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そんな程度じゃ

「んー、こういう方向じゃ壊れてくれないのねぇ……つくづく特別な思想種だこと」

「はぁ……はぁ……!」

「あの少年は死んだって言ってるのに」

「死んで、ない……! きつねさんは、きっと生きてる……!」


 未だ真っ暗で上下左右も分からない空間の中で、フィニアは魔族の女……ヴィルヘルムによって精神攻撃を受けていた。桔音の死、更には精神への直接攻撃、痛みと精神的ショックによる心の破壊を計画していたというのに、ヴィルヘルムは未だ消滅することなく睨みつけてくるフィニアと対峙していた。

 以前殺した思想種が特別弱かったのか、それともショックに弱い性格だったのかは分からないが、どうにもフィニアは精神力が強い。心を壊してやろうにも、痛みや虚言による手段ではこの妖精の心を破壊する事など出来ないらしい。


 すると、次の手段を思い付いたのかヴィルヘルムはニコリと笑みを浮かべた。そして、指を縦に振る。すると、ヴィルヘルムの横に輪郭のぼやけた四角いスクリーンが現れた。フィニアの視線も、自然とそのスクリーンへと向かう。

 だが、ソレが何なのかは分からないので、フィニアは首を傾げた。


「確かに、あの少年は生きてるわ……魔王様にも殺すなと言われてるし」

「!」

「でも、あの少年は今……夢の中にいるのよ。とっても幸せな、夢の中にね……私が許さない限り向こうから出てくることなんて……魔王様並の力を持っていない限り不可能ね」


 そんなフィニアに、ヴィルヘルムはそう説明した。

 夢の中となると、状況的には幽霊屋敷のリーシェ達と同じ状況なのだろう。しかし、自分の意志で夢の中から出てくる事は、不可能ではないらしい。魔王並の実力を持っていれば、だが。

 とはいえ、魔王の実力は未知数。桔音も同等に戦ったと言っていたが、魔王はまだ何かを隠している様子だったらしい。となれば、桔音が魔王級と言って良いかは微妙な所。しかし、フィニアにとっては彼が生きているという事実が何より心の支えだった。


 しかし、ヴィルヘルムはそんなフィニアに全く違うベクトルの精神攻撃を始めた。


「この画面には、その夢の中にいる少年の姿が映るのよ……あら、幸せそうね」

「ッ!」


 そのスクリーンの中では、桔音がフィニアそっくりの少女―――いや、フィニアを生み出した少女である、篠崎しおりといた。夕闇色に染まった空の下、公園のベンチで仲良く寄り添っている。桔音の表情は、この世界では見せた事の無い、心の底から安心した表情だった。フィニアも……見た事の無い表情。


 胸が少しだけ痛み―――



「貴女、私たちの仲間にならない?」



 その言葉が、揺れた心の隙間に入り込んできた。


「な……なにを!」

「貴女、あの少年と一緒に居て辛くないの? 元の世界に帰る、なんて目標に付き合ってて……虚しくないの?」


 ヴィルヘルムは、桔音に対する虚言ではなく、フィニア本人の心を暴く形で彼女の心を腐らせていくことにしたのだ。故に、こうしてフィニアが心の中で抱いているほんのちょっぴりのマイナスな考えを増大させていく。


