奴隷の少女 ルル
しばらく待っていると、ミアちゃんが小さな小袋を持って部屋に戻ってきた。多分あの袋の中にお金が入っているんだと思う。
とはいえ、こんなに簡単に情報提供でお金が貰えるなら、嘘の情報でもお金が貰えるんじゃないかな? そう思ってミアちゃんに聞いてみたけど、どうやら嘘発見器的な魔導具があると教えてもらった。浮気話に使えそうだな、泥沼だね。まぁ些か高価な代物らしいし、誰でもほいほいと使える魔導具でもないみたいけど。
つまり、その魔導具を持っているギルドにとって齎される情報は簡単に仕分けられる訳だ。嘘か、真かを。
「それでは、こちらが買い取り金になります。情報は以上ですか?」
「うん。確かに受け取ったよ」
「とりあえず、ギルド長に報告した後、早急に捜索隊を編成して『赤い夜』が未だ森の中にいるかどうかを確認することになると思います。情報提供、ありがとうございます」
ミアちゃんがそう頭を下げて、扉を開けた。出ろという意味なのだろう。僕もフィニアちゃんを肩に乗せて、立ち上がる。お金も手に入れたことだし、フィニアちゃんに言った通り奴隷を買おう。出来れば女の子が良いけど、この世界の常識について良く知ってることが大前提だね。それなら男でもいい。
とはいえ、僕はこの世界において奴隷が認められているのかどうかも知らない。どうなんだろう、奴隷を使役することは犯罪的なものにならないと良いんだけど……。ミアちゃんに聞いてみよう。
「ねぇミアちゃん」
「なんでしょう」
「この国は奴隷って認められてるの?」
「そうですね……認められてはいませんが、禁止されてもいません。奴隷を使役する事は構わないのですが、主人は奴隷の最低限の生活を保障しなければなりません。仮に奴隷を虐げる扱いをした場合、この国では騎士による処罰が下されることになってます」
「なるほど」
どうやらこの国では奴隷を買っても大丈夫そうだ。僕としても人を虐げるのは気が乗らないし、僕は子供にだって負ける自信があるからね。攻撃力的な意味で。
とはいえ、この国ではってことは他の国では奴隷を虐げることもあり得るんだろうなぁ。うーんどうも気乗りしない。
まぁしばらくこの国から出て行くつもりはないけど、出て行くことになったらそれなりに覚悟しておこう。僕は弱いからね、権力者とか格上の冒険者に眼を付けられたら堪ったもんじゃない。
「きつね様は奴隷を購入するおつもりで?」
「うん、宿で料理を作って貰ってるんだけどお金が掛かるからね。それなら食事を作れる人がいた方が安く付くじゃない? 作ってもらおうと思って」
「きつね様は作られないんですか?」
「作れるけど……ほら、依頼から帰ってきたら疲れてるから作る気になれないんだよねー」
「なるほど……」
ミアちゃんがなんだか訝しげな表情で見てくるから適当にごまかした。しおりちゃんからは呼吸する様に嘘を吐くね、と評価された僕だ。魔導具を使っていない限りは嘘だとバレることはないんだぜ。
というか、ミアちゃんの表情がなんだか神妙なんだけど……魔導具使ってないよね? 大丈夫だよね?
来た道を戻って、カウンターから元の賑やかな広間に戻ってきた。冒険者達が怪しげに僕達の方を見てるけど、君達の考えてるようなことは何も無いからね。しつこいと炭にするぞ、フィニアちゃんが。許さないぞ、フィニアちゃんが!
