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殺人鬼の再来

 リーシェちゃんが死んで、宿に転がっていた死体の全てを騎士団の人達に預けた後、僕達は別の宿へと移っていた。どうやら現場を残しておくためであるのと、経営者が死んでしまったこともあって、あのままあの宿に泊まっているわけにもいかなくなったからだ。騎士団の人にも出ていってくれと言われたしね。

 一応、ドランさんは新しい部屋に寝かせ、リーシェちゃんの遺体も部屋に寝かせている。瘴気で分解出来れば良かったんだけど、死体になってしまえば細胞が生きていないからそれも出来ない。リーシェちゃんの遺体を騎士団の人に渡さなかったのは、まだ処分されたくはないからだと思う。急な展開だったから、突然リーシェちゃんが死んでしまったことに対して、まだ受け入れる体勢が整っていない。


 だから遺体はまだ傍に置いてある。傷は全部初心渡りで治したから、傍目からするとただ眠っているだけに見える。まだ全然心の整理が付いていないけれど……彼女を殺した相手がいるんだ、落ち込んでいたら犯人に逃げられるし……逃げないつもりなのだとしても、それならそれでぶっ殺してあげないと気が済まない。

 ああ、もしもこれが魔王の指示だとしたら―――放置しておくには値しない。あっちがそのつもりなら、こっちもそれなりの対応をさせて貰おう。仲間を殺されてから動くなんて、行動が遅いにも程があるなぁ本当に。

 リーシェちゃんが死んだのは、魔王を放っておいた僕のせいかもしれないな。本当、どうしようもないや。


 ―――でも、そんなことは置いておこう。まずは、


「リーシェちゃんを殺した奴を……ぶっ殺す」


 復讐の時間だ。勇者失格の時は違う、本当に殺しに行く為の復讐。リーシェちゃんを殺された僕の、ただの憂さ晴らし。憎しみから生まれた殺意で、僕は新たな憎しみを作りに行く……まぁ、魔王なら切り捨てるのかもしれないけどさ。

 レイラちゃんも、フィニアちゃんも、ルルちゃんも、僕の言葉に少しだけ悲しそうな表情を浮かべた。多分、今の僕はとても不細工な顔をしているんだろう……いつもの僕ではない、憎悪と復讐に染まった憤怒の表情―――いつもの薄ら笑いなんて何処にもない、本当に不細工な表情だ。


 悪いとは思う。心配を掛けていると思う……それでも、リーシェちゃんは仲間だった。大切な、仲間で……友達だったんだ。

 最初は、命の恩人。次は友人。その後に仲間になって……背中を預けられる位には、深い絆があった。僕は彼女の苦悩を知っていた。強くなろうとしていた彼女の意思を知っていた。父を越えるという彼女の夢を知っていた。そして、それを内心で強く応援していた。


 そんな彼女が、僕は好きだった。恋愛的な意味じゃない……仲間として、僕は彼女を大切に思っていた。だから悔しい、だから怒っている……犯人を殺してやりたい位に、憎んでいる。


「ごめんね、フィニアちゃん達が辛いなら……復讐は僕だけでやるから」

「……ううん、今のきつねさんを1人には出来ないよ」

「きつね様が行くなら……どこまでも付いて行きます」

「リーシェの仇打ちかぁ♪ 美味しいと良いけど♡」


 でも、そんな僕に彼女達は付いて来てくれるらしい。ノエルちゃんは、何も言わずに背後から僕の頭に顎を乗せた。触れようと意識したら、頭の上に顎の堅い感触を感じられた。彼女も、幽霊でありながら僕に付いて来てくれるようだ。僕との契約上仕方ないのかもしれないけれど。それでも、何も言わずにこうしてくっついてくるってことは、そういうことで良いんだと思う。

 空はまだ暗い。夜もどっぷりと深くなってきた頃だ……こんなに暗い今には、嫌な存在が出てきそうだ。まぁ、それが犯人であればラッキーだけどね。


 リーシェちゃんの眠った様な表情を見ながら、僕は『死神の手(デスサイズ)』を手に取り立ち上がる。発動させるのは、基本的な武器状態……『病神(ドロシー)』だ。


『きつねちゃん、どうするの?』

「犯人は剣を使ってたし、リーシェちゃんの身体に突き立てたまま去っていたということは、別に本命の武器があるんだと思う。それに、あの場所から逃げたってわけでもないと思う……ドランさんの剣には血が付いていなかったから、向こうは多分無傷だろうからね」

「なるほどー……でも、犯人の手掛かりがないと探すに探せないよ?」

「そこはドランさんが起きたら聞けばいい」


 まだ眠っているドランさんだけど、不意を衝かれたにしろ正面から負けたにしろ、彼は犯人に負けている。ならば、犯人の顔を見た筈だ。顔を隠していた所で、背丈や格好からちょっとした手掛かりを手に入れることも出来る。なんにしても、少なからず情報が得られる筈だ。

 ヴィルヘルムの仕業なら僕達も顔を知っているけれど、この状況と今までのヴィルヘルムのやり口は合致しないからね。


「とりあえず、今日の所は一旦休もう……ドランさんが起きるのを待たないといけないし、僕も少し頭を冷やしたいし、ね」


 まぁ、犯人が殺したい程憎いとはいえ、今は少しだけ休もう。気持ちが沈んでいる今は、何をしても失敗する気しかしないからね。ヴィルヘルムとの一件でちょっと疲れたし、気持ちを整理する必要もある。


