無双
国の外に出てしばらく歩いていると、流石に僕にもなんとなく相手の気配というか、感覚に引っ掛かるものを感じられた。多分、かなり近いんだと思う……気配を消していたから感じられなかったけれど、この分なら最強ちゃんもこの気配に気づいている筈だ。
その証拠に、僕達の歩みは迷いなくある方向へと向かっている。森の奥深く、地面にもかなりの傾斜が付いて来た。歩いているのは大分傾斜が緩い場所ではあるけれど、右手側には壁がある。地層が丸見えで、頂上はそこそこ高い。僕達は草木を掻き分け、その傾斜を登っていく。
すると、僕達のパーティで最も背の高いドランさんが1番最初に気が付いた。
「……きつね、洞窟だ」
その言葉と同時、傾斜の頂上に辿り着いた僕達の視界に洞窟が入ってきた。奥が深く、気配もその奥から感じられる。雰囲気的には、あの幽霊屋敷と同じ様な感覚……多分、僕の予想が正しければ此処は恐らく――
「迷宮……」
迷宮。あの幽霊屋敷の地下に展開されていた研究施設の迷宮と同じ、本物の迷宮なんじゃないだろうか。そこから感じる気配の大きさは、あの魔王と匹敵するかしないかといった所か。正直あまり良い気分ではないけれど……けして弱い敵ではないだろう。もしかしたら、此処にはあの研究所以上のアンデッドや魔獣が潜んでいるかもしれない。そうなったら、何の準備もしていない僕達では攻略は難しいかもしれないね。
そんなことを考えていると、僕の思考を切るかのように最強ちゃんが呟いた。
「……違う……此処は、『住処』……」
「え?」
彼女は、迷宮だという僕の言葉を否定した。そしてその上で、此処は住処だと断定する。
僕はその言葉に、正直意味が分からなかったけれど……どうやら此処は迷宮ではないらしい。ならば住処とはどういうことだろうか? もしかして、敵が拠点にしているだけとでも言うのかな? それなら確かに迷宮ではないけれど……?
すると、僕の疑問にはドランさんが答えてくれた。彼も一応Bランクの冒険者だ、僕以上に冒険者をやっている時間は長いのだし、最強ちゃんの言葉の意味をちゃんと理解しているんだろう。
「きつね、『住処』ってのはな……強力な魔獣や魔族が一時的に拠点にしている場所だ。以前戦ったフレイムワイバーンな、アレが居た火口も『住処』と言えるな」
「成程ね……迷宮とは違うんだ?」
「迷宮はなんで出来るのか分からないし、そこに住まう魔獣達は最下層の何かを護っている様に迷宮から出て来ない……『住処』はそういった魔獣はいないし、居てもそこを『住処』にしている魔獣、魔族の配下だからな……基本的に『住処』にはそこに住んでいる魔獣か魔族しかいない」
ということは、此処はリーシェちゃんを殺した魔族の一時的な拠点って訳だ。こんなルークスハイド王国の近くに拠点を構えていれば、今まで冒険者達が見つけなかったなんて馬鹿な話はない。この『住処』は、最近出来たモノだということだ。
魔族も、恐らくは最近までこの大陸にはいなかったのかもしれない。もしかしたら、暗黒大陸からこっちに来た魔族なのかもしれないな……魔王の指示か、それとも偶然こっちに来たか、だね。
正直、僕のせいではないかとは思うよ。気が付いている。このルークスハイド王国、そしてグランディール王国、最後にルークスハイド近くの街、ジグヴェリア共和国……全て僕が居た時に限って、ステラちゃんが、魔王が、強力な魔族がやってきた。此処まで危険な存在が僕が居る時に限ってやってきた……もしかしたら、レイラちゃんが『赤い夜』としてミニエラ近くに現れたのも、僕が居たからなのかもしれない。
そう考えてしまう程に、僕はこっちに来てから危険にばかり巻き込まれている。
『きつねちゃん?』
「!」
そこへ、ノエルちゃんの声が掛かる。思考から僕はハッと現実に意識を引き戻される。
「……どうしたの?」
「最強ちゃん……いや、なんでもないよ。行こう」
「うん」
首を傾げる最強ちゃんの視線を振り切って、僕は早々に洞窟へと踏み込もうとする。
でも、洞窟に足を踏み入れる直前―――腕を最強ちゃんに掴まれた。足が止まり、洞窟から1歩下がった所まで僕の足が引き戻された。急な引っ張りにつんのめった僕は、体勢を立て直しながら最強ちゃんへと視線を向ける。
すると、彼女は洞窟の方をすっと細めた橙の瞳で睨みつけていた。そして彼女は僕の前に出て洞窟の入り口をじっと眺めている。その視線は、先程までの眠たそうな瞳ではなく、鋭く真実を見抜く様な凄まじい集中力を感じさせる瞳。
「……良い、入っても」
「調べていたのか、この入り口に何かあるかどうか」
「……そう」
ドランさんの言葉で、僕は理解する。リーシェちゃんを殺した魔族が魔法のエキスパートだっていうのは分かっている……入り口に何かしらの罠を張っていてもおかしくはないね。もしかしたら、入り口に入っただけで発動する罠があってもおかしくはない。
最強ちゃんが、戦陣を切って洞窟へと入る。罠は何もないんだろう、僕達もソレに続いて洞窟へと入った。何かしらの罠がないのなら、それで良い。
「……感知、されたけど」
「え」
どうやら何も無かった訳ではないらしい。入り口を通った瞬間、相手に僕達の事が感知される罠があったらしい。なんで罠を見つけておいて通っちゃったの……君が僕を止めた理由が分かんないんだけど?
