抑えられていた力
さて、出港してから1週間が経った。これでおよそ半分くらいかな、船もカイルアネラ王国よりは暗黒大陸の方に近い場所までやってきた。
この1週間、僕はずっとドランさんの指示で色々とトレーニングを積んできた。素振りが中心だけど、武器を振り回すだけの筋力値は既に備わっていたから、無駄なく素振りが出来る様になった時点で実践的な事をするようになっている。
ドランさん曰く、僕には戦闘技術こそ欠けているけれど、実戦経験でいえばSランク冒険者でも早々経験出来ない程濃い経験を積んでいるから、戦闘における直感や危機察知能力などの戦闘感覚に関してはずば抜けて高いらしい。スポーツで言えば、運動能力は低いけれど運動神経は良いって感じだと思う。
まぁステラちゃんとかメアリーちゃんとかを始め、魔王とか勇者とかレイラちゃんとか、色々と規格外な面々と戦い抜いて来たからね……正直此処まで生き抜いておいて一般人とは言えないことくらい理解しているよ。
故に、ドランさんは僕に欠けているのは戦闘技術のみだと言った。僕に備わっている戦闘感覚がその戦闘技術の拙さによって十全に発揮出来ていないとのこと。例を挙げるのなら、本来こう躱せばベストなことは分かっているのに、それを行う技術が備わっていないからベターな躱し方になってしまっているって感じらしい。
やりたいことと出来る事のレベルが噛み合っていないのだ。だから、それを埋めてやれば僕は爆発的に強くなれるとのこと。
スキル的な力は最早世界でもトップクラスと言って良い程良質なモノが揃っているし、武器も聖剣や魔剣と言っても良いレベルの代物、それを扱える技術があれば良い。
「ハッ……! ―――ふぅ……」
「よし、良い感じだ」
そしてこの1週間、僕はドランさんから教えて貰える事を次から次へと習得していった。素振りも、1回目で駄目だった部分が、2回目では直せている、という風に教えられればスポンジの様な吸収力で全て身に付けている。ドランさんもたった1週間でこれほどまでに伸びるとは思っていなかった様で、目を丸くしている。
もしかしたら、これがリッチの言っていた称号のメリット部分なのかな? アレだけ馬鹿みたいな運命を背負うのだから、その見返りも大きくなきゃやってられないし。この高い成長能力や技術の吸収力は、その見返りだったりするのかもね。
たった1週間、されど1週間。襲い来る魔獣は『不気味体質』のおかげで強い奴以外は寄って来ない。その強い奴も、僕達のパーティならそう辛い相手ではないしね。レベル1の僕達にとっては、雑魚であって『初心渡り』を使った急成長の為の餌でしかない。
「本当に、凄まじい奴だな……おい」
「あはは、僕もそう思う」
「自分で言うな」
1週間目の今日、ドランさんとの簡単な打ち合いを終えて、ドランさんが苦笑する。初日からやっている打ち合いだけど、最初なんてたった数回の打ち合いで僕は武器を叩き落されていたのに対し、今ではドランさんの武器を叩き落せることもある。
まぁ、ドランさんとの訓練とは別で、夜中にはリーシェちゃんに訓練に付き合って貰っていたからね。先読みのコツとか技術を教えて貰って、リーシェちゃんには劣るものの『先見の魔眼』を使わずに先を読むことにも慣れて来た。まぁ、教授して貰っているのはドランさんやリーシェちゃんのみではないんだけどさ。
弱い者が強い者に対抗する為に身に付けた技術は、例外なく強い。僕みたいな普通の男子高校生が身に付けるべき代物だよ。そうしないと、この世界では生きていけないからね。まぁ、今や僕は普通の男子高校生らしからぬ力を身につけてしまったけれど。
ドランさんの買ってきたこの船は、大分大きい。甲板に上がれば簡単な模擬戦が出来る位は大きい。模擬戦で壊れてしまったら『初心渡り』で直せば良い事だしね。戦って、打ち合って、そして成長する。そこで負った傷を戻すことは、ステータスに影響するから出来ないけれど、それも成長の証とすれば中々悪くない痛みである。
「うんうん……さて、と」
『死神の手』に『病神』を付与し、漆黒の薙刀を作る。ひゅんひゅんと振るって、もう大分慣れた感覚で空気を斬り裂く。初日、武器に振り回されていただけの僕が、今では一端の熟練者の様に武器を扱う事が出来ている。武器を振り回すのではなく、武器を従えている。何の意味も無く、ただ何かを殺す為の武器を従えている。
