霊的悪予感
Sランクの頂点、ひいては冒険者の頂点である橙の少女、周囲からは最強ちゃんと呼ばれているようなので、僕も最強ちゃんと呼ぶことにする。どうやら彼女は本名を教えてはくれないようで、ステータスを覗いて名前を知ろうとしたら、なんと彼女は名前も含めた何もかもが表示されなかった。どうやら彼女は相当な隠蔽スキルを持っている様だ。
また、彼女はSランクの第1位と言っても良い位の確かな実力を持っている様で、リーシェちゃんを殺したであろう魔族を探すに当たって、彼女はその凄まじい直感力を発揮した。何せ、ノエルちゃんに勘付く程の超感覚だ。彼女の直感力には、眼を見張るものがある。
どうやら彼女の感覚では魔族の存在が感じられているらしい。今はその感覚に頼ってその魔族の下へと向かっている所らしい。ただ、ちょいちょい止まってはその辺のお店の食べ物の匂いにつられてフラフラと動くので、余りアテにしてはいけないのかもしれない。
なので、僕は僕なりに考えてみる。
今回の魔族……多分アンデッド関連の魔族だろうけれど、実力的には遠距離タイプだと思う。研究者タイプというか、魔法使い側の手札の方が多いと見て良いと思う。死霊使い、とかかな? もしかしたら、ノエルちゃんの姿が見える部類の魔族かもしれないね。
でも、レイスの様子からしてほぼ完全な形で死者蘇生が出来ていると言えるから、その技術はこの世界でも指折りの魔法能力の筈……なれば、魔法使いとしての能力はこの世界でもトップクラスのモノだと言える。
「……む、途切れた」
すると、最強ちゃんがそんなつぶやきを漏らした。先程までは順調に進んでいた足も、ぴたりと止まってしまっている。橙色の髪を揺らしながら、きょろきょろと周囲を見回していた。
「どうしたの?」
「……多分……気付かれた……消えちゃった」
「んー……」
多分、こっちが近づいているのに気が付いて、気配を消されたってことだろう。向こうも僕達の気配にはなんとなく感づいているんだね……ってことは、向こうは案外近い場所に居るってことだ。何処に潜んでいるのかは分からないけどね。
すると、最強ちゃんが僕の方へと振り向き、ある方向へと指を差した。その指先の向かう先にあるのは、ルークスハイド王国の外門。つまり、魔獣の蔓延る森や山々などのある外だ。ヴィルヘルムに連れ去られた場所でもあるけれど、どうやら最強ちゃんは魔族は外にいると言っているらしい。感覚が途切れたとはいえ、感じられていた気配が何処から漂って来ているのかは分かるのだろう。
「……行くしかないかな」
「行くの? きつねさん」
「うん、向こうに居るのなら行くしかないよ……眼と鼻の先に敵が居ると分かって、見逃す程僕は寛容じゃないからね」
フィニアちゃんの問いに、僕はそう答えた。
正直何処に居るのか分からないし、もしかしたら罠があるのかもしれない。でも、それを気にしていたら復讐なんて出来やしない。折角すぐそこに敵が居るんだ、僕の精神衛生上倒さないと気が済まない。リーシェちゃんの仇は、必ず殺る。
でも、その為には少しばかりチーム分けをしないといけないよね。一時的だとしても、リーシェちゃんの遺体を宿に放置したまま国を出るのは少し危険だ。討伐までに数日単位で時間が掛かったとしたら、遺体が腐っちゃうしね。少なくとも2人程は残ってリーシェちゃんの遺体を見てないといけないだろう。
となると―――……
「ルルちゃんとレイラちゃん、宿でリーシェちゃんを見ててくれる? 宿の人に見られると事だし」
「えー、私もきつね君と一緒に居たい♡」
「レイラちゃんならいざという時すぐ対応出来るだろうし、今回の敵はルルちゃんと相性が悪いかもしれないからね……無駄な危険は減らしておきたいんだよ……お願い出来ないかな?」
「私は構いませんが……」
僕の言葉に、ルルちゃんは納得したようだけどレイラちゃんは頬を膨らませている。あれ、ルルちゃんの方が年上だったっけ? いや違った筈だ、僕の記憶が正しければルルちゃんの方が背も歳も下だった筈……おかしいな、レイラちゃんってもしかするとパーティ内で最も子供なんじゃない?
