ルルの天然で行われるえげつない行為
「うぎぎ……! なんなのこれぇ……!」
目の前では、先程まで僕達と戦っていた天使――メアリーちゃんが、その動きの停止を強制されていた。それをやったのは幽霊ちゃんであるが、仮にもステラちゃんと同等がそれ以上の実力を持つであろう彼女を、いとも容易く拘束してしまったその手腕と実力。流石に僕も驚愕を隠せない。
試しにメアリーちゃんに近づいてみると、手刀の手がふるふると震えているのが分かる。どうやら『断罪の必斬』という力は、その手刀を振り上げて振り下ろすという動作をしなければ発動しないらしい。
つまりこうなれば、メアリーちゃんと僕達の戦いは決着が付いたと言える。
その上で、少し余裕の出来た頭を使い、この結果を齎した幽霊ちゃんについて考えてみる。幽霊ちゃんの力は、多分その存在に関係している筈だ。メアリーちゃんを拘束したのも、幽霊的に考えれば『金縛り』に該当するし、レイラちゃん達を昏睡させたのは『憑依現象』からくる催眠や暗示ともいえる。
となれば、彼女の使う力というのは、魂に干渉する力なのかもしれない。ステータスが見えないのは、死んでいるのもあるんだろうけれど……きっと肉体のない霊体に、身体能力値などあるわけがない、というのもあるんだと思う。
『ふひひひっ♪ 天使の彫刻、なんて何処かの芸術品みたい……ふひひひっ……!』
だぼだぼの袖に隠れた両手を口元に持っていき、くすくすと笑う幽霊ちゃんを見ながら、僕はメアリーちゃんの目の前に立った。どうやら眼球は動かせる様で、彼女の視線が僕に向かってくる。
睨むでも、怒りでもなく、その瞳に映っている感情は『不満』だった。動けないという現状を、面白くないと思っているらしい。まぁ彼女の性格を見れば、当然かと思う。
「メアリーちゃん、僕の勝ちだ」
『あ、私のおかげなのに! ふひひひっ♪ 横取りされちった、ふひひひっ……!』
喧しいぞ幽霊。向こうには君の姿は見えてないんだから、どっちにせよ僕のやったことだと取られるよ。後でお礼言うから黙っててくれない?
「……これ、きつねくんの仕業?」
「うん、僕の固有スキルでね『拘束処女』っていうんだ。女性限定だけど、完全な拘束効果を発揮するスキルだよ」
『サラッと嘘を言うんだねぇ……ふひひっ♪』
「……なんで最初から使わなかったの?」
「まぁいつでも使える訳じゃないっていうのもあったけど……メアリーちゃんが遊びたいっ言うから、ちょっと付き合ってあげたんだよ」
真っ赤な嘘だ。そんなスキルはないし、メアリーちゃんの遊びに付き合うつもりもなかった。コレはただのご機嫌取りだ。ごまを擦って、上機嫌になって、その上で帰ってくれればいいなぁという考えがあった。
言葉で言いくるめる、というのは僕の得意分野ではあるけれど、この子には通用しないだろう。この子と僕の価値観は大きく食い違っているし、まず話が通用するタイプの子じゃないからね。
「ふーん……あーあ、つまんないの!」
メアリーちゃんが唇を尖らせてそう言う。まだまだ遊び足りないといった表情の中に、こんな形で終わりを迎えるのが嫌だという不服感が見えた。
でも、僕はもう疲れたから終わりにしよう、と言う。
「もう十分遊んだでしょ、帰ってくれない?」
「うへー、つまんないつまんない! こんなの全然面白くないわ!」
「つまり?」
「やだ! 帰らない! まだ遊ぶのよ!」
拘束が無ければ、地面に転がってじたばたと駄々を捏ねていただろう。そんな光景がはっきり浮かぶ程、メアリーちゃんは見事な我儘っぷりを見せていた。
動けない癖に、やっぱり我の強い事で。でも、これ以上戦うのは御免だし、これ以上遊びに付き合うのも御免だ。だからこんな我儘を通す訳にはいかない。
