天然少女
夜が明けて、一人目を覚ました僕は身体を起こした。僕は基本的に朝に強い、眼を覚ましてすぐにクリアな頭で物事が考えられる。いつまでも寝ていると母親らしい人から殴ったり蹴ったりされたからね、彼女よりも早く自分で起きないといけなかったんだよ。
横を見ると、枕の隣で大の字になって寝ているフィニアちゃん、反対側に丸くなって寝ているルルちゃんがいた。今思ったけどルルちゃん逃げ放題だったなこれ。なのに逃げなかったって事は、そういう風に言い聞かせられてきたからなのかな? 奴隷根性が染みついてるねぇ……まぁいるなら良いけど。
二人を起こさないようにベッドから降りて、一つ伸びをする。パキパキと小気味良い音が体内に響いて、固まった筋肉が解れるのを感じた。それから多少ラジオ体操的な運動をすれば、完全に頭も身体も眼を覚ましたようだ。
「さて……」
見てみるとフィニアちゃんだけだったベッドの上に、ルルちゃんみたいな可愛い子がいるというのは少し新鮮だ。滅茶苦茶長い髪の毛がシーツの上に広がっている。
「耳とか尻尾とか……どんな感覚なんだろう? いつか聞いてみようかな、出来れば触らせてもらおう」
そう呟いて、二人を起こす為に歩み寄る。フィニアちゃんは指先でつっついてやればいつも起きる。その際変な寝言っぽい台詞を吐くけど、それが面白いので止められない。
「フィニアちゃーん」
「な、なにをする……! やめろォ! やめるんだッ……! はっ、おはようきつねさん!」
「うんおはよう」
今日はなんだか緊迫感溢れる台詞だったね。どんな夢見てんだか知らないけど、フィニアちゃんほんと個性的だよねぇ。
さて、ルルちゃんも起こさないと。
そう思って、ルルちゃんに近づいた。すると、僕の影が彼女の顔に掛かった瞬間怯えるように飛び起きた。自分の身体を護るように抱きしめて、僕の方を震えながら見上げてくる。
なんか凄い悪いことした気分……あの奴隷商、なにしたんだよ。
「あー……おはよう、ルルちゃん。良く眠れた?」
「ご、ごめんなさい……次は早く起きます……叩かないでください」
「あはは、フィニアちゃんこの子凄いめんどくさい」
「奴隷のプロだね!」
「どんなプロだよそれ……まぁなんだ、僕は叩いたりしないし、起こすまで寝てていいからそんな怯えないで欲しいな」
多分ずっと気を張ってたんだろうね。奴隷商人達ってなんで奴隷をちゃんと養わないんだろう? そうしたほうが商品価値も上がって売りやすくなるんじゃないのかな。上下関係をはっきりさせたかったのかな、まぁどうでもいいや。
「さ、ルルちゃん起きれる?」
「はい……」
そう言うとルルちゃんはすぐに起き上がった。そういえば学ラン貸したままだったな、今日はルルちゃんの服を買いに行こう。その後はギルド行って、お手伝い系の依頼かな。ルルちゃんにも僕達の生活に慣れて貰わないといけないし、彼女のレベルも上げないとね。
「まぁ、まずは朝ご飯だね。行くよ、二人とも」
「うん!」
「……はい」
ルルちゃんが手を握ったり開いたりしているのが見えた。表情も何処か暗い。どうしたんだろうと思って少し考えてみた。
えーと、昨日は……あ、そういうことか。
「ほら、行くよルルちゃん」
「! ……はい!」
ルルちゃんに手を差し伸べてやる。そうすると、思っていた通り無表情に、けど嬉しそうな雰囲気で僕の手を取った。
昨日は何処へ行くにもルルちゃんの手を引いてたからね、実は手を握られるのが嬉しかったのかな? 奴隷になる子ってそういう経験あまりなさそうだもんね。こんな僕で良ければ幾らでも繋いであげるよ。寧ろこっちから繋いで欲しいよね。
あれ? もしかして僕女の子と手を繋いだのってこれが初めて? うわ、緊張しちゃうな! 思わず興奮してきた!
