少しずつ強く
取り敢えずは暗黒っぽい方を目指して移動を開始した僕達『死神狐』の面々だけど、結局暗黒っぽい方って言われても僕達はまず暗黒大陸の場所を知らないので、勘で行くには少し無理があった。
ドランさんも各国様々な場所へと赴いてはいたらしいけれど、この世界はどうやら地球よりも国が多い。まぁ国の規模が地球でいう東京並だったり大陸並だったりまちまちな部分も関係しているのだろうけれど、大雑把にいえば地球の約2倍の国数がある訳だ。世界地図も一応あるにはあるらしいけど、流石にそれだけの国数を地理や方角も含めて覚えている人物など、冒険者の中にはそういない様だ。
まして、人間の大陸以外の大陸のことなど全く知りもしないだろう。そもそも暗黒大陸自体、Aランク上位の人間以上でなければ行く事を禁じられている故に、僕達のパーティじゃ暗黒大陸が何処にあるのか知っている者は、1人もいない。
ではどうするのか? 『人類の敵』である僕は、恐らく何処の国へ行っても空気扱いだ。碌に買い物すら出来ないだろう。
でも、フィニアちゃん達はそうじゃない。僕のパーティであっても、僕と同じように扱われる訳じゃない訳で、それなら彼女達に地図を買って来て貰えば良い。
ギルドに預けた僕のお金は多分押収されてて使えないだろうけれど、今僕の手元にはアイリスちゃんが持って来てくれた『魔法袋』がある。中には食糧とか生活用品とか色々と入っていたけれど、その中に白金貨が50枚程入っていたから、コレを使えば地図も買えるだろう。アイリス様々だね、本当に助かるよ。
それで、今はルークスハイド王国から少し離れた街、つまりは魔王と戦った街だね。そこに来ている。つくづくこの街には縁がある様な気がするけれど、まぁ何度も来ているだけでそういう訳でもないか。
ちなみに、今僕は街の外門でフィニアちゃんとルルちゃん、レイラちゃん、そしてノエルちゃんと一緒にいる。ドランさんとリーシェちゃんには地図を買いに行って貰ってるんだよね。
ああ、そうそう。リーシェちゃんの羽だけど、瘴気で出来ていたからか消すことも出来た。元々身体の中に収まっていたものだから、体内に戻す感覚で収納可能らしい。僕やレイラちゃんとはちょっと違って完全に消すことは出来ないみたいだけど、ある程度の出し入れは利くんだね。
あと、リーシェちゃんは吸血鬼だから、思った通り日光に弱かった。特殊な形で成った吸血鬼だからか、元々吸血鬼はそうなのか分からないけれど、消滅はしない。でも、日に当たっていると身体の節々に痛みが走り、少しだけ気分も悪くなる様だ。
リーシェちゃん曰く『……なんというか、あの日が続いてる感覚?』とのこと。あの日、つまりは女の子の日のことだけど……重過ぎず、でも軽くは無い様な症状が続いているらしい。我慢が出来ない訳ではないけれど、日に当たっている間ずっとその症状に苛まれるのは少々苦だろう。
だから、地図と一緒に日傘的な物も買って来るよう言ってある。一応瘴気で傘を作って渡しておいたから大丈夫だろうけど、日の下にいるリーシェちゃんは、大分弱ってたなぁ。まぁ死ぬよりましだろう。
そういえばふと思い出したけど、この街ではあの白黒音楽姉妹と会ったんだっけ。元気にしているかな、クロエちゃんにフロリア姐さん。また何処かで演奏してるんだろうけど、その度魔獣が寄って来るからいつか喰われないか心配だね。まぁあの演奏を聞いた後じゃそんな気にもならないだろうけど。また聞いてみたいものだね。
『にしても、『人類の敵』って称号は厄介だねー、きつねちゃん碌に動けないじゃん……ふひひっ♪ 全国的に嫌われ者ってことだね!』
