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虚しき戦い

 リーシェちゃんの構える赤錆色の剣は、レイスが持っていたあの剣だ。つまり、リーシェちゃんに瘴気の攻撃は殆ど効果はないだろうし、剣術的にはリーシェちゃんの方に軍配が上がる。もっと言えば、彼女は今まで僕の戦いをずっと見て来た仲間だったんだ……僕の手札は大半知られてしまっている。

 リーシェちゃんが知らない僕の手札と言えば、『死神の手(デスサイズ)』や『鬼神(リスク)』によるブースト位かな。でも、正直此処でこの2つを使うのはちょっと避けたい。下手に切り掛かればカウンターを喰らうし、『鬼神(リスク)』のブーストは後々の副作用が重過ぎる。

 なにより、僕は今リーシェちゃんと戦いたくないのだ。


 アンデッドと化しているのだから、彼女が既に死んでいるということは分かっている。でも、それでも僕は彼女を斬りたくはないし、瘴気変換も僕の精神的な要因と向こうの策略がある可能性から使いたくはない。


 だから、今僕は劣勢を強いられていた。


「―――ッ……!」


 上段から大きく振り下ろされた斬撃をバックステップで躱す。リーシェちゃんのステータスは何故か、アンデッド化が原因か急激に向上している。ドランさんの技術も盗んで使っているリーシェちゃんの速度は、やはり速い……たった1度の踏み込みで目の前まで攻め込んでくる彼女の動きは、本当に本気で僕を殺しに来ていた。

 リーシェちゃんの自我がある分、余計に厄介だ。こちらからリーシェちゃんを攻撃する事が出来ないのだから。死体であると割り切ってしまえば楽なんだろうけれど、他のアンデッドと一緒に考える事は出来ない。彼女は僕達の仲間だったのだから。他のアンデッドはいいのかと言われれば冷たい対応なのかもしれないけれど、そんなことは知ったことじゃない。


「……きつね、何故攻撃しない……私はお前の敵だぞ」

「僕は仲間を攻撃するような趣味はないからね」

「……成程、つくづくお前らしい言い訳だ」


 再度振るわれる赤錆色の剣を躱し、どうするか考える。瘴気が使えないということは、僕の攻撃手段がほぼ封じられたということだ。魔眼を使って先読みし、その上で拳を叩きこんでも良いんだけど……リーシェちゃんは魔眼を使わずとも先読みに長けている。あまり効果はないだろう。

 フィニアちゃんも、光魔法を使う事が出来ないでいるし……火焔魔法でリーシェちゃんを焼くのも気分が良いとは言えない筈だ。


 となれば、使えるのはノエルちゃんの『金縛り』による拘束だけど―――ノエルちゃんの表情がなんだか芳しくない。どうやら、既に使ってはいる様だ……その上でリーシェちゃんには拘束が効いていない、ということか。

 原因は恐らく……あの赤錆色の剣。僕の『死神の手(デスサイズ)』と同じで何かしらの性質を持っている筈。でも、『ステータス鑑定』を使おうにも息衝く間もなく振るわれる故に鑑定する事が出来ない。


「リーシェちゃんは……僕の敵でいいの、かなッ……!?」

「出来れば仲間で居たかったよ―――でも、今の私の身体は私のモノではないんだ。お前を斬るように命令されているし、私はそれに逆らえない……!」

「ッ―――なっ!?」


 振るわれる横薙ぎの斬撃を躱す。瞬間、まるで僕がそう避ける事を分かっていたかのように、僕の避けた先から更なる斬撃が飛んできた。咄嗟に『死神の手(デスサイズ)』で受け止めた―――が、驚くべきは此処からだ。

 なんと彼女の剣は、『死神の手(デスサイズ)』を簡単に斬り裂いて来た。真っ二つになった黒い棒、僕は上体を反らすことで紙一重……なんとかリーシェちゃんの剣を躱す。しかし剣先が掠った様で、僕の頬には線の様な傷が出来ていた。


 そう、この僕の身体に、傷を付けたのだ。魔王でさえも完全に抜けなかった耐性値を、軽々と越えて。


 その事実に驚きながらも、僕は大きく後退し距離を取る。幸いにもリーシェちゃんは追って来なかった。代わりに剣先に僅かに付いた僕の血を舐め取って、ぶるりと肩を震わせた。以前の彼女に食人趣味は無かった筈だけど……アンデッドになってやはりそういう特徴も現れたのかもしれない。