「それじゃ、僕は行くよ。今日は依頼を受けている暇はなさそうだから」
「はい、それではまたのご利用をお待ちしております」
「またねミアちゃん! もう怒らないでね!」
「怒ってません」
フィニアちゃん、余計なことを言うな。ミアちゃんの眼がまた笑っていないじゃないか。蒸し返すことないだろう、全く。
ああ、ちなみにだけど、『赤い夜』については捜索隊が発見出来なくとも、他の場所へ移動したということで、情報代の返却を求められることはないらしい。そこはちゃんと聞いておいた。
でもまぁもう用事は済んだので、退散退散っと。
◇ ◇ ◇
ギルドから出て、僕達はまず奴隷商の下へと向かった。この前擦れ違った奴隷運び的な強面の男の向かって行った先、うろうろと探してみたらあった。奴隷を運んでいた台車が表に置いてある。奴隷は認められてもいないって言ってたからきっと表通りにはないんだろう。
試しに建物の裏に入ってみたらなんだかそれっぽい店を発見。隠すのは良いんだけど裏に回ったら簡単に見つかるって、隠せてるとは言えないんじゃないのかなぁと思うんだけど。
でも、僕にとってはありがたかったから良いとしよう。一見さんお断りじゃなきゃいいけど。
「失礼しまーす」
「おや、いらっしゃいませ。どのような御用件で?」
中に入ってみると、僕の元居た世界でいうホテルのロビーをカウンターのみにしたみたいな空間が広がっていた。奴隷の姿は人っ子一人見えない。まぁ入ってきたのが騎士様だったりするとことだしね。流石にその辺はしっかりしてるか。
「奴隷を買いたいんだけど、いいかな?」
「ええ、勿論でございます! どのような奴隷をお求めですか? 性奴隷? それとも労働奴隷? それとも戦奴隷でしょうか?」
うわ、見るからに怪しそうな男だな。客だと知ってすぐに顔色変えた。怖いねー、裏組織っぽくて。まぁフィニアちゃんをじっと見てるのは気に入らないけど、今は客と店員の立場だから、流しておこう。
「とりあえず容姿は問わないから五体満足ですぐに動ける奴隷が欲しい。予算は金貨1枚まで出せる」
「なるほど……そうなりますと、そうですね……実物を見て貰った方が早いでしょう、奥へどうぞ?」
カウンターの端の扉を開けて、奥へと誘ってくる。ミアちゃんの時とは大違いの胡散臭さだな。まぁ良いけど。
誘われるままにカウンターの中へ入り、その奥へと案内される。なんだか薄暗い通路だけど、少し歩けばすぐに明るく広い空間に出た。そこをどう表現すれば良いだろうか、まるでそこは元の世界で言うところの―――
―――ペットショップのようだった
ガラスの概念がないのか、動物を入れるケージの様なものが整理整頓されたように並べられ、中には申し訳程度にボロボロの布で作られた服を着た奴隷達が、暗い表情で入っていた。
綺麗に並べられた奴隷たち、その手足には枷が嵌められ、身動きすら許して貰えないようだ。奴隷の内容は様々、筋肉の引き締まった力のありそうな男の人間、ミアちゃん以上に胸が大きくてスタイルの良い美しい女の人間、まだ幼くとも将来が期待出来る美少女や美少年、また人間以外にも猫耳や犬耳の生えた獣人や使役出来るよう調教された下級魔獣等々幅広く取り扱っているらしい。
反吐が出るな、ここは。
「どの奴隷も主人に従順に生きるよう言い聞かせて調教を施しておりますので、購入してすぐに命令に従いますよ」
「ふーん……」
「但し、それだけに少々高額となっております……金貨1枚では少し……」
足下見るなぁこの人。商売人といえば当然なんだろうけど、やっぱり少しでもお金を絞り取りたいんだろうね。でもまぁ予算はある、とりあえず向こうが考えている金額を聞くかな。話はそこからだ。
「幾らくらい?」
「そうですね……金貨、3枚ほどかと」
「そう……」
見事にこっちの予算当てたぜこの人。流石は商人、素人の僕とは年季が違うね。とはいえ、金貨3枚なら払っても問題ない。ここは全額払うつもりで行きますか。下手に値引き交渉しても僕の口八丁手八丁じゃ太刀打ち出来ないだろうし。
「じゃ金貨3枚であそこの巨乳美女」
「彼女ほどになると人気ですので金貨10枚は……」
「……じゃ金貨3枚であそこの筋肉マッチョ」
「彼は貴重な労働力となりますので金貨8枚は……」
「……じゃ金貨3枚であそこの将来有望そうな美少女」
「将来有望なので金貨7枚は……」
どないせぇっちゅうねん。売る気ないなこの人、少なくとも人間売る気ないな。となると獣人の子か……とはいえ獣人だと生活していくのに人間と勝手が違う気がするしなぁ……気難しそうだし。
すると、奴隷商の男はにんまりと笑いながら僕にこう言った。
「お金にお困りなようならば、一つどうでしょう。そちらの妖精をお売りになられては?」
「は?」
「いやはや、最近では妖精を愛玩種として扱うお客様が多くなっておりまして、金貨20枚で買い取らせていただきますが、どうでしょうか?」
この男、何言ってるんだろう。馬鹿なのかな?
