☆不貞腐れノエル
「は? Sランク? ちょっと待ってよ、僕はたった今Fランクになったばかりだよ?」
「ええ、でも推定Sランクの脅威である『使徒』と呼ばれる少女を、2度も退けた実績に加えて、まだ未熟ではありますが勇者を圧倒する実力を持った貴方を、Fランクにしておくには少し無理がありますので、ギルドの方で妥当なランクに昇格させることが決定しました」
何が何だか分からない内に序列12位のSランクにスピード出世してしまったんだけど。確かにステラちゃんとは2回やりあったし、どっちも退けたという意味では合っているけれど、正直どっちも勝ったとは言えないんだよ? 1回目は見逃して貰った感じだったし、2回目も僕が勝ったからとはいえ、ステラちゃんは僕の命を奪うことだって出来たんだ。Sランクにちゃんと勝利したという実績は、実はまだ無いんだよ?
レイラちゃんは勝負自体を有耶無耶にしたから生き延びることが出来たんだし、ステラちゃんには見逃して貰ったし、魔王は向こうが退いてくれただけだし、レイスは僕が逃げたんだし、ノエルちゃんは戦ってないし、メアリーちゃんはノエルちゃんの力によるものが大きい。
僕がSランクの実力を持っているかと言われれば、そうとは限らないんだ。まして、Sランクの序列が何位まであるのか知らないけれど、最下位ならともかく12位ってのは少々行き過ぎた出世だろう。納得いかない。
そもそも、序列12位ってゼス・ヒュメリが居たでしょ。アレはどうなったんだ。
「なんで12位?」
「本来なら新人Sランクは序列最下位から配置されるのですが、きつね様に関しては特例が許されてしまう程の実績があるんです。貴方はもう少し、自身がやった事の重大さを自覚なさった方がよろしいかと。きつね様の序列に関してですが、最近元第12位であったゼス様がSランクの最下位に降格を望まれたので、代わりにきつね様を配置したという訳です」
おおっと、ゼス君余計なことをしてくれたじゃないか。
ということは、僕今日でメアリーちゃん超えちゃった系? あーあ、Sランクの領域に足を突っ込んじゃったよ。正直魔王とかステラちゃんとかと同じ存在になるのはちょっと遠慮したい気分なんだけど。
「……仕方ないなぁ……じゃあありがたくSランクの地位を甘んじて受けようじゃないか」
「かしこまりました、ギルドカードの提出をお願いします」
こうして僕はSランクになった。あーあ、『きつね』の名前がまた変な風に広がらないと良いんだけどねぇ……まぁ程々に頑張るとしよう。
「『きつね』がSランクに……」
「やべぇな……Hランクから一気に……」
「……前代未聞じゃないか?」
「二つ名決めようぜ……」
おっと、周囲がざわざわとうるさくなってきた。さっさと去るとしよう。
「それじゃ、僕は帰るよ」
僕はそう言って、ランク表記がSランクになったギルドカードを受け取り、ギルドを出て行った。
◇ ◇ ◇
『いやぁ、見てたよー……面白い事になったね、きつねちゃん! ふひひひっ……!』
「きつねさんがSランクかぁー……まぁ当然だよね!」
「あんまし目立つつもりはなかったんだけどね」
ギルドからの帰り道、手続き中ずっと黙っていたフィニアちゃんとノエルちゃんがそんなことを言いだした。まぁSランクと言えばノエルちゃんもそうなんだけどね、その力は未だ良く分からないけど。
というかこれで僕達のパーティSランク率高くなったね。僕、レイラちゃん、ノエルちゃん、と……パーティの半分がSランクか、恐ろしいな。
とはいえ、今までの脅威の連続がこんな風に繋がったとなれば話は別だね。報酬も豪華絢爛な物ばかりだったし、何よりルークスハイド王国の城内にある書籍の閲覧権限はありがたい。文字はまだ読めないけれど、あそこの本には元の世界に戻る為の手掛かりがあるかもしれないし……あ、まずは文字覚える所から始めないとね。
「それにしてもきつねさん、これからどうするの?」
「どうするのって……宿に帰って寝る。Sランクになったし、今僕億万長者だし、当分仕事しなくても生きていけるし、しばらく宿で寝っ転がって過ごす」
「この引きニートめ、凄まじい堕落っぷりだね! Sランクなのに! Sランクなーのーにっ!」
『にっ!』
うるさいなぁ、僕はもう働きたくないんだよ。戦いたくも無いし、魔王とかSランクの怪物に関わるのも面倒臭い。報酬も貰ってやっと苦労に対する帳尻が合ったんだから、この先また戦ったりするのは遠慮したい所だよ。