ということで、僕は彼女を叱ることにした。我儘な子なら、うちにもいるからね……今はぐーすか寝てるけどさ。
「ふぇ?」
「よいしょっと……知ってる? メアリーちゃん、我儘が過ぎる子は叱られるんだよ?」
地面に片膝を付き、その上に動けないメアリーちゃんをうつ伏せに乗せる。自分では動かせないようだけど、僕が彼女の膝を曲げると簡単に曲がった。そうして彼女の姿勢を四つん這いにする。地球によくあった関節の動く人形を動かしている気分だった。
ただまぁ、ステラちゃんみたいな『使徒』とか、彼女の様な『天使』みたいな特別な称号を持った存在にコレをやるのはちょっと気が引けるけど……まぁいいか、どうせもう『魔族』にやっちゃったし。
てことでまずは1発―――お尻ぺんぺんと行きますか。
「んっ……何?」
と思ったら、僕の筋力じゃ彼女の防御力を超えられなかったようだ。小ぶりなお尻を叩くも、全然効いていない。お仕置きの意味無いじゃん、溜め息しか出ないよ。
どうしたものか……寧ろこの子が最も嫌な形でお仕置きしてあげられれば良いんだけど。幽霊ちゃんかフィニアちゃん辺りが容姿を変える力を持ってないかなぁ?
とりあえず、作戦会議。
メアリーちゃんを四つん這いのまま放置して、僕はルルちゃんやフィニアちゃん、そして幽霊ちゃんを集めて作戦会議を開始する。
「ルルちゃん、メアリーちゃんのお尻を叩いてくれる?」
「え? あ、はい、分かりました」
「フィニアちゃんは丁寧語で罵って」
「分かりました、このフィニアちゃんの演技力を見せて差し上げましょう」
僕の筋力じゃ足りない、それならルルちゃんに頼めばいい。この中じゃ最も筋力値の高い存在だからね。そして、フィニアちゃんには丁寧語で罵って貰う。上手く行けば良い感じに嫌がらせになるだろう。
僕は2人に指示を出した後、幽霊ちゃんの方へと視線を向けた。フィニアちゃん達に聞こえない様に頼んでみる。
「幽霊ちゃん、ルルちゃんの見た目を変えられるかな?」
『ふひひっ……うん、出来るよ? あの天使ちゃんから見た獣人の子の見た目を変えれば良いんでしょ? ……ふひひひっ♪』
「じゃ、あの子が下に見てる子に見えるようにして」
『はーい』
さて、それじゃあ始めようか。
作戦会議というか、僕が思い付いた嫌がらせの指示を出し終えたので、こっちにお尻を向けたままのメアリーちゃんに向かって僕達は近づいて行った。
◇ ◇ ◇
「メアリーちゃん」
「え? なに―――ひゃあっ!?」
「負けたのですね、とても無様です」
メアリーは、背後から掛かった桔音の声に反応するも、そのこぶりなお尻に鋭い痛みを感じて悲鳴をあげた。
そして、背後から掛かってきた声は、聞いた事のある声だった。そう、使徒ステラの声だ。
何故彼女が此処に居るのかメアリーは疑問に思ったが、自分のお尻をステラが叩いたのだと分かると、途端に不機嫌な声を上げる。
「ちょっと! なにするの……痛いっ! ひぅっ! んぐぅっ!」
振り向こうにも、首を動かせない以上四つん這いのまま、この痛みを享受するしかない。
だが、メアリーにとってステラは格下だった。自分よりも弱く、そして大して面白くも無い玩具だった。だからこそ、ステラに四つん這いの姿を見せていること、そしてステラにお尻を叩かれている事が、とても恥ずかしく、そして屈辱的だった。
悪意の無い無邪気な子供と言っても、羞恥心や怒りといった感情も当然ある。自分のやる行動に悪意がないだけで、他人からお尻を叩かれるというのは、無邪気な子供であっても恥ずかしいと思うものだ。
「痛いっ! もうっ、止めて! つまんないお人形の癖に!」
「そのお人形も、この少年を相手にそんな姿を見せたりはしませんでしたよ」
「それはっ……ひぐぅっ!?」
「……はしたない」