「?」
「なんでもないよ、うん、やましいことなんて考えてないからね」
今はルルちゃんの純粋な視線がとても心に刺さる。
「おや、おはよう」
階段を降りて行くと、食事の準備をしているエイラさんがいた。準備と言っても旦那さんの作った料理をテーブルに運ぶだけだけどね。
「おはようございます、エイラさん」
「おっはよー! 今日も良い朝だね!」
「ああ、ご飯出来てるよ」
この宿の朝ご飯はいつもパンとサラダ、あとスープだ。なんでも、朝弱い人が食べに来ないことが多いから朝は食材の出費を抑えているらしい。
おっと、子供が出来たらちゃんと挨拶出来る子に育てないとね! 僕は至極真面目な青少年だから!
「ルルちゃん、挨拶出来る?」
「……おはよう、ございます」
「良く出来ました」
「はい、おはよう」
少し困った様な表情を浮かべたけど、ルルちゃんはちゃんと挨拶した。偉いぞ、僕がルルちゃん位の年齢なら絶対挨拶なんかしなかったけど。
とはいえ、子供が出来たら褒めてあげるのが親心だもんね。親じゃないけど。とりあえず、テレビで幸せそうな家族がやってたのを真似してルルちゃんの頭を撫でてあげた。犬だからか、ルルちゃんは頭を撫でられるのが好きみたいだ。
「この子、名前はなんていうんだい?」
「ルルちゃん」
「ルルちゃんっていうのかい、可愛い名前だね」
「でしょ? もっと褒めて良いよ」
「なんでアンタが誇らしげなんだ……」
そんな軽口を叩きながら、テーブルに着く。勿論ルルちゃんを座らせてからだ。そうしないと奴隷根性の染みついたこの子は僕と同じテーブルに座らなそうだし。
いただきますと言ってから食べ始める。昨日言ったからか、やっぱり僕が食べ始めないと食べようとしなかったけど、頷いてやると自分の前に置かれた料理を食べ始めた。フィニアちゃんにパンを千切ってあげながら、僕も手早く料理を食べ終えた。
「今日は何処へ行くの? きつねさん!」
「うん、ルルちゃんの服を買ってから……ギルドに行こうかなって」
「確かにずっときつねさんの服じゃ嫌だもんね!」
「うん、確かにそうなんだけど……なんか傷付く」
「あはっ☆」
時々フィニアちゃんは僕のことが嫌いなんじゃないかって思うほど辛辣な言葉を吐く。悪意が感じられないから全然怒れないんだけど、こう……胸にグサッとくるものがある。ルルちゃんが真似したらどうするんだ、この子の純粋な眼差しで罵倒された日には、興奮しちゃうだろ。間違えた、立ち直れないだろ。
「きつね……?」
「ん? ああ、そういえば僕の名前言ってなかったね。僕のことはきつねって呼んでね」
「きつね……様」
「うん、まぁ好きに呼ぶと良いよ」
さて、見た所ルルちゃんも食べ終わったみたいだし、そろそろ行こうかな。服買いに。ていうか服って何処で買うんだろう? 武器屋で売ってるかな? 売ってないよね流石に。
「ねぇエイラさん、ルルちゃんの服を買いたいんだけど……何処で売ってるかな?」
「服? 私の小さい頃の服なら余ってるからやろうか?」
「え、本当? じゃあ欲しいな」
やった、服代浮いた。
エイラさんが持ってきたのは緑色中心の服で、ルルちゃんにピッタリのサイズだった。試しに着せてみると、明るい茶髪が良く映える。適度におしゃれだし、ルルちゃんの素材が良いからとても可愛い。
素直にそう褒めたら、くすぐったそうにしてた。
「それじゃあ服も手に入ったことだし、ギルドに行こうか」
服を着たルルちゃんから学ランを受け取って、着る。うん、やっぱり学ランが一番しっくりくる。ステータス的に防具とかいらないしね、あって困る物でもないんだろうけど。
そう思いながら宿を出た。
◇ ◇ ◇
宿から少し歩いて、ルルちゃんをギルドの前まで連れて来た。説明していないけど、ルルちゃんは此処が何処だかちゃんと分かってるみたいだ、多分僕とは違ってギルドの看板の文字が読めるんだろう。
あ、そういえば僕って結構嫌われ者だから突っ掛かって来る人もいるんだよなぁ。ルルちゃんに被害が行かないようにちゃんと事前に言っておかないと。
「良いかいルルちゃん」
「?」
「この中には僕より強い人達がいっぱいいる。話しかけてくることもあると思う、そういうときは強気で行かないと駄目だよ? 手をあげてきたら取り敢えず股間を全力で叩くんだ、分かった?」
「はい」
うん、これで大丈夫だろう。
ギルドの扉を開けて、足を踏み入れる。ルルちゃんの手を引いて中に入ると、冒険者達の視線が自然と僕の方へと向けられた。気にせず受付に向かう。
すると、一人の男が立ち塞がってきた。フィニアちゃんがルルちゃんの肩に乗り移ったが、僕は立ち塞がってきた男を見上げた。
見覚えのある顔だ。
「やぁ、この前の言いがかり君じゃないか」
「きつね……前にお前に言われたことを考えて、改めて言おう」
「お前は、冒険者失格だ……かな?」
「ああ」
見下すように言ってくるのは、この前僕に冒険者失格だと言ってきたEランク冒険者の青年。あの時は言い包めたけど、やっぱり納得出来なかったんだろうね。ここはまた言い負かしますか。
と、あれ?
