ルルの気持ち
さて、宿に戻ってきたわけだけど、エイラさんは僕が連れて来たルルちゃんを見ても何も言わなかった。ただ少し僕に対して失望した様な表情を浮かべていたけど、やっぱりこの世界の人から見ても奴隷というのはあまり受け入れ難い存在なのだろう。
とはいえ、僕の借りている部屋を使う分にはルルちゃんの分の宿泊費を払わなくても良いというのはラッキーだね。食費は出さないと駄目だったけど。
階段を上って、僕の部屋に辿り着く。ドアを開けてルルちゃんを中へと迎え入れた。さっきから何も喋らず大人しく僕に付いてくるけど、なんだか素直というより怯えている様な感じがする。なんでだろう? まぁ奴隷としては僕が主人となる訳だし、普通の人よりは幾分虐げられる可能性も無くはない、怖がるのも当然なのかな?
「さて、ルルちゃん。これから君は僕の奴隷となるわけだけど」
「………はい」
「まずは守って欲しい約束があるんだ」
そう、僕は奴隷を買うに当たって心に決めていたルールがある。それは、奴隷として過ごさなくても良いということだ。嫌なことは嫌だと言って欲しいし、食べる物も寝る場所も、僕と同じ生活基準で過ごして欲しい。あくまでも、そういう名目だというだけなんだから。
それに、僕としても幼い子供にありがちな暴行や夜伽を命じるつもりはない。これから一緒に暮らすんだし、嫌われたくはないからね。
「約束……」
「そう、君は僕の命令に従わなくても良い。基本的に言うことは聞いて欲しいけど、ルルちゃんが嫌だと思ったことはしなくてもいい、出来ないことは教えるし、出来ないことをさせるつもりも無い」
「……え……?」
不安げな表情で見てくるルルちゃん。なんだか無口な子だなぁ、眼に活力が無いのもあって死にそうな顔してる。髪もただ伸ばしただけで無造作な感じだし、肌も悪い意味で白いし、肉が付いている様には見えないほど細い。比喩じゃなくても死ぬんじゃないのこの子?
とはいえ、ルールは守って貰わないと。
「いい?」
「……はい、ご主人様」
「その呼び方はメイド服を着てから言え」
「ご……ごめん、なさい……」
「あ、ごめん、そういうつもりじゃないんだよ、でもほらご主人様ってメイドさんの呼び方っていうか、そこは譲れないっていうか、ルルちゃんの属性ってメイドというよりは犬耳っ娘だからさ。いや確かに犬耳に加えてメイド服を着た幼女っていうのも凄くポイント高いとは思うんだけど、今は学ランだし―――いや、これはこれで良いのか……? 図らずも萌え袖な訳だし、ぶかぶかな服を着てる幼女っていうのも一部の大きなお友達からすれば可愛いんじゃ……?」
「きつねさん! 話が外れてるよ! 気持ち悪い人になってるよ!」
おっと、萌えについての考察は幾つになっても楽しいから仕方ないよねぇ。昔図書館に通ってた頃なんて、誰かが置いて行った萌え漫画とかエロい小説とかあったから性知識には事欠かなかったしね。
でもルルちゃん物凄い困惑した表情してるからやめときます。フィニアちゃんにも注意を頂いたことだし。
「とにかく、ルルちゃんはこれから僕と一緒に暮らして、たまにお話の相手をしてくれれば十分だから」
