かくして彼は敵を名乗った
追、放? 僕はアリシアちゃんの言葉に呆気に取られていた。彼女の言葉の意味が分からなかったからだ。今彼女は何と言った? 追放する? 人類の敵として? 何だそれは、いきなりすぎて展開に付いていけないぞ。意味が分からない以上に、訳が分からない。
アリシアちゃんが、僕をあんなにも冷たい――それこそ、復讐の対象を見る様な眼で見ているのか。周囲の兵士達が、僕への殺意を持って剣を向けているのか……その理由と訳が、僕には分からない。
さて……両手は拘束されている。ただの鉄の様だけど、力が入らない……多分コレは囚人達が付けられるという弱体化の魔法枷だ。今の僕のステータスは、恐らく一般人程度まで落とされているのだろう。だから、この鉄の塊を破壊する事が出来ない。どうする……『死神の手』は後方の兵士が持っているし、アリシアちゃんが助けてくれることも無いだろう。まして、あの洞窟の場所にフィニアちゃん達を置いて来ているのだから、パーティの皆が助けてくれることも無いだろう。
――ノエルちゃんを除けば。
ちらり、と僕とノエルちゃんの視線が交差する。ノエルちゃんは僕の言いたいことを理解したらしく、すっと視線をアリシアちゃん達の方へと移した。
此処に居る彼女達は……追放する、という口振りから僕を殺すつもりはないんだろう。少なくとも、この国からは追い出される破目になるのだろうが、他国へと流されるにしろ、大陸を追い出されるにしろ、それよりは自分から逃げた方がまだマシだ。こんな枷を付けたまま好き勝手に盥回しにされちゃ敵わない。何時死んだっておかしくない処置だ。
「……なんでだ、アリシアちゃん」
「黙れ、私はアリシア・ルークスハイド……お前如きが気安く呼んで良い名ではない」
「……追放とはどういうことだ?」
「そのままの意味だ。貴様を人類の敵と見做し、この人間の住まう大陸から追放する……つい先程魔王が我が城へと侵入し、私にこう言った……『きつねは魔族の側の人間であり、人間世界に溶け込みながら内部崩壊を狙っている』と」
魔王……成程、また魔王か。あのクソ野郎、間接的では飽き足らず直接手を出しに来たのか。本当に、ふざけた事ばかりする。しかも今度は僕だけじゃ飽き足らず、何の関係も無いアリシアちゃんまで巻き込みやがった。本当、良くやるよ。称号パワー半端ないな。
しかも、吐いた嘘が『僕が魔族側の人間で、人間達を内部から壊そうとしている』? 全く見え透いた嘘を吐く。無論ルークスハイドが誇る稀代の天才児であるアリシアちゃんが、多くの民から愛された初代女王の生まれ変わりが、それを見抜けない筈がない。
魔王め、アリシアちゃんになにか『やった』な?
例えば精神干渉魔法で洗脳したり、その嘘を信じ込ませたり……いずれにしても、これはアリシアちゃんの本音ではないのだろう。万に一つ……これがアリシアちゃんの本心だったとしたら、正直痛いな。魔王も関係無く内心超ショックだ。
「貴様と、一時でも友人でいた自分が馬鹿だった。さっさと消えろ、2度と私の前にその顔を見せるな」
いや―――やっぱりショックだね、友人だった人から拒絶されるというのは。元々クラスメイトとかただの他人程度になら拒否されてもそう辛くはなかったけど……成程、深まった絆の分だけ拒絶された時の苦しみが大きくなるのか。
「……ありがとうアリシアちゃん、僕もこの国にうんざりしてた所だ」
「……」
僕は立ち上がりながらそう言って、いつもの様に薄ら笑いを浮かべた。正直な所、あまり良い気分ではないけれど……アリシアちゃんは僕の武器と両手の自由を奪っておきながら、この場から去れと言っている。人類の敵ならばこの場で殺すのが普通だというのに、それをせず追放という形で終わらせた。
この時点で、アリシアちゃんは僕に対して温情のある処置を取っている事が分かる。ならば、それに合わせて去るのがベストだ。僕をこの国から……いや、この大陸から追い出さなければならない理由があるのだろう。友人1人の命を放り投げ、その結果生まれる憎悪も罪も、自分1人だけで背負うつもりなのだろう。
成程成程、ならばその背負うべき憎悪はこの時点でなくなった。僕は彼女に対して憎悪を抱いていないのだから。
