リア充撲滅系男子
謎の生命体―――此処では宇宙人と呼称しておくとしようか。
桔音と宇宙人が戦闘を開始してから、桔音が最初に行ったのは体勢を立て直すこと。戦闘が始まった段階で桔音達は二手に分断されており、連携の取りにくい位置関係にいた。故に、それをどうにか立て直して戦闘を優位に進めていきたかったのだ。
まずは桔音が宇宙人へと襲い掛かり、薙刀で斬り掛かった。同時、ルルとフィニアがクロエを連れてドランの下へと移動する。宇宙人から伸びていた半透明の棒の様な物は、宇宙人のシルエットでいう、服の裾の辺りから伸びる触手の様なものだった。しゅるしゅると柔軟に動きながらも、攻撃時には恐るべき速度と硬度で攻撃してくる。
桔音の薙刀と、宇宙人の棒が衝突する……が、何度ぶつかっても押し負けるのは桔音だった。威力的にも、桔音より宇宙人の攻撃の方が速く鋭い。如何に魔眼で先読みしようと、今の桔音が戦っていられるのは教えて貰った技術による結果だった。
だが桔音は必要最低限の動きで躱し、触手を捌きながら最良の選択を常に選び取って動いていた。焦りはなく、寧ろ落ちついて宇宙人の動きを見ている。視界全体をしっかり把握出来ており、少しずつ集中力が向上している。教えて貰った事を実践し、桔音はその手で漆黒の薙刀を振るっていた。
「ふっ……！」
『―――』
もう何度目かになる衝突、やはり桔音が押し負ける。だが、桔音もそれを分かった上で衝突している。威力負けで怯むことなく、その触手を受け流すことで押し負けることを受け入れているのだ。
そうしてやっと、ルル達がドランの下へと合流した。不規則に振るわれる触手が、彼女達の合流を邪魔していたのだ。触手を斬り裂く事が出来ない以上、やはり桔音にとっては苦戦を強いられるしかない。
「切りがないな……どう考えても、攻撃が通る気がしない。あの触手が身体から伸びている以上、多分身体も同じだけ硬くなるだろうし……！」
ガインッ、と衝突の音が鳴る。今の所、薙刀と触手の硬度はほぼ互角……つまりあの宇宙人の防御力は桔音と同等かそれ以上ということになる。しかも硬質化と柔軟化が自由自在、鞭の様にしなる触手は厄介だ。もっといえば、触手の本数が決まっていないという部分も厄介だ。服の裾からならいくらでも伸びてくる触手は、その本数が度々変わる。手数が読めないのだ。
しかし、桔音としても勝機がないわけでない。
攻撃時の触手は確かに硬く、斬り裂く事は出来ないのだが、攻撃していない触手は柔軟に動いている。あの状態の触手はそれほど硬くは無いではないだろうかと考えている。
また、威力的には上の触手が薙刀を破壊出来ていないということは、耐性値にそれほど差がないということ。ならば、あの身体と触手は『武神』で斬り裂けるのではないかということだ。
この2つの点から、桔音は瘴気の薙刀で刃を飛ばすこと、そして『武神』を出すタイミングを見計らっている。相手に見せていない手だからこそ、最も通用するのは最初に繰り出した時だ。
「きつねさん！」
「フィニアちゃん―――援護、頼める？」
「もっちろん！」
そこへフィニアが戦線に加わった。桔音の言葉に大きく頷いて、フィニアは魔力を練り上げた。詠唱を破棄出来る妖精故に、魔法の発動速度は並の魔法使いを凌駕する。
「『火の矢』――多重展開！」
展開された幾つもの魔法陣から、炎で構成された魔法の矢が射出された。
だが、宇宙人に魔法は効かなかった。炎の矢は宇宙人に当たった瞬間、霧散し消えた。その事実に桔音は驚愕しつつも、なんとなく予想通りといった様子だった。空から降りて来た宇宙人的存在、あの肉体自体が魔力で構成されている可能性も無い訳ではない。ならば、魔法が効かないという可能性も考えていない訳ではなかったのだ。
フィニアの前に出て、襲い来る触手を薙刀で弾き、受け流す。魔眼がなければ本来受け流せない速度だ……それでも桔音が受け流せているのは、魔眼を度々使っていることの他に今までの経験があったからだ。桔音の知っている限り最も速く、最も恐ろしい一撃を持つ少女……最強ちゃんの拳を経験したことがあったからだ。
