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最強ちゃん

 Sランク冒険者序列第1位『無双』と呼ばれる橙色の少女、名前は誰も知らない。その理由として、彼女は冒険者登録の時、自身の名前を書類に書かなかったのだ。元々登録書類は、知られたくないことを無理に書く必要はないので、名前を空欄にしておこうが、匿名希望で登録してくれる規定になっている。少女は、その規定に沿って匿名希望で冒険者登録されている。

 また、彼女自身本名を名乗ることがないので、受付嬢も含めて彼女の名前は誰も知らないのだ。ただ、彼女は本名ではないけれど適当な名前を名乗ることはしばしばある。人に名前を聞かれた場合、彼女はタマ、クロ、ミッチ、クマー、トリス、インク、レビィ、キンタロウ、ピ○チュウなど、様々な名前を名乗る。ただ、彼女が名乗る時は偽名だとバレバレな言い方をするので、やはり本名は誰も知らない。


 ではそんな彼女が周囲から何と呼称されているのか。二つ名で『無双』と呼ばれることもあれば、見た目がお子様なので、初見の人間からはお嬢ちゃんと呼ばれることもあるのだが、冒険者の界隈では最もポピュラーな呼び方として、『最強ちゃん』、『無敵ちゃん』といった呼び方があったりする。

 Sランクの頂点を前に『ちゃん』付けで呼ぶなど煽っている様にも取られがちではあるが、彼女は名前や呼ばれ方にそう拘りはないらしく、とある新人冒険者が先輩からの罰ゲームで呼んだ所、別に構わないと言われたらしい。寧ろ、気に入っている節もある様だ。


 但し、彼女は対峙した者は全て取り敢えず1回ぶっ飛ばすらしく、ソレは彼女なりの実力鑑定なのだそうだ。

 ちなみに、桔音は普通に立ち上がって戻って来たけれど、Aランクまでの冒険者であれば……いや、Sランク下位であっても気絶する一撃らしいので、彼女に話し掛ける際は遠くから声を掛けてから近づく必要があるとのこと。


「きちゅ、きちゅね…………噛むんだけど……」

「僕に言われても……呼び辛ければ好きに呼べばいいと思うけど」

「……そう……ふわぁ……」


 そして今、そんな最強ちゃんと桔音とそのパーティは同じテーブルに着いていた。自己紹介は済んでいるのだが、彼女に桔音以外の名前を覚えるつもりはないようだ。フィニア達が自己紹介した時に、彼女は桔音に言った様によろしくとすら言わなかった。ルルは桔音に倣って握手を求めたけれど、最強ちゃんは欠伸をするばかりでその手を取ろうとはしなかった。

 それ故ルルは現在桔音の隣でテーブルに突っ伏し、ずーんと落ち込んでいる。今は、握手を拒否されるという不憫さに見かねて、フィニアとドランがそんなルルを慰めているけれど、効果は薄そうだ。桔音も若干同情を禁じ得ない。


 だが、最強ちゃんは気まぐれなのかそれとも他人に興味がないのか、そんなルルを見ても未だ眠そうに欠伸をするばかりだ。


「Sランクが2人……」

「やべぇよあの構図……」

「誘拐にしか見えない……」

「通報……」

「でゅふふふ……最強たん……はぁはぁ……!」

「あぁん、ご主人様ぁ……さっきみたいに見下して……!」


 周囲の冒険者達は、桔音と最強ちゃんが共にテーブルを挟んでいる構図を見て、喧騒を取り戻していた。最早桔音への恐怖はなく、絶大な影響力と存在感を持つ2人が共に居るという現実に、言葉数を多くするしかないのだ。

 だが、両者にも危ないファンが付いているようだ。変態と痴女が興奮冷めやらぬ状態で身体をくねくねさせている。すると、変態同士視線が合い、数秒の後に固い握手をしていた。


「それで……君は此処に何しに来たんだい? 聞けばSランクの第1位だそうだけど」

「……私、さいきょーだから……新入りに、会いに来た」

 

 桔音は周囲の変態から意識を外し、目の前の最強ちゃんに問いかける。すると、以外にも彼女の目的は新たなSランクという桔音だった。といっても、桔音だけではなく天使メアリーにも会いたかったらしいが、彼女はもうこの国には居ないので実質用があるのは桔音だけだ。

