歴代勇者について
「い、異世界についての書籍は良く読んだので、色々と……知ってます」
図書室に着いてから、アイリスちゃんには僕は異世界についての情報が欲しいと言った。すると、彼女は意外にも異世界についての書籍をかなり読みこんでいるらしく、様々な情報を持っている様だ。
そこで、アイリスちゃんの知り得る限りの異世界情報を教えて貰うことにした。
まず彼女が話し出したのは、この世界では最も異世界に通ずる存在―――『勇者』についてだ。
初代勇者である『高柳神奈』
この世界ではカンナ・タカヤギと名乗っていたそうだが、彼女はおよそ300年前に召喚された歴史上最初の勇者だ。召喚当初はどうやら見慣れない服を着ていたらしく、言葉は通じるものの、彼女は頭が良かったようで、この世界の情報を隅々まで調べ上げ、警戒するべき人間と、信用していい人間を自分の中で設定したらしい。
そして魔王についてだが、この時点で出現した魔王のことを『魔王』とは呼称していなかったらしい。ただ、手に負えない魔族が現れたという認識だったようだ。そこでその話をした所、彼女はその魔族の事を『魔王』と呼称し、自分自身のことを『勇者』と呼称した様だ。
それが『魔王』と『勇者』の起源であり、勇者が『勇者』と呼ばれるようになった原因なのだそうだ。
元々彼女は『魔王』という名前を知っていた。ならば、彼女はかなり最近の時代を生きていた人間なのかもしれない。時間の流れは、此方と地球とじゃ違う可能性が出て来た。
そして彼女は強かった。勇者としての固有スキルを召喚当初から持っていた様で、最初は使いこなせていなかった様だが、数日もすればその使い方と応用まで構成してメキメキと実力を伸ばして行った様だ。
ちなみに、固有スキルの名前は『天下無双』。凄まじい名前だけれど、その名前の通り天下を取ってしまえる様な強力なスキルだった様だ。現在となっては、その詳細は何処にも残っていないらしい。
ただ言えるのは、そのスキルと勇者として積んだ経験を駆使し、彼女は魔王を倒したということだ。残念ながら、彼女の仲間は魔王に辿り着くまでに部下の魔族との交戦で死んでしまったようだが、今もなおその名前は受け継がれているらしい。
初代勇者の仲間。
巫女『セシリア』、剣士『グライツェン』、魔法使い『エルーシャ』、獣人『ヴァルカン』、そして奴隷『アイ』―――全員冒険者として登録しており、初代勇者は仲間であるこの5人を大層大切にしていたらしい。
それぞれに逸話があり、中でも奴隷でありながら勇者のパーティに加わった少女『アイ』は、初代勇者である彼女と姉妹の様に仲が良かったとされている。彼女は今でも奴隷や孤児達からは英雄の様な存在として、語り継がれている様だ。
とまぁ、そんな仲間達と共に魔王を倒した初代勇者は元の世界へと帰って行ったらしい。仲間達の遺体は、初代勇者に手によって魔王城の傍に埋められたのではないかとされている。
彼女はその厳格で仲間を大切にする所から、後に『真の絆を得た勇者』と呼ばれるようになった。
そして、その約60年後――再び魔王が現れた。
初代勇者によって殺されたかと思いきや、魔王はどうやら復活の為の手を打っていたらしい。
そこで人々が頼ったのが、勇者だ。
2代目勇者『田中太郎』
この世界ではタロウ・タナカと名乗っていた様だが、2代目勇者として召喚された彼は、魔王や勇者という話を聞いてしばらく引き籠ったらしい。臆病者の勇者とまで言われた男である。命懸けの戦いなんて無理だと口癖のように言っていた様だ。最初の高柳神奈が厳格で勇者らしい人格者であったこともあり、彼を見た人々はもう駄目だとばかりに絶望したようだ。まぁそうだろうね。
でも、そんな彼も記録では魔王を倒している。その裏では、彼を献身的に支え続けた巫女の存在があったかららしい。
初代勇者のパーティにいた巫女『セシリア』に憧れて、勇者と共に魔王を倒さんと、魔王も倒されたというのに巫女になった夢見がちな少女であったが、再度魔王が現れ勇者が召喚された。彼女のテンションは大興奮だっただろう。
彼女は召喚国でもお転婆娘として有名だったらしく、魔王討伐の任をかなり軽んじていた節があったようだが、怯える勇者を見て何か人が変わった様に落ちついたらしい。毎日毎日怯える勇者の下へ訪れては、何度も何度も励まし続けたのだそうだ。流石、今の巫女とは違うな。
そして、その巫女の献身的な励ましもあって、田中太郎は剣を握る事を決めた。
その日から、彼は厳しい訓練を受け続けた。勇者としての素質は十分だったようで、丸々と肥え太っていた身体は見る見るうちに引き締まり、顔立ちも整った造形に変わっていったのだそうだ。劇的ビフォーアフターみたいな感じかな?
