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閑話 全てを取り戻す為に

 そこは、100年以上昔から太陽の日差しを浴びない腐敗した場所だった。ジメジメしている訳ではないが、腐った土の臭いと、大量の墓石、そして不気味に佇む大きな廃墟の屋敷。霧に覆われ、まるで世界から隔絶した様なその屋敷には、様々な噂があった。


 かつてその屋敷に住んでいた女王の呪いが残っていて、近づけばその呪いで死ぬ。というのが1番有名な噂だろう。だが、それも歴史上の話であり……現代にはそんな話は一切伝わってはいなかった。

 だが、その屋敷のある国――ルークスハイド王国に生まれた才女、アリシア・ルークスハイドが次期女王としてその屋敷を調べた半年前から、その屋敷の不穏な気配が……100年以上の時間を超えて持続していることが発覚した。


 関わる者はいない、関わらない以上は無害だから。

 しかし、アリシア・ルークスハイドとしては初代女王の遺品とも言えるその屋敷の不気味な力を、どうにかしたいと強く思っていたらしい。その屋敷の噂の元凶をどうにか突き止め、解決しようとしたのだ。結果は――研究員の1人が行方不明となり、廃人となって帰ってきたというもの。

 如何に彼女が初代女王の再来と呼ばれる程の才女であっても、その屋敷の問題を解決する事は出来なかったのだ。


 そして、時間が経ち……その屋敷に関わろうという者が出てきた。何処か不気味な雰囲気を持っているものの、攫われたアリシアを助けた冒険者……桔音だ。

 彼は、奪われた仲間を救う為に屋敷に挑んだ。

 この世界には、数多くとは言えないが『ダンジョン』や『迷宮』とも呼ばれる場所がある。何故作られたのか、何者に作られたのかは不明だが、宝箱やそれぞれの迷宮にある特性の違いなどから、危険度はBランク魔族とやり合うのと同等。Aランク以上の冒険者でない限りは、攻略することは禁止されている場所である。


 迷宮は基本的に地下へ地下へと降りていき、段々と強くなっていく魔獣を倒しながら最下層を目指すものであるが、この不気味な屋敷も攻略という意味では、『迷宮(ダンジョン)』と呼べるだろう。

 そして、桔音はその屋敷に住まう噂の元凶を突き止めた。異世界人である彼だからこそ分かったことである。元凶は、その概念を知る者でないと見る事が出来ない存在……幽霊。

 仲間を奪われた桔音は、1ヵ月という期限を設けてその幽霊と勝負することにした。そして、一旦退却……仲間を助ける為に、他の仲間を救助に行った。

 パートナーである妖精フィニアと、家族である獣人ルルだ。勇者への復讐と共に奪い返した彼女らを連れて、彼は幽霊の待つ不気味な屋敷へと出発していく。


 だが、その頃……屋敷で桔音を待つ幽霊は―――


『ふふっ……ふひひっ♪ まだかな? まだかな?』


 屋敷の中を浮遊し、いつ来るかも分からない桔音を、今か今かと待っていた。含むようにクスクスと笑いながら、手を隠す程の袖を口元に持って来て肩を揺らしている。

 半透明の透けた身体の周囲には、蒼い火の玉が2つ程浮かんでおり、見た目はまんま幽霊だ。死んだ様に瞳孔が開いている暗い瞳が不気味な彼女ではあるが、その表情は年相応の少女の様。見た目からして、年齢は桔音と同年齢か少し上ほどである。


 すいーっと浮遊しながら、桔音の仲間であり、彼女が攫った3人の人間と魔族に近づく。彼女は物質に触れる事は出来ないようだが、霊体故に魂に触れる事は出来る。

 つまり、彼女が生きている人間を殴ったとすると、肉体ではなく魂が殴られることになる。肉体の防御力は意味を為さず、無防備な魂がダメージを受けるのだ。そしてそれは、否応なく肉体に反映される。例えば、急激な腹痛や頭痛、悪寒や内臓機能の低下、謎の激痛など、様々だ。