 というか、彼女にとって新入りとはSランク入りの冒険者のことらしい。Aランク以下の冒険者は彼女にとって一般人と大差ないということだろうか。


 最強ちゃんは桔音をその小さな指で指差し、相変わらず眠たそうな瞳で見上げながら、首を小さく傾げて必然的にそうなってしまう上目遣いで言う。そこには少しの喜色の感情があり、口元が軽く微笑み浮かべていた。


「私と……しよ?」


 結果、遠くにいた変態が、鼻血と鼻水、吐血、唾液、汗、涙、血涙、尿等々、身体中のありとあらゆる穴から出せるだけの体液を噴出させて倒れた様だ。


「変態ぃぃ!! 大丈夫!? まだよ、まだ間に合うわ! 救急班! 変態! 共に桃源郷を見ると誓ったじゃない!!」

「ぅ……ぁ……っ、桃源郷(ユートピア)……は―――此処に在り……がくっ」

「変態ぃぃぃぃぃぃぃいいい!!」


 桔音と最強ちゃんは、そっちの騒ぎに一切視線を向けない。ただ、お互いに視線を交差させていた。まぁドラン達はばっちり見ていた様で、全力でドン引きしていた。落ち込んでいたルルが、変態男の醜態に苦虫を噛み潰した様な表情をしている。顔が青褪める程の気持ち悪さだったようだ。

 レイラがそっとルルの眼を両手で覆った。流石のレイラも、アレをルルに見せてはいけないという良心に駆られたらしい。


 ただ桔音は言いたい。お前(レイラ)も人の事言えない位の変態だろうが、と。

 とはいえそんな言葉は飲み込んで、目の前に居る最強ちゃんに返答を返す。テーブルに両肘を付き、両手の指を絡ませながら薄ら笑いを浮かべて、口を開いた。


「やだ」


 遠くにいた痴女が変態の上に変態と同じ様な感じで倒れた。故に、彼女が倒れたことでギルドの救急班が増加した。どうやら、子供が相手でもノーと言える桔音の冷たさに心打たれた様だ。びくんびくんと身体を痙攣させながらも、白目を剥いた彼女の表情はとても幸せそうだ。下敷きになっている変態も痙攣しているので、びちびちと打ち上げられた魚の様だった。


 そして、痴女もぼそりと最後の言葉を発する。


「っ……私にも……見えたわ、桃源郷(ユートピア)……がくっ」


 だが、桔音はそれを無視する。正直、視線を向けたら終わりだと思っているからだ。関わっても碌なことになる気がしない。

 対して、最強ちゃんの方はそんな桔音に唇を尖らせた。Sランク同士の戦いなど、滅多に出来ることではないからだ。今の段階で桔音が彼女に付いて分かっている事があるとすれば、自身が最強であることを自負しているということ。そして同時にソレが彼女にとってのプライドや誇りと同義なのだということでもあるということだけだ。

 故に、新たなSランクである桔音と戦ってそれを証明しようとしているのだろうが、桔音にはソレに応えるだけの利益も無ければ義理も無い。彼は女性の色仕掛けや子供の無垢なお願いには弱いところがあるものの、大事な所でちゃんとノーと言える男である。


 すると、不満気だった最強ちゃんは何か思い付いた様に立ち上がり、不意に桔音の隣――ルルの反対側のスペースに座った。首を傾げる桔音だが、次の彼女の行動で全てを察する。


「むにゅー……」

「……」

「私と……しよ?」

「…………」


 彼女は徐に桔音の腕を取ると、その真っ平らな胸を押しつけて来たのだ。むにゅーとは言うものの、桔音はどうすればいいのかと顔を掌で抑えた。何故こんなことをしたのかはなんとなく察している。色仕掛けに付いて、何処かで聞いたのだろう。ソレが会話の中で教えられたのか、それとも誰かの会話を盗み聞いたのかは知らないが、実践してくるということは恐らく後者。


 これでせめて彼女にグランディールギルドのエース受付嬢、ルーナ並の胸があったのならば桔音も反応しやすかっただろうが、ぺったんすとーんのロリおっぱいだ。彼女の言うむにゅーという効果音が示している様に、無乳はどこまでいっても無乳……桔音には胸の筋肉と肋骨の堅さしか伝わって来なかった。

 だからこそ桔音は悩んでいる。ここからどう切り返せば最強ちゃんを傷付けず、且つやんわりと引き離せるのかを。未だ尚胸をぐいぐいと押し付けてくる最強ちゃんは、桔音の反応が芳しくないということで、疑問符を浮かべながら首を傾げていた。