「そ、そんなことない! 私はきつねさんが帰れるように……」

「それに、貴女とあの少年は強い絆で結ばれているようだけど……それも本当の絆かしら?」

「え……?」

「彼が見てるのは貴女じゃなくて……貴女を通して、『この子』を見てるんじゃないの?」


 ヴィルヘルムが、スクリーンに映る篠崎しおりを指差して、フィニアに言う。フィニアの眼が見開かれ、反論しようと口を開くも―――言葉は出て来なかった。


「帰って欲しくないんでしょう? ずっと彼と一緒に居たいんでしょう? だって帰ってしまったら貴女は一緒に居られないものね?」

「う、うるさい……そんなことない!」


 じわじわと、フィニアの心に住まう不安を煽っていく。


「貴女と『この子』は別人だものね? 貴女は確かにこの子の想いから生まれたかもしれないけれど、この子本人って訳じゃないもの」


 じわじわと―――


「でも、それを分かってて彼は帰ろうとしている……つまり貴女よりも『この子』の方が大事なのよ」


 心の不安を刺激して―――


「なのに、貴女は彼の力になるの? 貴女を蔑ろにしている、彼の為に……健気ねぇ、健気過ぎて、可哀想になってくる」


 生まれたマイナス感情に、言葉を滑り込ませていく。


「そんなこと……ない……もん……」

「そうかしら? だって、貴女がこんなに痛い目に遭っているのに……彼はこんなに、幸せそうよ?」


 スクリーンに映る桔音が、しおりの膝枕で寝息を立てている。フィニアの眼にも、それは入ってきた。フィニアは下唇を噛み、眉をハの字にしてその映像を見つめた。自分と同じ顔をした、あの少女……桔音があの少女を誰よりも、何よりも大事に思っていた事は知っていた。

 それでも、自分も彼女と同じくらいに大事にしてくれているんだろうと思っていた。でも、ヴィルヘルムの言う通り……自分は彼女ではない。あくまで、フィニアはフィニアであって、篠崎しおりにはなれない。


 今、彼女の膝の上で眠っている桔音の浮かべている様な、安心しきった表情を見せてくれることは……ない。


 それが、フィニアの心に亀裂を入れた。


「……うふふ」


 ヴィルヘルムは、フィニアの表情に絶望の色が浮かんできたことで笑みを浮かべる。後一押しだ、と心の中で凶悪に笑っていた。現に、フィニアの身体が度々透けている。これは思想種の妖精が、自分自身の内に秘めた想いを失いかけた時に起こる現象だ。つまり、このまま行けばフィニアは消滅し……二度と蘇らない。

 ヴィルヘルムはフィニアの耳元に口を寄せて、囁くように甘言を漏らす。


「だから、私たちの仲間になりましょう? そうすれば、私たちは彼が元の世界へ帰ることを全力で邪魔してあげる……勿論、貴女や彼には手を出さないでね?」

「っ……!」


 フィニアはその甘言に思わず、ヴィルヘルムを見てしまった。すると、彼女はフィニアに信頼して貰うべく優しい笑顔をその顔に張り付ける。あとちょっと、あとちょっと、もう少しで彼女は堕ちる……そうなれば、思想種の妖精はその想いを失い―――この甘言を消滅という形で裏切られる。


 そうなったら……どんな絶望の表情を浮かべてくれるだろう……!!


 ヴィルヘルムは、それを想像するだけで身体中にゾクゾクと走る快感を抑えられない。真正のドSというべきか、彼女は他者を虐げることがとても楽しいのだろう。特に、相手を殺すことも虐げる手段の内に入れている部分は、やはり魔族というべきか。


「ぁ―――」


 フィニアが口を開いたのを見て、その口から放たれる甘言に堕ちた言葉を待ちきれない彼女は、その口の動きがスローモーションに見えた。


 ―――言え、言え、言ってしまえ、私たちの仲間になると、庇護下に入ると、そうした時が……お前の最期だ……!


 紫色の瞳が、ギラギラと煌めく。この瞬間、この瞬間が彼女にとっての最高の瞬間。至高の時、最も生き生きしていると自分でも思う。

 そして、フィニアが息を吸い、その言葉を発すその瞬間……!


「―――♪」


 言葉は分からないけれど、声が聞こえた。そして次の瞬間、暗闇に地響きが起こった。ズズズ、と揺れる空間、響く何かの声、何かに遮られて言葉は伝わって来ずとも……何か威圧感を感じさせる声だった。


「な、なに……?」


 フィニアが、吐き出そうとして言葉を呑みこんで、起こった異変に疑問の声を漏らす。そして、その疑問はヴィルヘルムも同じだった。何が起こっている?

