妖精の心
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レイラが『発症』を、そして桔音が『死神』を発動させた時、それは同時だった。
夢の空間を作り上げたヴィルヘルムが致命的なダメージを受けたこと、そして夢の空間を内側から破壊されたこと、その2つの要因が重なり合って、桔音はヴィルヘルムの頭上3mほどの空中から……空間を破壊してその姿を現した。
『鬼神』を発動した時の様な蒼い瞳を輝かせ、『不気味体質』を発動させた時以上の不気味な気配をその身から放ちながら、漆黒の棒に薄気味悪い刃を発生させて、空間を斬り裂く様に現れた。
だが、以前『鬼神』を発動した時の様な覇気は寧ろ、その漆黒の棒から発生していた。黒い棒の先端に、薄気味悪い不気味な光を放つ巨大な刃を生み出しているその姿は、まさしく大鎌だ。瘴気の足場を生み出し、空中に着地した桔音の姿はまるで……というか既に『死神』そのものである。
「―――きつね君♡」
「やぁ、心配掛けたねレイラちゃん……で、そこで悶え苦しんでる奴が黒幕?」
「うん、フィニアを虐めてたからちょっと殺してた所♪」
「へぇ……」
桔音が、ヴィルヘルムを見下ろす。すると、ただでさえ『赤い夜』のウイルスで身体を乗っ取られそうになっているというのに、桔音の死神の威圧が集中したことでヴィルヘルムの身体がびくんと大きく跳ねた。最早意識も半分消え去り、神経毒を喰らった人間の様に痙攣している。
そして、桔音はヴィルヘルムの近くに着地した。くるりと不気味な大鎌を回して肩に担ぐと、蒼い瞳でヴィルヘルムを見下ろす。
瞬間、フィニアの四肢を拘束していた魔力の鎖が音を立てて砕けた。余りの精神攻撃に疲れ果てていたフィニアは、飛ぶことも出来ずにふらふらと地面へと落ちていくが、落ちる寸前でレイラがフィニアを受け止めた。
「随分と不愉快な真似をしてくれたね、もう聞こえていないかもしれないけど……とりあえずフィニアちゃんを虐め、尚且つしおりちゃんを巻き込んだ罪は……死刑ってことで」
そう言った桔音は、その不気味な色の大鎌を地面を痙攣しながら転がるヴィルヘルムの首に突き立てた。
「ヒッ……ぁ……あ……いやぁああああああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛!!!?」
しかし、その大鎌はヴィルヘルムの首を切り落とす事はなかった。寧ろ、首を通り抜けて地面も通り抜けた様な感覚。ヴィルヘルムの身体には一切傷を付けていない。
では何故ヴィルヘルムは叫び声を上げているのか。しかも、止めどなく涙を流し、肌を蒼白に染め上げて、ぶわっと嫌な汗を流しながら、更に失禁までしている。痙攣は止まらず、もう何が何だか分からない位に身体に異常を来たしている。
「ィアッ! ィァアッ! ヒィィィヤァァァァアアア!!!」
「うわー……♪ きつね君、コレ何してるの?」
「ん? ああ、この大鎌の刃はね、スキルそのものを刃にしたようなものなんだよ。で、今は『不気味体質』を媒体にしているから、殺傷能力はないけど斬り付けたら恐怖感を増大させる刃になってるって訳」
桔音が発見した、漆黒の棒の使い方。それは、棒の性質が大きく関わって来る。この棒の性質は、『スキルを付与する事が出来る』というモノだ。棒自体にスキルを付与し、そのスキルの性質を棒による攻撃に使用する事が出来るのだ。攻撃手段は使用者のイメージに左右されるが、今回の場合死神要素が強かったので、桔音の中での大鎌のイメージが反映されたようだ。
そして、その攻撃はスキルの性質で大きく変わる。今回の『不気味体質』で言うのならば、出現した大鎌に斬られた場合多大な恐怖心を煽ることが出来るのだ。更に言えば、今のヴィルヘルムの状態は刃に斬られ続けている様な物で、永続的に恐怖心を煽られ続けている。
時間が経つごとに心の中の恐怖は増えていき、そして許容量を超えれば当然身体が拒絶反応を起こし―――
「あ゛っ」
―――ショック死する。ヴィルヘルムは一際大きく身体を跳ねさせると、それ以降動かなくなった。口端からぶくぶくと泡を吐き出し、瞳は白目になり、身体中の穴という穴から様々な液体を吹きだして死んでいる。余りのショックだったのか、傷を負っていないのに口や鼻、目、そして全身から血を噴き出すほどだ。