「最強ちゃんは、もっと速かった―――！」
桔音はそう言って触手ではなく、その根元……服の裾の部分を見た。そこから伸びる触手の本数は、現在8本……そしてその触手の速度と硬度、攻撃範囲の広さからして、触手を切り抜けて本体まで辿り着くのは至難の業だ。しかも、その触手は更に増やすことが出来るときたものだ。
しかし、桔音は前へと踏み出した。8本の触手を全て視界に入れて、桔音は進む。
触手の攻撃範囲に入った瞬間、1本目。
「フッ……！」
薙刀で弾いた。間髪入れず、同時に2本。
魔眼を発動し、2本の触手の隙間を縫って前へ踏み出し、躱した。
「ぁあッ！」
更に横薙ぎに迫る4本目を、転がる様にして躱し、そして迫ろうとしていた5本目の奥、6本目の触手を瘴気の刃を飛ばして斬り飛ばした。その瞬間目の前に迫っていた5本目を、すれすれで躱した。頬にピッと切り傷を作ったが、それでも尚進む。痛みは無効化され、怯む事は無い。
そして残るは後2本の触手。先端を尖らせて、桔音の胸を貫いた時と同じ様に再度桔音の身体を貫くべく迫る。速い、それも目視出来ないほどに。縦や横に振るうのとは違い、最短速度で迫るのだから。
「はぁぁあああ！！」
桔音は直感でその手に生み出した瘴気のナイフで7本目を斬り払った。だが、続いて来た8本目は躱し切れないと判断する。
故に、躱さないことにした。
「フッ…………！」
8本目の触手が、桔音の腿を貫いた。だが、桔音は歩みを止めない。触手を腿に貫かせたまま、前に進む。本体までは、あと1歩。
しかし、それを阻むべく腿を貫いた触手が桔音を持ちあげようとした。ぐ、と後ろに追いやられる力を感じ、桔音はこれでは後1歩が届かないことを察する。察して、即座に判断した。
「チッ……なら、こうだ！」
舌打ちして、桔音は自分の足を斬り落とした。触手が桔音の足を持っていき、桔音から離れる。それを見た桔音は、残った片足に力を込める。全力で桔音は前へと跳んだ。残ったあと1歩が、届く位置。
―――『武神』発動。
巨大な刃となったソレを、桔音は宇宙人の本体に向けて振り下ろす。片足ではその威力を制御しきれないけれど、それでも上半身の力を駆使して出来る限りその威力を制御し、その刃を宇宙人の身体に振り落とした。
大威力の衝撃が宇宙人の身体に伝わり、その半透明な身体を歪める。空気を振動させるその衝撃が衝撃波となって、周囲を大きく吹き飛ばした。
違ったのは、今までと違い一瞬で消し飛ぶことは無かったということ……その身体は何かで巨大な刃を防いでいるかのように、ぐんにゃりと歪んでいながらも実体を残していた。
「ッ……！」
『―――』
一撃で仕留められなかった。その事実が桔音の動きを一瞬止めた。
だが、宇宙人にとってその一瞬があれば十分。新たに生み出された4本の触手が、桔音の身体を貫いた。右肩と左脇腹、残った片足の膝、そして喉を。
桔音の身体が後方へと投げ出され、空中に血を振り撒きながら地面を転がった。ゴロゴロと転がり、そして止まる。痛みがなかったことで、桔音の意識はまだ健在だ。『初心渡り』を発動させて、貫かれた部分を修復。足も元に戻った。数秒止まった呼吸が再開し、急いで酸素を取り込む桔音。
咳き込みながらも宇宙人の方を見ると、そこには数を更に増やして11本になった触手を携えた宇宙人が居た。
「クソ……厄介な……！」
『大丈夫？ きつねちゃん』
「大丈夫、見ての通り怪我は無い」
即死でない限りは直せる、と桔音は立ち上がり、再度漆黒の薙刀を生み出した。
「きつねさん！ ダメです、あの存在には勝てません！」
「！ クロエちゃん……」
そこへ、クロエが声を掛けた。どうやら吹き飛ばされた先は、ドラン達がいる方向だった様だ。
桔音の動きが止まり、一旦クロエの言葉に耳を傾ける。あの存在には勝てない、というのはどういうことだろうか？ そう思いながらも、桔音は視線だけは宇宙人の方へと向けていた。
すると、クロエは少しだけ躊躇した後に口を開いた。流石にこの状況になってまで隠すつもりは無いらしく、あの宇宙人に付いて語ってくれた。