『ふひひひ♪ 今思い出しても笑っちゃう……まさか勝負を仕掛けておいて逃げていくんだもん……くひひっ……面白い子だったなぁ』


 そう言いながら、幽霊の少女は床に座ったまま眠っている――いや、眠らされている魔族の少女の頭を撫でた。肉体では無く魂をである故に、その白い髪は一切動かされていない。少女の名前は、レイラ・ヴァーミリオン……本来ならばSランクの危険性を持った魔族の化け物である。

 しかし、そんな彼女でさえも、この幽霊の前では一切抵抗出来ずに昏睡状態に陥らされた。この時点で、幽霊の少女の力がSランクを超えている事が分かるだろう。


 もしかしたら、魔王ですらも一切の抵抗を許さず昏睡させられるのかもしれない。何せ彼女は既に、死んでいるのだから……殺す事も、傷付ける事も出来はしないのだ。


『でも……この子魔族だよねぇ? なーんで人間のあの子が魔族と一緒にいるんだろ? ふっしぎー、くふっ……ふひひひっ♪』


 幽霊の少女は、思い付いたことを次々に口にしているようで、コロコロと独り言の内容が変わっていく。椅子に座って同じく昏睡状態である少女、トリシェ・ルミエイラ……桔音はリーシェと呼んでいたが、彼女は最初に幽霊に捕らわれた桔音の仲間だ。

 紅い髪をさらりと流し、まるで壊れたお人形の様に力なく座っている。幽霊の少女は、レイラから離れてリーシェの方へと近づいた。


『この子は人間だね。ふひひっ♪』


 紅い髪に触れたのだろうが、実際の髪は僅かにも動かない。


『この男の人、おっきいなぁ……何を食べたらこんなに大きくなれるんだろう? ふひひひっ♪』


 それぞれに感想を漏らした様で、幽霊の少女はすいーっと天井近くまで浮上していき、逆さまの状態でクスクスと笑う。自由気ままに行動しているようで、どこまでもマイペース……現実の中で最大のしがらみである肉体から解放された以上、幽霊としては仕方が無いのかもしれないが。

 吊りあがった口端は笑顔を作るも、死んだ瞳がそれを一気に不気味なモノへと変貌させる。まるで桔音の『不気味体質』をそのまま擬人化したような存在だった。


『あーあ、早く来ないかなぁ……楽しみ過ぎて死にそうだよ―――あ、もう死んでるんだっけ? くふふっ……ふひひひっ♪ アハハハハハハハハハ!!!』


 幽霊の少女は笑う、嗤う。桔音という少年がやって来るのを楽しみにしながら、屋敷に響く様な大声で、楽しげに笑っていた。



 ◇ ◇ ◇



 勇者達との決着を付けた桔音は、翌朝直ぐに出発の準備を整えた。ルークスハイド王国に借りっ放しの馬車を放置しているが、そこへ帰るのだからその馬車は使えない。結局、桔音は新しくジグヴェリアから馬車を調達することにした。

 最も手っ取り早いのは、ギルドでルークスハイド王国へ行く商人の護衛依頼を受けることだろう。まぁそんな依頼があればの話だが。


 だが、幸運にもルークスハイド王国とまでは行かないが、その1つ前の街まで行く商人がいた。1つ手前なら、走れば直ぐに辿り着く。ならばその辺りはある程度妥協すべきだろうと思い、桔音はその商人の出した護衛依頼を受けた。

 商人は個人的な移動らしく、馬車は1つ。故に護衛する冒険者も桔音達のみだ。


「個人で移動販売をしている商人の、ミクスです。よろしくお願いしますね!」

「うん、到着まで大体5日間位かな? しっかり護衛させて貰うよ」

「よろしくねっ!」

「よろしくお願いします」


 そして、桔音達が受けた依頼の依頼主であるミクスは、桔音達との挨拶も程々に、外門に用意していた馬車の御者台に乗り込んだ。

 どうやら依頼を冒険者が受け次第出発する腹だったらしく、桔音達にとっても随分と都合が良かった。桔音達が荷台の余りスペースに乗り込んだのを確認して、ミクスは馬を走らせ始めた。


 桔音はガタガタと揺れる荷台の中で、自分とルルとフィニアの分の簡単なソファを瘴気で作った。これも瘴気操作の訓練だから、と3人は作り出されたソファに腰掛ける。ガタガタ揺れる馬車の中でも、これなら腰を痛めずに済みそうだ。