 でも、僕が注目したのはそれだけじゃない。リーシェちゃんの瞳、元々翡翠色の瞳をしていた彼女の瞳が、今までと違って少しだけ輝きを放っていた。先程の攻防と合わせて考えてみると、今の彼女は使えるのかもしれない。


「……リーシェちゃん、その瞳」

「ああ……肉体がアンデッドになったからか、どうやらこの眼の適性が出来たようだ」

 

 その言葉で確信する。

 今のリーシェちゃんは使えるのだ。失われた固有魔法、彼女がどうしても欲しかった先見の光景。それを見る為の力を。


 ―――『先見の魔眼』を。


 恐ろしい組み合わせになった。元々彼女は先読みに関して人一倍高い才能を持っていたというのに、そこに『先見の魔眼』まで持ち合わせるとなれば……彼女の先読みは恐らく一手先どころか、数手先位見抜くだろう。

 しかも、今まで持っていなかったとはいえリーシェちゃんの方がこの魔眼を使いこなせる筈だ。それだけの才能を持っているし、ソレが出来るだけの肉体を手に入れたのだから。


「……だから覚悟しろきつね……早く本気を出さないと、私はお前を殺してしまう」

「困ったなぁ……正直リーシェちゃんを傷付けたくはないんだけど……」

「私だって同じだよ……強くなるという誓いを、こんな形で成したくはなかった」


 戦う必要の無い僕とリーシェちゃん。リーシェちゃんを傷付けたくない僕と、自分自身を裏切ってしまったリーシェちゃん。これほど空虚な剣もなければ、これほど虚しい戦いも無い。

 本当の敵は別にいるというのにね……『初心渡り』で状態を戻した所で、死体に戻るだけだし、今のリーシェちゃんの状態を利用して蘇生なんか出来る筈も無い。


 何度も言うけれど、死んだ者は生き返らないのだから。


『きつねちゃん……大丈夫?』

「きつねさん……」

「大丈夫、フィニアちゃんちょっと下がってて……これは、僕とリーシェちゃんでケリを付ける」


 ノエルちゃんも同じ様に手を出さない様に言って、僕は『初心渡り』で『死神の手(デスサイズ)』を元に戻す。そしてそのまま『病神(ドロシー)』を発動させた。漆黒の薙刀が生まれ、刃を上段に構える。そしてリーシェちゃんも赤錆色の剣を構え、僕の攻撃に備える。

 狙っているのがカウンターなのは分かっているし、僕がそれを理解しているのも彼女は分かっているだろう。


 でも、やる事は変わらない。


 僕もどちらかというとカウンタータイプだから……僕とリーシェちゃんの、先の読み合いだ―――


「ふッ……!」

「ハァ……!」


 同時に地面を斬る。ステータス的に先手はリーシェちゃん……下から斬りあげる様に首を狙う一撃を、僕は魔眼で先読みし、身体を回転させることで躱す。そのまま遠心力を使って柄頭でリーシェちゃんの首を突くが、リーシェちゃんもそれを読んでいる。上に上がった腕を畳み、肘で柄を叩くことで軌道を逸らされた。

 すると、リーシェちゃんが僕の服を掴み、そのまま投げ飛ばしてくる。耐性値が上がった所で体重は変わらないから、柄の軌道を逸らされて体勢が崩れた僕は、容易に投げ飛ばされてしまう。視界が上下逆転し、僕の目の前に剣を構えたリーシェちゃんが映る。踏ん張りも利かない空中で、僕は彼女の剣の射程内――このままでは斬られてしまう。


 しかし、僕は頭の下に瘴気の足場を作り、そこに手を付いて後方へと腕の力で跳躍する。瞬間、僕の身体があった所をリーシェちゃんの剣が大振りに通り抜けた。学ランのボタンが1つ、斬り飛ばされたけれど、構わず次の行動へ移る。

 少しだけ離れたこの状態は、僕の薙刀の射程どんぴしゃだ。僕からすれば上からの振り下ろしだけれど、リーシェちゃんにとっては下からの斬り上げで、僕はリーシェちゃんの頭を狙う。大きく横薙ぎに剣を振るったことで、若干前のめりになっていたリーシェちゃん。この攻撃を躱すのは体勢的に不可能だ。


 でも、リーシェちゃんは躱せないのならとばかりに剣を引き戻し、その剣で瘴気の刃を斬り裂いた。まるで豆腐の様に斬り裂かれた刃は、リーシェちゃんの顔をすれすれで空振る結果に終わる。