どうやら多大な恐怖に身体が傷を負ったと錯覚したのだろう。結果、血管を通る血液の速度が上がり続け、破裂したのだろう。
「ふぅ、終わりっと」
「うわぁ……きもーい♪」
『超無残なんだけど……私の死因より酷くないコレ?』
ちなみに『不気味体質』をこの棒を通して使うと、桔音がこのスキルの認識が半分しか出来ていないこともあって今まで効果を発揮出来ていなかったのだが、スキルそのものを刃とする以上その効果は完全な形で発揮される。つまり、ヴィルヘルムは自身が最も恐ろしいと思う事と同等の恐怖を永続的に増大させられ続けた訳だ。
分かりやすく言えば、死が最も怖いと感じている人間に対して、永続的に続く死の感覚を与え続けた様な物。当然、どんな生物であろうと精神が耐えられる筈はない。桔音は言葉や心理戦で人の心を破壊する事を得意としているが、この武器はただ斬り続けるだけで人の心を破壊する事が出来るのだ。
まさしく、死神の武器である。
「まぁ、今回の場合『鬼神』も付与したから『不気味体質』の効果は何倍にも増幅されてたかもしれないけどね」
「鬼畜♪」
『なんだか敵が可哀想になってきた……ふひひひっ……♪』
もっと言えば、今回の『不気味体質』は完全な効果を発揮した上で『鬼神』で強化されていた。その効果は、おそらく本来の10倍にまで引き上げられていただろう。寧ろ、十数秒も耐えられたヴィルヘルムの方が凄いと言える。本来ならば、彼女の心を破壊することはかなり至難の業だった筈だ。そのことからも、この大鎌……今回は『不気味体質』と『鬼神』の合わせ技である『死神』の凄まじさが分かるだろう。
「……大丈夫? フィニアちゃん」
「……きつねさん」
すると、桔音は『死神』を解除し、レイラの両手の上にいるフィニアに話し掛けた。蒼い瞳も普段の虹彩異色に戻って、棒も刃の部分が消えてただの棒に戻っていた。
また、今回は棒に対して発動したからだろう。『鬼神』によるステータス低下やスキル使用制限などの副作用はないようだ。
「ごめんね、ちょっと……酷い目に遭わせちゃったみたいだ」
「………ううん、大丈夫」
桔音の言葉に、フィニアは何かを言い掛けて……止めた。代わりに出て来たのはそんな言葉で、少しだけ俯いている。いつも笑っていたフィニアが、俯いて何かを言い淀んだことで、桔音は小さく溜め息を吐く。
フィニアが何をされて、何を言われたのかは分からないけれど、フィニア自身が言ってくれないと桔音も何も出来ない。
すると―――
「フィニアは、きつね君が帰っちゃうのが嫌みたいだよ♪」
「なっ……レイラ!」
―――レイラがその胸の内を暴いた。
「フィニア、気持ちは言葉にしないと伝わらないんだよ? 大事なコトなら特にそう」
「……でも」
「……」
桔音は、レイラとフィニアの様子をただ見ていた。恐らく、今のフィニアの悩みを最も理解しているのはレイラだ。故に、桔音が何かを言うよりも、レイラがフィニアと衝突した方がフィニアにとっても良いのだろう。
「あのねフィニア……私もきつね君が好きだから、今のフィニアは間違ってると思うの」
レイラは真剣な眼差しで、両手の上のフィニアにそう言った。いつもの様に軽快な口調ではなく、レイラが真剣になる時特有のまるで鋭い刀の様な口調。フィニアはレイラの言葉に、ぐっと言葉に詰まってしまう。何も言えない、というのはこういうことなのかと思った。
だが、それでもフィニアは何が間違っているんだと思い、反論する。
「何が、間違ってるっていうの……! レイラには分かんないよ、あの子を知らないレイラには!」
篠崎しおりを知っているフィニアには、篠崎しおりを知らないレイラに知った様な口を利かれることに苛立ちを隠せない。篠崎しおりが居るから、自分には桔音を引き留められない……篠崎しおりがいるから、桔音は振り向いてはくれない。この世界に留まるなんて考えはなく、篠崎しおりのいる世界へと帰る為に動いているのだ。
だからこそフィニアは嫌だと言えない。桔音がどれほど篠崎しおりを大切に想っているかを知っているから、レイラの様には考えられないのだ。
しかし、レイラはフィニアの言葉を受けて、即答気味に返した。
「知らないよ、でもフィニアがきつね君を好きなんだってことは知ってる」
「!」