元々、冒険者は生活するための小遣い稼ぎみたいなものだったし、わざわざ危険を冒してまで仕事する必要はないでしょ。
『でも、きつねちゃんは大人しく引き籠ってられるほど平穏に愛されてないと思うなぁ……ふひひひっ』
おっとまた心の声が伝わってしまったらしい。
まぁノエルちゃんの言うことも分かる。僕はそれほど平穏に愛されていない上に、死神に愛されてるらしいからねぇ……素直に引き籠れればいいけど、そうはいきそうにないのが怖いよね。ノエルちゃんといい、レイラちゃんといい、僕の周りにはそういうのが集まって来るからなぁ……ステラちゃんも、メアリーちゃんも、魔王も、どうして僕の所に来るのかな。異世界人なら勇者の方にも行こうよ、面倒臭いから。負担配分がおかしいんだけど、本当に……僕に優しくない世界だ。
「まぁこの棒の使い道が分かるまでは……仕事するよ」
「きつねさん……頑張ろう?」
「うん……もう少し休息が欲しいなぁ」
『ふひひひっ♪ きつねちゃん……面白いこと言うねっ……! ぷふっ……ふひひひっ……!』
喧しいぞ幽霊。僕に休息が似合わないみたいなこと言うな! 結構傷付くんだぞ! 全く、君も僕の休息を奪った張本人じゃないか。自分のことを棚に上げて、随分なことを言う。
まぁ、Sランクになったことだし……高い地位に立ったからには、それなりの義務を果たさないとね。
『あ、宿だー』
ノエルちゃんの声に、僕は目の前に現れた宿に視線を向けた。そうだね、さしあたってまずはふかふかのベッドで寝るとしよう。少々疲れた。夏休み並の休暇を頂きたい所だ。
◇ ◇ ◇
「あら? 貴方もしかして、噂の『きつね』かしら?」
宿に入った僕達を迎えたのは、いつもの女将さんの声では無く、聞き覚えの無い女性の声だった。
声のした方へと視線を向けると、そこにいたのは深い藍色の髪に紫色の瞳をした女性。立ち居振る舞いは熟練の冒険者というべき風格を持っており、服装や装備も騎士というよりは冒険者と言った方が正しい。
第一印象で言うのならば―――
「巨乳だ」
「巨乳だね!」
『きょにゅー……ふひひひっ♪』
「あらやだ、そういうところは男の子なのね」
そう、巨乳だった。そして何やら感じるデジャヴ、ミアちゃんの時と同じ感覚だ。というか目の前の女性の胸は、随分と大きく形も整っている。僕の『ステータス鑑定』が火を噴くぜ!
サイズで言うならそうだな、トップバストにして108cmといった所かな? アンダーは……80cmくらい? 見事なHカップ、御馳走様です。先程までの僕の冒険者ランクとお揃いだね。もうSランクいっちゃったけどね! カップ数でいえばH超えちゃったけどね―――おっと何も言ってないよ僕は。そんな女性のおっぱいのサイズを正確に測れる訳ないじゃないか、やだなぁもう。ちょっとした冗談だよ、僕は真面目で健全で風紀的な青少年だから。
「そうねぇ、最近また大きくなってきたわね……ちょっと前まではGカップだったのだけど、今じゃHカップになっちゃったのよ……肩が凝って仕方ないわ」
『きつねちゃん……サイテー……』
喧しいぞ幽霊。というかまた心の声聞こえてたみたいだ。ノエルちゃんが珍しくガチでジト眼を向けている。ゴミを見る様な視線なんだけど、死んだ瞳でやられると凄い罪悪感が湧いてくるんだけど、止めて欲しいんだけど。
というかこの女性、冒険者とはいえかなりオープンだな、性的な話なのに。まぁおっぱいをかなり露出した格好しているし、経験豊富なだけかもしれないけどね。
にしても、この宿じゃ見慣れない女性だなぁ……新しく泊まる人なのかな?
『きつねちゃん、私の半径10m以内に入らないで』
(物理的に不可能な数字を出さないでくれない? 離れるなら君が離れろ)
『ふーん、3分間口利いてあげない!』
(3分間待ってやろう……ってアホか)
この子は怒ってるんだか不機嫌なんだか分からないなぁ、まぁ変態と思ったのは嘘じゃないんだろうけどね。でも口利いてあげないっていうのも3分間だけだから、ある意味優しいのかな?
「……私はヴィルヘルムっていうの、よろしくね。『きつね』」
「僕の名前は噂の通り、きつねだよ。よろしくヴィルヘ……ビィ……あだ名で良い?」
呼びにくいから正式名称を諦めた僕だった。
「ええ、良いわよ」
そして、苦笑しながらヴィルヘルムさんは寛容だった。その寛容さに尊敬の念を持ちながら、彼女に失礼の無い様なあだ名を考える。
その結果、僕が考えだした彼女のあだ名は―――!