「……分かりました」
「うん、とりあえずはご飯を食べようか、そろそろ晩御飯だし。おいで、ルルちゃん」
「……はい」
話は終わったので、晩御飯を食べる為にルルちゃんの手を引く。なんでこの子は言葉の直前に少し間を置くかな……まぁ一緒に過ごす内に少しづつ心を開いてくれれば良いけどね。フィニアちゃんもいることだし、少しづつ頑張っていこう。
階段を下りると、食事の匂いがした。エイラさんの旦那さんが板前らしく、男一人で食事を作っているらしい。
「はいよ」
「ありがとうエイラさん」
「まさかアンタが奴隷を買うとは思わなかったよ」
「必要だったからね、悪い様にはしないよ」
「当然だよ、その子を虐げるようなら……知り合いだろうと関係無い、騎士に突き出してやるからね」
やっぱりエイラさんは優しい人だ。今日初めて会ったルルちゃんを、此処まで思ってくれるなんて優しくないと出来ない。この宿を選んで良かったな。リーシェちゃんといい、エイラさんといい、良い人ばかりだ。
それはさておき、今日のご飯は野菜スープにパンと魔獣肉のハンバーグ的なもの。もう一週間も経てば魔獣肉にも慣れた。手を合わせて、小さくいただきますと言ってからスープに手を付ける。うん、美味い。
「………ん?」
「どうしたの? おなか減ってないの?」
「………いや」
見ればルルちゃんが全く料理に手を付けていない。嫌いなのかと思えばじっと見ているからそう言う訳でもないのだろう。チラチラと僕の様子を窺っている。
もしかして、僕が食べ終わるのを待ってるのかな? それとも僕が許可しないと食べない? 何処まで奴隷根性だこの子は。
「食べてもいいんだよ、今日から君は僕と同じ生活をするんだから、遠慮しないの」
「!」
そう言うと、若干躊躇したがハンバーグに齧り付いた。美味しそうに頬張っているし、口元には特製ソースを付けている。よっぽど食事が久々だったのか、それともちゃんとした料理が久々だったのかは分からないけど、美味しそうに食べているのを見ているのは和むね。和む和む。
「けほっ……けほけほっ……!」
と思ったらルルちゃんむせた。多分いきなりしっかりした料理を食べたから胃がびっくりしたのかな?
「あわてて食べなくてもいっぱいあるから大丈夫だよ」
「………ふもふも……」
僕の言葉に頷いて、ゆっくり食べるようになった。うんうん、なんだか子供が出来た気分だね、犬耳生えてるけど。
でもまぁ、食事に関しては僕達人間と同じもので大丈夫だってことが分かったし、良いとしよう。何より可愛いしね。これからいろいろ考えないとねぇ、ルルちゃんの服とか痩せ細った身体も少しづつ肉を付けて行かないと。あとは……戦う力も付けさせないとね。僕と一緒にいるってことは、それだけ強い相手と対峙することになる可能性があるって事だし。
試しに、今のルルちゃんのステータスを見てみようかな。
◇ステータス◇
名前:ルル・ソレイユ
性別:女 Lv1 《衰弱》
筋力:80/150
体力:40/100
耐性:10/50
敏捷:50/190
魔力:100
称号:『奴隷』
スキル:なし
固有スキル:???