「感知程度なら、大丈夫……知られた程度で、問題ないから」
最強ちゃんは、大胆不敵にそう言う。成程、流石は最強――存在が知られた程度で勝敗が揺らぐほど、ヤワじゃないってことか。つくづく、頼もしいね……というか、罠を見破る鑑定眼を持っているのか。僕には全く分からなかったな。超感覚もそうだけど、積んでいる経験と潜ってきた修羅場の数が違う……魔族からすれば、これほど恐ろしい相手はいないだろう。罠も見破られ、奇襲も奇策も超感覚で察知され、真っ向から挑めば圧倒的実力で叩き潰されるなど、つくづく敵に回したくはない。
そんな彼女の後ろを歩き、暗い洞窟の奥へと進む。夜目が利く左眼のおかげで、視界は良好だ。一応、瘴気の空間把握を展開しておいた。結構奥が深い……蟻の巣の様に複雑に入り組んでいる様だ。
「……その力……あの白い魔族と同じ?」
「! ……レイラちゃんが魔族だって気付いてたんだね」
「……うん」
僕の瘴気に気が付いて、最強ちゃんが歩きながら問いかけてきた。成程、レイラちゃんの正体はバレてたのか……それでも攻撃したりしなかったのは、人に対する敵意が感じられなかったからかな? 今のレイラちゃんは僕が傍に居る限り他の人に興味はないからね。
彼女は留守番させているけれど、レイラちゃんの瘴気操作能力は僕よりも上だからね……固形化もレイラちゃんの方が早いし、索敵範囲も広い。それに、どうやら彼女はヴィルヘルムに対してウイルス感染による『赤い夜』化を施したみたいだから、そういう部分でもどんどん瘴気を使いこなして来てる。
それに、彼女の固有スキルもまだ詳細不明だからね。レイラちゃんはちゃんと理解しているみたいけれど、教えてくれないからなぁ。
まぁソレは置いておくとして、最強ちゃんにレイラちゃんをどうこうする気はないらしいから、良いとしよう。
「!」
すると、最強ちゃんが立ち止まった。瘴気ではなんの気配も感じ取れていないけれど……何かあったのだろうか?
「……来る」
彼女の呟きと同時、洞窟に幾つもの魔法陣が出現した。
「ッ!?」
洞窟を明るく照らし出す程の魔法陣の光は、つまり魔法陣の数がそれほど多いのだということを示している。大量に現れた魔法陣は、その輝きの中からその数と同数以上の影を生み出す。周囲の壁や地面から生える様に、魔法陣から大量の―――アンデッドが現れた。その数、恐らく100体以上……いや、150体以上はいるだろう。僕達を取り囲む様に現れた、大量のアンデッド……質より量は良く言ったものの、良くもこれだけのアンデッドを用意したものだ。
しかも、見た目的には完全に死んでいる。顔の皮が崩れ落ち、身体も所々腐り落ちている。死臭漂うアンデッドは、レイスと比べると圧倒的にクオリティが落ちる。
それに……瘴気化が効かない。取り囲んでくるアンデッドにすぐさま瘴気化を施したのに、彼らには一切瘴気による細胞分解が効かない。多分、彼らは恐らく本当の意味で死体なのだろう……だから彼らを動かしているのは、彼ら自身ではなく……裏に居る魔族。僕の力を知ってか知らずか、一網打尽に出来ないアンデッドを送りこんできたってことか。
頭が良いのか、それとも偶然か……とにかく、この大量のアンデッドを倒さなければならない。
―――と、そう考えた時だった。
「邪魔」
僕達の進行方向を塞いでいたアンデッド達が、音も無く消し飛んだ。そして一瞬の後、衝撃波が洞窟内を襲い、吹き飛ばされるのではないかと思う程の轟風が身体を叩く。
「なっ……!?」
風の中、僕は見た。橙色の閃光が、縦横無尽に動き周り――アンデッド達を数秒も使わず殴り飛ばしていた。天井に叩きつけられ、肉体が肉片へと変わる。地面にめり込み、ぐしゃりと潰れる。なんという威力、なんという速度、なんという精度。
これが……冒険者の頂点の戦い―――!
強い、ただひたすらに、強い。しかも、荒々しい嵐の様な強さではなく、一瞬の間にその武を魅せる、磨き抜かれたまさしく最強の強さ。
更に言えば、まだ全力ではない。今の段階でもう橙の閃光と思う程に目視が出来ないというのに、まだまだその動きには余裕が感じられる。彼女が全力を出せば、最強と呼ばれた彼女の……『最強』が待っている。恐らく、僕の耐性値を大きく超えた一撃を繰り出してくるだろう。
でも、成程――確かに最強。彼女がそれを自負し、誇りに思うのも分かる強さだ。
そして数十秒の後、彼女は現れた全てのアンデッドをその小さな拳で、粉砕してみせた。見事に、最強足る所以を僕達に魅せ付けて。