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素敵な時間

 アイリスちゃんと話をしてて分かったことは、現在で確認されている異世界人―――つまりは勇者達は皆魔王を倒して元の世界へと帰ったこと。そしてそれ以外に異世界人と思しき人物は発見されていないこと。アイリスちゃんの考えでは、まだ異世界人が居てもおかしくはないだろうとのことだ。

 勇者召喚魔法とは、その実勇者を召喚するのではなく、正式には異世界人を召喚する魔法であり、方法さえ分かれば適性のある人物は多くはないが居ない訳でもないらしい。だからどこかでこの魔法が漏れていて、密かに異世界人を召喚している者が居てもおかしくはないとの事だ。


 あと、しばらく話していたらアイリスちゃんの舌が上手く回る様になってきた。どもる事も無くなり、普通に会話出来る位には心を開いてくれたらしい。悪い兆候だ、拷問に掛けられちゃう。

 とはいえ、話している内に少しは笑顔を見せてくれるようになり、僕のことも『きつねさん』と呼んでくれるようになった。まぁ僕がアイリスちゃんと馴れ馴れしく呼んでいたこともあるんだろうけど、一旦心を開くとどんどん突き進むなこの子。心なしか座っている位置が近くなっている気がする。


「聞いてますか? きつねさん」

「ん? 聞いてるよ」


 それで、異世界の話も聞けたからさっさとお暇したいんだけど、いつのまにかアイリスちゃんの話に付き合わされている。なんというか、面倒臭い子だ。

 どうやら兵士達が過保護過ぎるだとか、アリシアが妹っぽくないだとか、友達が欲しいだとか、日々の生活に不満とストレスが溜まっている様だ。図書室にずっといるのは、自分の部屋はあるものの、部屋に居たら1人であることを実感してしまうから、普段は図書室にいるらしい。


 それで聞いてみた。友達はいなかったのかと。友達が欲しいといっても、国同士の外交的な物もあった筈だ。それなら、友達とは言わないでも近寄ってきた人はいたんじゃないか? そう思ったからだ。


「趣味の話を聞かれて、話していたらいつの間にか離れていってしまいました……」


 あ、駄目だコレ。話のチョイスが下手くそだこの子。趣味の話になって馬鹿正直に拷問趣味のことを話したんだろうなぁ。それも、嬉々として。社交場でそんなことをすれば、他の場所にもその話は伝わっているんだろう。子供の話なら半信半疑かもしれないけどさ。


 でも、この流れで趣味の話に入ってはいけない事くらい僕はちゃんと理解している。


「アイリスちゃんの趣味って何?」


 フィニアちゃぁん!? 触れてはいけない地雷を全力で踏み抜きに行ったよこの子! 不味いよこの流れは、とりあえずフィニアちゃんの口を塞いで引き寄せる。レイラちゃんは未だ瘴気で遊んでいるし、ノエルちゃんにいたってはその様子を観察しているから良いとして、アイリスちゃんがこのまま趣味の話に入ったら完全にゲームオーバー。


 まさしく―――Death or Die


 死ぬか、死ぬしかない状況に持ってかれる。主に精神的に。


「聞いてくれますか?」

「いや、聞かないでおく」

「実は私……その……少々拷問を嗜んでまして」

「聞かないって言ったじゃん。お茶を嗜むみたいな感じで物騒なこと言わないでくれない?」


 不味い、この子も人の話聞かない子だ。魔王といい、勇者といい、話を聞いてくれない子に限って面倒臭い法則はなんなの?