リッチと話していて考えていることもあるし、このまま国を出るのは……いや、大陸を出るのはいい機会かもしれない。洞窟周辺にいるフィニアちゃん達を拾って、さくっと大陸を渡ろう。
目指すのは暗黒大陸……魔王の根城だ。ぶっ殺そう、あの腐れ魔王を。この称号がある限り、魔王は何処までも僕の生活にくっついてくる。復活するとしても最低60年後、それだけ時間があれば僕が寿命で死ぬか元の世界に帰るかしている。
さっさとこの称号で引き寄せる最大戦力をぶっ殺しておく方が、後々楽だ。もしかしたら魔王を倒すことで元の世界に戻れるかもしれないしね……かつての勇者達がそうだったように。
「ノエルちゃん」
『おっけー』
「ッ!?」
ノエルちゃんに声を掛けると、ノエルちゃんがその場に居た全員の身体を『金縛り』で拘束した。アリシアちゃんを始めとして、この場に居る全員が驚愕の表情を浮かべる。まぁそうだろう、突然動けなくなったんだからね。しかも、唯一動いている僕は今弱体化の枷でスキルも使えないんだから、得体の知れない力に驚くのは当然だ。
さてと―――一芝居打ちますか。
「まぁ、魔王サマがバラすとは思わなかったよ。どうしてだろうなぁ……このまえ獲物を横取りしたからかもしれないね」
アリシアちゃんが眉をひそめた。まぁ、僕がこんなことを言い出せばそんな反応をするだろう。
「あーあ、台無しだ。折角、君に取り入ってこの国を崩壊させてやろうと思ってたのに……つまんねー」
「っ……きつね……!」
「まぁいいさ、国は他にも沢山ある―――別の国に移動して、今度は上手くやるよ。じゃあね、アリシアちゃん……もう2度と会う事はないだろうね」
憎まれ口を叩くのも、もう慣れたものだ。グランディール王国のギルドでもやったなぁ……移動する国々で僕は長く滞在していられないらしい。はぁ……駄目だ、やっぱり良い気分じゃないや。
魔王の配下の存在として、この国を去る。アリシアちゃんの立場を護る為に、敢えて彼女の言う通りに演じきってみせる。その結果、多分僕はもう2度とこの国に入れなくなるだろう。少なくとも、魔王を倒すまではね。
僕は薄ら笑いを浮かべながら動けなくなった兵士の1人から『死神の手』を奪い取り、そのまま両手に枷を嵌めたまま城を後にした。このままこの国を後にする……全く、面倒臭いや。
◇ ◇ ◇
城を出て、僕はくるくると棒を回して歩く。空はもう暗い、リーシェちゃんは吸血鬼だけど日光が出ていない夜で良かったね。まぁ日光に弱いのかどうかも分からないけどさ。
でも成程、アリシアちゃんに話を聞いた後だと良く分かるね。この街の静けさは、僕に対する民衆の警戒心の表れだ。普通ならこの時間でも人は多く行きかっていたし、多くの店が灯りを灯していた筈だ。なのに今はもう人1人姿を見せない。
この分じゃ、宿の荷物は全部捨てられてるかもしれないなぁ……回収は難しそうだ。まぁ置いておいた荷物のほとんどはリーシェちゃんやルルちゃんの予備服だったし、他も後ちょっと残っていた食糧程度だ。問題はない。
人の姿の見えない、閑散とした街を歩く。多分もうこの国に戻ってくることはない、ならばこそこの街の光景を目に焼き付けておこう。まぁ魔王を倒せば戻って来れるかもしれないけどさ。
『きつねちゃん……魔王の所にいくの?』
「ん? うん、いい加減魔王ぶっ殺しておかないと次々魔族送り込んできそうだからね」
『ふーん……そっか! ふひひひっ♪』
ノエルちゃんの問いに、僕は是と答えた。何にしてもまずは魔王だ。魔王を倒さないとどんどん魔族が送り込まれてきて、その度に戦いになる。リッチの言う事には僕は僕を排除する敵を呼び寄せる運命を背負っているらしいからね。送り込まれる魔族は多分皆僕の耐性値をどうにかしてくると思う。
魔王を倒して、魔族達の侵攻を止めれば少しは生きやすくなるだろう。僕も早いところ帰る方法を探したいしね。
「まずは……フィニアちゃん達を回収して、そのまま旅に出よう。この人類の敵認定というのがどういうモノなのか分からないけれど、人類の敵というからには多分全国的に僕は犯罪者と同じかそれ以下の扱いになる筈……食料も何もかも自分達で調達しないといけない。服は僕が綺麗な状態に戻せば済むとしても、消耗品はどうしようもないからね」
