解決?
『初心渡り』といえば、平たくいって『時間回帰』の性質を付与するスキルだ。
その性質故に、使用者が把握出来ない事象に関しては干渉出来ないという制限や、時間回帰をする対象が時間そのものだったり、相手の肉体だったりする場合は戻せる範囲が大きく制限があったりする。
相手のステータスに干渉する場合は、どれか1つだけ干渉する事は出来ない。肉体に干渉している以上、ステータスに干渉する場合は全ての能力値が戻る。時間に干渉する場合は、数秒が限界だ。
その現象はやはり、全て『戻る』という性質に集約される。
では、そのスキルそのものを武器に付与出来たとしたら――それは斬った対象の何かを戻すということになる。ではその何かとは何だろうか? 桔音がスキルを付与した時点で、そのスキルの使用者は武器に付与されている間のみ、"武器"そのものということになるだろう。桔音が戻す対象を指定出来ない以上、その対象の指定はかなり大雑把な物になってしまう。
なんせ、武器は意思を持っていないのだ。戻す対象を指定する思考を持っていない以上、仕方がない事だ。
さて、それでは『初心渡り』そのものの付与武器『初神』は、何をどう戻すのか?
その指定は、武器が触れたモノ……つまりは斬った相手の何かということになる。だが、その細かい指定が出来ないのだ。
となると、こうならないだろうか?
―――斬った相手の『全て』を戻す、ということに。
そう、全てだ。肉体も、精神も、魂も、経験も、実力も、ステータスも、能力も、生まれてから得て来た全ての時間を戻すということに、なるのではないだろうか?
桔音は精神や魂を把握出来ないから、桔音が使った場合そういったものは戻せない。だが、武器に付与された場合は違う。斬った瞬間、相手の肉体に触れ、痛いと思う精神に触れ、命を削り魂に触れ、相手の皮膚や筋肉を斬り裂きステータスに触れ、斬られている間の時間に触れる。武器に付与されている間だけ、相手の全てに触れることになるのだ。
結果、相手の全てに触れることが出来る武器の状態ならば、このスキルは対象の"何もかも"を戻すことができる―――!
「……うっそ」
『ヴァー』
故に、桔音と精霊の衝突の後のことだ。桔音は、自分の足にくっついて来た"ちっこい精霊"にそう呟いた。
そう、あの瞬間。桔音の『初神』は精霊が新たに生み出した23本の触手を全て斬り裂き、その上で本体の精霊も斬り裂いた。物理攻撃ではなく、『死神』の様にすり抜ける斬撃ではあったが、計24回の斬撃を精霊に与えたのだ。
そして精霊の背後へと切り抜けた桔音が、警戒心を緩めぬままに振り向いた時……そこには赤ん坊サイズになった精霊がいた。一瞬、桔音は精霊がデフォルメ化されたのかと思い、この漫画描いてるのだれだったっけ? と考えてしまった。
だが、この世界は漫画でもなければ画風をいきなり変える作者が居る訳でもない。紛れもない現実である。
桔音の『初神』は24回もの斬撃によって、精霊を生まれたての状態まで戻してしまったのだ。そして、桔音の『初心渡り』に取り返しは利かない。戻してしまったモノは、再度の時間経過以外では元に戻らないのだ。
つまり、精霊は元々のサイズになるまでまた時間を経過させなければならない。星の精霊である精霊の場合は、星が生まれてから現在までの時間―――つまり、約130億年である。
「……!」
「……!」
桔音が他の皆に助けてといった視線を送ったのだが、全員が無理! と首を全力で横に振った。なんといっても面倒臭いのは、星の精霊が生まれたての小鳥が最初に見たモノを親だと思う様に、桔音を見た星の精霊に刷り込み効果が生まれてしまったのだ。星の精霊の精神も幼児退行化してしまったので、言葉を話すことも出来るのだが、桔音を親と認識してしまった星の精霊は鳴き声的な言葉を発しながら桔音にぴったり引っ付いて離れないのだ。
桔音はふと思いついて、自分のステータスを見てみた。すると、そこには予想通りのモノが出現している。
称号『星の精霊の親』
新たな称号が増えている。
「あれ? 僕のシリアスは何処へ行った?」
「きつねさん! 現実を見て!」
『ヴァー』
桔音は明後日の方向を見てキョロキョロという仕草をするのだが、フィニアが珍しく真面目にツッコんだ。
だが、それ以上に驚いているのはクロエとフロリアの方だ。何せ自分達に呪いを掛けた相手がいきなりちんまくなってしまったのだから。しかも、桔音がその親になってしまった。驚きに驚きを重ねて最早声も出ない。ただ空中を指が右往左往するしかない。
そして、精霊がこうなったのなら呪いは、と思い至った瞬間お互いがお互いの顔を見た。
しかし、2人はお互いの顔を見合って残念そうに顔を歪めた。呪いは、解かれていなかった。精霊の呪いは、呪われた時点で精霊から切り離された力の一部、精霊本人が幼体化したところで解ける事は無かったのだ。
「……どう収拾付けんだ?」
「知らないよ……」
ドランの言葉に、桔音は肩を落としてそう言った。
◇ ◇ ◇