「ルヘェさん」
「悪意を感じるネーミングね……」
あれ? 気に入らなかった? ちょっと色っぽい格好してて、セクシーな方だから、経験豊富そうな部分からアヘ顔に似たネーミングにしたんだけど。ルヘェ……良いと思うんだけどな。ちょっとエロい名前っぽいし。
―――うん、まぁ正直言うと悪意込めまくったけどね。わざとです。
「じゃ、ヴィルヘルムさん。よろしく」
「呼べるじゃない……なんだったの今の会話」
とりあえず正式名称で呼びつつ、僕はヴィルヘルムさんに握手の為の右手を差し出した。すると、彼女も呆れた様な溜め息を出しながら握り返してくれた。うん、しっとりと柔らかい女性らしい手だ。とても冒険者だなんて思えないね。もしかして新人さんかな? Sランクの僕が手取り足取り腰取り教えてあげなんでもないですそんな度胸も経験も無いです。
『むぅ……きつねちゃん……サイッテー……死ねば?』
おおっと、また心の声が聞こえてしまっている。しかも取り返しの付かない部分が伝わってしまっている。ノエルちゃんの目が道端に落ちている蝉の死体を見る様な目になっている。死んでる人に死ねばって言われたんだけど……凄い説得力、ヘタしたら命持ってかれそうな迫力があるんだけど。
この子こんな目出来たんだ。ちょっと本気で心の声が聞こえない様に気を付けよう、これ以上この子に引かれたらこのジト眼が更に進化しちゃう気がする。
「きつねさんはいつも通りだね! さっきから視線がずっとこの人のおっぱいに向かってるよ! この変態!」
「あらあら……うふふ」
しまったァ! フィニアちゃんの悪態が残っていた! この場合悪意がなくとも事実を言っているから関係無い!
そう思いながら、僕は恐る恐るノエルちゃんの方へと視線を向けた。すると―――
『……』
俯いて黙っている。超怖い。
(ノエルちゃん……?)
心の中で呼び掛けてみた。すると、ノエルちゃんの肩が少しだけ震えている。あ、怒ってる? 幽霊だけど女の子だもんね、変態を見たらそりゃ気分も悪くなるか。まして、孤児だった頃に死んだから男性との関わり合いなんてなかっただろうし……あれ? もしかして僕ってノエルちゃんが初めて見た男性だったりする?
もしもそうだとして、初めて見た男が巨乳の女性の胸に関して色々と思考していたら……そりゃ引くよねぇ。うん、本気で反省。
すると、ノエルちゃんが悲しそうな表情で顔を上げた。
(ノエルちゃん……?)
『…………きつねちゃんは……胸の大きい子の方が良いの?』
(は?)
ノエルちゃんはだぼだぼの袖から白い手を出すと、自分の胸に両手を当てながらそう言った。ポンチョの裾から見えた彼女の胸は、多少膨らんでいるものの、巨乳という程ではない。年相応の胸といったところだろうか。というか、幽霊で胸の成長とか関係あるのかな?
とりあえず、僕はその質問に答えた。当たり障りの無い様に。
(とりあえずおっぱいは夢の宝物庫だよね)
『……』
(―――いたぁ!!?)
僕の答えにノエルちゃんは無言で、僕の頬を叩いてきた。耐性値を容易に抜いてくる霊体のビンタは、普通に痛かった。声を出さない様にしたけれど、頬がジクジクと痛んでいる。
ヴィルヘルムさんとフィニアちゃんが凄く不思議そうな顔をしていた。うんまぁ、ノエルちゃんが見えない人からすれば、いきなり頬を抑えて唸る人だからね……仕方ないか。
ノエルちゃんを見ると、10m限界ギリギリまで離れた所で此方に背を向け空中に体育座りをしている。何だか分からないけれど、ノエルちゃんの機嫌を損ねてしまったらしい。いじけちゃった。
まぁ今のは変態発言にも程があった気がするし、仕方ないかもしれない。貧乳も巨乳も夢が詰まってるって意味だったんだけど、上手く伝わらなかったらしい。
「とりあえず……部屋に戻るよ」
「そう、見掛けたら気軽に声を掛けてちょうだいね」
「うん、じゃあね」
とりあえず、僕はヴィルヘルムさんに軽く手を振って部屋に戻ることにした。
Sランクになって疲れたし、ノエルちゃんには叩かれちゃったし、もう働きたくない。こんな棒の使い道なんて分からなくてもいいと思えてきた。
ノエルのこの行動……嫌悪か―――それとも嫉妬?