「……この趣味を聞いて引いて下さらなかったのは貴方で3人目です」

「引いてないんじゃないよ。一周回って落ちついたんだよ」

「あの、良ければ私の拷問、受けてみませんか?」

「良くその言葉を吐けたなお前」


 これ以上話を続けていたら本当に拷問を受けることになりそうだ。僕は席を立つ。


「あ……もう帰られるんですか?」

「うん、明日も早いからね。また明日の朝に来るよ、用があるのはアリシアちゃんだけどね」

「あ……はいっ! お待ちしてます!」

「…………うん」


 とても良い笑顔で言われた。この子、人見知りは激しいけど結構チョロいぞ? 懐くまで10分位しか掛からなかった気がする。犬かこの子は。尻尾が見える、ブンブン振られている尻尾が見える! ルルちゃんでもそんなに激しくは振らないのに! 残像が見えるほどの勢いで振られている。

 うん、こんな子犬みたいな笑顔を浮かべる子が、拷問趣味を持ってるなんて信じられないよ。怖い怖い、人は見かけで判断しちゃいけないっていう言葉の典型的な子だね。


 とりあえず、この子の好感度はもう上げない様にしよう。覚醒後のレイラちゃん並にチョロ過ぎるからね。


「それじゃ」


 僕は早々に、図書室を出た。

 廊下に広がるレッドカーペットを歩く。フィニアちゃんは長話に飽きたのか、少し疲れた様子だ。肩の上に座るのが普段のフィニアちゃんではあるけれど、今は干される布団の様にうつ伏せになっている。後ろからはレイラちゃんが付いて来ているけれど、まだ瘴気で遊んでいる。拡散させては収縮させてを繰り返し、赤い瞳がどんどん集中力を増している。一体何をしているんだろう。

 まぁ、大人しいならそっちの方が良いから、放っておくけどね。

 

「……まぁ拷問趣味は置いておいても、良い話が聞けたね」

「そうだねー、勇者って色んな人が居たんだね」

「物語の主人公にするなら、2代目が最もドラマチックだったなぁ……名前田中太郎で平凡そうな名前だったけど」

「きつねさんは主人公というより変な名前だよねー」


 疲れたのか悪態にも勢いがない。

 とはいえ、この世界と地球の時間の流れが違うっていうのは少し気になったなぁ。高柳神奈が300年前に召喚されたとして、彼女が生きていた時代は僕の生きていた時代に近いかもしれないからね。そうなると、地球じゃそれほど時間は経っていないのか? それとも時間の流れ自体は一緒で、高柳神奈が時間軸を超えて召喚されただけなのか? そこが重要だよね……前者なら地球の時間は僕がこっちに来てからそれほど時間が経っていないだろうし、後者なら僕が帰れたとしても時間軸がずれるかもしれない。

 コレはちょっと難しい問題になってきたなぁ


「―――きつね君」

「ん?」


 すると、突然後ろにいたレイラちゃんから声が掛かった。

 何だろうと思って振り向くと、レイラちゃんの様子がおかしい。さっきまで集中していた筈の赤い瞳が、いつだったか見た事のある爛々と輝く赤い瞳に変貌している。頬が真っ赤に紅潮し、吐息が熱い。白い肌が火照った様に赤みを帯び、じんわりと汗が浮かんでいるのが分かる。口元からはぽたぽたと涎が流れ、背後から黒い瘴気がゆっくりと溢れ出るように現れていた。


 レイラちゃんのこの状態……久しぶりに見るね、発情モード。まぁ夜も深くなってきたし、ステラちゃんとの1回目の接触以来無かったから、何か溜まっていたものが爆発したのかもしれない。如何に僕への恋心に気が付いて色々と覚醒したといっても、彼女はあくまで魔族なんだ。元々持っていた性質が変わる訳ではないか。


「……とりあえず、城を出ようか」

「ぅ……う゛……ん」


 堪え切れない、とばかりに喉から漏れた声。フィニアちゃんが少し警戒しているけれど、今までのレイラちゃんならこの状態になってしまえば我慢なんてしなかったからね。我慢するだけ成長したと言える。

 とりあえず、レイラちゃんの手を引いて早々に城を出た。そして、フィニアちゃんには僕の頭の上に移動して貰い、レイラちゃんをおんぶした。肩に涎が染みていくけれど、後で『初心渡り』で戻せば良いだけの話だ。