『確かにねー、でも足はどうするの? 大陸を出るにしても、海ってのがあるんでしょ? 船が居るんじゃないの?』
「そうなんだよねー……多分僕の顔は直ぐに知れ渡るだろうから旅船には乗れないだろうし、そもそも暗黒大陸に向かって出る船がある訳がない。どうしたものかなぁ……」
というか、多分この国の人達って全員魔王の洗脳下に置かれてるよね。
兵士達が全く躊躇なく僕を捕らえにきたし、街の人々もいくらアリシアちゃんが言った所で、こんな戸惑いも無く家に隠れるとは思えない。ましてギルドの冒険者達まで逃げ帰ったとなれば、正直そうとしか思えない。
アリシアちゃんは何らかの方法で洗脳から逃れたのか、それとも本当に洗脳下に置かれているのか。もしも魔王がこの洗脳を大陸中に掛ける事が出来るとしたら……それこそ人類の敵決定だね。
「きつねさん!」
「え?」
すると、背後から僕を呼ぶ声が聞こえた。呼び方からしてフィニアちゃんかと思ったけれど、違った。僕達に向かって駆けて来ているのは、アイリスちゃんだった。銀色の髪を揺らし、割烹着のままに走っている。速度は遅いけれど、必死の表情をしていた。その手には何か袋が抱えられている。
アイリスちゃんは魔王の洗脳には掛かっていないのだろうか? それとも、洗脳自体勘違い……か?
アイリスちゃんが僕の目の前にやって来る。引きこもりだからかぜーぜー言っているけど、汗だくな彼女は僕にその手の袋を押しつけて来た。
「こ、これ……もって、って……ください……! はぁ……はぁ……!」
「……これって」
袋の中を見ると、袋の中身ではなく何か捻子曲がった様な空間が見えた。これは、普通の袋じゃないね。もしかして……『魔法袋』かな?
「すー……ふぅ……あ、えと……城の中にあった『魔法袋』です。中にはお金とか食糧とか……あとは……とにかく必要になりそうなものを入れておきました! 持っていって下さい」
それはとてもありがたいことだけれど、いいんだろうか?
そう思って首を傾げていると、僕の疑問を察したのかアイリスちゃんは俯きながらぽつりと口を開いた。
「……私もいきなりで混乱してます……アリシアやオリヴィア姉さんも、いきなりきつねさんを追放するって言い出して……兵士達も、命令が下る前からそうするつもりだったみたいにきつねさんを捜索し始めましたし……私だけが取り残されてて……きつねさんが捕らえられたと知って、急いでなんとかしないとって思ったんですが……こんなことしか出来ませんでした」
アイリスちゃんは腰の前で割烹着をぎゅっと握り、申し訳なさそうに俯くばかりだ。でも、僕は彼女の尽力だけで十分救われた気分だった。少なくとも、この国で彼女だけは僕の敵ではなかったんだから。
それに、食糧を手に入れられたのはありがたい。どれだけ入っているかは分からないけれど、新たに食糧を手に入れる経路を確保するまでのつなぎにはなると思う。お金は使いどころがあるか分からないけどね。
僕はアイリスちゃんの頭に手を乗せた。ティアラが手首に刺さった。まぁ耐性値のおかげで傷はない。痛みもスキルのおかげで無い。
一旦手をどかし、ティアラを取った上で再度手を乗せた。そして彼女の銀髪を撫でる。サラサラしてるや、引きこもりなのにどうしてこう良い感じに育ったんだろう。不思議だ。
「ありがとう、アイリスちゃん。これだけでも十分過ぎる助けになるよ」
「ふひゃっ!? あ、あああのあの……そ、それなら良かったでしゅ!!」
お礼を言ったら、顔を真っ赤にして挙動不審に視線を動かすアイリスちゃんがそう言った。噛み噛みだけど、もしかして人見知り発動した? まぁ話すのは慣れれば大丈夫だろうけど、異性に頭を撫でられるとか免疫なかったのかもしれない。ルルちゃんにいつもやっている様な感覚だったから失念してたよ。
すっと手を引いて、またお礼を言った。
踵を返し、僕は国の外門へと歩を進める。後ろから突き刺さるアイリスちゃんの視線に、僕は少しだけ後髪を引かれる気分だった。
十二章開始! 次回はアリシアちゃんと魔王の会話