第2王女の力
アイリスちゃんとルルちゃんは、どうやらなんとなく歩いていて、迷って、偶然僕達の下へとやってきたらしい。ということは、この場所は夢の世界ではなく、区切られた空間が特異な性質に変質してしまっているということなのだろう。
といっても、外からの介入が可能だということは吉報ではあるね。まぁ中から出られない以上状況は変わらないけどね。どうしたものかなぁ……とはいえ、ルルちゃんの話ではこの場所はルークスハイド王国からそれほど離れてはいないらしい。寧ろかなり近い場所にある様で、此処はルークスハイド王国の外にある森の中だということになる。
どうしようかなぁ……この空間は多分スキルによるものなんだろうけど……僕は凪君みたいにスキル封じのスキルを持ってはいないからねぇ……今ではちょっとあのスキルが羨ましい。
『きつねちゃん、どうするの?』
「取り敢えず、各々何か手があれば言ってってくれる?」
僕がそう言うも、やはり皆手はない様だ。アイリスちゃんに至っては挙動不審に大量のお菓子を両手に抱えている。多分状況が分かっていないんだろう。
とはいえ、この場にアイリスちゃんがいるということはアリシアちゃん達もいずれ動く筈だ。リーシェちゃんとドランさんもいるだろうし、あの辺りが協力関係になってくれれば万々歳かな? どうなるかは分からないけれど、ともかくヴィルヘルムをどうにかしてくれないとどうにもならない。
一応手はある。『鬼神』を使えば多分なんとか出来るだろう。アレは脳の使用率を100%にするから、第六感も含めた感覚が超人的に向上する。それを利用してこの空間の弱点か何かを探し、その上で黒い棒に『鬼神』と『城塞殺し』を付与……その弱点部分を全力で破壊する。
でもそうすると後々ヴィルヘルムと戦う破目になった時に動けなくなる可能性が高い。このスキルはその名の通りリスキーなスキルだからねぇ…………本当に最後の手段にしたい。
「んー……まぁいいや、分からないことを考えても結果は出ないし……この棒の名前でも考えよっかな」
『現実逃避感満載だねー……ふひひっ♪』
「幾らなんでもソレはないと思うなっ!」
「きつね様……その、真面目にやりましょう……?」
「きつね君、私きつね君成分が足りないんだけど♪ 食べて良い?」
「?」
僕の言葉に、状況が分かってないアイリスちゃんを除いた全員から非難を浴びた。ルルちゃんに窘められた、だと……!? なんか僕この中で超アウェーな気がしてきた。
良いよ良いよ、それなら僕1人で名前を考えるから…………うん、取り敢えずこの棒の名前はスキル付与で最初に死神の鎌っぽくなったから、それに因んで―――
―――『死神の手』
でいこう。鎌じゃなくて手にしたのは、多分スキルによって形状は変化するだろうからだ。多分『不気味体質』があると鎌になるだろうけど、他の武器だと槍とか、あるいは薙刀、あるいはハルバードなんかにもなるかもしれないね。『城塞殺し』を付けたら本気で巨大な刃が付きそうで怖いけど。
名前も決まった所で、僕は棒をくるりと回して肩に担ぐ。とりあえずこの棒を使いこなす為に、瘴気の操作練習も兼ねて『瘴気操作』を付与してみた。すると、棒の先端に瘴気の刃が現れる……これは薙刀だね、僕の名字も薙刀だから、案外相性良いかもしれない。
軽く振ってみる。すると、刃が通り抜けた箇所に瘴気の刃が形成され、振った勢いと同程度の速度で飛んで行った。ノエルちゃんの身体を通り抜けて、その向こうの木々に当たり、2、3本斬り倒す。
これは……今まで出来なかった瘴気の刃を一定以上の速度で飛ばす事が可能ってことか! コレは便利だ。しかもこのおかげで遠距離攻撃が可能と来てる。戦闘の幅が大きく広がるね。
「きつねさん、ソレ何?」
「うん、この棒に『瘴気操作』を付与したら出来た。効果の詳細は分からないけれど、結構便利みたい」
「ふーん……面白いね! さっきは鎌だったのに、今は薙刀なんだ?」
「形はスキルで変わるみたいだよ」
フィニアちゃんが棒をじろじろと見ている中で、僕はふと周囲を見渡す。先程から変わらない光景ではあるけれど……なんだかちょっと威圧的な気配を感じる。なんていうんだろうか? 薄い壁を隔てた向こう側に、時限爆弾がある様な感覚と言えば分かるだろうか?
少し、恐ろしい気配だ。何十kmも先から感じる様な強大な気配……コレは多分、魔王にすら匹敵する……いや、それ以上かもしれない……どういうことだ?
