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評価

 十数秒の後、遂に動きを止めた最強ちゃんは、一切の返り血を浴びぬままに拳を開き、終わったから付いて来いとばかりに洞窟の奥へと歩き出す。僕達の出番など、何処にも無かった。僕達が戦闘体勢を整える前に動き出し、僕達が動き出すまでに全てを終わらせている。状況把握能力と行動の取捨選択能力が段違いに高い。本当に、頼もしいねぇ……敵に回したくはないものだ。

 あ、そういえばこれ終わったら僕彼女と戦うんだった。うわー、嫌な約束しちゃったなぁ……嫌になってきた。子供が覚えたての色仕掛けをし始めたからって、判断を早まったらしい。


 にしても……あのアンデッドの数といい、その性質の違いといい、アンデッドにも色々と性質の違いがあるようだ。レイスみたいに自我を持っている死体、研究施設の様な身体は生きているけれど精神は既に死んでいる死体、そして身体も心も死んでいる動くだけの死体。この分じゃ他にも違う性質のアンデッドが出てきそうだなぁ……全てのアンデッドが今回の魔族によって作り出されたのだとしたら、とんでもない戦力を持っているね。

 死体を全て自分の戦力に出来る蘇生の力―――レイラちゃんの『感染能力』と同じく、世界崩壊(Sランク)級の危険な力だ。


 とはいえ、アンデッド自体はそれほど強い訳ではない。僕の瘴気変換能力でどうにか出来る奴も居れば、Fランク以上の実力さえあれば打倒は容易な奴も居る。討伐はそれほど難しくない。まして、聖水や光魔法があれば倒せるのだから尚更だ。

 問題は……人間"以外"の死体を使った、アンデッドの方。これだけのことが出来る相手だ、アンデッドに出来るのが人間だけだなんて都合の良い話である筈はないだろう。暗黒大陸に居たとすれば、高位の魔獣の死体を使ったアンデッドもいるかもしれないし、最悪――魔族の死体を使ったアンデッドも居るかもしれない。


 もしかしたら、何人かの魔族と同時に戦う破目になるのかもしれないなぁ。


「どうした……きつね?」

「いや……ちょっと嫌な予感がしただけ」


 不思議な顔をしているドランさんに、僕はそう返した。

 可能性の段階で足踏みしていても意味はない。こっちには最強の冒険者がいるんだ、そんなに危険な事態にはならないだろう。向こうがそれに対する策を練ってきたら、その時はその時考えれば良い。どっちにせよ、既に僕達が侵入しているのは向こうにバレてるんだしね。

 それに、此処はもう向こうのテリトリー。必ず先手を取られるのは免れないんだ……この際、後の先を取るしか僕達には動きようがない。


「! 分かれ道……」

「本当だ……どうする?」

「丁度4人いるし、別れるなら2人1組を2組作るのが定石だが……」

「私ときちゅ……ちゅ……きちね……で1組」


 一応ノエルちゃんもいるから5人なんだけどなぁ。それに、最強ちゃんと僕が組んだらノエルちゃんもいるから戦力が偏りまくる。この場合、僕とフィニアちゃん……最強ちゃんとドランさんで組んだ方がやりやすいと思う。

 まぁノエルちゃんも居る訳だし、戦力は均等になると思うよ。


「僕とフィニアちゃんで」

「むぅ……ダメ?」

「駄目だね、戦力は均等にしよう」

「……分かった」


 僕の言葉に少し不服だったのか最強ちゃんは眉をハの字にしたけれど、戦力に付いて触れると仕方ないとばかりに頷いた。やはりそこは冒険者としての先輩、分かっていた様だ。分かっていて僕と組む事を提案するあたりアレだけどね。

 まぁ、ドランさんもSランクの頂点である冒険者と組んで戦う機会なんてそうないだろうし、精々参考にさせて貰うと良いさ。後々僕は直接対決するしね、その時に色々盗ませて貰う。