「……足りない?」


 恐らくはこれだけでは足りないのか? という意味の質問だったのだろうが、桔音は悩んでいる最中だった故に咄嗟に返してしまった。


「あ、うん、胸は足りてないよね。むにゅーっていうか、無乳って感じ、で……」

「……そう」


 桔音はしまった、と思ったが、どうやら最強ちゃんはそれほど気にしていないようで、すぐに離れた。次はどうするかと考えているのだろう、親指の先を軽く咥えて、思案顔を浮かべている。色仕掛けが効かないとなれば、次はどうするつもりだろうと桔音は考える。

 考えて、次は犯罪に触れるかもしれないと思った。最悪、ロリコン容疑で騎士団に投獄という可能性もある。ソレは不味い。


 なので、桔音は仕方ないから此方から条件を提示することにした。これ以上彼女に何かさせたら何が出てくるか分からないのだ。今もギルドカードを出してなにやら何か計算しているようである。次は金を積むつもりなのかもしれない。合理的だが、子供から大金を貰ったらそれはそれで桔音の良心が痛む所である。


「ちょっといい?」

「……何?」

「えーと……今僕はこの国の近くに居る筈の魔族を倒そうと思ってるんだけど、その討伐を手伝ってくれたらその後で戦っても良いよ」


 とはいっても、生死に関わる程の戦いはしないつもりである。彼女の協力があればリーシェを殺した魔族も早めに倒せるであろうし、Sランク第1位との共闘など早々得られる経験ではない。その後に彼女と戦う破目になるとしても、結果的には桔音にとって得になることが多い筈だと考えたのだ。


「……分かった、やる」


 すると、面倒な計算を止めてギルドカードを仕舞った最強ちゃんは、両拳を握ってそう言った。戦闘関係の助力ならば、彼女にとっては専門分野――色仕掛けや金銭交渉などよりもよっぽど分かりやすい。断る理由はなかった。

 桔音はやる気満々の彼女を見て、溜め息を吐く。これは一緒のテーブルに付くよりもさっさと外に出ておいた方が面倒では無かったかもしれないと、今更ながらに後悔しているのだ。


 そんな桔音の肩にドランが手を置き、フィニアがドンマイという感じの引き攣った笑顔を浮かべた。ルルは未だに気持ち悪そうにしており、レイラは最早話に付いて来ていない。


「……で……そこに居るのは、何?」


 と、そこに最強ちゃんが問いかけた。桔音は、彼女が指差す先を見て驚きの表情を浮かべる。何故なら、その指の差す先には――


『ん? 私?』


 ――普通の人には見えない筈の存在、幽霊のノエルが居たのだから。


 桔音は、まさか見えているのかと思いながら問いかける。もしもノエルが見えているとすれば、彼女は幽霊の概念を知っている、つまり異世界人だということになる。となれば、彼女は元の世界に帰る為の手かがりと成り得る存在だということになる。

 先程は此処に残ったことを後悔した桔音ではあるが、本の僅かな希望が生まれたことでその後悔が一気に消え去った。


「……見えてるの?」


 恐る恐る、そう尋ねた。ノエルも興味津々なのか、若干前のめりになった桔音の後ろから最強ちゃんの回答を待った。

 すると、


「んーん……でも、嫌な気配がする……」


 彼女はノエルが見えているわけではなかった。但し、幽霊としてそこに居るという気配は掴んでいるらしく、じっとノエルの方を橙色の瞳で見ている。桔音の期待が、ふっと瓦解していく。Sランクの頂点故の超感覚だったらしい。

 だが、取り敢えず桔音は特に悪いものではないと言って誤魔化した。フィニア達は首を傾げていたけれど、期待が外れた桔音はそれを説明する気分でもない。


 だがとりあえず、約束はしたので早急に動こうと思う。


「じゃ……約束通り、その魔族を倒しに行こう」

「ん」


 立ち上がる桔音に合わせて、最強ちゃんも立ち上がる。

 異世界へと帰る手掛かりかもしれないと期待し、ソレが期待外れであったことに残念と思った桔音ではあったが、それでもリーシェの仇討ちにSランク第1位が協力してくれるというのは僥倖であると考え、気を取り直す。


 ついでだから、彼女から色々と学ばせて貰おうという打算も秘めつつ、行動を開始した。


ステラちゃんのキャラデザがなんとなく出来ました。挿絵として入れときますね!無機質な瞳が表現出来なかったですが、可愛いは正義ということで!

挿絵(By みてみん)

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