寧ろこれが始まりで
作者の新たな計画が始動しました(笑)
あ、胸糞展開お気をつけくださーい。
空も暗くなって来た頃、僕達はアリシアちゃん達の編成した捜索隊によって発見され、そしてなんの障害も無く普通に森を出ることが出来た。今は目の前に見えているルークスハイド王国へ、捜索隊と共に歩いている所だ。久々に外に出て疲れたアイリスちゃんと、まだ幼い身体故に夜更かしが出来ないルルちゃんは、捜索隊が持ってきた馬車の中で眠っており、兵士達と共に僕はその馬車を護衛しながら歩いている所だ。レイラちゃんは馬車の上に乗っていて、フィニアちゃんは僕の肩の上だ。
『死神の手』は『瘴気操作』を付与させ続けているから、未だに状態は漆黒の刃で形成された薙刀、『病神』のままだ。いざとなれば軽く振るだけで攻撃が可能だから、この状態を保つだけで臨戦態勢は整っている。
もっと言えば、この状態のまま『瘴気索敵』を広げておけば、危険はほぼ回避出来る状態であるともいえる。
とまぁ、ヴィルヘルムがどんな理由であの空間から脱出させることにしたのかは分からないけれど、僕達はどうやらあの空間から脱出する事が出来た今であっても、未だ警戒は解けない。
ところで、捜索隊の人にリーシェちゃん達について聞いてみたんだけど……どうやら僕達のことをアリシアちゃんに教えた後、直ぐに帰ったらしい。捜索隊が編成された後、宿や冒険者ギルドへ呼びにいったらしいのだけど、いなかったようだ。
少しだけ、気になるね。
『ねぇねぇきつねちゃん、さっきから魔獣が1匹も現れないけど、この辺にはいないのかな?』
「んー……さっきから魔獣が僕達を避けるように動いてるんだよねー」
「そうなの? きつねさん」
おっと、ノエルちゃんの問いに普通に返したら、ノエルちゃんを知覚出来ないフィニアちゃんに話し掛けた形になっちゃった。まぁ、会話は続くからいいか。
言葉の通り、先程から僕達の周囲にいる魔獣達が自然な流れで僕達を避けるように動いている。特に僕達を恐れている訳でも無く、ただなんとなく動いた結果そうなっているような気配だ。コレはヴィルヘルムの仕業なのか……それとも偶然なのか、どうなんだろう?
偶然だとしたら、中々今日はツいている。まぁ、幽霊も憑いているけどね。
「まぁ来ないだけ良いけどね」
「まぁねー、今日は疲れたもんね」
『ふひひっ……♪』
とりあえず危険がないに越したことはない。そう思いながら僕は馬車の横で歩き続ける。リーシェちゃん達は大丈夫だろうか? ヴィルヘルムが僕達を襲ってきた以上、魔王から僕についての話を聞いていてもおかしくはない。すると、僕だけじゃなくリーシェちゃんやドランさんの話が出ていてもおかしくはないだろう。なんせ、魔王と戦った時にリーシェちゃんもドランさんも居たからね。
そうなると……あの2人も狙われている可能性が高い。送り込まれたのがヴィルヘルムだけでない可能性は少なくはないからね。
それに、なんとなく嫌な予感がするんだよなぁ……胸騒ぎがする。
『着いたー』
少しだけ思考に集中していた所で、ノエルちゃんの声が聞こえて来た。前を見ると、そこにはルークスハイド王国への入り口の門が聳え立っていた。どうやら気が付かない内に此処まで歩いて来ていたらしい。まぁ、もう目の前に見えていた訳だし、辿り着くのは直ぐだよね。
