全ての動向
翌朝、きつね達が帰って来なかった。宿に残っていた私とルル、そしてドランさんの3人はそれを怪訝に思って、きつね達を探しに行こうということになった。
太陽が昇り、辺りはもうさんさんと明るいというのに、何処にもきつね達がいない。城へも出向いてみたけれど、アリシア王女様も来ていないと言う。ギルドにも、武器屋にも、何処にもいない。何処へ行ってしまったのだろうか。アイツの事だから、私たちを置いて別の街へ移動するにしても、それなりに言伝を残して行く筈だ。まして、家族として大切にしていたルルを残して去っていく筈がない。
私たちは探す。きつねを、フィニアを、レイラを、探す。もしかしたら危険な目に遭っているのかもしれないのだから、仲間として探さなければならない。きつねがいなければ、私たちはパーティ足りえない。不完全になってしまうのだ……私たちは、彼に惹かれて集まって来たのだから。
「何処に行ったんだ……きつね」
何処にもいない。
そう、まるでこの世界から消えてしまったかのように―――何処にもいない。
◇ ◇ ◇
――――……
しおりちゃんと久しぶりに放課後デートをした。まぁ恋人ではないから本格的にデートと名付けてもいい訳ではないのだろうけど、僕としおりちゃんは親友だから一緒に遊ぶだけでデートだなんて言って笑いあえる。
あー楽しいなぁ。本当に、しおりちゃんと一緒に居ると安心出来る……なんでかな? 多分、そこに愛があるからだろう。フィニアちゃんと一緒に居る時と同じだ、やっぱり隣に彼女がいるというのは、世界で1番幸せな場所にいるんじゃないかと思えてしまう。愛を知らない僕を、初めて好いてくれた子だから、僕も大切だと思うんだ。
失い難い絆というのは、やっぱり良い。
「きつねさん?」
「うん……もう空も夕闇色になってきたねぇ」
「そうだねー、もうすぐ完全に日が落ちて真っ暗になるよ」
公園のベンチで、僕としおりちゃんは隣り合って座っている。僕と彼女との間に生まれた、30cmの距離が居心地良い。空が暗くなっていく中で、僕は少しだけ眠くなった。昼間も寝たのに、また睡魔が襲ってくるなんて思わなかった。この世界に戻って来てから、ちょっとばかり生き辛くなった感覚がある。多分、この左眼のせいだろうけれど……体力の消費が激しくなったというべきだろうか?
「きつねさん? 眠いの?」
うとうとしていると、となりからしおりちゃんの声が聞こえた。頷くと、しおりちゃんが僕の身体をぐいっと引っ張り、ぽすんと自分の太ももの上に僕の頭を乗せた。所謂膝枕、レイラちゃんによくやってあげてたけれど、やられた経験はあまりないかもしれない。
ああでも、レイラちゃんがやみつきになるのも分かるかもしれない。柔らかくて、温かい。これはちょっと、癖になりそうだ。
「少しだけ、こうしててあげる! 寝てて良いよ」
さらりと、前髪を撫でられた。そこで睡魔が更に強くなり、僕はまた眠ってしまった。
◇ ◇ ◇
「ぁぁああああぁぁぁああああ!!! いやっ! やめてっやめてやめてやめてやめてぇっ!!!」
「うふふふ……良い悲鳴よ、もっと聞かせて頂戴?」
「ひっ……ギ……ぃぃぃい……!! ぁあああああああ!!」
暗闇の中、上下左右も分からない、ただただ果てしない暗闇の空間の中、紫色の瞳で、白目の部分が黒く染まった魔族が、1人の妖精を蹂躙していた。妖精はその小さな身体の四肢を魔力の鎖で拘束され、空中に『X字』で拘束されている。
だが、悲鳴を上げ続ける妖精に、魔族は一切手を出していなかった。手を出さずに悲鳴を上げさせていたのだ。
しかし、魔族は初めて小さな妖精の顎をその指先でくいっと持ち上げると、その頭を人差し指と親指で摘んだ。そして、お人形を乱暴に扱う子供の様に、妖精の首をキリキリと回し始める。首の骨が折れてしまいそうな程回していき、180度回してしまいそうな勢いで力を込めている。
「かっ……は…………ァ……!!」
「うふふ……やっぱやーめた」
「ッえほっ……げほげほっ……ぅ、ぐぅぅぅぅうう!!」
だが、壊さない1歩手前でその指から力を抜いた。しかし、少し咳き込んだ後、また悲鳴を上げる。まるで痛みを堪えているかのような悲鳴だ。
「痛いかしら? でも、肉体は痛くないでしょう? うふふ、貴女が痛がっているのは……『心』。思想種である貴女にとって、もっとも傷付けられたくないモノよねぇ」
そう、この魔族はその力を持って妖精……フィニアの心を攻撃していた。精神汚染、フィニアの身体は普通の肉体と違って強い想いと魔力によって構成されている故に、彼女の肉体を魔力が、精神を媒体である強い想いが構成することになる。
つまり、フィニアの心を刺激するということは彼女の存在するための想いそのものを傷付けるということ。そしてその想いが壊されてしまえば……フィニアはもう存在してはいられない。消滅してしまうのだ。故に、精神を攻撃されることはフィニアにとって激痛を伴うのだ。