そんな彼の固有スキルは『傷心否定』。こっちに関しては詳細が残っている様で、自分や他人を含めて、全ての傷を治療する事が出来るスキルだそうだ。しかも驚くべきことに、このスキルを発動しながら励ましの言葉を贈ると、心の傷にも微力ながら作用するらしい。
自分を励ましてくれた巫女への感謝の気持ちと、元々優しい性格だった彼の人格が良く表れているスキルだと当時の人は言っていたのだそうだ。
故に、この初代勇者にも負けず劣らずの名声を獲得している田中太郎。高柳神奈に命を救われた人々は多く存在していたようだが、傷付いた心を救われた人々が多いのはこの田中太郎だろう。
故に魔王を倒した後、彼は『誰よりも優しい勇者』としてそれを支え続けた巫女と一緒に今もその名が語り継がれている。
ちなみに、この勇者の仲間達はそれほど名を馳せはしなかった様だ。
だが、この2代目勇者田中太郎が元の世界へと帰って行った後、流石に学んだ様で、世界中の王族達は魔王の復活を危惧していた。衰退しかけていた巫女という役職が完全に復活し、騎士や兵士達の軍備強化に力を入れる国も多くなった。
そしてその約60年後――魔王はやはり、復活した。
そこで登場するのが、3代目勇者『清水紫』
この世界ではユカリ・シミズだったようだが、名前の通り女性の勇者だ。小柄で、とても戦える様な人物ではなかった様だ。田中太郎が引き籠っていた時期と同じ位、召喚当初の反応は絶望に満ちていたらしい。
しかし、彼女は頭が良かった。天才と言っても良い位に、頭が良かった。その証拠に、この異世界にやってきた過去2人の勇者と比較して、最も早くこの世界に順応してしまったのだ。
勝手に様々な書籍を読み漁り、初日で魔法を使えるようになってしまった。しかも、独学でだ。
更に言えば、魔法を使えるようになった事にも驚きではあったが、2日目には既に上級魔法の大半を習得していたことには、国中が驚いた。ちなみに、これも独学だ。もっと言えば、彼女は魔法の全てに適性があったらしく、火・水・風・土・雷・光・闇といった属性魔法に加えて、時空間魔法や召喚魔法など、習得出来る者が少ない筈の魔法まで使いこなしてみせた。
彼女は歴代で最強の、魔法使いの勇者だったのだ。
だがしかし、彼女の余りの天才ぶりに、彼女の仲間になりたいと志願する者はいなかったらしい。でも彼女はどうやらクールな性格だったらしく、それならそれでいいと言って、1人で魔王を倒しに行ったのだそうだ。巫女の同行も拒否したらしい。そしてその後も、彼女の仲間になろうという者は誰も居なかった。
―――ならばどうやって彼女は魔王を倒したのか?
