ようやく、始められる
地下1階から、地下6階までの施設を全て破壊するのは、桔音にとっては難しくとも、フィニアにとっては簡単なことであった。
フィニアの使える最大火力の魔法を、何度も何度も連発する事が出来れば、簡単にこの施設は破壊されていく。桔音の下で生まれ、育ち、勇者に攫われ、成長したフィニアの魔法技術は、正直上級Aランク冒険者の戦闘能力に匹敵する。
「『天蓋の精焔』」
破壊の炎、滅亡の炎、今のフィニアが全ての魔力を使用しないと発動出来ない程の、禁術とも言える最大の火魔法。コレの発動を成功させることで、フィニアのスキル『火魔法』は『火焔魔法』へと進化する。
それは、炎とは到底言い様が無かった。
触れるモノ全てを消滅に追いやる『熱』そのものをぶつける魔法。時に原子レベルで物の振動と動きを加速させ、消滅させる事だけを目的とした魔法である。現在のフィニアの魔力量では、最高でも摂氏3000度―――地球の大気圏を突破する際の温度とほぼ同じである。
魔力を込めれば込めるほど、その温度と威力は増大していくのだが、今のフィニアにはコレが限界だ。
その炎とは到底言い難い熱の塊は、研究施設の悉くをその温度を持ってして焼却していく。消却していく。何もかもが無かったことになっていく。対峙していたクローンの命は勿論、眠っていたクローン達も培養液の蒸発と同時に消滅していく。悲鳴すら、聞こえることはない。
そして、1発撃った後魔力切れになるフィニアであるが、桔音が『初心渡り』を使えば直ぐに使った魔力は全回復する。1発撃って、回復し、また1発撃って、回復する。それを繰り返せば、この施設は地下6階から次々と消却されていく。
地下6階が消え去れば、次は地下5階を、地下4階を、地下3階を、地下2階を、地下1階を、アンデッドやゾンビ犬、ゴーレムも全て、圧倒的熱量の前に存在を終わらせていくのだ。
「うん……まっさらだねぇ」
地下1階から下が全てただの空間と化した。屋敷が落ちてしまわない様に、今は桔音の瘴気が支えているが……コレを解除すれば屋敷も地下6階までの空間へと落ちていくだろう。
全てが消滅した跡を見て、桔音は屋敷へと浮上する。ルルと桔音は『瘴気の黒套』を着用していたので、フィニアの魔法の巻き添えを食う事はなかった。流石のフィニアでも、桔音の耐性値と同等の防御力を持つ瘴気の外套を突破する事は敵わなかった様だ。
魔力耐性においても、この瘴気の外套であれば桔音の耐性値と同等なのだから。
桔音は自分とルルの纏っていた瘴気の外套を解除し、そして屋敷の床に足を付けた。
『おかえりー』
「ただいま」
そこへ、屋敷で待っていた幽霊――ノエルが近づいてきた。屋敷の下での殲滅については、恐らく何も知らないだろう。あの魔法はほとんど音を出さないのだから。
熱そのものを生み出すこの魔法は、火の魔力弾をぶつけるといった音を生み出す魔法ではなく、熱その物で物質を消却させる魔法だ。消滅するのにはなんの音も出ないし、強いて気付く要素を挙げるのなら地面が熱くなるといったことだろうが、幽霊であるノエルにはその熱を感じ取る感覚が無い。気付かれる要素はなかっただろう。
故に桔音は、とりあえず地下施設を消滅させたことは言わずに軽く手を上げた。
『どうだった? 私の死因分かった?』
「うん、分かったよ」
ノエルが早速聞いてくるので、桔音は頷いた。
ただ、知ったは良いがソレを話すかどうかは迷う所だ。記憶を失くしているノエルはつまり、凄惨な過去を忘れたかった願望の結果ではないのか? ならばその忘れてしまった過去を教えるということは、ノエルの願いに反するのではないだろうか?
