運命とは
吸血鬼という魔族は、少し特殊な魔族である。
それというのも、個体で上級魔族になる訳ではなく、種族自体が上級魔族になる魔族なのだ。なんといっても、吸血鬼が全員持っているスキル『吸血』は桔音の固有スキル『初心渡り』の超成長のみを抽出したような力だ。誰かの血を吸い、その血を以って己のステータスを向上させるスキル――それが『吸血』である。
しかも、ステータス向上だけではない。吸血することでステータスを向上させ、更にはその生命力を向上させる。つまり、吸血した分肉体の回復力が向上するのだ。それ故に、吸血鬼は吸血し続ける限り不老である。まぁ即死級の攻撃をされれば普通に死ぬので、不死ではないが、それでも不老というのは凄まじい性質である。
殺されない限りは無限の時間が存在し、吸血し続ける限り強く成り続ける。
故に、そんな吸血鬼に落ちこぼれは存在しない。強くなる前に殺されるか、強くなって上級魔族に相応しい存在として君臨するか。両極端な種族なのだ。
リーシェはそんな吸血鬼になった。少し特殊な形で成った訳ではあるが、れっきとした吸血鬼である。吸血によって強くなり、不老の身体で強くなれる。そんな、馬鹿げた存在になったのだ。
そして、それは正直『幽鬼』としては予想外の展開であった。アンデッドからまさか吸血鬼が生まれるなんて想像の範囲外だ。如何に彼が天才で、頭の良い魔族であったとしても、種族の突然変異までは想像出来ない。
しかも、アンデッドである時は通用した命令も、吸血鬼となって存在の格が向上したリーシェにはもう効かない。リーシェはもう彼の手の内から桔音に奪い取られてしまったのだ。
「まさかこんなことになるとは……想定外だ」
呟き、彼はクスリと笑う。顎を撫でながら、桔音という人間に興味を抱いた。今までは実験素体としか見ていなかったのだが、中々どうして魔王が気に入っている人間というだけあると再評価したのだ。
そして、彼は桔音のステータスを覗くことにした。
桔音の様に『ステータス鑑定』を持っている訳ではないが、そもそも魔道具を使えばステータスを覗くことは出来る。冒険者ギルドにも置いてある魔道具である。
そして、彼は桔音のステータスを覗いて成程と思った。魔族であるレイラが桔音の下に惹き付けられた理由、そしてその後魔王や他の魔族を引き付けてしまった理由、桔音が様々な危機に見舞われている理由、彼にはそれが分かった。
研究者であり、人間の肉体について神経の1本1本に至るまで知り尽くしている彼だからこそ、桔音のステータスに隠されたその理由に気付く事が出来たのだ。
「ハッハッハ……成程なぁ……この人間も大分面白い運命を抱えているらしい……あの魔王サマまでその運命に引き付けるとはよっぽどだな」
くつくつと喉を鳴らすように含み笑いをして、楽しげだ。
そしてその手に膨大な魔力を練って、今度は最強ちゃん達の方へと送り込んだ巨大な影へと送り込む。アレが最強ちゃんに勝てるとは彼も思っていないが、それでも多少時間稼ぎが出来るのであれば構わない。
彼は立ち上がる。人間であった時の名残で着ていた、黒いローブの裾が揺れた。身の丈ほどの大きな杖を付いて、歩きだした。
「これは自分で相手をするしかないなぁ……これも運命って奴だろう。我があの人間に勝てるとは思えないが、最後の最後だ……我の研究の集大成を持って、華々しく散ってみるとしよう」
彼には何かが見えていた。運命とはなんなのか、桔音に纏わり付いている魔王すらも引き寄せた運命とはなんなのか……彼には、何が見えているのか―――それは、彼にしか分からない。
◇
「なぁきつね、なんだか無性にお前の血が吸いたいんだが……」
「我慢して」
「いや、それはそうなんだが……ほら、さっき貫いた所から血が出てるだろ? もう眼が釘付けなんだ、どうすればいい?」
「我慢して」
「直球で言えば、吸わせてくれない?」
「我慢して」
リーシェちゃんが吸血鬼となってから、レイラちゃんを加えた僕達パーティは先に進んでいた。吸血鬼になったばかりのリーシェちゃんは、どうやら大分吸血衝動に見舞われているようで、視線がさっきから僕の首筋や服に付いた血に釘付け状態である。
我慢してとだけ言って、僕は吸わせて吸わせてと騒ぐリーシェちゃんをスルーしているのだけど、リーシェちゃんに触発されたのかさっきからレイラちゃんの眼も妖しい。爛々と赤く輝いているし、にへらーっと緩んだ口端から涎が出ている。
何コレ、食人性癖の魔族2人から狙われてんだけど。僕そんな美味しそうなの? 魔族にとっての最上級の餌か何か? どうしよう、凄く嬉しくない。
どうしたものかなぁ、まぁいずれ何処かで代理を立てよう。レイラちゃんもリーシェちゃんも見た目は美少女なんだし、『血を吸わせて下さい』みたいな看板立てて待ってれば変態紳士達が寄って来るだろう。死ぬけど、美少女に首筋を噛まれるという体験が出来る訳だし、案外人集まるんじゃない?
