獣人娘の新たな力
それから、5日間が経った。
ジグヴェリアを出発してから、馬車はなんの障害も無く進み続け、そしてルークスハイド王国の手前の街へと戻って来たのだ。そう、此処はあの魔王が襲撃をかましてきた街である。そして、ドランさんが仲間になり、あの白黒の音楽姉妹と別れた街でもある。
フィニアちゃん達は初めて来たから、きょろきょろと街の様子を見ているけれど、僕が先導してクロエちゃんと来た喫茶店へとやって来ていた。
護衛依頼の依頼主であるミクスとは、この街に着いた時点で別れている。一応ギルドで報酬も貰い済みだから、この喫茶店で多少お腹を満たした後、ルークスハイド王国へと向かうことにした訳だ。
ちなみに、この5日間で襲い掛かってきた魔獣は全部僕が瘴気に変えた。一応レベルを戻さないままに5日間過ごしてたから、ステータスの向上もそれほどじゃないね。まぁ、この街に着いた時にまたレベル1に戻したけど。
「きつね様はいつ此処に来たんですか?」
「うん、この街で知り合った女の子を暴漢から助けて、そのままその子と一緒に来たんだ」
「……そうですか」
ルルちゃんは、初めて来る小洒落た喫茶店にそわそわしていたんだけど、僕の言葉にとても冷たい瞳をした。おおう、僕の癒しが少し怒っている様だ。まぁ勇者と一緒に居た時に、僕は女の子とデートだもんね、うんコレは僕が悪いや。ごめんごめん、許してルルちゃん。
そんなことを考えながら苦笑したら、ルルちゃんはむすっとしながらも仕方ないとばかりに溜め息を溢した。幼女の姿の癖に、精神年齢はもう中学生位には発達してるんだよね。マセてるなぁ、思春期真っ只中だね!
「きつねさんナンパ? 最低! 私の事は遊びだったのね!?」
「何処で覚えたのそんな言葉」
「きつねさんの家のテレビで流れてた昼ドラの記憶からちょちょいと」
おいおいマイマザー(仮)、フィニアちゃんの教育に悪いものを見ないでくれないかな。この子僕がお面を手に入れてからの地球の記憶があるんだから、そういう昼ドラとかサスペンスとか見たらフィニアちゃんが真似しちゃうだろ。
よよよ、と泣き真似をしながらテーブルの上で崩れ落ちるフィニアちゃんの頭を指先で小突くと、きゃー! と楽しげな悲鳴を上げながらコロコロとテーブルを転がる。楽しそうでなによりだよ。
すると、店員さんが僕達のテーブルに注文の品を持ってきた。僕は紅茶、ルルちゃんはホットミルクとケーキだ。ルルちゃんはフィニアちゃんと依頼を受けてお金を稼いでいた事もあって、自分でお金を出すと言って来たけれど、拒否だ! 却下だ! 承認せずだ! 此処は僕が持つ、家族で割り勘なんておかしいことこの上ない。
本で読む限り、家族って和気藹々としてるモノなんだし、両親は子供が幸せに暮らせる様に育てる役目を担っている。この場合、ルルちゃんの保護者みたいな立ち位置である僕がお金を持つのは当然のことだ。
「君、ちょっと良いかな?」
「はい?」
すると、そこへ何やらルルちゃんに顔の整った青年が話し掛けて来た。ケーキを咀嚼していたルルちゃんは、わざわざ飲み込んでから対応する。急いで飲み込んだせいか、口の端にクリームが付いている。
とはいえ、本当に何者だろう? この青年のルルちゃんを見る目は、けして悪意のある目じゃない。『隷属の首輪』をしているルルちゃんを、奴隷という立場だけみて蔑んでいる訳でもなければ、獣人嫌いで突っ掛かってきた様でもない。
寧ろ、彼のルルちゃんを見る目は何処か……レイラちゃんに似ていた。
「君、名前は何と言うの?」
「えと……ルル・ソレイユ、です……けど」
「ルルさんというのか……失礼、僕の名前はソコラ・ノヒト……ルルさん、僕と結婚して下さい!」
「え……嫌ですけど……」
唐突な求婚。ソコラと名乗った彼だが、いきなりルルちゃんに結婚を申し込んで振られた。僕も何が起こっているのかさっぱり分からない。正直、意味分からないよ。
ん? ていうかこの青年……見たことあるぞ? …………あっ! クロエちゃんに言い寄ってた不良だ! え、でも……いやいやいやいや、なんだこの変わり様。中身から言葉遣いまで大幅に変わっちゃってんじゃん。寧ろ別人じゃん。何コレ?
「えーと……ルルちゃん、何? 知り合い?」
「い、いえ……知らない人です!」
「だよねー、じゃあ一目惚れって奴? まさかのロリコン?」
ルルちゃんの前に傅いて、青年はルルちゃんに手を差し出している。受け入れてくれるのならこの手を取ってくれってことなんだろう。いや君振られたからね? 何往生際悪く手を差し出し続けてんだお前。
それに、ルルちゃんは僕の家族だ。可愛い娘や妹みたいに大事に思ってんだから、君みたいな誰でもナンパ吹っ掛ける男に任せられるほど軽い存在じゃないんだよ。天使だからね、ルルちゃんは。この世界に来て唯一見た目も中身も癒し系な子なんだから、お前みたいなそこらに居そうな人間は頭を垂れて崇めろ!
