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大人

 ルルはレイラと別れる前、宿を出発した時からずっと、固有スキル『星火燎原』を発動していた。レイラの速度に最初は付いて行くのに精一杯だったものの、この洞窟に辿り着こうとしていた時には既にレイラを後方に置いて走っていたのだ。彼女のこのスキルは、やはり強化系の固有スキルである。


 そして今、ワイバーンゾンビを相手に最強ちゃんと2人、凄まじい速度で戦いを繰り広げていた。そんな中で、最強ちゃんは驚きを隠せずにいる。とはいっても、表情には出ないが。

 戦いが開始された直後から、ルルから感じられる覇気というか、威圧感が強くなったのだ。そして、それは戦いが始まってから数分経った今も尚、どんどん高まっている。何処まで高まっていくのかと思う程に、際限なく上がっていくその速度と集中力、そして攻撃力は最強である彼女から見ても凄まじい向上っぷりであった。

 最早ドランを置き去りにして動くルルと最強ちゃん、今はまだ圧倒的に最強ちゃんの方が速いのだが、このまま本当に際限なく速度が上がっていくというのなら、ルルは時間と共に最強の領域に足を踏み入れることになるだろう。


 故に、最強ちゃんは気が付いていた。ルルの力に。固有スキルか、通常スキルかは分からないけれど、どちらにせよルルの力は、『一定時間ごとにステータスを増加させる力』だ。倍とは言わないまでも、一定時間毎に何%程かの割合でステータスがぐんぐん向上しているのが分かる。

 集中力の方は、恐らく敏捷能力値が上がったことで動体視力や思考加速が刻々と研ぎ澄まされている結果だろう。


「ふ―――」


 ルルの息遣いの音が聞こえて、その瞬間ワイバーンの尻尾が付け根から切断され、再生する前に左前脚と右後ろ脚が切断される。速い。

 最強ちゃんも少し本気を出せばルルと同じ事をするのは酷く容易いが、彼女だって分かっている。ルルと同じ事をする事が出来る冒険者は、Sランク冒険者の中だけだ。ルルは既に、Sランクの領域に足を踏み入れる程に強化されているのだ。


 そしてルルの威圧感が更に強くなる。瞳が太陽の様に煌めいているので、ドランには目視出来ない速度で動くルルの両眼の煌めきが、煌々と煌めく太陽の軌跡に見えた。そして、此方が気圧されてしまう程のルルの集中力は、まるで獲物を狩る際の獣の様で、一瞬でも気を抜いたら味方である自分も首を落とされてしまうのではないかと思えてくる。

 その姿はまさしく太陽の獣。ルルの称号にある『太陽の天狼』という名前が、ぴったりと体現されているようだった。


「強い――……でも、さいきょーは私」


 だが、最強の彼女も負けてはいない。ルルの速度に軽々と付いて行き、ルルの攻撃で地面に倒れたワイバーンの上空へ飛び上がり、真下にいるワイバーンに向かって天井を蹴り、まるで隕石の様に墜撃した。ぐしゃっと潰される様な音より先に、ワイバーンの下の地面に亀裂が入る音がした。


 スキル『透徹』―――攻撃のインパクトの瞬間、その衝撃を思い通りに伝えさせる事が出来るスキルである。スキルというよりは鎧通しの技術なのだが、彼女はワイバーンの身体を通して衝撃を拳からそのまま真下へと貫く形で伝達させたのだ。

 結果、ワイバーンの身体は彼女の拳の大きさで穴が開き、その威力はそのまま地面に亀裂を入れる程の衝撃を与えた。下手に巨体全身を叩くよりも、1つの場所を撃ち抜くという高等技術だ。