「む……なんだ君は、此処は子供の来る所じゃないぞ?」
何故かルルちゃんが前に出た。どうしたの? なんかいやな予感がするんだけど? え、どうしたの?
「う、うるさい、このたまなし野郎」
ギルド内に、静寂が訪れた。
冒険者達も、受付嬢も、目の前の青年も、ルルちゃんの言葉に唖然となっている。これはどういうことだろうか? ルルちゃんいきなりどうしたの? 確かに強気で行けとは言ったけど、そういうこと?
「な、何を言うんだ! 失礼だぞ!」
青年が我に返り、ルルちゃんの言葉に遅れながら憤慨した。すると、ルルちゃんはキッと目尻を吊り上げると、更にその口を開く。
「し、喋らないでっ! く、臭いっ……!」
「ぐはっ……!?」
ルルちゃん、一体君に何があったんだ。たった数秒でそんなに人の心を抉れるようになったの? 僕が言った強気っていうのはアレだよ、暴言とかをサラッと受け流せるようになるってことで……あ、ルルちゃんの肩に乗ってるフィニアちゃんがにやにや笑ってる。
お 前 の 仕 業 か !
「君……僕にそんな事を言うなど……良いと思っているのか……!」
青年は嫌な汗を拭く為に手を顔にやる。すると、ルルちゃんは何を思ったか小さな拳を振り上げて、
「え、えいっ!」
青年の股間を思いっきり殴った。
「おごっ……おっ! ……おっ……!!」
青年は倒れた。それはもう勢いよく直立のまま倒れた。白眼を向いて股間を抑えている。
痛そう……下腹部がきゅってなったよ、きゅって。周りの冒険者達も股間を抑えて俯いてんじゃん。君達はあの痛みを知らないのか、僕だって小学生の頃クラスの女の子に蹴られた時死ぬかと思ったんだぞ!
「きつね様……や、やりました」
何をだよ。
確かにやっちゃったね。やるじゃなくて殺るだったけど。ルルちゃんの肩の上で笑い転げているフィニアちゃんに心底恐怖を感じたよ。無邪気って怖い。
「う、うん……よくやったね」
「……はいっ」
青年には悪いけど、ルルちゃんに悪気はないんだ。ちょっと純粋で天然なんだ、だから僕の言ったことを真に受けちゃったんだ。これは不幸な事故だったんだよ、うん、悲しい事故だった。許してちょうだい。
倒れた青年の横を通り過ぎて、僕はミアちゃんの下へとやってきた。ミアちゃんはルルちゃんを見ると、営業スマイルで対応してきた。
「こんにちはきつね様、そちらの子は奴隷ですか?」
「うん、ルルちゃんっていうんだ。可愛いでしょ?」
「……そうですね」
なんだか不服そうだけど、まぁいいや。依頼を受けよう、フィニアちゃんがタイミング良く依頼書を持ってきた。内容は薬草の採集、国の外へ出る依頼だ。外だから魔獣が出てくる危険性もあるけど、森に近づくことはないし、フィニアちゃんもいるから大丈夫かな? 達成期限は一週間で、ノルマもそれほど高くない。ついでにルルちゃんのレベルアップも出来るかな? トドメだけ刺してもレベルは上がるしね。
「じゃあこれ、受けます」
「はい、期限は一週間後ですね……っと、それでは頑張ってください」
「うん、それじゃ!」
「いってきまーす!」
ルルちゃんの手を引いて、ギルドを出る。忙しくなってきた。
こらルルちゃん、幾ら地面に倒れてるからって人を踏んづけちゃ駄目だよ。