 すると空振りで逆に僕の方に隙が出来てしまう。ようやく地面を転がった僕が、体勢を立て直す前にリーシェちゃんが踏み込んでくる。


「ッ」


 漏れる短い息。

 リーシェちゃんの足裏が迫り、転がって仰向けになった僕の鳩尾を踏み付けた。耐性値のおかげで痛くはないけれど、動きを制限されてしまったのは不味い……! 結果迫る剣を躱すだけの手がない、となればやる事は1つだ。


 喰らって尚喰らい付く。


「ぁぁあッ!!」

「―――」

「っ……!?」


 かろうじて右肩を貫かれながら、僕はリーシェちゃんに向かって瘴気のナイフを生成し投げた。けど、リーシェちゃんはそれも読んでいた。

 ナイフを首を傾けることで躱し、右肩から剣をぐぐぐ、と心臓に向けて動かしだした。しかも、筋肉繊維や骨に邪魔されることなく瘴気の刃を斬り裂いた時の様に、軽々と剣が動いている。痛みはないけれど、死という感覚が近づいているのが分かった。


 ソレは不味い。


 瞬間、僕の本能が死に対する警鐘として一瞬だけ『鬼神(リスク)』を発動させた。リーシェちゃんの足を押し退け、僕は転がる様にして距離を取る。そのまますぐに『初心渡り』で傷を治した。後少し斬られていたら心臓が斬られていた。そうなったら流石の僕もスキルを発動している余裕はなかったかもしれない。


「……強くなったなぁ、リーシェちゃん」

「! ……その言葉だけで、感無量だ……きつね」


 僕の言葉に、リーシェちゃんは心の底から嬉しそうに口端を緩めた。しかし、瞳は悲しみに揺れている。僕のこの言葉を、生きている時に言われたらどんなに嬉しかったのだろう。リーシェちゃんの想いは、全く報われずに砕け散った。無念だったことだろう。

 リーシェちゃんは僕の命の恩人だ……その彼女が泣きそうな顔で笑っている。それを放っておけるというのなら、それはもう男として最低だ。


 復元した薙刀を構える。リーシェちゃんも、構えた。


 視線が交差し、リーシェちゃんは両眼が、僕は左眼が魔眼を発動し、翡翠色に染まる。先読みの光景は見えている。それでも、それを逆転させるだけの武器と力を、僕達は持っている。


「行くよ、リーシェちゃん」

「負けるなよ、きつね」


 そう言って、僕達は地面を蹴った。

 衝突の瞬間に、剣戟の音が十数回は鳴り響いただろうか。瘴気のナイフが飛び、薙刀の刃が斬り裂かれ、赤錆色の剣を蹴り、身体と身体が何度かぶつかる。

 そして、僕はリーシェちゃんの剣を敢えて受けた。そして噴き出した血をリーシェちゃんの眼に向かって掛けた。簡単な眼潰しだ。魔眼は、視界が確保出来ていなければ意味がない。


「ッ……!!」

「はぁッ!!」

 

 斬り上げるようにリーシェちゃんの身体に薙刀を振るう。しかし、リーシェちゃんは勘なのか咄嗟に剣を振るって僕の薙刀を弾く。その間に血を拭い、リーシェちゃんは僕の目の前まで攻め込んできた。恐らくは偶然弾く事が出来たからこその展開……それでも、運を味方に付けたリーシェちゃんに勝機が訪れたのだ。


 弾かれ、両手を広げる様な体勢になっている僕は隙だらけだ。更には薙刀の間合いに入られている、ここから刃を戻すのはどう考えても間に合わない。


 ―――きつね……!


 でも、僕には聞こえていた。


「ッ……!!」


 ―――きつね……助けて……!


 リーシェちゃんの瞳に映った、僕へ助けを求める思いが聞こえていた。

 だから、此処で諦める訳にはいかない。どうすればいい、どうすればいい、どうすれば―――!


「ふっ……!」


 僕は薙刀を真上に投げた、片足を引いて前へと重心を移動させた。瘴気のナイフを生み出し、リーシェちゃんの剣の腹を叩く。軌道が逸れたけれど、彼女の剣は僕の腹を貫いた。でも、まだ終わりじゃない。前に踏み出し、剣を僕の身体で抑え込む。

 そして落ちてきた薙刀を掴み取り、リーシェちゃんの首に振り下ろす―――瞬間だった。


「きつね君!」


 レイラちゃんの声が聞こえた。


「―――!」


 その声に僕は目を見開き、そして……リーシェちゃんに瘴気の刃を突き立てた。


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