そこで出て来たのが彼女の固有スキル『獣王』。その力は、あらゆる魔獣と契約を交わし、そして自分の仲間にする事が出来るというスキルだ。とはいっても、強制的ではなく双方の承認が合って契約出来る力だ。
彼女は、自分の実力を示してありとあらゆる魔獣と契約を交わしたのだ。中には、Sランク魔獣である『覇の黒龍』や『天の神狼』、『不死鳥』など、危険な類の魔獣も居り、スライムなどの弱い魔獣もたくさんいたらしい。
彼女が契約を交わした魔獣の数は、7938体。契約に掛かった時間は大体1年程だ。
彼女はその全ての魔獣と共に魔王城に乗り込み、そして勝利した。圧倒的質量で押し潰したというべきだろう。流石の魔王も、伝説級の魔獣達に加え、約8000体もの魔獣に攻撃されれば多勢に無勢だったようだ。
故に、今も生き残っている伝説的な魔獣達に聞けば、3代目勇者の話や魔王についても色々と話が聞けるだろうが、そんな度胸も実力もある人間はいないだろう。
なんにせよ、彼女は本当にたった1人で魔王を倒すに至った勇者となったのだ。その逸話から彼女が元の世界に帰った後、人々は彼女を『孤高にして冷徹の勇者』と呼んだ。
余談だが、彼女と契約を交わした魔獣達は今も生きており、スライムであっても凄まじい力を持っているとかいないとか。だからスライムの群れの中に、一際強いスライムがいたりするかもしれない。
そしてその約60年後、またもや魔王が復活した。あれほどの魔獣爆撃を喰らっておいて、まだ生きているのかと人々は魔王の生命力に対して更なる恐怖を抱いた様だ。
そして召喚されたのが4代目勇者『雨宮鳴』
名前では男か女かは分からないが、彼は男だ。
彼は陽気な男で、様々な逸話を残している。その中でも最も有名な逸話が、魔王や勇者の話を聞いた時の事だ。かつての勇者達は、魔王や勇者の話を聞いてかなり深刻な表情と反応を返したものだが、彼の場合は違ったのだ。
彼は、魔王や勇者の話を聞いた後笑いながらこう言ったらしい。
『あっはっは! マジか!』
豪胆なのか、馬鹿なのか、ともかく彼は人々に対していつも陽気だった。その人柄は多くの人々に愛され、歓迎された。
しかし、彼は全く戦闘の才能がなかった。剣を振らせてみれば手からすっぽ抜け、その他の武器も使いこなすことが出来なかった。彼には戦える武器が何も無かったのだ。
だが、彼は諦めなかった。持ち前の陽気さで、武器が使えないなら別のモンで対応すればいいと言って、様々な物を作り出した。そう、本当に様々な物を作り出した。幸い、彼は構成力に長けており、創作能力にも長けていたのだ
魔石を使った灯りから、冷蔵庫に似た魔導冷蔵庫などの日常生活品から、スカート、パンツ、ブラジャー、メイド服、巫女服、水着、チャイナ服、ゴスロリ、着物、浴衣、体操服、ブルマ、スパッツ、ニーハイソックス各種、タイツ等々、様々な衣服を作り出した。本当に趣味満載、性癖満載の物ばかり創り上げた。
ちなみに、この時から勇者を支える巫女が巫女服を着るようになったようだ。上記の説明では巫女と記載しているけれど、元々初代勇者の時代では巫女ではなく『御子』だったので、漢字が『巫女』になったのは多分この頃からだとされている。
僕的にこの勇者、とても話が合いそうだ。とりあえず、グッジョブ。
で、彼は一通り趣味満載の物を作りあげた後、本格的に武装を作り始めた。彼は魔力を使いこなす才能はないが、魔力は歴史上でも類を見ないほど大量に持っていたらしく、その魔力をどうにかして使えるように外部武装を作りあげたのだ。
地球で言うところの、質量兵器。外部武装が自分の魔力を吸い上げて攻撃する戦法を編み出した訳だ。そこで登場するのが、彼の固有スキル『創造知識』。あらゆる物の作り方を知ることが出来るスキルだ。コレを使って、彼は数々の質量兵器を作りあげた。
そして彼が創り上げた武装の中で最高傑作とされているのが、魔力によって動く戦艦。
その名も―――『爆笑(笑)』
爆笑に(笑)を付けるという馬鹿っぽさが残る名前だが、その機能は凄まじい。魔力を吸い上げて空を飛び、小さな街程度なら上空からの魔力レーザーで蒸発させる事の出来る超巨大魔力武装だ。本気を出せば国を滅ぼす一撃を発動させることも出来るとされている。