「囮……いける?」

「――はい、拘束は任せます」


 高速で動く彼女達は、擦れ違いざまの一瞬でそんな会話をした。いや、会話という訳ではない。口頭での会話ではなく、視線のアイコンタクトで意志疎通したのだ。全く交流も無く、共に戦ったことなど今の1回のみだというのに、ルルと最強ちゃんはさも難しい事ではないとばかりにそれをやってのけた。まぁ、元々役割分担をしてから始めたからでもあるのだろう。


 そしてその一瞬のアイコンタクトの後、ワイバーンはその肉体を再生させて立ち上がる。同時に、ルルは魅了の固有スキル『天衣無縫』を発動させた。

 ルルは普段このスキルを発動しないように封じ込めてはいるが、魅了というのはその使い方で様々な現象を引き起こす事が出来る。


 1つ、魅了しそのまま自分の支配下に置き、隷属させる。


 1つ、その魅力(カリスマ)で魅了し、多くの人間の頂点に立つ。


 1つ、その存在感(プレッシャー)で相手の視線を集め、囮となる。


 その他にも様々な用途があるが、主要な用途を挙げればそんなものだろう。ルルは今回、3番目……その存在感を高め、視線を集めるという形で魅了スキル『天衣無縫』を発動させたのだ。

 だが、このスキルをどういうものなのか分かっていなかったというのに、何故いきなりこんな風に使いこなしているのか……それはやはり『星火燎原』によるステータス強化によるものがある。この一定時間毎にステータスが上がるというスキルは、先も言った通り敏捷値の増大により集中力の増大、思考加速の恩恵を齎したりする。


 つまり、今のルルはその獣並の感覚を規格外に鋭敏化されているのだ。その結果、加速された思考、野性の勘、野性の五感の鋭敏化、等々の恩恵により、直感でスキルの詳細を感じ取り、加速した思考と集中力にてそれを裏付けるだけの論理的な推論を組み立てたのだ。

 魅了するとは何か、魅力とは何か、そういったことを思考し、もしかしたらこういう事が出来るのではないかと考え、それを実践しているのだ。


「グルゥァアア!!」


 結果、ルルの予想通りワイバーンの視線はルルに釘付けになった。攻撃する訳でもなく、ただ茫然とルルに魅了されて呆気にとられていた。ルルは敢えてその姿を見せて、魅せたのだ。

 囮役というには、余りにも十分すぎる隙を作り出した。そして、その十分すぎる隙を衝けない最強ではない。


「大人しく……してて」


 ズドンッ、という轟音と共に衝撃が地面を揺らし、洞窟であるにも拘らず彼女は天井を破壊した。落ちてくる巨大な土の塊は巨大で、ワイバーンの上に止めどなく落下してきた。ワイバーンもアンデッドとなってパワーアップしたとはいえ、余りの重量の土塊はワイバーンを押し潰し、その巨体を地面に縫い付ける。これではいくら再生能力を持ったワイバーンでも、手の打ち様がなかった。

 火を吹けばまだ手の打ち様はあっただろうが、ワイバーンはアンデッドとなった故に身体は死体だ。火を吹く為の器官である火炎袋は既に機能を停止している。そうでなくとも、幸か不幸かその火炎袋はリーシェの斬撃によって破壊されている。


 つまり、今のワイバーンにはこの状況をどうにかするだけの手は全く残っていなかった。


「……うわー、天井壊すとかやりすぎだろオイ」

「でも勝ったもん……いえい、さいきょー」

「口数少ないけど大体分かるぞ、お前結構お調子者だな?」

「む……私と、する?」

「ごめん、マジごめん」


 最強ちゃんも動きを止めた所で、ドランが引き気味にツッコんだ。最早何もする事がなかったドランは、ルルと最強ちゃんの見事な連携と早技に舌を巻いていた。正直何なんだと言わんばかりの強さだった。

 だが、それをツッコんだら最強ちゃんはドランにその小さな拳をちらつかせ、いっちょ殺し合いやっちゃいますか? とばかりに首を傾げた。即座に頭を下げたドラン。流石に最強相手にやりあうつもりはないらしい。というか、やりあいたくはないらしい。自分よりも頭3つ分くらい背の低いロリっ子に頭を下げる大男の図……中々にシュールだった。


