許されない奴隷の欲張り
もうやってきて一週間になる国、ミニエラの入り口を潜って外に出た。ルルちゃんは外に出ることに少し不安を覚えた表情を浮かべていたけれど、手を引いたらゆっくりとだけど入り口を潜って付いて来てくれた。
僕の受けた依頼内容に記された薬草というのは、この国の周囲に群生している『ヒラシナ草』、その依頼量は50本だ。期日の一週間というのは、おそらくかなり多く見積もっているのだろう。
依頼人からすれば、Hランクの依頼が冒険者にあまり受けられないことなど既に周知の事実、寧ろ僕みたいなHランクの冒険者はSランクの冒険者と同じくらいに珍しいからね。
故に、一週間という長い期日を与え、Gランク以上の冒険者達に片手間でやって貰うことを期待する。もしも受注されなかった場合は、自分達で行くしかないのだろうけど。やって貰えるのならそれに越したことはないってことか。
まぁこの国には僕がいるからね。都合よく雑用に走ってくれる薙刀桔音が。依頼達成率100%のこの僕がね!
「えーと、この辺だっけ?」
「うん! ヒラシナ草の群生地帯だね! 前にも来たし、間違いないよ!」
この一週間で僕がこなした依頼数は全部で17件。その中で国外へ出て薬草や資材を調達する依頼は5件、その中に今回と同じヒラシナ草の採集依頼は2件あった。その際、ヒラシナ草が群生しているこの場所を見つけたんだよね。
いっぱい生えている代わりに、魔獣も多く出没するのが難点だけど、フィニアちゃんの魔法は便利だ。まぁそのせいでリーシェちゃんと訓練に出た時武器の存在を忘れちゃったんだけどさ。
「じゃあルルちゃん」
「はい」
「これと同じ薬草を50本、集めてくれる?」
僕の隣でヒラシナ草を見ているルルちゃんに、一本ヒラシナ草を取って見せながらそう言った。
彼女はどうも奴隷根性の染みついた所が多い。それを考えると、彼女は命令がないと不安になる子なのかもしれないという可能性が出てくる。
であれば、多少は頼み事をする方が良いかなと思うんだよね。
「分かりました」
すると、ルルちゃんは頼んだ通りヒラシナ草を採取し始めた。その場にしゃがんでぶちぶちと手際良く採取していく。この分なら一時間も掛からず集まるだろう。
それが終わったら、雑魚魔獣と戦ってレベルを上げるかな。そういえば彼女の衰弱はどうなったんだろう? 今日は昨日と違って元気そうだけど。
ステータス、ステータスっと。
◇ステータス◇
名前:ルル・ソレイユ
性別:女 Lv1
筋力:150
体力:100
耐性:50
敏捷:190
魔力:100
称号:『奴隷』
スキル:なし
固有スキル:???
PTメンバー:◎薙刀桔音、フィニア(妖精)
◇
おや? 昨日今日で衰弱が消えている。随分と回復が早いなぁ、これも獣人の特性なのかな? ステータスには映らない能力っていうのも、あるのかもしれないなぁ。称号っていうのも何なのか気になるし、表記が謎のままの固有スキルも気になる。まだまだ、僕達には秘められた可能性がある気がする。
「フィニアちゃん」
「うん!」
だからまぁ、それはいつかきっと僕達の力になってくれる筈だ。今はとりあえず、出来ることをしよう。
目の前に、猪型の魔獣が3体現れた。彼らは狼達と同じ雑魚だ、今の僕のステータスなら彼らの攻撃程度、全然効かない。
猪突猛進という言葉になるほどの突進力には眼を見張るものがあるけど、その威力は大したことないからね。どうやらあの猪達は大きさの割に質量はそれほどでもないようだ。
「!?」
「大丈夫だよ、ルルちゃん。君はそのまま薬草を取ってて頂戴、彼らは僕達がなんとかするからさ」
丁度良い、ここらで一回ルルちゃんに見せておこうか。自分の主人がどれほどの存在なのか。この猪達、一瞬で叩きのめしてやろうじゃないか。
「掛かっておいで、子豚ちゃん達」
フィニアちゃんが!