でも、空を飛ばすだけで大量の魔力を使うので、彼以外には扱えない兵器でもある。彼の魔力量を説明すると……魔力を水と例えるのなら、彼の魔力量はまさしく海と表現出来る。尽きる事の無い魔力というべき無尽蔵の魔力量を誇っていたのだ。まぁ、それを使う才能はからっきしだったようだが。
彼はその魔力戦艦に乗って、魔王城まで赴き魔王城ごと魔王を吹っ飛ばしたらしい。故に、彼は魔王の姿を見ていないし、戦艦に乗っていた彼の仲間も死んでいない。というか、仲間達は後口々にこう語り継いでいる。
『何もすることなかった』
『戦いではない、これは蹂躙だ』
『笑いながら魔王城を吹っ飛ばしてた。彼こそ本当の魔王だったのよ』
『何コレ?』
彼は最も早く魔王を討伐した勇者だ。そして、最も人騒がせな勇者だった。何故なら、戦艦で魔王城を吹っ飛ばした後、空中に戦艦を残して姿を消したのだ。恐らく、元の世界に帰ったのだと思われる。
残された仲間達は、戦艦と共に魔族の住まう大陸に落ちて行き、命辛々元の国へと戻ってきたのだそうだ。そして魔王城が吹っ飛んだこと、勇者が消えたことを報告した後、打ち上げをしたらしい。彼らは勇者パーティで唯一生き残ったパーティだ。世界で初めての打ち上げだったが、彼らは勇者に対して苦笑しながら愚痴を漏らしたそうだ。
―――次会ったら1回ぶん殴る、と
但し、何もする事がなかった彼らは魔王を見ていないので魔王の姿も情報も持っていない。そして、後に4代目勇者は人々に『傍迷惑で陽気な勇者』と呼ばれるようになった。
だがその60年後、魔王復活。かなりの不屈精神だ。
そこで現れたのが5代目勇者『立羽楓』
3人目の女性勇者である。この少女はなんと召喚された時の年齢が10歳という真正のロリっ子だ。変わらず召喚時の勇者に対して、多少の不安を抱いた国の人々だが、やはり勇者としての力は凄まじかった。
彼女はルルちゃんと同じように『魅了系』と『戦闘系』、2つの固有スキルを持っていた。魅了系固有スキル『言うこと聞け』、効果は自分自身の魅力を極限まで向上させるスキルであり、そのスキルで彼女は当時のSランク冒険者……序列1位から10位までの全員を魅了し仲間にした。というか、俺達が君を守る! みたいな感じだったらしい。ロリコンの多い時代だったんだろう。
結果、彼女はSランク冒険者を味方に付け、更には彼女自身の力として、戦闘系固有スキル『あっち行け』が役に立つ。コレは自分に振り掛かる厄災を全て自動で反射するスキル。彼女はこのスキルによって守られ、全ての攻撃を跳ね返してきた。更にはSランク冒険者達のガードもあって、彼女は無傷で魔王を倒した勇者となったのだった。
まぁ、仲間のSランク冒険者は全員魔王によって殺されてしまったのだが。
そして彼女は元の世界に帰る前に召喚国に帰り、演説をした。その際に残した言葉は後世にも残っている。その際に残した言葉がこれだ。
『お兄ちゃん! お姉ちゃん! ありがとう! 大好きっ!』
とても可愛らしい一輪の花の様な笑顔を浮かべてそう言って、彼女は国民達の前から消えたらしい。その際、国民全員が胸を打ち抜かれたという。故に、後に彼女は『とにかく可愛い勇者』として名を馳せることになる。
そして、約60年後に魔王が復活。現在の6代目勇者『芹沢凪』が召喚されるに至る。
「……なんというか、初代と2代目以外まともな勇者いないね」
「で、でも、一応結果は残してますから……」
「うん、そこが腹立たしいよね」
長々とアイリスちゃんの話を聞いて、僕は3代目から勇者にまともな奴はいなくなってしまったのだと確信した。だが、4代目勇者とは気が合いそうだからちょっと会ってみたいと思った。
「成程ねー……やっぱり異世界に帰るには、魔王を倒さないと駄目なのかな?」
勇者達から得られるヒントは、やはり魔王という存在だけの様だ。
「他に……聞きたい事はありますか?」
「ん、そうだね。それじゃ―――」
とりあえずは、もう少しアイリスちゃんに異世界についての話を色々と聞くことにした。
かつての勇者達についてでした。色々チート勢が居た様ですね! 凪君はこの歴代の勇者達に負けない実績を立てられるのでしょうか。