「はぁ……」
とりあえず……喧しいぞ幽霊。
でもまぁその通り。この称号のせいで動きにくいったらありゃしない。つくづく、嫌らしい手を使ってくるもんだよ、魔王も。
「きつねさん、お疲れ?」
「ん、いや大丈夫だよフィニアちゃん。ちょっと世の中の残酷さを嘆いていただけだから」
「予想以上に壮大な事考えてるね……」
ノエルちゃんの言葉でつい出た溜め息だけど、フィニアちゃんに心配されてしまった。まぁ疲れているかと問われれば疲れているんだけど、取り敢えずお風呂に入りたいよね。この際不法侵入して宿の風呂勝手に使ってやろうかな。称号がステータスにまでくっついている以上、顔を隠しても空気扱いだろうし。
本当に魔王アレだよ、まじアレだよ。もうね、アレだね。次会ったらアレだよ、頭ぱーんってする。ぱーんって。いっそ闇討ちして殺してやろうかな……ああでも蘇るんだよなぁ、60年後に。しぶといよなぁ魔王も。5回もやられてるならそろそろ諦めても良いと思うんだけど。
しかも数を重ねるごとに超圧倒的なやり方でやられてるしね。
「あ♪ 帰って来たよー♪」
「ん……それじゃ行こうか」
レイラちゃんの声で視線を向けると、瘴気の傘を未だに差しながらドランさんと歩いてくるリーシェちゃんが見えた。その手には深い赤色の傘が握られている。ああ、そういえば瘴気の傘が消えない以上それを差してくるしかないよね。
「買ってきたぞ、地図」
「うん、ありがとうドランさん」
「ついでにきつねについて店の奴に聞いてみたんだが……やっぱ駄目だったな。名前を出した瞬間、凄い冷めた眼で見られた」
「女性だった?」
「ああ……凄い心が抉られた」
ドランさんが地図を渡しながら肩を落とした。まぁ女性店員に凄い冷めた眼で見られたらそうなるか。正直、僕も遠慮したいところだしね。
さて、そう思いながら地図を見る。ルークスハイド王国が此処として、此処から東方向にグランディール王国、そこから北東方向に少し進むとミニエラがあって、グランディール王国から南西方向に進むとジグヴェリア共和国があるね。何処も海に面していなかったから、全部内陸国だ。
さて、此処から一番近い国で海に面しているのは……っと。
「……此処だね」
「ん、そうだな、名前は……『カイルアネラ王国』、海に面していて漁業にも力を入れている国だ。色んな国との貿易を行っていて、港も多い。船も多く出てる」
「よし、それじゃ此処に行こう」
カイルアネラ王国、ルークスハイド王国からグランディール王国とは逆で、西の方向へと進んだ先にある国だ。そして、そのカイルアネラ王国から海でまっすぐ行った所に暗黒大陸がある。
それ故か、カイルアネラの海にはかなり強力な魔獣が多く出るらしい。Bランク魔獣『クラーケン』やAランク魔獣である『海王龍』なんかが今まで見られている様だ。
ちなみにリヴァイアサンは海の龍で、海中に引きずり込まれてしまえばその強さは水中無敵、文句なしにSランクだ。ただ、戦う際は流石に海上の冒険者を相手にする為に海上へと顔を出す。海上戦であればAランク相当にまで力を抑えることが出来る故に、Aランクとなっている。
また、海にそんな魔獣達が居るからか、冒険者達もかなり海上戦に強い者が多かったりするらしい。全部ドランさん情報だけどね。
「じゃ、行くよー」
「はーい♪」
僕の言葉に返事をしたのは、レイラちゃんだけ。他の皆は何言わずに僕に付いてくる。あれ? 皆もしかしなくても称号が効いてる訳じゃないよね?