◇ ◇ ◇
きつね様達に連れられて、私は薬草採集の依頼達成のため、国の外の草原へと連れて来られた。
今日は朝目覚めた時から、失敗したと思った。主人よりも後に起きるだなんて、奴隷としてあり得ない失態。寝起きだというのに一瞬で眠気は覚めて、顔が青褪めるのを感じながら謝った。
結果としてきつね様は私を許してくれたけど、挽回しないとと思った。
朝食を食べて、きつね様が泊まっている宿の女将が私に服を与えてくれた。緑色で動きやすく、何より綺麗な布で作られていて、私が着た事も無い可愛い服。奴隷がこんな服を着ても良いのかと思ったけど、きつね様が可愛いと褒めてくれたので、恥ずかしかったけどありがたく受け取らせてもらった。
それから、きつね様が冒険者であることを知った。冒険者ギルドに連れて来られて、入る前に注意をいただいた。
話しかけられたら強気で、手を上げてきたら股間を殴る。心にしっかりと刻みつけた。
中に入ると、きつね様に大きな男の人が話し掛けて来た。妖精様が私の肩に乗り移ってきて、凄く緊張したけれど、妖精様は私に助言を下さった。
『ルルちゃんルルちゃん、今こそ強気で行くところだよ! あの男の人の前に出て、私が言ったことを繰り返すんだ!』
妖精様は私に挽回の機会を下さるようだった。ギルドの前で言われたことを思い出し、確かにここで頑張らないと駄目だと思った。
私はきつね様と男の人の間に入り、強気で男の人を見上げた。そして、妖精様が私に耳打ちしてくる。私はそれを聞いて、繰り返した。
『う、うるさい、このたまなし野郎』
意味は分からなかったけど、妖精様は良い感じと褒めてくださったので、きっとこれで良いのだろう。
そして、男の人が私を見下ろしながら怒鳴りつけて来た。怖かったけど、妖精様が更に耳打ちしてくれた。強気で、強気で……!
『し、喋らないでっ! く、臭いっ……!』
そう言ったら男の人はショックを受けた様に頭を抱えた。なんだか悪い気がしてきたけれど、妖精様がよくやったと褒めてくれたので、きっとこれで良いのだろうと思う。
そうしたら、男の人が手を上げて顔を拭った。
『手を上げて』、顔を拭った。
私はハッときつね様に言われたことを思い出す。手を上げてきたら股間を殴れ。それを実践しなければ。
私は拳を作って、男の人の股間を殴った。ぐしゃっと拳にへんな感覚が伝わって来たけど、私の心の中には達成感で満たされていた。やった、きつね様の命令通りにやれた。これで朝の失態を挽回出来た! そう思った。
『きつね様……や、やりました』
そう言ったら、きつね様は私を褒めてくれた。この調子できつね様の役に立てば、きっともっと褒めてくれる。何故かはまだ分からないけど、きつね様は奴隷に優しい。この調子で行けば、捨てられることはないかもしれない。
そして今に至る。草原に連れて来られた私は、きつね様の命令通り薬草を採取している。でも、その手は止まっていた。
何故なら、目の前の光景が信じられなかったからだ。
「フィニアちゃん! 早くやって! 死ぬ! 僕死んじゃうから!」
「任せて! まとめて吹き飛ばすから!」
「それ僕も死ぬんじゃない!?」
きつね様は3体の猪型魔獣を相手に悠々と挑んで行った。その姿はまるでおとぎ話の勇者様のようで、カッコいいと思った。
けれど、おとぎ話の様にはいかず、きつね様は今その魔獣3体に押し潰されている。一斉に突進してきた魔獣達に押し倒されたのだ。怪我はないようだけれど、噛みついてくる猪達を抑えながら必死にもがいている。
大丈夫なのかと内心穏やかでは無かったけれど、妖精様が両手を前に出したかと思うと、魔獣達は一瞬で吹き飛ばされていた。
見ればその身体には神々しく光る光の矢が眉間に突き刺さっており、見ただけで魔獣達が息絶えているのが分かった。恐らくは魔法、でも3体同時に、しかも凄まじい命中率、妖精様の魔法の腕が高いことが窺えた。