良い感じだ。ただの1週間で此処まで来れたとは思えない程だね。良い感じだ。まだ到着まであと1週間もある。もう少し詰めていけば、暗黒大陸でも大方やっていけるだろう。あそこの魔獣や魔族達は、人間の大陸に居る様な魔獣達とは桁違いに強いらしいからね。
「しかし、こんなことならさっさと戦闘訓練を受けておくべきだったんじゃないか?」
「いやいや、僕としてはさっさと戦闘訓練を受けておくべきとは思っていたんだけれど、そうしたくてもそう出来なかった理由があったじゃん? 続々と現れる魔王とか勇者とか……魔族とか幽霊とか……僕としては一難去ってまた一難とは言い難い、三難去らずまた一難と言うべき難しいという文字が此処までで6回も出てくる説明を使わなければならない事態に巻き込まれ続けていたからさぁ」
「大分七面倒臭い難しい説明をするな」
「今ので7回目の難しいなだけに? あ、これで8回目か」
まぁ僕としても、早々に戦闘技術を身につけるべきだという思考自体は相当昔に頭の中にあった。ソレが出来なかったのは、夏休みで宿題を後回しにするかの様に別の事に気を取られていたからだ。ある意味、これも世界が僕を排除しようとする運命力なのかもしれない。お前は強くなるな、とかいう意思表示なのかもしれない。全く、お風呂のカビ並にしつこい意思表示だ。表明だけなら許すけれど、表示し続けられるのは少々面倒臭い。
それこそ、ドランさんの言う七面倒臭いというものだ。7倍面倒臭いという訳でないけれど、きっとそれくらいは面倒臭いだろう。
「それじゃあドランさん、いっちょ僕と模擬戦でもしようじゃないか。僕は棒に刃を付けないし、ドランさんにはほら、瘴気で刃引きした剣を用意するからさ」
「へいへい、全く恐ろしいな……どんどん強くなるっていうのは確かに主観じゃ良い事だろうが、客観からすれば複雑だぜ」
僕は棒と化した『死神の手』をくるりと回して、ドランさんは瘴気で出来た刃引き剣を握る。ドランさんの持っている剣と同じモノを作ったから、それほど違和感は無いと思うけどね。
「……じゃ、行くよ」
「おう、まだまだ負けられない―――いや、負けたくはないからなッ!」
ドランさんの言葉が終わると同時に、ドランさんが地を蹴った。僕は動かない。棒をくるりと回し、真っ直ぐ向かってくるドランさんの顔面に向かって、僕はまっすぐ棒を突き出す。速度としてはそれほど速くはなかっただろうけれど、ドランさんはそれを顔を傾けることで躱した。
とはいえ、躱された所で2mもある棒とそれを突き出す僕の腕の長さ分、まだ間合いはある。片足を軸に身体を回転させ、同時に突き出した棒を引く。手首を返すようにして棒を回し、目の前に迫ってきたドランさんに対し、下から顎を打ち上げる様に棒を振り上げた。
「ッ……!」
「―――」
しかし、それもドランさんは防ぐ。音を立てて強く前に片足を踏み込み、急ブレーキを掛けて上半身を逸らすことで僕の振り上げた棒は空振る。ドランさんも僕も、肉体の動作に一瞬の硬直が訪れた―――だが、僕はその硬直を硬直のままにはしない。棒を手放し、上半身を逸らしたままバク転で後退しようとしているドランさんの足を払う。
「うお……っ……!?」
「フッ―――!」
そのまま空中に在る棒を掴み取り、倒れたドランさんの頭のすぐ横にトン、と棒の先端を付いた。そして僕はドランさんの鳩尾の辺りに片足を乗せる。完全な形での、僕の勝利だ。
「……あー、くそ。もう勝てねぇか」
「あはは、いやいや、僕の強みは武器を手放しても大して危機ではない防御力だ。だから僕は率先して武器を手放すことが出来る。なんなら瘴気による武器精製能力がある訳だし……そうでなければ今のは僕とドランさんがお互いに距離を取って仕切り直し、こんなに早く勝負はつかなかったよ」
「武器を手放せるだけで十分脅威だっつの。まぁなんにせよ、体裁きも武器の扱いも本当爆発的に強くなったよなぁ、お前って奴は」
その評価だけで十分だ。今の僕はある意味、このパーティの集大成とも言える。
なんせこの1週間僕は―――このパーティ全員から教授を受けていたのだから。