「今のフィニアに負ける気はしないな。さっきも言ったよね、恋はお互いが幸せにならなくちゃって―――でもフィニアのソレはただの自己犠牲で、きつね君に尽くしてるだけ、きつね君に寄り掛かってるだけ……きつね君は聞いてくれるよ、フィニアの気持ちも。だって、こんな私の想いも聞いてくれたもん……自由で良いって言ってくれたもん……私よりも信頼されてるフィニアの気持ちを、聞いてくれない訳がないよ」
レイラは、不満気だがそう言った。自分よりもフィニアは信頼されている事を知っている。でもだからこそフィニアの気持ちを聞いてくれない筈がないと確信している。悔しいけれど、それを認めないと前に進めないことを分かっている。甘酸っぱくて、苦しくて、切なくて、どうにもならない位に悩んで、頭の中がぐちゃぐちゃになって、それでも離れられない想いを分かってあげることが出来る。
だからレイラははっきりと胸を張って言えるのだ。
―――恋は素敵なことなんだと。
「好きなら伝えようよ♪ 苦しいなら手を伸ばそうよ♪ 届かないなら近づいて来て貰おうよ♪ 全部きつね君は受け止めてくれるから♡」
そうしてレイラはいつも通りの口調で言う。届かなかった手を、桔音は届かせてくれた。近づいて来てくれた。レイラは今でもその瞬間を鮮明に覚えている。
言っておくが、コレはフィニアに対する同情ではない。同じ相手に恋心を抱いているから、こうして優しい言葉を掛けている訳ではない。
フィニアを認めているから、こうして手を指し伸ばしているのだ。
自分よりも先に桔音と共に居て、どうしたって変えられない程の絆の深さで繋がっていて、レイラ自身今も尚敵わないであろう差があることを分かっている。自分とフィニア、どちらかを選ぶとしたらどっちと聞かれれば、桔音はフィニアを選ぶ事を分かっている。
悔しくて悔しくて、思わず涙を流してしまいそうな程悔しいけれど、ソレを認めているからこそレイラはこうしてフィニアが意固地になっているのが気に食わないだけだ。
「……はぁ……レイラ、変わったね」
「気付いただけだよ♪ フィニアも気付けば分かる♡」
フィニアは、レイラの言葉に溜め息を付いた。以前のレイラとはまるで別人の様に人間らしい……ソレを目の当たりにして、フィニアも素直にレイラを認めざるを得なかった。間違いなく、レイラは桔音を恋愛的に好いている……そして、かつての様に食べたい食べたいと言うだけの怪物でもなくなっている。
こうして心を理解し、まっすぐにソレを信じることが出来る。今のフィニアにはとても、眩しく見えた。
「ほら、きつね君が待ってるよ♪」
「……うん」
レイラが桔音の方へと手を伸ばすと、その上に乗っていたフィニアも当然桔音の方へと近づく。そこで初めて、桔音はフィニアと視線を合わせた。
じっと見つめ合う視線。もう桔音とフィニアはお互いの心の内を知ってしまっている。桔音も、先程までの会話を聞いていたのだから。
だがそれでも、言葉にする必要がある。言葉にしなくてはならない想いがある。フィニアは深く息を吸って……決意の表情で告げた。
「……きつねさん、私きつねさんが好き……だから、元の世界に帰って欲しくない」
そして、桔音はその言葉を受けて優しげに微笑み、こう返す。
「うん……それじゃ、フィニアちゃんも一緒に来れる方法を探すよ。フィニアちゃんには悪いけれど、僕はしおりちゃんとの約束を守りたい……だからそれじゃ駄目かな?」
あくまで、桔音は元の世界へと帰る。でも、フィニアを蔑ろにするつもりはないと断言する。元の世界に帰ることが出来て、フィニアも悲しまない方法―――つまりはフィニアも地球へ来れる方法を探せばいい。
そんな方法があるのかどうかは分からないが……必要なら探してみせる。桔音の出した答えは、そういう答えだった。
「元はフィニアちゃんも地球で生まれたんだ……一緒に帰ろうよ」
「きつねさん……うんっ!」
レイラの手の上から飛んで、フィニアは桔音に抱き付いた。小さな身体を、桔音は受け止める。お互いに信頼し合っていた2人だからこそ、言葉で伝えなくてはならない事があった。
そしてフィニアは気付いた、自分の気持ちに。
「きつねさん、大好きっ!」
フィニアの心臓が、その想いに呼応して―――大きく高鳴った。
レイラとの和解、そして桔音への想いに気が付いたフィニアだった……