『白髪ちゃんどうしたの?』


 すると、先程までレイラちゃんの瘴気遊びに興味津々だったノエルちゃんが口を挟んだ。


(彼女は魔族でね、夜になると時たま人を喰らいたくなる衝動に駆られるんだ。発情期みたいなものだよ)

『ふーん……放っておくとどうなるの?』

(そこらへんの人を手当たり次第に喰い散らかすだろうね)


 そう説明しながら、僕はレイラちゃんにもういいよ、と声を掛けた。すると、レイラちゃんは待ってましたとばかりに僕の首筋に噛み付いた。『痛覚無効』や信じられない耐性値のおかげで、肉を持っていかれたりはしない。

 ただ、レイラちゃんはガジガジと首に噛み付き、ちゅーちゅーと吸いついたり、舌で舐めたりしている。食べられなくても、そうしているだけでかなり性欲も食欲も発散されるらしい。おんぶして密着した身体を背中に擦りつけている気がしなくもないけれど、熱い吐息が首筋に当たる。


「ん……はぁ……♡ おいしー……ぞくぞくするよぉ……♡ きつねくん……っ……だいしゅきぃ……♡」


 瞳にハートが浮かんでいるのが分かる。一晩で収まるけど良いけど、今までの分が積み重なってるみたいだし、しばらくこの状態だろう。


『うわ、うわうわわわっ……! ひゃぁぁ……!』

「話には聞いてたけど……きつねさん、痛くないの?」

「痛くないよ。レイラちゃんの筋力じゃ全力を出しても僕の耐性値を抜けないからね」


 ノエルちゃんは発情してエロエロなレイラちゃんを見て、両手で顔を隠している。指の隙間から見ているのはバレバレだけどね。こういうところは初心なようだ。

 逆に、フィニアちゃんは別にこういう行為に他意がないことを事前に説明しておいたから、それほど反応を見せない。レイラちゃんがガジガジと僕の首を何度も噛んだり舐めたりしているのを見て、うえーっと嫌そうな顔をしているけどね。


「こういう状態になったらもう収拾付かないからね……こうして発散させないと駄目なんだよ」

「レイラ、やっぱり発情魔じゃん」

「んんんッ……ぁはぁぁあぁ……っ……♡」

『わわっ……す、凄いえっちな顔……!』


 実況しないでくれないかな? 正直、耳元で嬌声が聞こえてるからちょっとアレなんだよ? 気分的には落ちつかないんだから。敢えてレイラちゃんの方を見ない様にしてるんだから、そういう想像力を掻きたてる様な実況は止めて欲しい。


「とりあえず、さっさと宿に帰ろう。誰かに見られたらちょっとアレだから」


 そう言って、僕は歩くペースを少し速めた。夜だから人気はないけれど、路上で首筋を舐めていやらしい顔を浮かべている少女をおぶっている男の姿なんて、あまり外で見せて良い姿ではないからね。万が一にも見られたら、どんなプレイだと思われちゃうよ。


 すると、フィニアちゃんはレイラちゃんの頭の上に飛び乗る。何をする訳でもないけれど、僕の頭の上では滑り落ちてしまいそうだから、掴める髪が長いレイラちゃんの方へ移動したようだ。ノエルちゃんはレイラちゃんの方に視線を釘付けにしながらも付いてくる。


 何だこの集団は。


 そう思い、溜め息を吐いた。


「―――ッ!?」


 その瞬間、僕の視界が揺らいだ。ぐにゃりと世界が歪み―――背中からレイラちゃんの重みが消える。そして間髪入れずに僕の視界が真っ白になっていき……僕の意識はそこで途切れた。


 最後に聞こえたのは、フィニアちゃんの僕を呼ぶ声と―――



「さぁ、素敵な時間の始まりよ」



 何処かで聞いた事のある……妖艶な女性の声。


さて―――素敵な時間の、始まり始まり。


勇者の数と300年という時間、60年ごとのスパンを計算すると、凪は5代目じゃなく、6代目と発覚しました。修正しておきます!!

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