そう、考えてしまう。
しかし、ノエルも自分の過去になにがあったのか、おそらくあまり気分の良い過去ではないだろうことは察しているのだろう。それでも尚聞きたい、という覚悟があるのかもしれない。
「かなり悲惨な過去だったけど……それでも知りたい?」
『ふひひっ……教えてくれなきゃあの子達は返してあげないよ?』
「……それもそうだ、なら嫌でも聞いて貰わないといけないね」
確認する様に問うと、ノエルは少し複雑な笑みを浮かべたままいつも通りのトーンで返した。それは、言外に覚悟は出来ていると言っているのだと分かる。だから桔音は、そんなノエルに対して少し間を開けたものの、薄ら笑いを浮かべてそう言った。
そして、桔音は地下施設で知った事全てを……ノエルに語る。
ノエルが研究施設に攫われた孤児の1人であったこと。
ノエルは他の孤児と共に長い時間ずっと実験動物にされていたこと。
数々の孤児達が死に、最後に残った子供がノエルであったこと。
そして、ノエルの肉体を使ってクローンが製造されていたこと。
その全てを語った。幽霊になった経緯は分からないが、そういった過去があってノエルは死んだのだと、桔音は語った。
「君は特別な子じゃなかった……でも、異常な実験によって1人の男に解剖され尽くし、嬲られ尽くし、その男の目的の為に肉体の隅から隅まで、骨の髄までしゃぶり尽くされ――死んだんだ」
そう言って締めた桔音に、ノエルは少しだけ得心のいった様な表情を浮かべた。何処か悲しそうで、何処か諦めた様な表情だ。そして、乾いた笑みを浮かべた。
『……そっかぁ……うん、思い出せないけど多分合ってるよ。なんとなくだけど、胸に空いた穴にストンと入った感じ? ふひひひっ……!』
「……それで?」
『うん! 私の負け! ふひひひっ♪ あの子達は解放してあげる!』
彼女は負けを認めた。桔音の持ってきた真実を受け止めて、ふひひと笑った。その目尻に少し、涙が浮かんでいるが、桔音はそこに突っ込んだりはしない。幽霊であろうと、彼女はクローンと違って本当に生きていた、生きたかった少女なのだから。
そう言ったノエルは、そのだぼだぼの袖を振りリーシェ達の額に触れた。順々に、ぽんぽんと気軽な感じで。
そして3人の額に触れたノエルはすいーっと宙に浮きながら桔音の背後に戻ってきた。
すると、眠っていたリーシェ達が、それぞれ普通に朝起きる様な感覚で目を覚ました。リーシェは両手を上に伸ばし、ぐいーっと身体を慣らす。レイラは寝惚け眼を擦りながら、欠伸を漏らした。ドランは寝違えたのか首を仕切りに気にしている。
そこへ、フィニアが近づいて行く。リーシェの顔の前で、にぱーっと笑顔を浮かべながら朝の挨拶をした。
「おはよっ! リーシェちゃん調子はどう?」
「ん……ああ……少しだるいが問題無い…………ってフィニア!? どうしてここに!? というか此処は何処だ!?」
「んあ? っあ゛~……ふぅ……首いってぇ、此処は何処だ?」
「…………ハッ、きつね君の匂い! あ♡ きっつねくーん♪」
「レイラちゃんだけもうしばらく寝てれば?」
リーシェは目の前に現れたフィニアに驚き、椅子から転げ落ちた。ドランは首を抑えながら状況確認。そしてレイラは、目覚めて早々近くに桔音の匂いがするとか言って抱き付いて来た。
だがしかし、リーシェもドランもレイラも、自分の身体の変化に直ぐ気が付いた。既に2週間も寝たきりだったのだ、身体は突然の運動に応えられない。
リーシェは椅子から転げ落ちた後、上手く立ち上がれない様だった。ドランは立ち上がることが出来ていたが、足下がおぼつかない。レイラも、桔音に抱き付いたかと思えば、へなへなと地面に座り込んでしまった。
「あ、あれ? 足に力が入らないよ?」
「まぁ2週間も寝てればそうなるでしょ……っと、これで立てる?」
「え? ……あっ♪ 立てる立てる♪ きつね君ありがとっ♡ 大好き♡」
「はいはい」
だが、桔音が『初心渡り』を使えばその肉体の衰弱も元に戻る。レイラはスキルの恩恵で元の身体能力を取り戻し、再度桔音に抱き付いてきた。好き好きと抑え切れない感情を爆発させるように、桔音の頬に自分の頬を擦り付けている。
しかし、桔音はそれをスルーし、レイラを引き摺りながらリーシェ達の下へと歩み寄った。無視されたのが嫌だったのか、レイラが桔音の耳に噛み付いてくる。耐性値が高いので噛み千切る事は出来ないものの、ガジガジと何度も噛むレイラ。だが残念、桔音にとって耳は弱点ではないようだ。
逆にレイラが桔音の味に腰砕けになっている中で、桔音はリーシェとドランの身体も『初心渡り』を使い、元に戻す。