PTメンバー:◎薙刀桔音、フィニア(妖精)
◇
どうやらスキルは持っていないようだけど、衰弱してて全ステータスが基礎能力よりずっと低下しているみたいだ。というか《衰弱》も状態異常に入るんだね。
でも、それよりびっくりしたのは基礎能力の高さだ。獣人族だからか、今は衰弱しているけど万全の状態なら僕よりもステータスが高い。レベル1の状態で此処までのステータスを持っているというのは、良い買い物だったのかもしれない。
いやでも耐性は僕の方が上だね。レベル1の時僕100だったし。いや別にレベル1の子供に負けてるからって悔しい訳じゃないよ、うん。だって僕は耐性さえ上がれば別に良いし? 攻撃力なんか欲しくないし? 全然悔しくなんてない。
「けぷっ……」
「美味しかった?」
「……うん」
「それは良かった」
ルルちゃんが食べ終えたのを見て、テーブルに備え付けの布巾で口を拭ってやる。くすぐったそうにしているけど、ご飯を食べたからか死んだようだった表情も心なしか活力を取り戻した様にも見える。
「よし、それじゃあ今日は部屋に戻ってゆっくりしようか。ルルちゃんには休息が必要だ」
「……はい、ありがとうございます」
「きつねさん! 私もお肉食べたいなぁ!」
「そう思って一欠片残しておいたよ。ほら」
「わーい! むぐむぐ……」
最近フィニアちゃんはご飯を食べる僕を見て羨ましそうにする事が多かったから、試しに分け与えてみた際、美味しそうに食べるので、いつもこうして食事を分けてあげている。サイズが小さいから一欠片で済むし、燃費が良いね。
食べ終わった皿を返却口に戻して、階段を上がる。ルルちゃんの手を引くと、素直に登って来る。
「さ、入って」
「……はい」
ルルちゃんを部屋に入れながら、明日からどうするかを考える僕だった。でもまぁフィニアちゃんもルルちゃんを悪く思っている訳ではないようだし、ルルちゃんも困惑しているみたいだけどなんとかやっていけそうだ。
「さて……今日は疲れたね」
「そうだね! 訓練してギルド行ってルルちゃんを買いに行ったからね!」
「というわけで僕はもう寝ます」
「早いよ!? ご飯を食べてすぐに寝ると太っちゃうんだからね!」
「おやすみ」
「あっは、聞いちゃいないね!」
ルルちゃんが手持無沙汰にしているから、おいでと言うと近づいてきた。何か怒られるのかと思っているのか、俯いているのでその頭を優しく撫でてあげた。びっくりしたように肩を震わせたけど、しばらく撫でてあげると気持ちよさそうに眼を細めるので、微笑ましい。
その後、本当に眠くなってきたからフィニアちゃんとルルちゃんを両脇に寝かせて小の字になって寝た。僕は小柄だし、フィニアちゃんはミニサイズだし、ルルちゃんも子供だから小の字にはなっていなかったけどね。
まぁとりあえず、おやすみなさい。
◇ ◇ ◇
時刻は深夜。
主人達はすっかり寝静っている中、主人の寝ているベッドで同じ様に横になっている私は目を覚ましていた。気付かれないように起き上がり、獣人特有の夜眼を生かして主人を見下ろす。
「……なんで、この人は……」
疑問だった。
私はたった数時間前まで奴隷商の営む店の中で、檻に入れられていた。奴隷として商品にされていた。ボロボロの汚い服を着せられて、出される食べ物もパンと味の薄い野菜スープ位。気が付けば腕や脚は痩せ細って、毎日空腹と孤独に苦しむ生活を送っていた。
だが、今日その生活に変化が訪れた。自分を買う人間がいたのだ。
「……」
その人間は、檻の中から自分を引っ張り出してくれた。でも、同じ奴隷として売られていた大人の人は言う、『買われたところで、碌な生活は出来ない』と。奴隷は本来主人に使われる存在、虐げられることが当たり前の存在。だから私もそれを覚悟していた。
だから、主人を見た時の感想はこうだ。
『ああ、これが私を虐げる人なんだ』
奴隷は買われた場合、『隷属の首輪』を付けられる。それを付けられた場合、奴隷は主人に逆らうことを全面的に禁止される。反抗すれば首輪が締まるのだ。だから、主人がその首輪を奴隷商から渡されている時、やっぱりかと思った。
だが、私はここからずっと困惑することになった。