 という訳で、僕達は2つに分かれて探索することにした。まぁ瘴気の空間把握で最強ちゃん達の様子はなんとなく分かるし、分断されたかと言えばそうでもないから良いでしょ。つくづくこういうとこじゃ便利だなぁ瘴気って。


「それじゃ、また後でね。出来れば魔族は僕達の方に現れてくれると嬉しいね」

「……こっちに居たら……諦めて」

「分かってるよ、最強ちゃんが負けるとは思わないからね」


 軽口を言い合って、分かれた道をそれぞれ進んで行った。



 ◇ ◇ ◇



 桔音達がアンデッドを全滅させた時、この『住処』の主である魔族――『幽鬼(リッチ)』は既に桔音達の実力を正確に測り終えていた。というよりも、最初の入り口を潜った時点でそこそこ感じ取ってはいたのだ。

 その上で『幽鬼(リッチ)』である彼は、迎え撃つ準備を整えている。まず彼が潰そうとしているのは、最も厄介な敵である最強ちゃんだ。次点で桔音だが、彼はまず桔音達を二手に分断する事にした。実はこの洞窟は彼の思った通りに操作し、構造を組みかえることが出来る。桔音は瘴気で空間把握をしていたが、あの魔法陣の光とアンデッドの集団に意識が移った際に組みかえたのだ。桔音も、どうやら気が付かなかった様だ。


 この『幽鬼(リッチ)』……人間としての名は既に捨てているけれど、元々は人間。しかも高位の大魔導師だ。常人よりも頭が良く、そして人間としてのえげつない策を練る思考を持っている。ある意味魔王やヴィルヘルムの様なタイプとは全く違う、人間的にも魔族的にも頭の良い天才肌の魔族だ。


 故に慎重で、故に豪胆。


 魔法を極めた魔族は、桔音達をその知恵で持ち得る技術と力を巧みに組み合わせ、そして叩き潰す。使うべき戦法は、有利な状況を作ること。つまり、戦力の分断だ。此方と桔音達では、圧倒的に戦力差が違う……無論、最強が居る桔音達の方が有利なのは言うまでも無い。真正面からぶつかれば、敗北は必至だろう。

 だからこそ、各個撃破が最も有効で、一手ずつ慎重にゲームメイクしていくのが勝利の鍵なのだ。幸いにも、彼は先手を取れる状況にいるのだから……勝つ可能性はまだ十分に残されている。


「ふむ……この際だ、実験も兼ねて色々と試して見るとしよう」


 カラカラと笑う彼は、そう呟きながら顎を撫でる。不敵に笑みを浮かべて、その手に魔力を練りあげた。そしてずずず、と沈む様な音を立てながら、彼の魔力に反応して巨大な影が動き出す。これもアンデッド、死体から作り出された彼に忠実な兵士だ。

 巨大な影は、彼の指示に従って侵入者の排除へと向かい、姿を消した。先程のアンデッドの様に、空間魔法で桔音達の下へと転送したのだ。


 彼は大魔導師―――その知識を使う為の魔法適性を、『幽鬼(リッチ)』になることで手に入れた男。


 全ての魔法を、高いレベルで行使する事が出来るのだ。その、膨大な量の魔力を惜しみなく使って。支配下に置かれたアンデッドは、生前のポテンシャルを発揮する事が出来る故に、人間であれば生前のスキルや技術も使う事が出来る。まぁ、本当の死体となったアンデッドや自我を失ったアンデッドは流石に無理だが、レイス並のクオリティで作られたアンデッドは問題ない。


「それに……彼も中々面白い存在を連れているようだしな……いや、憑れているのかな?」


 くくくと喉を鳴らすように笑う彼の声は、心底楽しそうだった。


「さてさて……あっちの素体はどうかな? ―――うんうん、良い感じだ」


 そして別の何かを見てから、彼は更に魔法を構築する。先程の巨大な影とは違うアンデッドを動かそうとしているのか、それとも新たに違う何かを作ろうとしているのかは分からないが、それでも彼の練りあげた魔力の量は、上級魔法が何発が打てるだけの魔力――確実に、それに見合うだけに何かを作りあげようとしていた。