あ、そこらに居そうな人間で気付いた。この男の名前……ソコラ・ノヒト……そこらの人……どんまい。
「はぁ……そこの君」
「なんだ―――ってお前! あん時の!」
ありゃ、本性現した。どうやら完全にああいうキャラに転向した訳じゃないみたいだね。ルルちゃんにだけみたいだ。まぁ顔は整っている方だし、誠実そうなキャラでいけば普通の女の子なら簡単に落ちるとか思ってたのかな?
まぁなんにせよ、ルルちゃんもケーキを食べ終えたし、僕も紅茶を飲み干したし、フィニアちゃんもルルちゃんから分けて貰ったケーキの破片を食べ終えたし、頃合いだろうと判断する。
「取り敢えずルルちゃん、行こうか。しつこいようなら、最悪やって良いよ」
「はい」
僕はお腹を擦る満腹で満足気なフィニアちゃんを肩に乗せ、そのままカウンターへと向かう。折角ほのぼのとした空気を楽しんでいたというのに、台無しだ。
全く、今度はもう少し空気の読める人のいる場所にしよう。こんなナンパ目的で近寄って来る奴がいると、気分が悪いしね。
そう考えていると―――
「えい」
「ふがぁぁぁあああ!!?」
後ろでルルちゃんの短い声と共に、青年の叫び声が聞こえた。
懐かしの『急所潰し』が炸裂した瞬間だった。
◇ ◇ ◇
「どういう事か分かるかな?」
「いえ……私にも少し分かりません」
喫茶店を出た後……僕の問いに、ルルちゃんは首を振ってそう答えた。
何故かと言うと、喫茶店を出た後もルルちゃんに交際や求婚を求める者が次々に現れたんだ。流石におかしいと思う。ルルちゃんは確かに獣人として可愛い部類に入るし、今や幼女姿で見る者全てに癒しを感じさせる存在だ。
しかし、癒しキャラはあくまで癒しキャラ。子供はあくまで子供だ。求婚して来たのは、最年少でも15歳程の少年で、最年長なら50歳は超えていそうなおじさまだ。告白してくる年齢層も、バラバラ過ぎた。もっと言えば、ルルちゃんは男性だけでなく女性からも告白されたのだ。
幾らなんでも、一般的な獣人の少女に対して求婚してくる者が多過ぎる。しかも、全員が全員ロリコンって言う訳ではない……中には告白文の中で正直に、巨乳のお姉さんが好きだったけれど、と言った奴もいたからね。
つまり、ルルちゃんには相手の性的嗜好を変える程の何かがあったってことになる。でも、ルルちゃんにはそれほどの魅力があるとは思えない。幸か不幸か、彼女は普通の子だからね。
「固有スキル、かな……?」
だから僕は、そう予想する。ルルちゃんのステータスを見た際に、僕は彼女の中に2つの固有スキルを見た。
―――『天衣無縫』と『星火燎原』
四文熟語の意味とすれば、前者は天真爛漫な様、また完全な天女の衣。後者は、些細なことでも放っておくと手に負えなくなるという意味。
この場合、この状況を作り出したのは『天衣無縫』の方だろう。このスキルは恐らく、他者に対する魅了の力。無差別なのか、それとも何か条件があるのかは分からないけれど、ルルちゃんに対して絶対的な魅力を感じる様になるのだろう。
今まで告白してきた者と、僕やフィニアちゃんという例外を鑑みると、面識の無い相手を魅了するのかもしれないね。もしかしたら魅了は力の一端で、その先もあるのかもしれないけれど。
「……ルルちゃん、この現状は君に発現した固有スキルが原因かもしれない」
「固有、スキル……!?」
「そう、ルルちゃんは多分固有スキルの覚醒に気付かなかったんだ。だから、無意識に発動してしまっているんだと思う。なんとなくでいい、スキルを解除する感覚で肩の力を抜いてみて」
そう言うと、ルルちゃんは深く深呼吸して、何度か大きく肩を上下させた。
「……良く分かりませんが、何か溢れていた何かが体内に収まった気がします」
「んー、そっか。まぁどちらにせよ、これ以上求婚されるのも面倒だし……さっさとルークスハイド王国へ向かおうか」
「ルルちゃんモッテモテー! きつねさんもこれ位モテるようになれば良いね!」
「いやこれはアレだから、スキルの効果だから。頑張れば僕ももうちょい行けるから」
フィニアちゃんの言葉に、そう言って僕は溜め息を吐く。僕だってもう少し頑張れば多分モテるって、きっと。
まぁなんにせよ、ルルちゃんの固有スキルの1つが魅了の力だということが分かっただけでも収穫かな? 固有スキルにこんな力もあるなど、少しスキルの多様性にも目を向けておくべきかな。どうやらスキルには分かりやすい戦闘の力の他にも、日常的なスキルや相手の精神に干渉するスキルなど、様々な形があるようだ。
考えようによっては、ルルちゃんのこの魅了の力……ある意味最強に分類される力なのかもしれないね。
なにせ敵が全員自分に魅了されてくれるんだから、戦闘が起こる筈もない。戦闘が起きなければ、魅了した者が圧倒優位に立つ。ルルちゃんも中々侮れなくなったねぇ。
「それじゃ、行きますか」
僕はそう言って、先を歩く。
この先、街を出るまでルルちゃんに求婚してくる者はいなかった。