「きつねさん、どうかしましたか?」
「ん……? ああ、アイリスちゃん……いや、別に何も無いよ」
アイリスちゃんが僕に首を傾げて問いかけて来たけれど、余計な不安を煽ることも無い。どうやらこの強大な気配はただ強大なだけで、こちらに敵意や害意を持っている訳ではないようだし、言うべきことでもないだろう。
でもまぁとりあえず……少しだけ警戒はしておくべきだろう。瘴気の薙刀―――瘴気と棒の混成スキルの名前は、ひとまず『死神』と同じ響きってことで、
―――『病神』
それを肩に担いで、僕はその場に座り込んだ。
◇ ◇ ◇
一方その頃、ヴィルヘルムはというと……アイリスを殺すべく行動を開始しようとしていた、のだが―――現在全力で逃走中だった。
何から、と問われると桔音が感じていた強大な気配の持ち主からだ。その正体は、なんとSランク魔獣である『龍』である。
その名は、夢幻龍ミラ。
現実世界に存在しない、夢と幻の世界に存在するドラゴンだ。普通ならば生きている人間は勿論、魔族であっても会う事の出来ない存在である。ヴィルヘルムを除いて、だが。
此処で言うと、ヴィルヘルムの種族は『夢の魔族』……肉体を持たず、思念体で夢幻龍ミラと同じ夢幻の世界に生きている魔族である。彼女だけはミラと出会う事が出来るのだが……実際に遭遇出来る程夢幻の世界は狭くない。寧ろ、現実世界よりも広大な場所なのだから、遭遇する可能性としては人生に1度あるかどうかという位である。
それでも、夢幻龍ミラと遭遇してしまった。
ヴィルヘルムは、思念体である故に物理攻撃が効かない……しかし、夢幻龍ミラはSランクの魔獣であり……ヴィルヘルムよりも遥かに強い。その上で、思念体のヴィルヘルムにも攻撃する事が出来る存在だ。お互いに夢と幻を司る存在同士、そんな2つの存在が対峙すれば、勝敗を分けるのは素直に地力の差である。
Sランクのドラゴンは全て、魔王に匹敵、もしくはそれ以上の実力を持っている。ヴィルヘルムには勝ち目が無い。
「んで……! なんで今あんな化け物が……!」
思念体の身体で、必死に逃げる。夢幻の存在にとって、夢幻の存在というのは極上の餌でもある……食せば自分の能力値を大幅に向上させる事が出来るからだ。
つまり、ヴィルヘルムはミラに餌として捕捉された訳だ。ミラはヴィルヘルムを完全に喰らうつもりで追い掛けて来ている。
「キュィァアアアアアアアア!!!」
「もう! なんでこんなタイミングで!」
追い掛けてくるミラ……本当に天文学的な確率で襲ってきたこの展開、桔音達にとっては幸運と言えるのだろう。そう、本当に本当に、『幸運』だ。
そこで、ヴィルヘルムは思い当たる……もしかして、もしかしてもしかしてもしかして――――!!
「これが、あの娘の力だとでもいうの……!?」
アイリス・ルークスハイドの持っている、絶大且つ強力且つ最強の一角を担うであろう規格外の力。それは、世界を味方に付けた力とも言えるだろう。神に愛された、とも言える。この世界で恐らく最も事故や障害から遠い存在になれる力、彼女自身は気付くことが出来ず、また周囲の人間もそれを特別な力だと認識する事は出来ない。ただ、厳然とした事実として発動する力。
そう、彼女は選ばれる存在。彼女の都合の良い様に、彼女が幸せだと思う方向に、あらゆる弊害を無視して選ばれてしまう存在。その力の根源は―――
「『幸運』を味方に付ける、なんて……!」
―――運を、味方に付ける力。
幸運にも、桔音と友人になることが出来た。
幸運にも、桔音に趣味を明かしても引かれなかった。
幸運にも、街を歩いていると人々が詰め寄って来なかった。
幸運にも、国民達から色々な物を貰った。
幸運にも、森で迷っているとルルに出逢えた。
幸運にも、ルルと歩いていたら探していた桔音に会う事が出来た。
幸運にも、閉じ込められた空間の創造者であるヴィルヘルムに、危機が訪れた。
幸運、幸運、幸運、彼女はとんでもなく幸運だ。運が良くて、御都合主義で、彼女に本当の不幸は訪れない。それが彼女が持っている、アリシアもオリヴィアも持っていない先天性の固有スキル―――『幸福王女』だ。
「こんなの……反則よ、反則! ずるいでしょう……!!」
「キュルルァァァァアアア!!」
追い掛け回されるヴィルヘルム。速度で言えば、能力的にもミラの方が速い。直ぐに追い付かれてしまった。ミラはヴィルヘルムに向かって大きな口を開き、そして一息に喰らう。その速度は一瞬……ヴィルヘルムの左腕が喰われてしまった。物理が効かないと言っても、コレは思念そのものを喰らうミラの攻撃なのだ、その左腕は再生しない。
「ッ……!?」
痛みはない。思念体に痛みは存在しない……だが、左腕を失ったという事実が、ヴィルヘルムに確かな恐怖を与える。思念体故に敵は殆ど居なかったヴィルヘルム……身体の欠損という事実は思った以上に恐ろしかった。
―――どうする、どうする、どうする!!
ヴィルヘルムは左腕を失って尚逃げる。しかし、既に追い付かれてしまっているのだ……夢幻龍ミラは、その力の一端を見せる。夢幻の世界は夢の世界……ある一定以上の格を持った存在であれば、想像した通りの現象を引き起こすことが出来る。当然、ミラもソレが出来る……その力を使って、ミラは一瞬でヴィルヘルムの真正面に移動した。移動座標の入れ替え現象を引き起こしたと言っても過言ではない。
そして、
「あ」
ヴィルヘルムのそんな乾いた悲鳴と同時に、彼女はミラの大きな口の中へと吸い込まれていった。
アイリスの力は幸運を味方に付けること……ヴィルヘルムはその力の前に、人知れずやられてしまった―――……