「調子はどうかな? 2人共」
「あ、ああ……きつねか。どうして此処にフィニアとルルがいるんだ? それに、私達は一体……?」
「君達がこの屋敷に住んでる魔族に眠らされたから、その間にフィニアちゃん達を助けて来たんだよ。で、3人でその魔族を倒した」
「な、なるほど……すまない、助かった」
桔音は、リーシェ達に幽霊の説明をするのが面倒だったので、嘘を吐いた。真実の説明を省く為の嘘の説明である。眠っていたリーシェ達は、その言葉を信じるしかない。
ドランもリーシェも桔音に礼を言って、修行不足だなと苦笑した。
「久しぶりだな、フィニア、ルル……無事で良かった」
「うん! 久しぶりだねリーシェちゃん!」
「お久しぶり、です」
そしてリーシェは少し困惑していたものの、フィニア、ルルとの再会に顔を綻ばせた。フィニアもルルも、リーシェに対して笑顔を浮かべる。やはり、少しの時間とはいえ共に過ごした仲間との再会は嬉しい様だ。
桔音はそんな3人を微笑ましいと思いながら、恐らくこの中で最も状況が分かっていないドランの隣に立った。レイラは状況を把握する必要が無いので放置だ。耳を咥えながら、未だに喘ぎ声を上げている。少々耳に悪いが、スルーだ。
「やぁドランさん……あの子達はドランさんに会う前に一旦別行動していた仲間だよ……妖精のフィニアちゃんと、獣人のルルちゃん。ルルちゃんは隷属の首輪をしているけど、家族だから」
「……そうか、またお前の世話になっちまったな……だがそれにしても、魔族に襲われた、か……言っちゃなんだか俺はある意味魔族の専門家だったんだ……姿も力も分からない魔族なんて強力な奴が、暗黒大陸でもあるまいし、こんな国のど真ん中に居る筈がねぇ……何か事情があるんだろ?」
「あ、分かる? まぁ魔族とはちょっと違うけど、敵はもういないし、問題も全部解決したから気にしなくても良いよ」
「……そうか、んじゃそういうことにしておくよ」
ドランは察しが良かった。寝起き早々でそこまで頭が回るのは凄いことだろう。流石はBランク、『戦線舞踏』と呼ばれただけのことはある。レイラはそこまで頭が回らないみたいなので、Bランクといっても頭の差はあるんだろうけれど。
しかし桔音が誤魔化すと、ドランはそれ以上追及してこなかった。そういう所で深く追求して来ない所は、流石に大人として人間が出来ていると言えるだろう。
『良かったねー、仲間を取り戻せて……ふひひひっ♪』
お前のせいだろ、と桔音は内心でツッコんだ。
ノエルは白々しく、だぼだぼの袖で口元を隠しながらくすくすと笑う。幽霊として、死因を知った彼女ではあるが、成仏したりはしないようだ。先程の複雑そうな笑顔とは違い、今は楽しそうな笑顔に戻っている。
とはいえ、なんにせよ……紆余曲折を経て、桔音は仲間を全て取り戻すことが出来た訳だ。勇者達との交戦を経て、使徒ステラとの戦いを切り抜けながらもフィニアとルルと取り戻し、幽霊の死因を突き止め、真実を葬り去ったことでリーシェやドラン、そしてレイラを取り戻した。
桔音のパーティは、これでやっと……やっと全員揃った。
桔音をリーダーとして―――
1人目、思想種の妖精……フィニア
2人目、獣人の奴隷……ルル・ソレイユ
3人目、騎士になれなかった少女……トリシェ・ルミエイラ
4人目、人間に恋した魔族……レイラ・ヴァーミリオン
5人目、復讐を諦めた男……ドラン・グレスフィールド
合計6人。これが、桔音のパーティ、桔音の仲間、桔音がこの世界に築いた絆。ようやく揃った、やっと全ての絆を集めることが出来た。
桔音は内心で、ようやくスタートラインに戻ってくることが出来たと実感していた。正直、ここで感極まって涙を流しても良い位の達成感がある。
しかし、まだまだこれからなのだ。元の世界に帰る、ただそれだけの為に……色々と遠回りしてしまった。此処から、桔音はやっと元の世界へ帰る為に動き出すことが出来る。
「ふぅ……少しは肩の荷が下りたかな。6人、思えば僕のパーティも大所帯だ」
「ッハハハ! 確かになぁ、でも賑やかなのは悪くないだろ? 男が2人しかいないのはちょっと肩身が狭いけどな」
桔音の呟きに、ドランが笑いながら返す。桔音もその笑い声に、思わず苦笑を漏らした。
すると―――
『あ、じゃあ私も連れてって? ふひひっ♪ 6人が7人になっても良いでしょ? あ、幽霊だから数に数えないのかもしれないけどっ! ふひひひっ……!』
事の発端であり、黒幕であった幽霊……ノエル・ハロウィンが、突然そんなことを言いだした。