「ふぅー……いやぁ楽勝だったね」
「きつねさん何かしたっけ?」
「したよ、3体もの魔獣の突進を抑え込み、フィニアちゃんの攻撃する隙を見事に作って見せたじゃないか」
「物は言い様だね! さすがきつねさん、口だけは達者!」
「的確に人の心を抉る君には負けるよ」
きつね様と妖精様は良く喧嘩している。でも仲が悪いのかと思ったら、食事の時はきつね様が妖精様に食事を分けていたり、きつね様が妖精様を見る眼がとても優しかったり、妖精様がきつね様に向ける笑顔がとても純粋だったり、正直良く分からない。
でも、二人のいる光景は、いいなぁって思う。
「あ……取らないと……」
ハッと気付いて、薬草を取る作業に戻る。ちゃんと作業しないときつね様に怒られるかもしれない。きつね様は優しいけれど、怒らないわけじゃない。奴隷商のあの男と話している時のきつね様は、何か怒っている様だったから。
「ルルちゃん取れた?」
きつね様が覗きこむように問いかけてくる。まだ目標量には届いていない、怒られるかもしれないと思いながら、自然と俯きつつ答える。
「ま、まだ……取れてません」
「そう、ゆっくりでいいからね?」
「は、はい」
きつね様はそう言って、私の頭を撫でた。優しく髪を梳く手が温かくて気持ちいい。昨日気が付いたけれど、私は頭を撫でられるのに弱いみたい。気持ちよくてついつい無意識に頭を手に擦りつけてしまう。
「それじゃ、僕達は魔獣達を近寄らせないから取れたら言ってね」
「ふぁい……」
きつね様の手が離れて行く。温かい手の感触が離れるのを感じて、ハッとなる。返事も何処か気の抜けたような返事になってしまった。気を引き締めないといけない。
それから、しばらく私は戦うきつね様達の後ろで薬草を取り続けた。気が付けば言われていた50本を超えて、100は越える本数の薬草を取ってしまっていたけれど、振り返ればもう10体目になる魔獣と戦っていたきつね様がいた。表情は余裕そうだけれど、変わらずのしかかられている。
取り終えたことを伝えると、妖精様がきつね様の上に乗っていた魔獣を吹き飛ばし、私の下へときつね様達は戻ってきた。
「うん、取りすぎちゃったみたいだねぇ」
「ごめんなさい……」
「いやいや、多い分には良いと思う。良く頑張ったね」
「凄いぞルルちゃん! 私なんか5本くらいで飽きちゃう気がする!」
「フィニアちゃんはもっと頑張れば良いと思うな僕」
きつね様も妖精様も私をまた褒めてくれた。こうして褒められていると嬉しいけれど、怒られないというのは少しだけ不安になって来る。
それに、二人がまた言い合っているのを見て、私もあんな風に仲良くなれるのだろうかと欲が出てしまう。奴隷がそんな事を想ってしまうのは、酷い欲張りだ。
「さ、それじゃあルルちゃん、今度は戦ってみようか」
「えっ……」
すると、きつね様が私にそう言った。戦う? 魔獣と? 確かに私は奴隷で、命令には何でも言うことを聞かないといけない……けれど、魔獣となんて戦えば死んでしまう。戦ったことなんて一度も無いのだから。
「い、いや……」
だから、私は奴隷らしからぬ返答を返した、命令を拒否してしまった。こんどこそ怒られると思った。命令の聞けない奴隷は要らないと言われると思った。
「そっか、じゃあいいや。帰ろうか」
「え?」
「ん? 何を不思議そうな顔をしてるんだいルルちゃん。最初に言っただろう、嫌なことはしなくても良いって」
私の考えに反して、きつね様は私を怒らずそう言った。確かに最初にそう言われたけれど、本当に命令に背いても良いだなんて思わない。だって、それはまるで奴隷じゃなくて、家族や友人の様な扱いではないか。私が望む様な、夢のような展開ではないか。欲張りを許されるようなものではないか。
そんなの絶対、許されない。
「そんなの……そんなの駄目です……!」
だから、私は自然と……そう言ってしまった。