その後、星の精霊は時間と共に空へと帰って行った。桔音と離れるということでどことなく寂しそうだったが、精霊は長い間地上に居り続けてはいられないのだ。
だが、桔音が呼んでみると、すぐに出現した。今度は光の柱が現れず、夜にもならなかったが、桔音の目の前で光が生まれ、その中から現れたのだ。どうやら、桔音が呼べばすぐに現れるらしい。召喚獣みたいなものかな? と考えながらも、桔音は1回頭を撫でてやり、すぐに帰した。
どうやら桔音が親になったせいか、魔族殺しの力は抑えられているらしく、レイラやリーシェも召喚された際に苦しんだりはしなかった。ただ、呪いを解いてやってくれと桔音が頼んだ際、精霊は首を傾げるばかりであった。呪いを掛けた記憶が戻ってしまっているので、何を言われているのか分からないのだろう。これにはクロエ達も肩を落とすばかりである。
しかし、これで"刻限"に関する制約がなくなったことは確かである。大切な物を奪う精霊がこんな状態では仕方の無いことだろう。得をしたと思っておくことにした。
「んー……まぁそれじゃ魔王を倒しに行こうか」
「はーい!」
で、一旦状況の整理が付いた桔音は魔王を倒しにいくことにした。瘴気の板を作りだそうとして、ふと気が付く。瘴気が以前よりも段違いに使いやすくなっている。瘴気の隅から隅まで意識的に把握する事が出来ている。今なら、瘴気のナイフを幾つ作っても同時操作が出来そうだった。
おかしいと思い、再度ステータスを確認する。先程の称号の他に、ステータスの変化に加えて、スキルが4つ増え、3つ減っていた。しかも、増えた内の2つは固有スキルだ。
◇ステータス◇
名前:薙刀桔音
性別:男 Lv1
筋力:20000
体力:7982800
耐性:30805690
敏捷:9037600
魔力:19004531
【称号】
『異世界人』
『魔族に愛された者』
『魔眼保有者』
『幽霊の契約者』
『星の精霊の親(NEW!)』
【スキル】
『痛覚無効Lv8(↑1UP)』
『直感Lv7』
『不気味体質』
『異世界言語翻訳』
『ステータス鑑定』
『不屈』
『威圧』
『臨死体験』
『先見の魔眼Lv7』
『物理耐性Lv4(NEW!)』
『魔力耐性Lv5(NEW!)』
『回避術Lv5』
『見切りLv6』
『城塞殺しLv5』
『鬼神』
【固有スキル】
『先見の魔眼』
『初心渡り』
『瘴気支配(NEW!)』
『天壌無窮(NEW!)』
【PTメンバー】
フィニア(妖精)
ルル(獣人)
トリシェ(吸血鬼)
レイラ(魔族)
ドラン(人間)
ノエル(幽霊)
◇
まず、魔力が異常に増えている上に『魔力耐性』のスキルが増えている。コレは星の精霊が魔力無効化の性質を持っていたからだろうが、魔力が増えたということは星の精霊は魔力を大量に持っていたということなのだろう。
そして、魔力無効化性質が付いたということは、『物理耐性』というスキルが付いたのも当然といえば当然なのかもしれない。ますます桔音の防御力に磨きが掛かっている。魔法に耐性が付き、元々高かった物理耐性にも更なる磨きが掛かったとなれば、桔音も大概人を辞めている。
そして、『瘴気操作』が変化したのだろうが『瘴気支配』という新たな固有スキルに加えて、『天壌無窮』という星の精霊が関わっているのが丸分かりの固有スキルが増えている。こっちはどういうスキルなのかは分からないが、『瘴気支配』というからには操作能力は関係無く、手足の様に扱う事が出来る様になったということなのだろう。やれることは『瘴気操作』とそう変わらないようだ。
星の精霊の親になったということで、此処まで新たな力を手に入れた桔音。その全てが、星の精霊の持っていた力や性質に関与することだ。
もしかしたら、『天壌無窮』というスキルは魔力殺しの性質や呪いを掛けたり加護を与えたりといったことが出来るようになるスキルなのかもしれない。
「……まぁいいか」
「?」
「なんでもないよ。レイラちゃん達は……まだしばらくは動けなさそうだね」
桔音は手足の様に動かせるようになった瘴気で簡単な船を造りあげた。板だとふとした瞬間に落ちてしまうかもしれないと考えたのだ。全員がその船に乗り込み、レイラとリーシェはドランが船に乗せた。彼女達は魔族としての回復力が段々肉体を治癒しているので、あと数十分もすれば全回復するだろう。
「ああ、そうだった……」
桔音は船に乗り込む前に、軽く瘴気を動かした。
そして船に乗り込み、船を浮遊させる。此処まで来る時の速度とは段違いに速くなった瘴気の船、水平移動する故に揺れは無い。レイラが酔うことがないようにそうしているので、桔音も大分レイラを信頼するようになったようだ。最初に出会った頃とは大違いである。
「この速度なら数時間もあれば着くかな」
「魔王戦の前に1回セーブしておかないとね!」
「セーブポイントがあれば良いんだけどねー、それは僕の称号君が許してくれない」
「くそ! 呪いの装備か……!」
桔音とフィニアがそんなやり取りをしながら、船は進む。星の精霊を、魔王も予想していなかった方法で退けた桔音は、魔王との衝突まであと少しの所までやってきていた。