兵士達に軽く頭を下げてから門を潜り、眠っているルルちゃんを馬車から抱き抱え、宿へと戻るべく踵を返した。レイラちゃんも馬車から下りて付いてくる。抱き付いてくる。
うっとおしいと思いながらも、振り払う事はしなかった。今日はレイラちゃんも頑張ってくれたからね。これ位の御褒美があっても、良いだろう。
◇
それから少し、宿に向かって歩いていた。歩くごとに、僕は胸の内に湧き上がる不安感を怪訝に思っていた。なんなんだろうか、この感覚……横を見れば、レイラちゃんが何だか不思議そうな表情をしていた。多分、レイラちゃんも同じ感覚を感じているんだと思う。
募る不安とは裏腹に、宿へ向かう足が逸る。気が付けば、早歩きで宿へと向かっていた。
そして、曲がり角を曲がり―――宿が視界に入った瞬間だ。
「ん―――血の匂い……?」
僕の背中に背負われていたルルちゃんが、ふと眼を覚ました。血の匂いを、嗅ぎ取って。
ルルちゃんの言葉に、僕は宿の方に目を凝らして見る。暗いけれど、この左眼は夜目が利くから多少視界も良好だ。
見ると、宿の入り口に赤黒い色があった。幽霊屋敷の地下で見たような、赤い色……血の、色だ。
「!」
その瞬間、僕とレイラちゃんが同時に地面を蹴った。ルルちゃんとフィニアちゃんは僕の肩と背にいるから一緒に付いて来ている。ノエルちゃんも、契約の結果自然と付いてくる。レイラちゃんは僕よりも速いから、先に宿に辿り着くのはレイラちゃんの方だ。
そして宿の中を見て、レイラちゃんが驚きの表情を浮かべたのが見えた。僕も直ぐに追い付いて、宿の中を見る。
すると―――
「これ、は……!?」
―――そこには、血に染まった食堂があった。そして、そこに転がっているのは……その血を内包していた筈の人間。この宿に泊まっていた筈の人間達、それと宿を経営していた女将さんや料理人の死体だった。
そしてその中には、胸を剣で貫かれたリーシェちゃんと、血溜まりに沈むドランさんが居た。顔は見えないが、2人共ピクリとも動かない。まるで、死んでしまったかのように……死んでいる?
「ッ!」
そう思った瞬間に、僕はすぐさま2人に近づいた。ドランさんは……まだ息があった。直ぐに『初心渡り』を使って無傷の状態に戻す。
そしてリーシェちゃんは―――完全に、死んでいた。
瞳は虚ろで、息はなく、心臓の音も、脈の鼓動も、何も感じられない……ただの死体と化していた。信じられず、僕は『初心渡り』を使う。リーシェちゃんの身体の傷が元に戻り、無傷の状態になった。しかし、止まった命は止まったまま……戻る事はない。動いてはくれない。
剣が突き刺さったままだからだろうか? ああ、そうだ……剣が刺さったままだから致命傷が治っていないんだ。
そう思って僕は剣をずるりと引き抜き、再度『初心渡り』を使う。胸の傷が塞がった……でも、彼女の死は、覆らない。
「なんで? おかしいなぁ……リーシェちゃん、なんで死んでるの?」
自分でもゾッとするほど、僕はいつも通りのトーンでそう言った。
リーシェちゃんが死んでいる。リーシェちゃんが死んでいる。リーシェちゃんが死んでいる。何故? 何故? なんで? 分からない。
―――ド う い ウ こ と ダ ?