―――フィニアちゃんを売るだと?
「あまり調子に乗るなよ」
良く分かった、この男は僕の敵だ。
「っ……!?」
スキル『不気味体質』が発動するのを感じる。でも構わない、この男は敵だ。本当なら此処で消し飛ばしてやっても良い、フィニアちゃんが。
でも、僕はあくまで奴隷を買いに来た客だ。目立った行動を取るのは控えたい。だから殺しはしない。
「ぁ……っ……か……!?」
「そこの獣人の女の子、金貨3枚で売ってくれるよね?」
「………!……!」
僕は獣人だろうと動けて話せるのなら良いと判断した。それに、こんな所に長居もしたくない。
僕がそう言うと、奴隷商の男は声にならない悲鳴を上げながらこくこくと全力で頷いた。どうやらレベルが上がったことで『不気味体質』の効果も上がったらしい。『威圧』を発動したら失神くらいはさせられそうなほど、顔が青褪めている。良い気味だ。
「じゃ、それでよろしく」
「はぁっ……! はぁっ……!」
スキルを解除して、さっきのカウンターに一人で戻る。フィニアちゃんが凄く不機嫌な顔になって、魔力が眼に見えるほど迸っている。これほど怒っているフィニアちゃんは初めて見る。
でも、良く耐えてくれた。此処で問題を起こすのは困るもんね。
「ありがとうフィニアちゃん、耐えてくれて」
「ううん……でも、あの人嫌い。きつねさんは私を売ったりしないよね?」
「しないよ、フィニアちゃんは僕のたった一人のパートナーだからね」
「うん!」
フィニアちゃんが向日葵の様な笑顔を浮かべるから、僕はこうしていられるんだ。僕はその笑顔が、大好きだからね。
◇ ◇ ◇
その後、桔音は無事怯える奴隷商から獣人の少女を買い取った。形式的なものなのか、奴隷用の契約首輪を渡された。なんでも『隷属の首輪』という魔導具で、この首輪を付けることで主従の契約が為されるらしい。首輪を嵌めた奴隷は付けてくれた主人に攻撃することや命令に背くことは出来なくなるようだ。
桔音としては、貰ってはおいたが付けさせるつもりはない。奴隷といっても、奴隷の様に扱うつもりはないのだ。
「……さて、まずはこれを着てね」
桔音は店を出て、買い取った少女に自分の学ランを着せた。ボロ布姿は見ていてあまり良い気分じゃなかったからだ。桔音はしゃがんでいそいそと着せてあげる。
あの時は何も考えずそこにいた少女を指差して買ったけれど、改めて見てみると少女は中々整った容姿をしていた。
明るい茶色の太ももまで伸びた長い髪、頭には犬の様な耳が生えており、髪を掻き分けて犬の尻尾が生えている。瞳は活力の感じられない死んだような瞳だが、翡翠色の綺麗な瞳だった。年齢は恐らく12歳程、身長も奴隷として最低限の食事だったのか、年の割に小さいように思える。身体も酷く華奢だ。
「………?」
学ランを着せられた少女は困惑したように桔音を見上げるが、やはりその瞳の活力は無かった。だが、桔音が手を引くと素直に付いてくるのでとりあえずは宿へ向かう桔音。1人分宿代増えるのかなぁなんて考えていた。
「あ、そうだ……君、名前は?」
「…………ルル・ソレイユ」
「ルルちゃんか、呼びやすくていいね」
桔音はそれ以上は何も言わなかった。詳しいことは宿で全て話せばいい。今はただ、ルルと名乗った少女の手を引いて、宿まで連れて行く。
だが、桔音はまだ知らなかった。この少女を買ったことが、この先桔音が絶望することにつながることを......。