 一晩ゆっくり眠って、動くのはそれからだ。僕の言葉に、全員が頷き……ベッドが4つあるこの大部屋で、残った2つのベットを使い、僕達は眠りについた。



 ◇ ◇ ◇



 桔音達が眠りに付いた頃―――ルークスハイド王国の外れにある小屋の中に、血を浴びた様な姿をした男がいた。手に握られた剣は血で錆付いているが、それでも尚その上から何人も斬り刻んだ様に血に濡れていた。

 べろぉ、と長い舌を出して血を舐める。彼は恍惚とした表情を浮かべながら、血走った瞳で狂気に染まった笑い声をあげる。完全に精神がイってしまっているのが分かる位、彼は狂っていた。剣を握り締めながら、小屋の中に転がっている廃材に剣を叩き付け、くひひと笑い続ける。


 身体中に浴びた返り血が、彼の動きに合わせて地面を赤黒く染めていく。ぱたた、と血の雫が飛び散っていく。傍目から見れば、近寄ることすらも憚られる様子で、仮に近づけば殺されてしまうだろう事が分かる。


「キヒッ☆ きふひひひひはははははぁ……!! 血、チ、血血血、いーねぇ……! 最っ高ォ……キハハ!!」


 彼は笑う、笑う。くるくると血を振り乱しながら、剣を片手に笑い続ける。瞳に宿った狂気と、ドロドロに血に塗れた姿、それを喜んでいる精神、明らかに異常な存在であった。


「と・く・に☆ さっきィの女は最高だったなァ……! 死ぬ直前にあーんなカオが出来る人間がいるんだなァ……キフフヒヒヒハハハハァ……!! あーあぁ……何処に居るんだあのアマァ……! キフヒヒッ……! 早くあの白い肌を斬り裂いて……内臓ぐちゃぐちゃに掻き回して……その喉からカーワイイ悲鳴を聞かせてくれよォ……肉は喰って、血は飲み干し、内臓は嬲る様に食べて、骨はしゃぶり尽くしてやるからさァ……!」


 男はある女を探していた。殺す為に探していた。女にあらゆる恥辱と屈辱を与え、傷付け、悲鳴を上げさせ、絶望の表情のまま死体に変えてやる為に。髪を引き千切り、皮を剥がし、肉を引き裂き、脳味噌を啜り、眼球を噛み潰し、喉笛を噛み千切り、舌を吸い上げ、肺に穴を開け、胃をぶちまけ、腸を斬り刻み、子宮を食べ、心臓を舐め、残った手足には愛でるように頬ずりをし、身体の隅々まで狂気的に愛しながら喰らい尽くす為に。

 その女の全てを味わいたかった。食人性癖がある訳ではない……彼はどこまでも人間を殺し、嬲る快感に囚われているのだ。死んだ後も、死体を凌辱し、死者をも貶める。それが彼の快感となるのだ。


「キヒヒフフヒ……! キャハ! キャハァ! ッハハハハハハ!!」


 男は、笑い続ける。何処かで外れてしまった頭の歯車は、今現在も空回りして、何かを壊して行く。脳内にアドレナリンがドバドバと溢れ出し、血を振り乱す男は快感に酔い痴れる。



 ◇ ◇ ◇



 その同時刻、ルークスハイド城内……アリシア・ルークスハイドは他国から寄せられた一報に頭を悩ませていた。桔音達が捜索隊によって見つかり、アイリスも帰って来たということで、少しだけ安心していたのだが……その一報がアリシアに更なる悩みを与えていたのだ。

 それは、グランディール王国からの報せ。その内容は―――


『Sランク犯罪者……レイス・ネスの逃亡』


 オルバ公爵が殺された際、レイスは逃亡したのだが――重傷を負ったこともあって直ぐに捕らえられた。しかし、そのレイスが逃げ出したのだ。そしてその逃亡先が、ルークスハイド王国。

 彼は投獄された後、良く狂った笑いをあげるようになった。人を殺したい、殺したいと毎日の様に呟き、そして最後にはどうやったのか知らないが牢屋を破壊した。破壊して、他の囚人を全て殺した。殺して殺して殺して殺して殺して、そして全員肉体の何処かを喰われていた。


 看守は言う、魔族の様な男になってしまった……奴を閉じ込めることで、私達は狂人を狂鬼へと変えてしまったのだと。


「……これは、不味いな……」


 アリシアは歯噛みして、ガシガシと頭を掻いた。Sランクの犯罪者であり、レイスの様な無差別殺人を行う相手ともなれば、ますますこの国の人々に危険が及ぶ。いや、もう及んでいるのかもしれない。恐ろしいと思う反面で、アリシアは直ぐに対策を練る。天才の頭脳が、フル回転して対策を考える。

 そして、思い付いたのは―――


「……まずは騎士団にレイスの捜索、及び拘束、もしくは殺害を命じ……冒険者達にも勅令で同じ内容の緊急依頼を出そう」


 まずはまともな手段。騎士団達や冒険者達によってレイスを拘束、殺害しない以上、この国に危害が及ぶ。どうすればいいかの対策なんて、レイスの危険度からして考えてはいられない。拘束が無理なのであれば、殺害もいた仕方の無いことだ。


 そして、アリシアは少しだけ苦しげな表情を浮かべた後、続いてこうつぶやいた。


「……また、きつねに頼ることになる、かな……」


 アリシアの知る中で、最も強い冒険者……それが桔音だった。最近ではSランクになったとも聞いている。ならば、レイスにも対応出来るかもしれないと考えたのだ。


 桔音に、また新たな災難が近づいていた。


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