 恐らくは、ソレが桔音達に勝つ為の重要なファクターとなるのだろう。桔音達が今まで相手にしてきた魔族とは性質の違う魔族、今までと同じように考えていたら……桔音達は足を掬われることだろう。


「さてさて……魔王サマのお気に入りとはどれほどのモノだろうか? 実験材料としては、興味深い所だな」


 彼はカラカラと笑い、老人の様に顎を撫でた。



 ◇ ◇ ◇



 二手に分かれた後のことだ。ドランと最強ちゃんは、無言で洞窟を進んでいた。最強ちゃんの超感覚を持ってすれば、罠は一発で看破出来る上に、ドランもそれなりに冒険者としての実力と経験を積んでいる故から中々に相性は良い様だ。歩みに淀みはなく、再度アンデッドが現れたりもしたがドランが瞬殺。順調といえば、順調に進んでいた。

 元々ドランは他人に協調する能力には長けている。魔族を追ってソロばかりで活動していたというのに、協調性があるというのは、やはり才能だろう。


 だからか最強ちゃんも、ドランの邪魔にならない立ち回り方には中々のやりやすさを感じている。自由に動いても邪魔にならないというのは、彼女にとっては最も良い要素となる。


「……聞いても良いか?」

「……何?」


 だからこそ、ドランと彼女の間には多少なりとも会話があった。


「お前さん、いつから冒険者をやってんだ?」

「……結構前」

「Sランクってどんな奴が居るんだ?」

「……全部変なの」

「きつねもか?」

「……アレは……特別変……見た目と中身が合ってない感じ?」

「……そうか」


 といっても、キャッチボールではなくドランからのボールを最強ちゃんが受け止めるだけなのだが。質問しては彼女が答えるだけという、簡単な会話だ。話し掛けるのは全部ドランであって、ドランが黙れば会話は一切無くなる。

 そもそも最強ちゃんにとってはBランクなどかなりの格下なのだ。それこそ一般人と変わらない程に。共に闘う、という考えは彼女にはない。邪魔にならなければ、ソレで良いという感じなのだろう。


「それなら……お前から見て、きつねはどう見えた?」


 だが、ドランはそれでも話し掛けた。最強ちゃんが最も返答に言葉を要したのが桔音に関することだったので、桔音に付いて質問したのだ。

 すると、最強ちゃんは立ち止まり、ドランのほうへと視線を向けた。ドランもつられて立ち止まり、その橙色の瞳を見つめ返す。


「―――アレは、"危険"」


 ただ一言、彼女はそう言った。そして、それ以上は何も言わなかった。視線を切ってまた歩きだし、ドランもその後ろに続く。

 そしてドランは考える。Sランクの頂点にまで、『危険』と評される桔音という男のことを。今まで一緒にいて、桔音という男は『不気味』だの『死神』だの色々と評されており、確かに危険という評価をされてもおかしくはないかもしれない。


 だが、ドランには彼女の言う『危険』という評価に……全く違う意味が含まれている様に感じた。桔音自身が危険な力を持った存在というわけではなく、もっと別の……違う意味での『危険』という要素がある様な気がしていた。

 故に、桔音には何かあるのかと思った。自分達が知りえない何かを、彼は持っているのではないだろうかと。


「…………危険、か……」


 小さく呟き、ドランは最強ちゃんの後ろをただ、付いて行く。

 だが、考え事をしていて気が付かないドランとは違い、最強ちゃんの視線は進む先に向けられている。彼女の超感覚は気が付いていた。この先に、巨大な影が待ちかまえている事に。


彼女の言う、危険とは―――……

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