「あ、あの存在は…………星の精霊、です」
「精霊？」
クロエの説明によると、あの宇宙人の様な存在は星の精霊とのこと。
精霊とは、妖精とは違い普通は目に見えない存在であり、人間や魔族よりも格上の存在である。実力ではなく、存在の格そのものが違う存在だ。精霊が存在しているということを、大多数の人間は本当か本当でないか分からないでいるのだが、過去何人か見たことがある者達がいる故に、存在している宗教の中では神として崇められていたりもする。
その実力は総じて高く、Sランクなどと言ってはいられない程のモノ。容姿はそれぞれ違うが、この星の精霊は半透明な姿でシルエット的な容姿をしている。
また、精霊にはそれぞれ様々な事が出来る力がある。それは呪いの様な力であったり、加護の様な力でもあったりするのだが、それを行使する精霊次第でその力の方向性は違う。気に入られれば加護を与えられることもあり、機嫌が悪ければ呪いを与えられることもある。
だが精霊の呪いは一過性のモノであり、精霊が飽きれば勝手に解けるモノもあれば、何かしらの条件を達成すれば解くことが出来るモノもある。
クロエ達と星の精霊の関係は、その呪いの力によるものだ。
なんでも、生まれ付き星の精霊はクロエに呪いを掛けたのだそうだ。そして、その呪いのせいで酷い目にあっていたとのこと。元々生きることに支障をきたす呪いではないのだが、今はその呪いもフロリアのおかげもあってなんとかなっているらしい。
だが、クロエにとってはそのなんとかなっている状況はなんとかなっていないらしい。何故なら、クロエに掛けられた呪いは、ただ単にフロリアに移っているだけだかららしい。故にクロエは、フロリアに移った呪いを解くべく、音楽を演奏しながら旅をしているのだそうだ。
「……その呪いについては教えてくれないのかな？」
「……はい、すいませんが……ただ、この呪いには"刻限"があるんです」
「刻限？」
「はい……私が、20歳になるまでに条件を達成出来ないと……私達の大切な物が1つ失われるんです」
大切な物が失われる。それは命であったり、生きる源であったり、夢であったり、才能であったり、未来の可能性であったり、過去の幸せな記憶であったり、そういう大切な物が、彼女達が呪いを解かなければならない理由。
しかし、未だクロエは18歳。時間はまだある故に、"刻限"が来てもいないのに星の精霊が現れたのはおかしいことなのだ。だから困惑している。何が精霊を呼び寄せたのか、何が精霊を不機嫌にさせているのか、ソレが分からない。
「……なるほどー」
だが、桔音はクロエの話を聞いて分かっていた。何故精霊が此処に来て、精霊が不機嫌なのか……此処に桔音が居るからだ。桔音の称号が、運命が、精霊を呼び寄せたのだ。理由など、後付けで良い。運命的にクロエ達が近くに居る事を利用して精霊を引き寄せて、精霊は自分が呪いを掛けた人間の近くにいる桔音が"なんとなく"気に入らなかった。それだけで良い。
桔音の運命とは、桔音をこの世界から排除出来ればそれで良いのだ。
「あー、じゃあクロエちゃんの呪いを掛けたのがアレってことでいいんだね？」
「え？ あ、はい」
「んじゃ、僕に任せて！ あの宇宙人を消し飛ばして、僕が君の呪いを解くよ！ なんであの宇宙人が此処に来たのかは分からないけどね！ なんであの宇宙人が此処に来たのかは分からないけどね！！！」
「え？ え？ だ、だめですよ！ 勝てっこないです！」
「大丈夫大丈夫、なんとかなるよ。とどのつまり宇宙人すげーってことでしょ？ 僕呪いとかもう怖くないんだ」
桔音はそう言って、『死神の手』をくるっと回した。
運命自体が最早呪いのような桔音にとって、最早これ以上の呪いなど全く怖くは無い。まぁ本音を言えば、自分の運命で星の精霊を呼び寄せてしまったことを隠し通そうとしているだけだが。
「安心しなよ。僕は最近、夢の中で世界中のリア充を撲滅し切った男だからね」
クロエにはリア充が何か分からなかったが、その自信に満ち溢れた桔音の言葉と表情に、何とかしてしまうのかもしれないと思ってしまったのだった。