目の前で眠っている主人は、首輪を付けるどころか自分に着ていた服を着せてきた。首輪を付けるかと思えばそんな素振りも見せない。名前を聞かれて答えたら、良い名前だと褒められた。
そして一番驚いたのは、手を繋がれたことだ。普通、奴隷に触れる主人はあまりいない。酷い主人だと新しい武器の試し切りの為に奴隷を買うこともあると聞いていたので、優しく手を引かれたことは私にとって困惑するような現実だった。
そして、その主人の住んでいる宿に連れて来られたかと思えば、更に驚きの言葉を言ってきた。
『そう、君は僕の命令に従わなくても良い。基本的に言うことは聞いて欲しいけど、ルルちゃんが嫌だと思ったことはしなくてもいい、出来ないことは教えるし、出来ないことをさせるつもりも無い』
『……え……?』
一瞬、聞き違えたのかと思った。命令を聞かなくても良い、なんて言葉を奴隷に言うとは思わなかったからだ。ならば何故自分は買われたのだろう、命令されなければ自分に存在する価値が無いではないかと思った。
でも、それが命令ならばと思って了承し、『ご主人様』と呼んだら怒られた。メイドがどうのとか犬耳っ娘がどうのと言っていて、私には良く分からなかったが、主人が怒るのならば呼ばないようにしようと心に決めた。主人の怒りを買えばどんな目に遭わされるか分からない。
そこで主人の名前に様を付けようと思ったら、自分は主人の名前をまだ聞いていなかったことに気付いた。これでは呼びようが無い。しかし名前を聞くのも失礼なのかもしれないと思うと、自然と無口になってしまった。
その後、主人は更に驚く様な行動を取った。食事を取ろうと言ってまた主人に手を引かれて階段を下りた。テーブルに着くと、主人と私の前に同じ食事が置かれた。この時点で私は困惑する。
どうして主人と同じ食事が私にも与えられるんだろう。どうして主人と同じテーブルに座らされているのだろう。そう思った。
でも、私は奴隷。主人よりも先に食事を食べるなんて許されない。目の前の食事はとても美味しそうな匂いを放っていて、空腹感を誘うけれど、我慢した。我慢は得意だ、毎日毎日、そうやって生きて来たんだから。
『食べてもいいんだよ、今日から君は僕と同じ生活をするんだから、遠慮しないの』
でも、主人はそんな私にそう言った。食べても良いと言った。どうしてこの人は奴隷の私にこんなに優しくするんだろうと思ったけど、既に空腹の限界だった私は気が付けば食事に手を伸ばしていた。
口に広がる料理の味と、もう何時だったか分からない程久々に感じる満たされる感覚に私はもう死んでも良いと思った。勢いが余ってむせてしまったが、主人は微笑みながら私の口元を拭いてくれた。落ち付いて食べろと言われて、そこからゆっくり食べたが、主人はあの奴隷商人の人の様に途中で食事を奪い取ったりしなかった。
食べ終わって、美味しかったかと聞かれて、私はハッとなって美味しかったと答えてお礼を言った。私は奴隷なんだから、分を弁えないといけない。こうして優しくしてくれてはいるが、もう夜だ。もしかしたら夜伽を命じられるかもしれない。そういう経験はないけれど、奴隷として買われたのならばそれに応えないとならない。
内心少し怖かったけれど、主人に手を引かれて階段を上り、部屋に戻った。
いつ命じられるのかとそわそわしていたら、主人は私を呼んだ。ついに来たかと思って俯いていたら、頭を撫でられた。どういうことか分からなくて、困惑していたけど、優しい手付きが気持ちよくてしばらく撫でられるがままになっていた。
それから主人は私を自分の隣に寝かせると、何もしないまま眠ってしまって、今に至る。
「なんで……」
首輪も付けず、こうして無防備に眠っている主人。今ならば主人を殺す事も出来るし、逃げることだって出来る。首輪が付いていない以上、私と主人の間に強制力のある主従契約はないのだから。
なのに、なんでこの人はこうして無防備に寝ているのだろう。それが全く分からない。
「……」
私は扉を見て、逃げようかと思った。
でも、眠っている主人を見て、その考えを打ち消す。逃げた所で私にその後生きる術はない。それに、どうしてこの人が私に優しくするのか、奴隷を家族みたいに扱うのか、それが知りたかった。
だから
「おやすみなさい……」
私はこの主人に付き従うのも、いいのではないかと思った。