心が、ざわつく何かを捉えた。どこかで感じた事のある感覚……ああ、確かレイラちゃんの心が壊された時や、ルルちゃんが死に掛けた時……こんな感覚に陥った。
でも、今はなんだろう? あの時以上の黒々とした感情が溢れ出てくる。思考が纏まらない。何だ? これは、なんだ? リーシェちゃんは、死体だったか? 生きていた筈だ。
「きつねさん! しっかりして!」
「ッ……フィニアちゃん? ……リーシェちゃんが、死んでるんだよ」
「っ……まずは、この状況を作った原因を探さなきゃ……!」
リーシェちゃんの死体に触れながら、僕はフィニアちゃんに言う。すると、フィニアちゃんは感情を押し殺す様な表情を浮かべた後、そう言った。僕は胸の中でぐちゃぐちゃと掻き回される様な感覚を堪えながら、フィニアちゃんの言葉に苛立ちを覚えた。ああもう、リーシェちゃんが死んでいるのが受け止めきれない……その苛立ちがフィニアちゃんに向きそうで、自分で自分が嫌になる。
大きく深呼吸し……原因を探す為に思考を働かせる。
この食堂の様子からして、戦闘が起こったのはまず間違いない。そして、ドランさんは正面から戦って負けたんだ。つまり、Bランク以上の敵がいたということになる。仮にドランさん達を狙ってきた奴だとすれば、宿に泊まっていた人達は巻き添えを喰ったんだろう。
そして、リーシェちゃんはワイバーンとの一戦で武器を失っている。だからまともに戦うことが出来なかった……だから、殺された。
「……ああもうっ! 畜生!!」
「きつね君……」
現状確認をして、余計に苛立ちが増した。レイラちゃんが、僕のことを心配そうに見ている。レイラちゃんに苛立ちをぶつけそうになるけれど、ぐっと抑えた。此処で彼女に苛立ちをぶつけても意味はない。
リーシェちゃんを殺した相手がいるのなら……この感情をぶつけるのはソイツだ。
それに、レイラちゃんはそもそも僕やフィニアちゃん以外にそれほど仲間意識を持っていないから、リーシェちゃんが死んでいても僕ほどショックではないのかもしれない。まず魔族だしね……それを責めても仕方ない。
『……きつねちゃん、大丈夫?』
「きつね様……」
「…………すー……はー……うん、大丈夫じゃないけど……思考は落ちついた」
ノエルちゃんとルルちゃんが僕に心配そうな声を掛けてくる。気付けば、フィニアちゃん達全員が僕を心配していた。皆に心配を掛けている事に比べれば……今無様に喚き立てる事はせず、思考を落ちつかせた。
「……とりあえず、この部屋の惨状をどうにかしよう。レイラちゃん、ドランさんは僕の部屋に寝かせておいて……ああ、そうだね……リーシェちゃんも……一応僕の部屋に運んでおいてくれる?」
「……うん♪ 分かった♡」
僕の指示に、レイラちゃんはいつも通りの口調で了承してくれた。いつも通りに振る舞うことで、少しでも元気付けようとしてくれたんだろう。ありがたいことだ。
「ルルちゃんとフィニアちゃんは、女将さん達の死体を集めて。『初心渡り』でせめて身体を綺麗にする……後は、国の騎士達に任せよう」
「分かった……きつねさんは休んでて」
「私達がやりますから……」
「いや……大丈夫、僕も手伝うよ」
そして、フィニアちゃんとルルちゃんも僕を気遣ってくれた。フィニアちゃんとルルちゃんだって、リーシェちゃんの死を悲しいと思っている筈だ。だからこそ、僕だけ休んでいるなんて出来ない。
立ち上がり、手近に転がっている死体から『初心渡り』を掛けていく。やはり身体の傷が治るばかりで、息を吹き返す事はない。その事実が、やはり辛い。
2人目の死体に触れる自分の手に、熱い透明な雫が落ちていく。視界が歪み、頬を落ちた雫の正体である涙が伝った。ぽろぽろと零れていく涙が、止まらない。不思議だけれど、嗚咽も出なければ、泣き声も出ない。表情が崩れる訳でも無く、ただただ……涙だけが零れて行った。
ああ……此処にフィニアちゃんやルルちゃん、レイラちゃん、ノエルちゃんがいなければ、潰れていたかもしれない。本当に、頼もしい……今だけはこの支えてくれる頼もしい4人の仲間達に、寄り掛からせて貰おうか。
「あーあ……勝手に死んでんじゃないよ、リーシェちゃんのばーか……」
零れる涙をフィニアちゃん達から隠すようにして、僕はそう強がった。
ヴィルヘルムから逃れたと思いきや……突然のリーシェの死、桔音はこの事態に涙しーーー