「ッ――――!!」
顔を真っ赤にして、お尻に走る鋭い痛みに歯を食いしばる。如何にメアリーであっても、見られているということを意識してしまったのだろう。必死に動かない身体を動かそうとする。
しかし拘束は強く、全く身体は動いてくれない。その事実に、メアリーは「もうっ!」と苛々を表に出していた。不満が溜まって、メアリーはますます不機嫌になっている。
ふるふると拘束から逃れようとする小さな身体は、やはり動かない。
「貴女には、少しお仕置きが必要です」
「ふにゅっ! いやっ! やめてっ! 痛い!」
「少年が言うには、これは100回叩くのが通例の様です。あと90回、耐えて下さい」
その言葉に、メアリーは少しだけ表情を青くした。
◇ ◇ ◇
『ふひひっ……傍から見ればあの獣人の子がお尻を叩いて、妖精の子が罵ってるだけなのにねー』
「こんなことが出来るなんて、僕は君がちょっと怖いよ」
メアリーちゃんが先程からステラちゃんに対して怒っているのだけど、実際彼女のお尻を叩いているのはルルちゃんで、罵っているのはフィニアちゃんだ。幽霊ちゃんの力で、彼女達はステラちゃんの姿に見られているらしい。幻覚みたいな力なんだろう。
とはいえ、やっぱりメアリーちゃんにとってステラちゃんは格下に見ていたらしい。フィニアちゃんに丁寧語を使わせた甲斐があった。というかフィニアちゃんって普段悪意のない悪態を吐くけれど、普通に悪意込めて言う事も出来るんだねぇ。勇者と一緒に居てその辺学んだのかな?
ルルちゃんは叩くのにちょっと遠慮しているけれど、フィニアちゃんがとりあえず100回というゴールを設定したから、そこまで頑張るようだ。ルルちゃんと一緒にいたから、フィニアちゃんはルルちゃんの気持ちをちゃんと理解してるみたいだね。仲が良いのは良い事だよ。
「あ」
『あ』
僕と幽霊ちゃんの声が重なった。
「ひゃああああああああああああああん!!」
そして次の瞬間、メアリーちゃんの一際大きな悲鳴が響いた。
何故なら、100回を早く済ませようと思ったのか、ルルちゃんが1発1発を間髪入れずに行ったからだ。パパパパパパパパパパン、と連続した張り手の音が響く。うわぁ、恐ろしい事するなぁルルちゃん……間髪入れずにお尻を叩き続けるとか、早く終わらせようという気遣いだったんだろうけど、逆効果だよ。
まぁ、そのおかげでメアリーちゃんが随分と堪えているみたいだね。肉体ダメージはそうでもないだろうけど、ステラちゃんにやられているという屈辱と、お尻を叩かれるという恥辱が精神的にかなりキてるんだろう。
「終わりました、きつね様」
「終わったよ! きつねさん!」
そして、そんな高速尻叩きで100回を終えたルルちゃんと罵っていたフィニアちゃんが笑顔で戻ってきた。褒めて褒めてと言わんばかりの笑顔を浮かべた小動物ルルちゃんと、にぱーっと向日葵の様な笑顔を浮かべたフィニアちゃんだけど、あんな悪魔の所業をやってのけたとは思えないね。
勇者達との旅の中、天然で容赦という言葉が薄れてしまったようだ。
でもまぁ、やって欲しい事はやってくれたからとりあえず―――
「うん、よくやってくれたね! 偉いよ、フィニアちゃん、ルルちゃん」
「えへへっ! フィニアちゃんの演技力は凄かったでしょー!」
「ありがとう、ございます……ふふっ……」
ルルちゃんとフィニアちゃんの頭をぐしぐしと撫でながら、僕は彼女達を褒めてあげた。うん、可愛いは正義だから、この場合ルルちゃんとフィニアちゃんはよくやったよ。
ちょっと離れた所でお尻を真っ赤にしたメアリーちゃんが、ぐったりした表情をしているけど……まぁ命があるだけマシでしょってことで。
ルルちゃんの天然炸裂。幽霊ちゃんの挿絵が完成しました! 次回辺り入れますね。