 ルルはソファという物が珍しいらしく、軽く腰を上げ下げして柔らかい椅子に興味津々の様子だ。桔音はそんなルルを微笑ましく眺めながら、宿を出た時のことを思い出す。


 依頼を受けて、宿に鍵を返しに戻った際、桔音は魔法使いのシルフィと剣士のジークにばったり会ったのだ。

 その際、シルフィは綺麗な青紫……表現するなら紫陽花(あじさい)色の髪を揺らしながら、魔法使いとは思えない速度でジークの背中に隠れた。ジークも桔音に対してかなり恐怖を抱いているのだが、こちらから何かしない限りは手を出してくることはないと事前に話を付けていた事もあり、軽く頭を下げてきた。

 桔音が、おはようと挨拶して笑顔を向けると、引き攣った笑みを浮かべながらも挨拶を返してくれた。その後そそくさと去って行ったが。


 勇者と巫女の姿が見えなかった故に、恐らくは部屋に籠っているか……まだ眠っているかだと考えている。どちらにせよ、桔音は大分堪えているみたいだなぁと思いながら、朝から良い気分になっていた。今も思い出すと少しにやけてしまう。


(おっと、自重しないと。ルルちゃんに気味悪がられちゃうよ)


 だが、桔音は直ぐに口元を隠して笑みを隠す。ルルの方を見たが、ソファに夢中で気が付いていないようだ。ほっと息を吐く。

 そして、これが護衛依頼だということを思い出し、ソファを維持しながらも瘴気の空間把握を展開した。名前を付けるのなら『瘴気索敵(ゲノムサーチ)』、この使い方は護衛依頼においてかなり使えると思っている。


 わざわざ視認しなくとも、周囲の確認が出来るのだから。


「フィニアちゃんもルルちゃんも、特に動かなくても良いよ。魔獣は近づいてきた端から全部瘴気に変えるから」

「素晴らしくえげつない力だよね、その瘴気! 気持ち悪いし」

「一々外に出て戦わなくても済むんだし、今君が座ってんの瘴気なんだけどなぁ」

「そふぁ……こんな物が……ふかふかです」


 桔音の言葉に、フィニアは反応したものの、ルルは聞こえていなかったらしい。余程ソファの機能性に夢中になっているようだ。手でふかふかと押してみたり、持ち上げてみたりしている。その姿が面白かったのだろう。桔音はルルのソファを操作して、低反発素材を再現してみる。


「! こ、これは……固くも柔らかくもない……凄い……!」


 ぐにぐにと低反発ソファを潰したり、元に戻る様子を眺めたり、ルルは更にソファの魅力に夢中になっていく。

 この調子なら、冬にこたつを出した時は凄そうだなぁと思いながら、桔音は苦笑する。


「ん」


 すると、馬車の進行方向に魔獣が1体いるのを感知した。直ぐに瘴気変換を施す為に、前方へ瘴気を撒く。


 そして――


「ま、魔獣です! ロックゴーレムが―――あれぇ!?」


 ――ミクスの声が聞こえると同時に、魔獣ロックゴーレムを瘴気に変換する。すると、ミクスの素っ頓狂な声が聞こえてきた。まぁ、いきなり目の前に現れたロックゴーレムが、これまたいきなり瘴気になって消えたら驚くだろう。まず、瘴気自体珍しい力なのだ、そんな声を上げてしまっても仕方が無いと言えるだろう。


 だが、桔音もルルもフィニアも、ミクスのそんな声に思わず噴き出すように笑ってしまった。


 こうして、桔音達はジグヴェリア共和国を去る。勇者達との決着や、使徒ステラとの交戦、そしてフィニアやルルとの再会、ジグヴェリアに到着してから2日程の間に数多くのことが起こった。

 だがしかし、得た物は多い。何より、奪われた絆を2つ取り戻す事が出来たのだから。けれど、まだ全て取り戻せてはいない。次は、レイラ達を救わなければならない。


 彼女達も、紛れもない桔音の仲間であり、大切な絆なのだから。


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