まぁそれはどうでもいいとして、吸血鬼となったリーシェちゃんはどうやらかなり強くなったらしい。現れるアンデッド達に対して無双状態である。瘴気化出来ないので僕はかなり苦戦するのだけど、リーシェちゃんにとっては例え噛み付かれても傷が即回復するし、強靭な身体能力と『先見の魔眼』が組み合わさってそもそもアンデッド達はリーシェちゃんに触れることすら出来ない。
躱し、その上でアンデッド達を一撃の下に倒している。大量のアンデッドは、たった1人の吸血鬼によって倒されていったのだ。
『ふへー……すっごいねぇ、ふひひっ……♪』
ノエルちゃんがそう言い、僕もその言葉に頷く。
「……というか僕のパーティってなんかおかしいよね。人間少なくない?」
まともで常識的な人間って僕とドランさんだけだし、後は妖精、獣人、瘴気の魔族、吸血鬼、幽霊……あれ、おかしいなこれ寧ろ魔族側のパーティじゃね? 人間の割合少なくね?
「『光の槍』―――多重展開!」
「うわぉう!?」
「あ、ごめん」
すると、フィニアちゃんの光魔法がアンデッド達を吹き飛ばした。但し、リーシェちゃんは全力で躱していた。どうやらリーシェちゃんにとって光魔法は大の付く程の弱点らしく、1度フィニアちゃんの光の魔力弾に当たった際、腕が吹き飛んだんだよね。まぁ時間と共に再生したけど、リーシェちゃんにとっては弱い光魔法でも大ダメージになってしまうのだろう。
こりゃ吸血鬼らしく日光に当たっちゃ駄目なパターンだな。帰りどうしようか……まぁ良いか、瘴気で傘でも作ろう。それか夜になってから移動するか。
リーシェちゃん、これから昼間外で戦う際の戦い方を考えないとね。傘を使うにしても、片手が塞がってしまうのは痛いだろうし。
「フィニア、私光魔法で死ぬんだけど……その辺理解してくれよ」
「う、うんごめんね……いつもの感覚でやっちゃった」
「……」
とても暗い瞳でリーシェちゃんがフィニアちゃんを睨んだ。その視線にフィニアちゃんは気まずそうに視線を逸らし、軽く引き攣った笑みを浮かべている。まぁ今まで人間だったから、そのノリで光魔法を打っちゃったのは仕方の無い事だと思う。吸血鬼も不便だねぇ。
なんだか僕のパーティ魔族多いなぁ……ドランさんまで魔族になったりしないよね?
◇ ◇ ◇
一方、最強ちゃんとドランさんの方は巨大な影と対峙していた。
あの後、質疑応答を繰り返しながらも進んだ先に、巨大な影が居たのだ。それは、やはりアンデッドであり死体から生まれた魔獣である。ドランには、その大きなアンデッドに見覚えがあった。
それは、巨大なワイバーンのアンデッドだった。そう、ドランが桔音達と倒したあのワイバーンの亜種である。素材だけ取って火口に置いて来たワイバーンの死体を『幽鬼』が回収し、そのままアンデッドとして再利用したのだろう。
火を吹き、巨大な尻尾で攻撃するワイバーンだが……最強ちゃんとドランに全く攻撃を当てられていない。やはりドランにとっては1度倒した相手であり、最強ちゃんにとっては格下の魔獣であるから、ワイバーンのアンデッドといってもそれほど苦労する相手ではないのだ。
「面倒……くさ」
だが、人型のアンデッドとは違って瞬殺という風には行かなかった。無論、戦闘開始時に最強ちゃんの拳1つで即死状態にまで追い込まれたのだが……このワイバーンは他のアンデッドと違ってステータスも向上しており、永続的に送り込まれている大量の魔力によって負傷が即時再生するのだ。しかも、自我は失われているので狂暴化しており、それによって全力の攻撃が連続している。
故に、最強ちゃんは唇を尖らせながらそう呟いたのだが、ドランもその言葉には賛同していた。今は最強ちゃんの邪魔にならない様に立ち回ってはいるけれど、やはり何度も何度も再生するワイバーンは……本当に面倒臭い。
大量のアンデッドと同じく切りがない。
「どうする、最強……ちゃん」
「む……多分魔力で動いてる、から……その根源を絶てば止まる」
「根源か……ってことは――」
「……倒す必要はない……動けない様にすれば、いい」
「分かりやすい!」
ドランと最強ちゃんは、ちょっとした会話ですぐに方針を決定する。まずは動きを止めて、動けなくした後に魔力を送りこんでいる存在を倒す。
となれば、とドランは動き出そうとして――
「なら、私が囮をします」
――視界の下の方から聞こえたその声に動きを止めた。
「うぉう!? ル、ルル……!?」
「はい……リーシェ様の遺体が消失したので、こっちに来ました」
「そ、そうか」
現れたのはルルだ。ドランに簡単な状況説明をした後、『白雪』を抜いた。鋭い切れ味が見ただけで分かるその剣、ルルは既にワイバーンを見据えていた。
「……囮、出来るの?」
「はい」
最強ちゃんの言葉に、ルルは力強く頷いた。元々桔音の下へと馳せ参じたかったのだが、分かれ道からやって来た先に居たのはドラン達だった。ならば、仲間として助力するべきだろう。
囮をやるにあたって、ルルにはある種の考えがあった。最強ちゃんはそれを理解したうえで、ルルに囮を任せることにした。1人で出来なくはないが、最強ちゃんも分かっている――1人でやるよりは3人でやった方が簡単だということを。
1人でなんでも出来ることが最強なのではない、自分の出来ることを把握し、他人に頼る事が出来る事が勝利に繋がり、それが最強に繋がっているのだ。
「それじゃ……よろしく」
「はい」
最強ちゃんとルル、2人のロリっ子がワイバーンに向かって構えた。
「…………あれ? 俺は?」
ドランは、その後ろでなんとなく仲間外れっぽくなっていた。
遅れました、すいません!