桔音の仮説
思うに、孤児であるノエルちゃんを死に追いやったのは、オリヴィアちゃんの話にあった『謎の集団』で間違いないだろう。この集団がどんな集団であれ、この世界において人の想いは強すぎれば世界に変化を齎す要因となるのだから。
例えば、盗賊の集団だとしよう。ノエルちゃんは屋敷に住んでいた孤児達の1人で、盗賊達がやってきた際に家族同然の仲間達と共に殺された、その憎しみの怨念が幽霊となった。あり得ない話ではない。
更に例えば、特殊な魔族の率いる集団。噂ではアンデッド集団だそうだけれど、それに近いものと見ておこう。考えているのは、元々人間だったレイラちゃんを今やSランクの魔族へと変貌させた瘴気の魔族、『赤い夜』と同質の魔族だ。
飢餓か何かで死んだノエルちゃんの死体に取り憑き、亡霊の魔族へと変貌させた魔族がいた……これもあり得ない話ではない。死因に直接的に関係していないだけの話。
そういった特別な要素を持っている集団や、ただの烏合の衆、どちらにしてもノエルちゃんを幽霊にするだけの要因は持ち合わせている気がする。
問題は、どちらにしてもノエルちゃん達孤児を殺す必要性がないということだ。
盗賊でなくとも、普通の人間の集団だとすれば、屋敷に来たのは屋敷自体に用件があったからだ。拠点にするでも、歴史的遺物の管理のためでも、孤児達は大人が来れば逃げる。逃げる孤児をわざわざ1人ずつ捕らえて処罰するなんて面倒な事は、多分しない。
魔族達や魔獣といった存在であれば殺すかもしれないが、それならそれで歴史の記録に残っている筈だ。国に魔族が入り込んでいるのだから。
それがないということは、少なくともその集団は傍目から見て『人間』に見えていたということだ。魔族は人間の姿をしているが、集団と呼べるほどの数の魔族がこんな屋敷に来る意味が無い。来るなら国を滅ぼしに、だろう。
つまり、その集団の目的は孤児、ひいては人間達を殺すことではなく、この『屋敷自体』にあるか……もしくは可能性は低いが『孤児達』にあるか、だ。
『考え込んじゃってる……ふひひひっ……!』
ノエルちゃんの声が耳に入るけれど、通り抜けていく。視線を向けると、ノエルちゃんの姿が視界に入って来る。
ふと、そこでちょっと気になった。
「ノエルちゃん、ノエルちゃんって『最初から』その容姿なの?」
そう、ノエルちゃんの容姿だ。孤児、というには少し成長し過ぎている。見た目なら18歳位に見えるのだ。孤児のまま死んだのなら、小さい頃の姿のままの可能性がある。肉体を持たない以上、成長はしないのだから。それなら、今の成長した姿はおかしい。
『いいや? 最初は7歳位? の容姿だったよ! でも魂は本来形を持たないからね、なんとなくイメージで容姿を変えることが出来たんだよ。この服も本来は私の魂で出来てるし』
ああ、なるほど。本来は7歳位の肉体だったわけか、霊体になると姿形を変えられるっていうのはちょっと羨ましいけど、納得だ。
ふむ……地球では悪質な科学者がいたからかな、少しバイオレンスな考えが浮かぶ。この世界にも居るのかもしれない、マッドサイエンティストと呼ばれる研究者の様な存在が。
あくまで可能性として、だけど……仮に研究者と呼称するとしようか、その研究者がなんらかの研究で人体実験をしたいと思った時、孤児は最適な人材となるのではないだろうか。しかも、この場は実験場としては最適なほど誰も寄り付かず、そして広い。環境だけは整っている。
孤児を殺した訳ではなく、なんらかの人体実験を経て死なせてしまい、その実験の作用か、それとも偶然かで、ノエルちゃんは幽霊となってしまったのかもしれない。
「……とりあえず、仮説1としようか」
『?』
一応研究者による人体実験説が出た。
