王女と獣人
フィニアちゃんとレイラちゃんの和解、そして僕とフィニアちゃんの絆が更に深まった所で、僕達は少しだけ困った状況に陥っていた。自分達の居る場所が何処なのか分からなくなっているのだ。城から出てから少し歩いた所で気を失い、そこから連れて来られた場所なのだろうけど……何処に居るのか分からないというのは今いる場所が何処なのか、ということではなく、歩けど歩けど最初の場所へ戻ってきてしまうんだよね。
壊れた小屋、広がる森林、試しに瘴気の足場に乗って上空へと飛んでみたけれど、気が付いたら目の前に地面が現れる、なんて始末だ。どうやらこの場所は、かなり特殊な場所らしい。まるで迷路の様に迷わせ、この場所を去ろうとするものを阻む、双六でいうところの『スタートに戻るマス』を踏み続けさせられる様な場所。
僕が恐怖の大鎌で殺したあの魔族……藍色の髪に紫色の瞳をした巨乳の魔族、名前はヴィルヘルム。名前は、宿で出会ったヴィルヘルムさんと容姿が同一だったから分かった。多分あの時から接触が始まっていたということなのだろう。もしかしたら、あの時の握手から何かされていたのかもしれない。
そして、恐らく此処は彼女の術中―――つまり、ヴィルヘルムは死んでいない。
僕がしおりちゃんの夢の中に閉じ込められたように、此処でこうしている僕達も、死んだ彼女も、きっと夢であり、幻なんだろう。フィニアちゃん達だけは夢ではないだろうけれど、僕達は誰かの夢に放り込まれたんだ。
ならば、しおりちゃんの夢の中に放り込まれた事も幻なのかもしれない。僕にとって都合の良い形で体現された夢現……恐ろしいな、認識を此処まで狂わせる事が出来る幻の使い手……どれが幻で、どれが真実なのかが分からない程の高質な出来だ。
「……不味いな」
そもそも、今こうして存在している僕が本物なのかも分からない。もしかしたら僕の本体は眠っているのかもしれないし、此処までの全てが夢だったのかもしれない。棒の使い方も、もしかしたら僕が考えただけの幻かもしれない。
全てが幻に見えて、全てが現実に見える。そして、それを破る方法がない……畜生め、嫌らしい魔族を送りこんでくるじゃないか魔王。
「どうするの? きつね君♪」
「んー、正直手の打ち様がない……ヴィルヘルム本体が出て来てくれれば良いんだろうけれど……あの死体を見る限り絶対出て来てくれないだろうし」
『ふーん……でも、私が居るってことはきつね君は本物って考えても良いんじゃないかな? 私と契約で繋がっているのはきつね君の身体なんだし、もしも今のきつね君が夢の中の精神体であるのなら私は此処に居ないと思うんだよねー』
ん? ……確かにそうだ、ノエルちゃんが居るってことは此処に居る僕は本物って証拠になるじゃないか。僕が精神体だとしたら、ノエルちゃんは僕の夢の中に入って来たってことになる。流石のヴィルヘルムも幽霊であるノエルちゃんを夢の中に取り込む事は出来ない筈だ。夢を見るのは人間の脳のメカニズムによるものだし、肉体を持たないノエルちゃんは夢を見るどころか眠ることもない。
なら、僕だけは本物だと言える。すると……ヴィルヘルムの能力は肉体を持った存在を誰かの夢の中に、肉体ごと取り込む事が出来るってことになる。精神体ではないという矛盾をどうにか解決してしまうスキルを持っているんだろう。
んー、そこをどうにか利用出来ないかな? フィニアちゃん達が精神体だとしても、僕だけは肉体を持っているんだ……つまりこの中で最も本来の実力を示すことが出来るという訳だ。
「っ……はぁ……どうするかな……ともかく、僕達だけの力じゃどうにも出来なさそうだ……せめて、外からのアプローチか何かがあれば良いんだけど」
リーシェちゃんやルルちゃん、そしてドランさん……僕達の仲間はまだ外に3人いる。それに、希望を持つなら……城に行くと言っておいたんだし、アリシアちゃん達が何か手を打ってくれることを願っておくかな。
とはいえ、リーシェちゃん達の手札じゃヴィルヘルム本体を探しだして叩くくらいしか出来ない。それかこの空間が夢の中ではなく、ただ迷わせるだけの空間ならこの場所にやってきてくれるか、だ。ルルちゃんの五感を利用すれば、手かがりさえ掴めたのなら僕達の下へとやって来れることもあるのかもしれないけど、期待は出来ない。
「とりあえず……今は状況を打破する方法を模索するしかないね」
◇ ◇ ◇
一方その頃、桔音達を捜索している人物―――第2王女、アイリス・ルークスハイドはというと、こそこそと城下町に降りて来ていた。アリシアに確認した所、桔音は来ていないということで、第2王女自ら城下町に降りて捜索に来たのだ。
普段の割烹着を脱いで、且つ4代目勇者が作り当時大流行した猫耳帽子―――この世界では『獣人帽』らしいが、黒い猫耳帽子を被っている。どうやら変装のつもりらしい。実はこの第2王女、国民から広く顔を知られている。というのも、たった1回しか国民の前に顔を出したことがないにも関わらず、後々国王の意向で雇われた画家によって描かれた似顔絵を、オリヴィアが妹自慢で公開しまくったからだ。