ドランさんをメインに、リーシェちゃんからも、フィニアちゃんからも、ルルちゃんからも、レイラちゃんからも、そしてノエルちゃんからも、僕はそれぞれからそれぞれの方面で教授を受けた。1週間、寝る間も惜しんで教授を受け続けた。
ドランさんから全体的な戦闘技術を、リーシェちゃんから先見の技術を、フィニアちゃんから魔力操作の技術を、レイラちゃんから瘴気の技術を、ルルちゃんから五感の使い方を、ノエルちゃんからモノの見方を、教えて貰った。
それを全て凝縮して、再現して、身に付けたのが今の僕。
このパーティは強い、そのリーダー足る僕が弱いなんて……それこそ皆に申し訳が立たないだろう。僕は強いぞ、それこそ魔王もこの手で一捻りだ。死神と呼ばれた僕の力を、余す所なく見せてあげよう。
「ん?」
「なんだ? また魔獣か―――うわぁぁああああああああ!!」
すると、そこへAランク魔獣『海王龍』が現れた。水中戦ならSランクの、文字通り龍。ワイバーンとは違う、本当にこのファンタジー世界における一種の最強の形を体現した伝説の生物。勇者に葬られる最大の壁であり、世界を災厄へ陥れる災害であり、時には勇敢な戦士と共に魔王と戦う聖獣である、本当に最強で最悪で最高にカッコいい生物だ。
振り返ってその姿を確認したドランさんが、先程までとても格好良い感じだったのが台無しな位に台無しな表情で叫び声を上げた。うん、ムンクの描いた有名な絵画『叫び』みたいな表情だ。思わずクスッと笑ってしまう位には、面白い。
「『武神』」
巨大な鎚の様な刃を生み出し、僕は『不気味体質』を発動させた。リヴァイアサンの視線が僕へと集中する。思い出すなぁ、こんな巨大な魔獣と対峙すると、初日に遭遇したクラーケンやブラッディシャークのことを。あの時はこの巨大な刃を使いこなす事が出来なかったんだけど……今ならなんとかなりそうだ。
リヴァイアサンがその口に魔力を溜めている。ブレスか、青い光を放っているから水魔法かな? 凄まじい威力なんだろうなぁ、多分この船位なら一瞬で消し飛ぶんだろう。
でも、ドランさん以外の皆はそれぞれ思い思いに過ごしている。フィニアちゃんはルルちゃんとじゃれ合ってるし、レイラちゃんは初日よりも青褪めた表情で倒れているし、リーシェちゃんは操縦室で引きこもり中だ。ノエルちゃんなんてレイラちゃんに追い打ち掛ける様に傍に寄り添っている。止めなさい、君に引っ付かれたら悪寒がヤバいんだからさ。
「グルルルァァア………!」
「魔法には、魔法的な力で対抗するべきだよね」
そして、僕はフィニアちゃんの教授で手に入れた力『魔力操作』を使用する。『武神』に今まで無駄に放置していた魔力を乗せて、強化する。
魔力とは、魔法を使う以外にそれ自体が強力な武器になる。剣に魔力を乗せれば威力と硬度を引き上げることが出来るし、身体に魔力を通せば身体強化が出来る。しかも、その身体強化の効果は『身体強化』のスキルと同等の効果が得られ、『身体強化』と併用すれば更なる強化が施せる。
僕はそれを『武神』へと行使する。ただでさえ凄まじい威力だというのに、更に強化されるのだ。それはもうまさしく死神の一撃と言えるだろう。
そして―――
「グルァァァアアアアアア!!!」
「フッ……!!」
放たれた激流の如き魔力のブレスと、武神の如き一撃。その2つの攻撃は衝突とは言い難い衝撃と共に、
―――『海王龍』を消し飛ばした。
まるで時間が飛んだ様な錯覚を得る。つい一瞬前にブレスと巨大な刃が衝突した筈なのに、衝撃も何も無くいきなりブレスもリヴァイアサンも姿を消した。音も無く、まるで始めからいなかったかのように消えたのだ。
そして、ドランさんが唖然とする。
「ふぅ……こんなもんかな」
僕がそう言って棒に戻った『死神の手』を甲板に付く。その視線の先……リヴァイアサンがいた海が、まるでモーゼの様に真っ二つに斬り裂かれていた。
ドランさんが唖然とした一瞬の後、大瀑布の様な大きな音と共に海が元通りになっていく。船が大きく揺れ、リヴァイアサンが居たという事実を思い知る。周囲を見渡せば、僕を信じて寛いでいた面々も目を丸くしていた。
そして僕も含めて船に乗っていた全員が、僕が今まで技術不足でどれほど力を持て余していたのかを思い知ったのだった。
桔音、完全に力を掌握したようです。何故たった1週間でこんなに強くなれたのかは、追々分かっていきます。