことも分かってはいたし、桔音が自分が長年掛けて培った戦闘技術をたった2週間足らずで身に付けたことに、嫉妬しなかった訳でもない。劣等感を感じたことだって否めない。


 だがそれでも―――


「……悪いな、俺はこれでもきつねに仲間だと言われたことが嬉しかったんだ。アイツがあの屋敷から俺を助けてくれたあの日、目が覚めた時にきつねが目の前でいつも通り笑ってたんだ。薄気味悪い笑顔で、言うんだよ……調子はどう? なんて、危機感の欠片も感じられなかったぜ」

「……だからなんだ」

「でも、アイツはその後こう言った。問題は全部解決したから、気にしなくても良い、ってな……正直俺はその言葉に対して心底悔しかったよ。自分がぐーすか寝てる間に、俺に降りかかっていた問題を全てアイツが解決してくれたってんだから。自分と桔音の違いを、思い知った」


 ドランは思う。考えてみれば、桔音と共に行動し始めてからずっと、ドランは自分の無力さを思い知るばかりだ。妻、ミシェルの時は、何も出来なかった。レイラへの復讐は、臆病になって実行出来なかった。魔王の時は、ただ操り人形になっていた。ノエルの時も、眠っていただけ。一体自分が桔音と一緒に居て何が出来た? 何が変わった? 強くなれたのか? 何度も何度もそう思っていた。

 そして、自分でも分かっていた。自分が凡人であることを。桔音達は異質な存在ではあるけれど、皆一騎当千の才能を持っている。その中で自分だけが、凡人なのだ。


 無論、桔音の『初心渡り』による恩恵を受けられれば変わったかもしれない。だが、運も実力の内だ。ドランはそれに関して他のメンバーにずるいとは思っていない。生まれ持った才能が、ドランを苦しめていた。


「潮時かもしれない。俺はきっと、あいつらが行こうと思っている場所に付いて行く事は出来ないと思う。あいつらと肩を並べて走れるのは、きっと今だけだ……」

「分かっているのなら、今すぐ退けばいいだろう。この先に進んだ所で、死ぬのが落ちだ」

「分かっているからこそ―――引けねぇんだよ」


 ゴルトの言葉に、ドランは力強く反論した。


「俺があいつらと一緒に居られんのは今だけだ。それは変わらねぇ……でも、だからこそ今だけは支えてやりてぇんだよ。あいつらは強いが、経験だけが足りてない……その経験を持っているのが、俺だけだってんなら……その全部を、あいつらに教えてやるのが俺の役目だ」

「…………自己満足だな」

「それでも良いさ。俺の持ってるもんは大方教え終わったしな。良いか魔族野郎、良く聞けよ……きつねはまだガキで、他の奴らもまだまだガキなんだ―――そんで、俺は大人なんだよ」


 ドランは剣を抜き、ゴルトへと切っ先を向ける。ゴルトは大した警戒も見せずにドランの視線を真っ直ぐに受け止めた。

 そしてドランは桔音の様な薄ら笑いを浮かべて、自信満々に、清々しい声音で言う。


「大人ってのは、いつの時代も未来の可能性に満ち溢れたガキの背を押してやるもんなんだよ」


 そしてそう言ったが否や、ドランは剣を鞘へと納めると、ゴルトから視線を斬って階段を降りて行った。残されたゴルトは、ドランの言葉を受け止めながらも、ぽつりと呟く。


「そうか……それならば残念だ、この先……貴様にその背を押す機会はない―――」



 ◇ ◇ ◇



 階段を下りるドランは、苦笑していた。あの魔族を相手によくもまぁ啖呵を切ったものだと、自分を褒めてやりたい気分だ。しかし、階段を下りる足を前に進ませる度に、その下から感じる魔力はビリビリと肌を叩いていた。それだけで分かる、ドランはこの階段の先へと辿り着いた時、恐らく死んでしまうだろう。

 戦う事が出来ないかもしれない。何も出来ずに負けるかもしれない。一瞬で、なにも分からない内にやられてしまうかもしれない。それでも、ドランの足は止まらない。


 思い返せば、妻であるミシェルが死んで冒険者になってから、遠い所まで来たものだ。最初は弱い魔族を追ってただ無我夢中で技を磨いていただけだというのに、今やその魔族の頂点である魔王討伐の為に暗黒大陸までやってきてしまっている。どういう運命だろうか。

 思わず苦笑が漏れるが、後悔は無い。桔音という少年に惹かれて、仲間として支えてやりたいと思った。だからこの道を選び、その先に辿り着いた未来だ―――後悔など、ある訳がない。


 まぁ、欲を言えばもっと桔音達を支えてやりたかったという気持ちも無い訳ではない。でも、十分だろう。此処まで来れた時点で、ドランは自分の人生に胸を張れる。


「死ぬかなぁ……いや、死ぬだろうな……嫌だなァ……でも、なんでだろうな。全く怖くないのは……足が止まってくんねぇのは……」


 自殺する訳ではない。寧ろ、こうして死んでしまう未来を突き付けられて尚、ドランは桔音の下へと行こうとしている。全力で戦って、切り抜けて、桔音の期待に応えたいと思っている。


「……ああ、なるほどな。俺はきつねの信頼に応えたいのか……全く、不思議な魅力を持った奴だぜ、本当に」


 そう言って、ドランは階段の下へと辿り着いた。そこに広がるのは、広大な闘技場……その中心にいるのは、女の魔族。スタイルが良く、扇情的な格好をしている。鋭い瞳には、機械的で無感情な殺意だけが込められていた。


 ドランは剣を抜く。魔族も何も言わずに魔力を滾らせた。実力差はお互い歴然だが、それでも戦いは避けられない。


「待ってろきつね―――今行く」


 ドランはそう言って、魔族の女に向かって地を蹴った。



凡人は思う―――支えさせてくれるからこそ、応えたいのだと。

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