次はそうだね……盗賊や騎士、一般市民によって殺されたかだ。盗賊達が拠点にしようとして、邪魔だったから殺された。孤児削減政策かなにかで、騎士達に捕らえられ一斉に処分された。売り物なんかを盗まれた一般市民が怒り、勢い余って殺した。どれもあり得そうだ。
複雑な事情はなくとも、ノエルちゃんが殺された理由としては十分だ。
「これが仮説2……」
で、次はもっとシンプルだ。殺害ではなく、自殺もしくは飢餓による衰弱死。つまりは勝手に死んだか、だね。仮説3、と言いたい所だけどこの可能性はないと思っている。自殺や衰弱死なら、まず幽霊になんかならないだろうからね。なる要因もないし。
あとはなんだろう? 謎の集団や飢餓に関係ない場所で、ノエルちゃんだけが事故で死んだとか? あの階段から転げ落ちて死んだとかならありそうだ。とりあえず、これを仮説3としておこう。自殺とかの説は成り立たないだろうから。
さて、今ある情報だけじゃこんなもんかな? あとはその裏付けが出来れば良いかな。とりあえず、仮説1の研究者説を有力候補として調べてみようかな。
「幽霊ちゃん、とりあえず屋敷の中を散策させて貰っても良いかな?」
『ふひひっ♪ なにか思い付いたのかな? 良いよ、案内してあげる!』
とりあえず、僕はこの屋敷の中を調べることにした。未だ玄関ホールしか見ていないから、なんとも言えないけれど、仮に研究者説が当たっているとすれば……この屋敷の中に何か証拠となる物が残っているかもしれない。実験器具や、データの書類、実験過程を纏めた資料とかね。
そうでなくとも、盗賊達が拠点としていた場合はその時のゴミとかがあるかもしれない。
何も見つからなかったら―――……屋敷の周囲にある墓を掘り起こしてみるかな。普通、死体を埋めただけでは土は腐らない。というか、死体を埋めて土が腐るなど普通はない。農作で土が駄目になる事はあり得ないことではないが……死体が埋められて100年以上も経てば、肉体は大体分解されて骨だけになっている筈だ。
土が腐るなど、普通はあり得ない。この地面の下には……何かあるのかもしれない。
でもまぁとりあえず、僕は屋敷の中を散策することにした。
「フィニアちゃん達は此処に居て、ちょっと屋敷の中を散策してくる」
フィニアちゃん達を此処に残して、階段を上って行った。
◇ ◇ ◇
屋敷は部屋のあるフロアだけで言えば2階構造。部屋ではないが、収納スペースのある3階部分があるものの、天井が高いので部屋の数よりは外見も大きく見えるだろう。
部屋の数は大体1フロアに付き10から15位かな。どの部屋もかなり広い。生活用品や家具は埃を被ったまま放置されているけれど、使用されていた時代を考えればかなり上等な物だった事が分かる。寝室なんて、超巨大なベッドが放置されていた。さぞ良い寝心地だっただろうね、初代女王や孤児達は。
2階の散策から開始した僕だけど、2階には巨大ベッドの寝室に加えて、使用人の部屋だったのか小さなベッドと必要最低限の物が置かれた同じ間取りの部屋が幾つかあった。といっても、テラスや、食事をする為の長いテーブルの置かれた部屋、浴場なんかも勿論あった。衣装ルームなのか沢山のドレスや衣服が収納された部屋もあったけどね。
「……此処も収穫なし、か」
でも、どの部屋にも特筆して何かある訳では無かった。実験に使う様な器具や資料もなかったし、盗賊達が荒らした形跡も無かった。2階には行ってないのかな?
そう思いながら、1階へ降りてみる。玄関ホールに戻って来て、踊り場で待機していたフィニアちゃん達と目が合った。
「どうだった?」
「んー……2階には何も無かったよ。1階を探してみようと思う」
「そっか……気を付けてね?」
「分かってるよ、心配しないで」
フィニアちゃんと簡単に話して、僕は下に行く。不安げに見てくるルルちゃんの頭をぽんと撫でておいた。
ノエルちゃんは先程からじっと僕の後ろを付いてくる。いや、憑いてくる、かな?
