殺人鬼に目を付けた、死神
翌日、目を覚ました桔音達。無論、ドランも目を覚ましている。そしてリーシェの遺体に触れて……その死を理解していた。
唇を血が滲む程に噛んで、また失ってしまったのかと表情を俯かせた。これで2度目だ、妻を失い、そして今度は護れる場所に居たにも関わらず仲間を失った。みすみす、死なせてしまった。リーシェの遺体に、宝物を扱う様な感覚で触れ、そしてもう一方の拳を固く握り締める。危機迫る表情には、以前レイラに抱いていた様な……どす黒い復讐心と、憎悪が宿っていた。
桔音はそんなドランの肩に手を置き、自分が復讐をするということを告げる。もう、これ以上は仲間を殺させない。桔音のその宣告は、そんな意志を行動で示すことにしたのだと告げたのと同じだ。
「とりあえず、ギルドへ向かおう……何か、情報があるかもしれない」
「ああ……行く途中で俺が見た相手の情報も話そう」
ドランと桔音、この『死神狐』のパーティ内でたった2人の男が、ガチでキレていた。普段は女性陣の方が力関係的に上位にいるが、こうなっては仕方がなかった。ドランと桔音、本来であれば確実にこのパーティ内で上位の実力を誇る2人が本気でキレたのだ……もう、誰にも止める事は出来ない。
『戦線舞踏』と『きつね』の2人が、仲間を殺した相手に対して、必殺を決めた瞬間だった。
◇ ◇ ◇
「俺が見たのは、身体中を血塗れにした男だった……髪の毛の色も、服の色も、返り血で真っ赤に染まっていたから分からねぇけど……血走った目をしてた。多分、正気じゃねぇ」
「成程……武器は剣であってる?」
「おう、血で錆びまくってたが……剣だ」
ギルドへと向かう最中、桔音はドランに敵の話を聞いていた。リーシェを殺し、意図的にしろそうでないにしろ、桔音達に対して宣戦布告を叩きつけてきた男は、どうやら狂気に囚われた人間らしい。ドランは魔族に対する専門家だ、相手が魔族ではないことは当然見抜いている。
相手はかなりの使い手だったようだ。ドランでも、かなり歯が立たなかったらしい。その挙句、リーシェを殺されてしまったようだが、桔音はそれを責めない。ドランが全力を尽くしてもやられてしまったのだ。その場に居なかった自分が、全力を尽くしてくれたドランに対して責める言葉を吐ける筈も無い。
とはいえ、全身返り血塗れで目の血走った男なんて覚えがない。しかも魔族では無く、人間ときては……全く身に覚えがない。
しかし、それでもその実力は真っ向からドラン達に挑んで一方的に叩き伏せることが出来る程の物。魔王関連ではないということは、確実にAランク以上の実力を持った人間だ。冒険者か……それとも騎士か、はたまた犯罪者か、だが……桔音にもまだ想像は付かない。
そんな話をする桔音とドランが歩いて行くその後ろを、フィニア達が付いてきている。レイラと和解した故か、フィニアはレイラの頭の上に乗っていた。ルルも、レイラの隣を歩いている。全員、今の桔音とドランの傍には居辛いのだろう。
「きつねさん、大丈夫かなぁ……」
「大丈夫だよ♪ リーシェが殺されて怒ってるだけ♡ いつもと何も変わらないよ♪」
「んー……ソレは分かってるんだけど、今のきつねさんはなんとなく怖いよ」
「……まぁ、それは分かるけどね……♪」
背後で、レイラとフィニアが話している。内容は桔音のことで、復讐心に囚われた2人に対してある種の不安を抱いているようだった。桔音がいつも通りの桔音である事は分かっているのだが、それでもいつもと少しだけ違っている桔音が、少しだけ怖かった。
ルルも、2人の会話を聞きながら、内心ではソレに同意している。腰に提げた剣……『白雪』の柄に触れんがら、桔音の背中をじっと見ていた。
「きつね様……」
呟き、ぐっと言葉を飲み込む。家族ならば、間違った道を進んでいる家族を正してやることも絆の在り方……しかし、今の桔音が間違っているのかいないのか、ルルにはそれが分からない。仲間を殺された苦しみを知っているから、それが分からない。
正すべきなのか、それとも背中を押してやるべきなのか、ルルにはそれが分からないけれど……それでも、ルルの今出来ることはたった1つ。
―――桔音の隣で、共に歩いて行くこと。
リーシェが死んで、ルルも悲しい。彼女は、まるで姉の様にルルを気に掛けてくれていたから。きっと、フィニアもそうだろう。恐らく、レイラも。
フィニアは桔音を助けて貰い、且つ仲の良い関係であった。レイラも、心が折れ掛けていた時にリーシェの言葉で前に進む事が出来た。リーシェが死んで、悲しく思っていない者など、このパーティには存在しない。
桔音が復讐に駆られているけれど、ルル達だって出来る事ならリーシェを殺した相手を殺してやりたいと思っているのだ。今落ちついていられるのは、桔音が自分達以上に怒っているからだ。
「着いたね」
「あ……」
桔音の言葉に、視線を桔音の背中からその奥へと移動させる。すると、ルルの視界に冒険者ギルドが入ってきた。中がなにやら騒がしい……桔音とドランが中に入っていくのを見て、ルル達も慌ててギルドの中へと入って行った。
◇
中に入ると、冒険者達の視線が僕の方へと向いた。まぁ最近Sランクになった訳だし、注目を浴びるのは仕方の無い事だろう。
しかし、どうやら僕が注目を浴びているのは僕がSランクになったからではないらしい。何故かというと、冒険者達は依頼書の張られている掲示板の前に集中して集まっていたからだ。怪訝に思って、僕はその集団の中へと割って入る。