う、うん。フィニアちゃんは肩に乗って鼻歌を歌っているし、ルルちゃんは僕の隣に付いているし、リーシェちゃんは傘を差し替えているし、ドランさんも流れ的に返事をしなかっただけに違いない。一応全員に視線を送ると、全員どうかした? とばかりに首を傾げて来た。
うん……良かった。良かったけど……ちょっと不安になる僕だった。
◇ ◇ ◇
さて、その夜。
瘴気に乗って、大分カイルアネラ王国へと近づいた僕達だけど、日が落ちたということで野宿をすることにした。なんというか、野宿とかちょっと久しぶりだ。グランディール王国への護衛依頼を受けた時以来かもしれない。
まぁそれはさておき、アイリスちゃんがくれた食糧は、僕が思っていた以上に量があった。多分1ヵ月位は持つんじゃないかと思う。今はリーシェちゃんがその食料を使って料理をしている所だ。夜になってから、リーシェちゃんは途端に息を吹き返す様に元気になった。吸血鬼は夜行性という性質からか、やはり生活リズムは昼夜逆転してしまったようだ。
ドランさんは薪を集めてフィニアちゃんと焚火を作り、レイラちゃんとルルちゃんは周囲の警戒をしている。どうも、この前のリーシェちゃん殺人事件からレイラちゃんとルルちゃんは仲が良くなった気がする。まぁ悪い事じゃないから良いけどね。リーシェちゃんの死を通して、何か通じ合うモノを感じたのかもしれない。リーシェちゃん死んでないけど。
「ふぅ……カイルアネラ王国まで、大体2日位かな? 正直自動車とか電車ならもっと早い気がするけどね……」
その辺にあった岩に腰掛けて、僕はそう呟く。一応僕も周囲を警戒しているけれど、レイラちゃんの瘴気量は僕の瘴気量を大きく上回っているから、その索敵範囲もかなり広い。それに瘴気同士は反発しちゃうから、僕は瘴気で周囲を索敵していない。
そうだね、気配を瘴気だけじゃなく自分の感覚で察知する訓練にもなるし、案外良いかもしれないね。
「カイルアネラ王国に着いたら、そこから暗黒大陸までまた何日か移動しなきゃいけないし……面倒だなぁ」
ぼやきながらも、とりあえず魔王を相手にするわけだから自分を磨く事は忘れない。『死神の手』に『病神』を発動させたり、『死神』を発動させたりして軽く素振りをしておく。薙刀や大鎌、ハルバードと形態を変えるこの武器に慣れておかないと魔王と戦う時に使えるわけがない。
魔王を倒すと明言した訳ではあるけれど、魔王も何か実力を隠している様だったからね……多分アレが魔王の全力という訳じゃないだろうから、今の僕のままじゃ恐らく勝てない。ステータス的には、まだ魔王と戦った時とそう変わらないからね。せめてもう少しステータスを上げておかないと不味い。
「きつね、長物を扱う場合は自分を軸に置いてけしてブレさせちゃ駄目だ。武器に振るわれてるとすぐに足元救われちまうぞ」
「ん、成程」
するとドランさんが焚火を見ながらもアドバイスをくれた。
軸か……つまりは重心をブレさせず、武器に振るわれるのではなく、僕が武器を振るう様に使う。成程、確かにそれを意識すると筋力値がそれなりにあるせいか、随分振るい易い。遠心力ではなく、自分の力を中心に振るうことが重要なのか。
しばらくそれを意識しながら素振りをしていると、段々と慣れてきたのか思考に余裕が出てきた。この状態ならこんなことも出来るんじゃないか? こうすることも出来るかも、みたいな考えが浮かんで、それを実践していく。
斬り上げ、斬り下がり、横薙ぎ、袈裟斬り、足払い等、色々と浮かんでは試しを繰り返して行く。スキルの刃は見た目ほどの重量を感じさせない故に、大分やりやすい。振りながら薙刀から大鎌に変換したり、棒の状態に戻してすぐに薙刀にしたり、かなり使い方は多岐に渡るようだ。僕の使い方次第で、随分と可能性の広がる武器になる。壊れても『初心渡り』で戻せるしね。
「っと……そういえば」
ふと思い立って、『初心渡り』を付与してみることにした。そういえばこのスキルは付与したことがなかったからね。
すると、白い光が現れて刃を形作ろうとした。でも、
「うおっと……!?」
光は弾けて消えてしまった。何度試しても同じ結果になってしまう。なんでだろう? 『初心渡り』は付与出来ないのかな? それとも、何か条件がある?
「飯が出来たぞ」
すると、そこでリーシェちゃんのそんな声が聞こえて来た。
んー……まぁいいか。いずれ出来るようになれば良いし、魔王討伐もそんなに早々と出来るわけでもない。今はこの武器を使いこなせる様になりつつ、ステータスを高めていくとしよう。
余談だけど、今日の料理はリーシェちゃんに任せた結果、なんとなく血生臭い料理になっていた。なんでも、吸血鬼の舌には血の味が美味しく感じる様で、味見しながら料理していた結果、大分生のままの料理になってしまったのだそうだ。うおぇ……次から僕が作ろう。
桔音君、ちょっとずつ戦闘技術を学んできてますね。リーシェちゃんは料理スキルが吸血鬼用になってしまった様です。