『くふっ……ふひひひっ♪ 何を探しているのかは知らないけれど、この屋敷の中にはめぼしい物はないと思うよ?』
「どういう意味かな?」
玄関ホールから階段の下に続く1階の廊下を歩きつつ、ノエルちゃんと会話する。
『この屋敷は200年以上も昔から私の住処だからね、隅々まで知ってるよ。家具の位置から蜘蛛の巣の数まで、端から端までぜーんぶ』
「……ソレを踏まえて、この屋敷はただの廃屋敷だって言いたいの?」
『その通り、この屋敷には屋敷らしいものしかないよ。家具、寝具、食器、衣服、小道具、色々あるけれど……あったらおかしい物はないし、ないのがおかしい物もない』
言い切るってことは、本当に無いんだろう。実験器具も、資料も、盗賊の残して行った様なゴミも、ないんだろう。孤児達が住んでいた痕跡はあるだろうけれど、それは問題にはならない。
この屋敷には、ノエルちゃんの死因に繋がる情報は……何も無い―――?
「いや、そんな筈はないね」
『? どういうこと?』
「少なくとも、君は此処で死んでいる。なら死体なり身に着けていた衣服なり残っている筈だよ……そうでなければ君が此処に存在している意味が分からないし、人1人死んで証拠が残らないなんてあり得ない」
この件は事件じゃない、人が死んだことに対する証拠を見つけるのだ。人が死んだという事実がある以上、この件には確実に証拠がある筈なんだ。
何処からともなく幽霊が生まれる訳が無い。骨になっていてもなんでもいい、彼女が死んだという証拠を見つけられれば、そこから別の証拠に繋がる筈だ。
そもそも、この屋敷には謎の集団が入り込んでいたんだ。その集団の残した証拠だって―――
「―――あっ!」
……そうか、考えてみればそうだ。どうして考え付かなかった……この屋敷には『謎の集団』がやって来ていたんだ。研究者にしろ、盗賊にしろ、定期的にこの屋敷に来ていた。
そして探索してみた所、その痕跡は一切なかった。それもそうだ、この屋敷の中に『謎の集団』がやって来るような要素は何も無いんだから。そう、それこそ……『この屋敷には屋敷らしいものしかない』のだ。
じゃあ、その『謎の集団』は何処で何をしていたのか? 屋敷の周囲の腐った地面や、異様な霧……これが自然現象ではなく、人の手によって生み出された物だとしたら?
『何が分かったの?』
ノエルちゃんがそう問いかけてくる。ああ、分かった……謎が全部解けた訳ではないけれど、探すべき物ははっきりと分かった。
この屋敷の周囲の地面が腐っている理由。霧に包まれている理由。そして、噂の『謎の集団』。
「この屋敷の立つ地面の下―――"地下"に、何かがある」
謎の集団が屋敷に入って真っ先に行っていたのは、その地下の空間。そこで何かをしていたんだ。此処まで来れば、やっていた事は恐らく研究的な事が合っているだろう。地面が腐っているのは恐らく薬物か汚染物質による影響、霧は霧ではなく『ガス』と考えれば説明が付く。
かつてこの屋敷に来て死んだ者は、ガスの有毒性で死んだのかもしれない。廃人となって帰ってきた調査員も、恐らくは同様の理由だろう。僕に影響が無いのは、恐らく耐性が高いから。耐性は状態異常にも効果を発揮するからね。
ルルちゃん達は恐らく軽く吸っちゃってるから、追々影響が出るだろうけど……後で『初心渡り』を施そう。とりあえず、この屋敷の中にもメアリーちゃんの開けた大穴からガスが入って来ているから、『初心渡り』で屋敷を直しておく。多分、即効性はないだろうし、大丈夫だろう。
「ノエルちゃん、フィニアちゃん達の所へ戻るよ」
『? うん』
つまり、今僕が探すべきものは、その地下への入り口だ。
確信に迫る―――!