「そこの男が残れば良いじゃん♪」
「ドランさんね……んー、まぁ確かにドランさんも相性悪そうって言えば悪そうだけど……」
「ほら♪」
「でも駄目だね、ドランさんに残ってくれとは言えないよ」
そう言うと、レイラちゃんは唇を尖らせて不貞腐れる。なんでドランさんは良くて、自分は駄目なのかという顔だね。まぁその気持ちは分かるよ、戦力的にはレイラちゃんを連れて行った方が良いんだろうし、相性的にもレイラちゃんを連れて行った方が何かと上手く行くのかもしれない。
でもね、ドランさんに残ってくれとは言えない。だってドランさんはリーシェちゃんが死んだ時、誰よりも近くにいたんだから。僕以上に、悔しかった筈だ、怒り狂っている筈だ、何よりも自分自身に嫌悪している筈だ。今もきっと、自分を責め続けているんだと思う……そんな彼に、相性だの戦力だの言って宿に残らせるのは、罪悪感が残る。ドランさんがこの中で最も相手を殺したいと思っているだろうしね。
ならば、ドランさんは連れていく。ソレで死んでしまうのだとしても、ドランさんは後悔しないだろうから、連れていく。
「これは、僕とドランさんの意地だよ……レイラちゃん、お願い」
故に、僕はレイラちゃんにそう頼みこむ。今回ばかりは、レイラちゃんの恋心よりも優先させなければならない男の意地と誇りがある。押し通さねばならない意志がある。
「…………うー……分かったよ……♡」
すると、ソレが伝わったのかレイラちゃんが折れてくれた。人間らしい気持ちに目覚めてから、こういうところで融通が利くようになった。レイラちゃんの気持ちを利用しているようでちょっと良い気分ではないけれど、今回ばかりは許して欲しい。
男って面倒臭い生き物だからさ、一時の感情の為に一生を賭けないと気が済まないんだ。
まぁ、だからと言ってレイラちゃんの気持ちを不意にして良い訳ではないけどね。後でちゃんとお詫び兼お礼を上げないとね。
「帰ってきたらレイラちゃんのお願いも聞いてあげるから、そうがっかりしないで」
「ホント? うふふうふふふ♪ それじゃあお留守番してあげる♪」
まぁ、レイラちゃんの場合はこうして彼女の為の時間を取ってあげることで大分機嫌を良くしてくれるから、お礼もそうしてあげよう。彼女の気持ちに応えていないことに、若干の罪悪感を感じなくもないしね。魔族とはいえ、彼女の恋心は本物―――不意にして良い理由なんて何処にもない。
何時かは、彼女の気持ちにも応えてあげないといけないんだろう。フィニアちゃんの気持ちにも、そして、僕の気持ちにも踏ん切りを付けないといけないね。
でもまぁ、今は敵の魔族だ。
「それじゃ、レイラちゃんとルルちゃんは宿でリーシェちゃんを見てて」
「はい」
「はーい♪」
僕が言うと、ルルちゃんとレイラちゃんは返事して、宿へと踵を返し去って行った。背中を見送り、僕は『死神の手』を肩に担ぐ。ドランさんも剣の柄に触れて、やる気満々だ。残ったフィニアちゃんとノエルちゃんは、魔法を使ってくる可能性の高い相手に対する戦力だ。目には目を、歯には歯を、魔法には魔法だ。魔法と戦うのなら、魔法を使える人材がいる方が良い。
僕の耐性値はどうやら、魔法に対する対抗力は低いみたいだからね。瘴気を使えば解決するけれど、全て防ぎ切れるかは分からないし、そういう意味でもフィニアちゃんは必要だ。それに、ノエルちゃんは今回の敵に対してかなり似通った性質の存在かもしれないからね……居れば何かしらの対抗力になるかもしれない。
すると、そこで僕達の準備を待っていたのか最強ちゃんが声を掛けて来た。
「……良い?」
「ああうん、待たせてごめんね」
「行く……」
トテトテと歩きだす最強ちゃんの後ろを付いて行き、僕達はルークスハイド王国の外門へと向かう。
しかし……見れば見るほど彼女はSランクの頂点なんだねぇ。ただ歩いている様にしか見えないのに、全く隙がない。多分此処で『死神』を使い、自分にも『鬼神』と『不気味体質』を使って襲い掛かったとしても、返り討ちにされてしまう気がする。
普段であっても滲み出る覇気と強者の佇まいが、彼女が強者であることを物語っている。
『……すっごいねぇー、あの子……ふひひひっ♪』
「……何か笑った……?」
「え? 笑ってないよ?」
「……そう……」
『……勘鋭すぎない?』
ノエルちゃんが笑ったことまで勘で分かってしまう程だしね。ホント凄いなこの子の超感覚……ルルちゃんの五感並の鋭さと正確さだ。ただし五感全部ではなく、第六感に特化した、と付け加えるけどね。
流石にノエルちゃんも自分の口を抑えて、冷や汗を掻いた様だ。幽霊なのに冷や汗とは変な話だが、視線はノエルちゃんのいる場所を見る最強ちゃんから逸らしている。どうやらノエルちゃんも下手に彼女に干渉する事が出来ないようだ。
まぁ、最強ちゃんならなんとなくノエルちゃんも気合で殴り飛ばしそうな気がするしね。やれやれ末恐ろしい子だよ本当に。
『……それにしてもきつねちゃん、あの獣人の子が今回の敵と相性が悪いってどういうこと?』
すると、ノエルちゃんがそう言ってくる。相性が悪い、まぁそうなんだろうけれど……今回の相手は正直物理攻撃が通用するのか分からないんだよね。最悪、ノエルちゃんの様な亡霊系の魔族なのかもしれないし、次点でアンデッド系の魔族かもしれない。
どちらにせよ、物理攻撃はそう効果を見せないだろう。何故なら、どちらも既に死んでいる訳だし、レイスは完全に消し飛ばしたから死んだけれど……本体までそうとは限らない。
そうなると、ルルちゃんは全く刃が立たないかもしれない。この可能性が当たっていたらルルちゃんは命の危機に立たされる。だから相性が悪いって訳だ。
『ふーん……成程、それじゃあ私の姿も見えるのかなぁ?』
見えるんじゃない?
『そっか……ふひひひっ♪ それじゃあちょっと楽しみかもね……ふひひひっ……!』
ノエルちゃんは僕の答えに笑った。口元をそのだぼだぼの袖で隠して、身体を震わせながら笑った。彼女としては、自分が見える存在というのは珍しいから、もしかしたらノエルちゃんを見ることが出来る相手かもしれないという可能性は、彼女にとっては期待するに値するものなのだろう。
まぁ、どっちにしろ僕が殺すけどね……最強ちゃんも付いているし、なんとかなるだろう。
―――でも、この時僕は知らなかった。
まさかこの相手が僕にとって―――"今までで最悪の難敵"となることを……