 この空間を作り出したのはヴィルヘルムだが、この空間に介入出来る力を持った存在なんて、同じSランク魔族か冒険者位のもの―――そう考えて、思い出した。


 いたではないか、桔音を襲撃した時に。彼の傍には、彼女がいたではないか。Sランクの、『赤い夜(まぞく)』が。



「―――きつねくーん♪ 此処かなぁー?」



 そして、真っ暗な空間に罅が入り、バキバキと音を立てて赤い瞳の怪物が現れた。


「レイラ・ヴァーミリオン……そうね、貴女も居たわね」

「あれ? 貴女魔族? うふふうふふふ♪ 同じ魔族に会うのは2回目だよ♪ で、きつね君はどこかな♡」


 現れたレイラは、ヴィルヘルムを見ると簡単な感想を漏らして、すぐに桔音を探す。だが、周囲に桔音はいなかった。その事実に、レイラは心底残念そうな顔をして肩を落とす。唇を尖らせて、じとーっとした眼で視線を移動させると、今度はフィニアに気が付いた。


「……レイラ………」

「あれ? フィニア♪ そこに居たんだー♪ 何してるの?」


 フィニアは、散々行われた精神攻撃のおかげで、疲れた表情をしている。レイラはその白い髪をくるくると指に巻き付けながら首を傾げた。説明は返って来ないけれど、レイラもヴィルヘルムと動けない状態であるフィニアを見れば大体の事情は把握出来る。

 フィニアは桔音の仲間、自分も桔音の仲間、そしてフィニアを拘束している魔族、フィニアの敵、つまり桔音の敵、ならば……自分の敵か。そう判断した。


 その手に瘴気を生み出し、にんまりと口が弧を描く。


「うふふうふふふ♪ きつね君成分が足りなくて苛々してるの♡ フィニアも居るし、ちょっと殺すね♪」

「……貴女如きに私が殺せると思ってるの?」

「逆に聞くけど、生きているモノをどうして殺せないなんて思えるの? うふふ♪ 生きているなら、殺せるよ―――だって私達は『死神狐(きつねくん)』のパーティだもん♡」


 レイラは普段頭の悪い言動に子供っぽい行動をするが、こと殺す事や戦いに関する行動を取る際には本当に良く頭が回る。言葉回しも、行動も、殺人において一級品の物に変貌する。

 フィニアは、レイラの手に生み出させた瘴気のナイフを見て、桔音と同じ武器だと思う。そして、赤い瞳でヴィルヘルムを見たレイラに……少しだけ、頼もしいと思ってしまった。


「そこで見ててねフィニア♡ とりあえずこの魔族ぶっ殺しちゃうから♪」


 ますます、頼もしい。

 すると、ヴィルヘルムは両手を挙げながら言葉を紡ぐ。彼女の本領は心理戦、戦闘能力においてもそれなりの心得を持ってはいるが……まずは自分の領分に引き込む所から始めるのが、彼女のやり方だ、


「貴女の言う、きつねという少年の居場所を……私は知っているわ」

「!」


 レイラがきつねに心底惚れている事は知っている。だからこそ、この言葉はレイラの行動を停止させる事に成功する。そして、それを見てヴィルヘルムはにやりと笑みを浮かべた。


「でも、貴女は良いのかしら? 彼が元の世界に帰っても」

「は?」

「貴女はまだ理解出来ていないのかもしれないけど……あの少年はいずれ元の世界に帰るのよ? そうなれば、貴女はもう彼には会えない……なのに、貴女は彼に協力するの? 貴女は元々は魔族側(わたしたち)の仲間なのだし……彼を手に入れてこの世界に留めた方が、貴女にとっては良いんじゃないの?」


 そして、フィニアに言ったことと同じことを言った。フィニアは同じ事を聞いて、ぐ、と顔を俯かせる。桔音を中心に集まっているからこそ、桔音という芯を倒してしまえば簡単に崩れる。そうなれば、最早そのパーティの心を壊す事は赤子の手を捻るよりも簡単なこと。


 そう、思っていた。


「――ソレがどうかしたの?」


 だが、レイラはその言葉を理解した上でそう言った。


「きつね君が帰っちゃうのが嫌なのは、そんなに悪い事? そんな程度できつね君の傍を離れるなんて、もっとあり得ない♪ それに……きつね君が帰りたいなら、私はそれを手伝ってあげたい……貴女みたいな魔族がちょっと嫌な事言ったからって、私の心は変えられないよ―――」


 そして、レイラは赤い瞳を煌めかせながら……ぺろりと赤い舌で舌舐めずりしたあと、いつも言っている様にこう言った。


「―――私は、きつね君が大好きだもん♡」



変えられない想い、覚醒レイラ―――立つ。

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