すると、掲示板には普段とは違ってうっすらと赤い色の紙で出来た依頼書が1枚、張り出されていた。
「……緊急依頼、だな。魔族や高位の魔獣みたいな国に関わる危機か、早急に解決しなければならない依頼か、だ……普通は国から出される依頼だが……どうやら今回もそうみたいだな」
後ろから、ドランさんが僕にそう説明してくれた。成程、緊急依頼か……以前も緊急依頼でバルドゥルを討伐しに行ったけれど……あの時は依頼書を見ていなかったからね。成程、これが緊急依頼の依頼書か……赤いんだね。
そう思いながら、依頼書を読む。すると、そこには僕の眼を見開かせるだけの内容と、今僕が欲しい情報が書いてあった。
◇緊急依頼◇
依頼者:ルークハイド第3王女アリシア・ルークスハイド
報酬 :白金貨80枚
内容 :グランディール王国からの報せで、Sランク犯罪者にして無差別凶悪殺人鬼であるレイス・ネスが逃亡し、我が国ルークスハイド王国へと入ったと分かった。冒険者諸君には、これを捕獲、もしくは殺害して頂きたい。報酬はレイス・ネスの懸賞金白金貨70枚に少しだけ色を付けた。この国の国民が平和に暮らせるよう、またこれから誰も死なずに済む様に、諸君らの力を借りたい。
また、相手はSランクの犯罪者……実力はおそらくAランク冒険者と同等だと思われる。けして無理はしないで欲しい。諸君らも、今は我が国に住まう大切な家族なのだから。
―――健闘を祈る。
◇
緊急依頼……そしてレイス・ネスの出現。リーシェちゃんの死と、この依頼は見事に繋がった。そうかそうか、あの惨状を作り出したのは……レイスだったかぁ。成程、これは良い報せだ。つまり、レイスを殺してやればいい訳だ。お金にもなるし、リーシェちゃんの敵討ちにもなる……都合が良いじゃないか。
不思議なのはレイスの実力ならドランさん相手に圧勝なんて出来ない筈だということだ。まぁアレから随分と時間は経っているし、その間で強くなったというのならあり得ない話ではないけれど……少しだけおかしいと思うのは否めない。
「……こいつか」
「みたいだね……さて、と」
ドランさんの言葉に、僕は同意し振り向く。すると、多くの冒険者達が僕を見ていた。うん……これは、使えるかな? 邪魔して貰っても困るし、まずは此処で釘を打っておこうかな。
―――『不気味体質』を発動させ、かつ『死神』を発動させた。
僕から、死神の威圧感が発せられ……彼らの中に恐怖を発生させた。ギルド内の空気が一気に氷点下まで下がった様な錯覚を得る。冒険者達が、目を見開いて大きく後退した。受付嬢達に至っては、卒倒して倒れる者も居れば、ガタガタと震えて凍える身体を抱き抱える様にしている者もいる。
――ああ、いや違う。数秒経った今、冒険者達からも卒倒する者が出てきた。恐らくはFランク程の実力者だったのだろう。
まぁ、それならそれで好都合だ。
「聞けよ、仲間達……このレイス・ネスって男、見つけたら僕に知らせろ」
知らせる事は単純明快。
「この男は、僕の獲物だ……横取りしようものなら――」
邪魔は許さないという、警告。
「――死ぬ程の恐怖を与えて、僕が殺してやる」
この男は、僕が殺す。リーシェちゃんの敵討ち、そこにあるのは純粋な殺意……恐らく僕の赤い瞳は、ぎらぎらと煌めいているのだろう。
それで良い。殺意に満ちた、死神の瞳に怯えろ。その恐怖が、僕が『きつね』でありSランクである証明だ。この凶悪殺人鬼、レイス・ネスは死神に魅入られたんだ……最も恐ろしい形で殺してやる。
「分かった?」
僕の言葉に、意識朦朧としている冒険者達は、涙を流しながら全力で首を縦に振った。コクコクと、何度も縦に振った。それが彼らに出来る最大の意志表示であり、気力でこれ以上の恐怖を受けない為の最善策だった。
僕はそれに対して、いつも通りの薄ら笑いを浮かべた後、両スキルを解除する。瞬間、冒険者達はドサッと尻もちを付くようにへたり込んだ。許容範囲以上の恐怖からの解放で、いつもよりも身体が軽くなった気分だろうね。
「それじゃ、僕はこの凶悪犯罪者を殺しに行ってくるよ……一般人を死なせる訳にはいかないからね」
僕は彼らにそう言って、ギルドを出る。緊急依頼は受注する必要はない。張り出された瞬間、冒険者達は全員ソレを受注したことになるからだ。つまり、このままギルドを出てレイスを殺したとしても依頼達成になる。これ以上の被害は出させない……なんて正義の味方めいた事は言わないけれど、早々に彼を殺しておくべきだとは思う。
そもそもリーシェちゃんを殺したのは、あの時彼を見逃していた僕達でもある。まぁそもそもの原因を突き詰めていっても仕方がないけどね。
そう思いながら、外へ出た僕の隣にドランさんが並ぶ。その後ろにはレイラちゃんや、その頭上のフィニアちゃん、『白雪』の柄に触れているルルちゃんが付いてくる。そして、僕の斜め上の空中には幽霊のノエルちゃんが。ずっと黙っているけれど、まぁ僕が話し掛けるな的なオーラを放っていたから空気を読んでくれたのかもしれないね。
「レイス君、君は完全に僕を―――敵に回した」
そう呟き、僕は手に持った『死神の手』で『病神』を発動させ、赤い瞳を煌めかせた。
この時の僕は知らなかったけれど、後にこの騒ぎが原因で――僕に『死神』の二つ名が付いた事は、別の話だ。
二つ名が付きました。