故に外に出れば顔を見られると直ぐにバレる。バレると、大量の国民が押し寄せてくる。人見知りな彼女からすれば、卒倒モノだ。過去に1度ソレに遭ったので、少しトラウマになっていたりもする。
だからこその変装。まぁただの帽子だけでもかなりの変装になるのだが、挙動不審な態度がそれを台無しにしていた。とはいえ、そんな態度を取られれば国民の皆様も勿論その第2王女アイリスに気が付く。
しかし、以前の様に国民達はアイリスに押し寄せたりはしない。何故なら、オリヴィアがアイリスの人見知りな性格を妹自慢と共に耳にたこが出来る程言い聞かせていたからだ。押し寄せればアイリスが困るだけだと分かっている。
故に、珍しいとは思いつつも王女の為にと、彼女を見守るだけに留めているのだ。本来なら王女に挨拶をしないでスルーするなど厳罰モノだが、国民は王女を愛するが故にそうするのだった。
「……きつねさんは何処に居るのでしょうか? 宿泊所には居ませんでしたし……あー……外に出るとやっぱりくらくらしますね……早い内に見つかってくれると嬉しいのですが……」
アイリスはかなり疲れた様子で街を歩いていた。だが彼女は気付いていない、街行く人々が全員アイリスの進む道を開けていることに。
「お嬢さん、コレどうぞ」
「え……あ、あり……ありがとぅ……」
「お嬢ちゃん、帽子似合ってんな! 可愛いぜ!」
「ひょ……ど、ども……どうも……!」
「ん? おお、お嬢ちゃん! 甘いものは好きかい? コレ貰いモン何だが、やるよ! 俺甘いモン苦手なんだ!」
「……ぁりがと……ござぃましゅ……」
しかも、時折彼女に対して国民の方々が差し入れとばかりに色々とくれるのだ。お裾分けという名の献上品である。アイリスは人見知りであるからお礼もかなりどもっているし、かつ小さな声なのだが、国民の方々はとても良い笑顔で見送ってくれる。
彼女は、アリシアやオリヴィアと違って弱々しく小動物チックな王女であるからか、国民に強く愛されている様だ。
「はぁ……皆さん良い方ばかりなのに、情けないですね……私は」
貰った棒付きキャンディをペロペロと舐めながら、片手で貰いもののお菓子や食べ物を抱えている。縁日ではしゃいでいる子供の様な有様だ。
とはいえ、彼女は自分の情けなさを憂いながら、とりあえず国民の配慮で開けられた道をてくてくと歩いて行く。何処に向かうなどという明確な目的はないのだが、自分を叱責しながら足の向かうままに進んでいるようだ。
すると、やはり気付かぬ内に変な方向へ進んでいるもので―――
「あら……此処はどこでしょうか……?」
―――彼女はキョロキョロと周囲を見渡しながら、自分がどこに居るのか分からなくなった様だった。いつの間にか国民達の姿も見えず、街の建物も見えない……あるのは森林のみ。大量の木々に囲まれた場所に、アイリスは立っていた。
「……私、いつの間に国を出たんでしょう……?」
首を傾げて、自分が国を出た記憶も無いアイリスは無くなってしまった棒付きキャンディのゴミを持っていたお菓子の袋に放り込んだ。
そして、取り敢えず国へ戻らないといけない、とまた歩き出す。来た方向へ戻るのかと思いきや、全く別の方向へと進み始めた。城から出た経験が殆どないからか、彼女は随分と地理に疎かった。
「どうしよう……このまま城に戻れなかったら…………このお菓子だけで1日生きられるでしょうか……?」
「えと……無理だと思いますけど……」
「ひゃわぁっ!? だ、誰っ……でしゅか……?」
ほんの些細な呟き、しかも自分の不安を振り払う様なジョークのつもりの呟きであったのに、それを聞かれていたと分かって、顔を真っ赤にして振り返る。
すると、彼女の目の前にいたのは明るい茶髪を背中まで伸ばし、頭には犬の可愛らしい耳を生やした少女がいた。
「え、えと……私はルル・ソレイユといいます……人探し中、です」
「そ、そう……ですか……ど、どうも」
そこに現れたのは、ルルだった。彼女もまた、アイリスと同じ様に桔音を探している途中だった様だ。リーシェとドランの姿はないが、国の中にはいないという結論に至った結果、手分けして国外周辺を探しているのだろう。
しかしまぁ、迷っている最中にルルに出会ったのは幸運だっただろう。アイリスは相手が年下の少女であり、かつ友好的そうな相手であるということで、チャンスだと思った。この子に道を聞いて、城に戻れないかと思ったのだ。
「あ、あの! 城に戻りたいんです、けど……道、分かりませんか?」
「え? えーと……はい、分かりますけど……人探しの途中で」
「あ……そ、うですよね……あっ、じゃあ私もソレ手伝います! 見つかってからでいいので……」
「それなら……分かりました」
お互い、初見の相手ということでかなりオドオドした様子ではあるが、なんとか会話が繋がっている。奇しくも、桔音を探す2人の少女が、誰を探しているのかの共通認識を持たぬままに行動を共にする事になったのだった。
ルルとアイリスの小動物ペア結成。