この魔族は、その性質上思想種の妖精の天敵とも言える力を持っている。彼女は、その力で思想種の妖精を無傷で殺したことがあり、そして何より思想種の妖精を殺す事を好んでいた。元々思想種の妖精はそう会える様な存在ではないので、彼女も過去思想種の妖精を殺した事は1度だけ……もう思想種の妖精と遊ぶことなんてないだろうと思っていたのに―――そこにフィニアが現れてしまったのだ。彼女のテンションは最高潮だろう。
「うふふふふふ……本当に、いいわぁ……この強い想いが壊されていく時の悲鳴は、いつ聞いても最っ高……! 小物にして飾っておけたらいいのに」
「ひぎァッ……!! ぁぁあぁああ!!」
「うふふ、少しだけ休憩」
「―――っはぁ……はぁ……!!」
すると、彼女はふいっと指を動かしフィニアに掛けていた精神攻撃を一旦止めた。激痛が収まったフィニアは、叫び疲れたのか荒い呼吸で必死に身体に酸素を取り入れている。じわりと嫌な汗が滲み、気持ち悪さを感じながらもフィニアは目の前の魔族を睨みつけた。
「あら……まだそんな眼が出来るのね、貴女は中々極上の思想種みたいだわ」
「はぁ……はぁ……きつねさん……」
正直、フィニアの受けていた精神攻撃は思想種にとって最も相性の悪い攻撃だ。思想そのものと言って良い思想種の妖精は、この攻撃に滅法弱い。フィニア程長い間その攻撃を受けて入れば、思想種は大概心を壊して消滅してしまう。
しかし、フィニアは未だに生き残っていた。意志は死んでおらず、心もまだしっかり残っている。何故なら、彼女の想いは桔音に向けられたもの……桔音が生きている限り、その想いが途絶えることはない。
だが、この場に桔音はいない。目の前の魔族が何処かへと連れ去ってしまったからだ。
「あぁ……あの少年が気になるの? うふふ、あの少年ならもう殺しちゃったけど」
だから彼女がこう言って来た時、フィニアは目を見開いて言葉を失った。桔音を殺した、それはもういないということだ。そしてフィニアには、この場に桔音が居ない以上それを嘘だと確信出来る要素がない。
しかし言葉を失ったフィニアは、すぐに瞳に意志を宿らせ睨み付けた。
「……嘘だ、きつねさんは貴女にやられるほど弱くない」
「うふふ……どうかしらね? 確かに防御は堅かったけど……何も物理攻撃だけが人間を殺す手段じゃないわ」
「きつねさんは生きてる……! だから私は貴女なんかに負けない……!」
「その態度がいつ崩れるのか……今から楽しみね」
フィニアと魔族は視線を交差させ、片方は嗜虐的な妖しい光、片方は不屈を決めた眩い光を瞳に秘め、それを衝突させていた。
◇ ◇ ◇
―――ルークスハイド王国、城内図書室
数多くの書籍が収められたこのルークスハイド城の図書室で、第2王女アイリス・ルークスハイドはそわそわとしながら本を読んでいた。といっても、本の内容に集中出来ていないようで、先程からちらちらと入り口の扉を見ては溜め息を付いている。
まるで、誰かを待っているかのような様子だ。しかし、時計を見て少しだけしゅんとした様子にもなる。
彼女が待っているのは、昨日の夜に話した桔音という少年だ。
彼女は極度の人見知りであり、その趣味である拷問好きからかなり人から敬遠されがちではあるものの、人付き合いが嫌いというわけではない。寧ろ、もっと人と会話したいと思っているくらいだ。
だから、桔音という少年が久しぶりに他人でありながら長時間会話してくれた相手だった故に、彼にはちょっとの会話でかなり心を開いていた。拷問趣味という最大の敬遠要因である趣味を聞いてあまり引かれた様子もなかったこともあり、また会いたいと思う位には懐いたのだ。
そして、今日も来るという言葉を信じて待っていたのだが、彼は一向にやって来ない。どういうことだろうと首を傾げるアイリス。
「きつねさん……何かあったんでしょうか?」
呟き、少しだけ心配そうな表情を浮かべた。此処で、趣味を聞いて嘘を吐かれたと考えない所は、ある意味図太い性格をしているのかもしれないが。
彼女はそう思い当たると、席を立った。いつも着用している割烹着を軽く叩くと、持っていた本を仕舞って図書室を出る。
「もしかしたらアリシアの所にいるのかもしれない」
廊下を歩きながらそう漏らしたアイリスの瞳には、少しだけ知性の光が宿っていた。彼女は王女としての才覚はない、だが……それは周囲の認識であって彼女自身の本当の事ということではない。彼女には、王室を取り仕切る頭脳はなく、更に戦えるほどの運動能力も無い……だが、そんな彼女も王女だ。
彼女にも、彼女だけの才能があるのだ。
「なんだか少し、嫌な気分です」
それは、彼女自身も気が付いていない才能。彼女自身が生まれた頃から持っていた才能。誰も誰もが気が付かず、誰もが知っている、シンプルで凄まじい才能。
第2王女、アイリス・ルークスハイド。彼女の、下手すれば何者をも上回る可能性を秘めている才能が……彼女が生まれてから初めて、日の眼を見る時が来たのかもしれない。そしてそれを見た者は気が付くだろう。
彼女が、全く才能の無い―――凡人ではないことに。
桔音達の戦いに第2王女参戦。