「はぁ……はぁ……はぁ……! すー……ふー……先に進みましょう」

「! ……大丈夫か、ルル……かなり疲弊しているだろ」

「大丈夫、です」


 すると、息切れしているルルにドランが気が付いた。瞳はいつもの緑色に戻っており、太陽の煌めきは既に消え失せている。つまり、『星火燎原』は既に発動を停止しているということだ。また、『天衣無縫』の方も既に発動を抑えている。

 どうやら『星火燎原』は発動時間が長ければ長い程、発動停止後の負荷が大きい様だ。桔音の『鬼神(リスク)』の様な大きな副作用はない様だが、今のルルは立っているのもやっとな程疲弊している。ドランから見ても分かる程の疲労。足がガクガクと震え、『白雪』を地面に突き立て杖の様にすることでやっと立っている様な状態だ。


 正直、これ以上無理をさせるのはルルの為にも、良くはないだろう。


「ルル、無理すんな。お前が今無理をする事は、お前以外誰も望んでねぇ」

「っ……でも、きつね様はまだ戦っています……」


 ドランはルルに無茶させない様にそう言ったが、ルルは聞かなかった。かつて勇者と共に行動していた頃の彼女が、オーバーワークな特訓を繰り返していた時の様に、意固地になっていた。

 フィニアもどうするべきかと悩んでいた問題であり、桔音もその片鱗には気が付いていたことであるが、未だルルが元気であり、合流してからはそれほど無茶をしていなかったから何も言われてこなかった。


 しかし、此処でドランは容赦なくルルの頑固な意地を真っ向から圧し折る。


「知るか、立っているのもやっとなくせに粋がるなよクソガキ」


 いつものなんだかんだ受け入れて見守る立場に居たドランから、そんな荒々しい言葉が出てきたのは正直驚きだっただろう。ルルは目をぱちくりと見開いて、呆気にとられる。


「此処で無理をする必要が何処にある。桔音が戦ってるからってお前が戦わなくちゃいけない理由にはならないだろうが。理由がお前の意地ってだけなら、正直迷惑だ……それなら大人しく宿にでも帰れ」

「……」

「無理して戦わなくちゃいけない時もある……でも、今はその時じゃねぇ。桔音を思うなら、お前は無理せず休むべきだ。分かったか? 分からないなら帰れ、命を落とさない内に冒険者を止めるんだな。分かったのなら休め、そしたら桔音の下まで俺がお前を連れてってやる」


 ドランは大人だ。桔音のパーティはリーダーこそ桔音であるが、それでも最年長で、地球のルールで言えば成人しているのはドランのみ。比較的に若い年齢層のパーティ故に、ドランはその若さが犯す危険を見逃さない。

 普段は桔音達の良い様にされているけれど、それでも怒ることなくパーティの1番後ろから桔音達をしっかりと見守っているのだ。駄目なことは駄目と言い、間違いを正す為に縁の下から桔音達の無茶苦茶を支えているのが、ドランという大人(おとこ)である。


 そしてその言葉には、厳しさだけではなくしっかりと仲間を思いやる気持ちが籠っている。ルルはそれを感じ取り、しゅんと犬耳を垂れさせながら肩を落とした。尻尾も力なく垂れ下がっている。


「……はい、ごめんなさい」


 父親が居ればこんな感じだろうか。娘が居ればこんな感じだろうか。ドランとルルは、お互いもういもしない存在を想像しながら、反省と苦笑を洩らした。


「……もういい?」


 そして、最強ちゃんの待ちくたびれたとばかりに眠たそうな声で、照れ臭そうな表情を浮かべながら我に返ったのだった。


ドランさんはオチ担当というだけではないんです。ちゃんと大人なんですよ、彼は。

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