閑話 仲間の為に剣士は1人、死神に立ち向かう
俺の名前は、ジーク・ガルファルド。剣士として勇者であるナギのパーティに所属しているが、その実グランディール王国の傭兵として生きていた男だ。まぁ困った時の用心棒、みたいな感覚でいい。
実力としては、客観的に見てAランク中堅クラスといったところだと思ってる。ナギの成長速度はあの若さにして凄まじいものがあるから、きっと近い内に抜かれてしまうだろう。流石は勇者として召喚されただけある。
俺はナギの事が嫌いじゃない。
剣の腕はまだまだ拙いし、教えたことを直ぐに飲み込んで身に付ける才能には多少嫉妬する所があるが、それでもソレを補って余りある位人間的に好感が持てる。俺はそれほど愛想が良い訳じゃねぇが、そんな俺の言葉を信じて、素直に話を聞いてくれるし、教えた事は出来るまで愚直に努力する姿勢も、好きになれるからな。
とはいえ、まだまだ未熟なのは否めない。中身はまだガキだし、正義感が強いのは良いが空回り気味だし、一直線に突っ走り過ぎて猪突猛進気味な所もある。だから最初は勇者っつーよりは正直クソ真面目な若手冒険者って感じに見てた。
でも、一緒に居て分かった事がある。コイツには、人に優しく出来る生温さがある。言ってしまえば馬鹿が付く程のお人好しって訳だ。何処にでもいそうで、何処にでもいる訳じゃない様な、そんな奴だ。自分よりも他人を優先して考えられる奴なんて、10年以上傭兵やってても会った事はない。ましてこの世界は魔獣や魔族、果ては魔王なんてモノまでいる危険な世界だ……ナギのいる世界がどういう世界だったのかは知らねぇけど、他人のことまで考えられる余裕なんて、この世界で生まれりゃ考えられねぇさ。
だから、コイツが勇者なんだろうって思った。魔王や魔族に怯える一般人には、こういうクソ真面目で、猪突猛進で、馬鹿が付く程のお人好しみたいな奴が必要なんだろうって、そう思ったんだ。
俺は人に優しく出来るほど慈悲深くはねぇ、が……そんなナギの事がかなり気に入ってたんだろうな。いつの間にか俺は、アイツがどこまでいけるか見てみたくなった。魔王を倒せば元の世界に戻っちまうって話だし、魔王と戦って生き残った仲間もいないって話もある……だが、それでもコイツの為ならこの命を張っても良いんじゃねぇかって思い始めてたんだ。
だから、俺はあの死神みてぇなガキを見た時……背筋がぞっとしたさ。同じ人間なのかって思う程、アイツは狂ってた。狂っている様に見えない狂気が、恐ろしかった。どんな環境で生きていたらああなるのか、どんな気持ちで生きていればああなるのか、想像が付かない。
いや違うな……どんなふうに『変わろうとしたら』、ああなれるのかが想像付かないんだ。
でも、そんなガキの逆鱗に……ナギは触れちまってた。俺がナギに出会う前に、もう何もかも始まっちまってた。
あの巫女の嬢ちゃんは、城の中じゃ結構男共に人気があった……が、それと同じ位黒い噂もあった。国同士の交流で、貴族を手篭めにしたとか……卓越した交渉術で、小さな街の領主を言い包めて利を得たとか、裏では都合の悪い人を殺しているとか……そんな噂だ。
まぁかなり尾鰭が付いているんだろうが、それだけの噂が立つだけの事をしているのは確実だろうことは、最初に城の中で対面した時に分かった。まるで人形の様に美しく、そして空っぽだと思った。出された指示に、正確に従う機械みたいだと思った。
でも、ナギと一緒に居る時は年相応の女の子に見えたから、きっとあれがあの嬢ちゃんの内面なんだろうと思う。腹に何抱えてるかは分からねぇが、ナギと一緒に居ることで何か変われば良いんじゃねぇかと思ってたりもした。
正直、ナギと巫女の嬢ちゃんは信頼し合ってる良いパートナーだと思ってる。この2人なら、きっとこの先支え合っていけると思ってた。
だから、あの死神みてぇなガキ―――きつねが現れた時は何かが壊れた気がした。
何もしてない、きつねは何もして無かった。ただ立っていただけなのに、俺はきつねの不気味な気配に何かが壊された音を聞いた。
そして、その感覚は当たった。奴は不気味な薄ら笑いを浮かべながら、ナギと巫女の嬢ちゃんを潰した……命をじゃない、ナギ達の心を潰した。まるで小さな虫を踏み潰す様に、何の罪の意識もない様子でやってのけた。しかも、結果的にナギと巫女の嬢ちゃんは一切の傷を負っていない状態……心身共にボコボコにされた上に、治療までされたんだ。
あの後失神したシルフィも含めて、3人を部屋に運んだ。今も全員魘される様に寝ている。
俺は不安だった。目覚めた時、ナギの心が変わってしまっていたらと思うと、不安でたまらなくなった。あのお人好しで、馬鹿正直で、他人の為に自分を蔑ろにするようなナギが、きつねと戦っている時は殺意に呑まれていたのだ……きっとナギはそんな自分を責めるだろう。その結果、ナギが心を閉ざしてしまったら……もうこの世界に勇者は存在しなくなってしまうだろう。
でも、俺は信じることにした。ナギなら、ナギならきっと……乗り越えてくれるだろうと。
だから、俺は俺が今出来ることをしようと決めた。目覚めた時、あいつらが少しでも安心出来る様に……俺は1人、あのきつねのいる部屋へとやってきたんだ。まさか同じ宿とは思わなかったけどな。
「……っ」
心臓が鼓動している音が響いている。扉をノックするのが、こんなにも緊張するものとは思わなかったぜ。
でも、勇気を出せ……! 俺は、仲間の為にここに来たんだ!
そうして俺は、一世一代を賭ける様な想いで……扉をノックした。
『誰かな?』
ついさっき聞いた事のある、男にしては僅かに高い声が扉の向こうから聞こえた。肩がびくっと震えたが、胸を拳で叩いて声を振り絞る。
「……ナギ――勇者のパーティの剣士、ジークという者だ……話があって来た」
すると、扉がゆっくり開く。部屋の灯りが漏れて、少し眩しかったが……扉が開いた時、奥から現れたのは……やはりきつね。両眼で色の違う男が、立っていた。
思ったより、小柄な男だ。先程対峙していた時程の不気味さはないけれど、やはり何処か不気味な男だ。対面しているだけで分かる、本能的に受け付けないって表現がぴったりくる様な相手だ。
「来るとは思わなかったけど……長い話なら入る?」
「っ……いや、このままでいい……話といっても、質問が1つあるだけだ。その答え次第では、頼みがある」
「へぇ」
部屋に入るかどうか聞いて来たが、正直密室で一緒にいるなんて御免だ。だから断った。ソレに話は本当に短く済む。
俺が聞きたいのは、たった1つだけだ。
「きつね……お前は、これ以上ナギに復讐するつもりがあるのか……?」
そう、このきつねという男が……ナギにこれ以上関わって来るか否か、それが問題だった。正直、これ以上この男にナギを関わらせたら、確実に取り返しが付かない程粉々に壊されてしまうと確信している。
だから、この男がこれ以上関わって来るかどうか、それをはっきりさせておきたかった。こいつがナギ達に対して怒りを覚えてるのはなんとなく知っている……だが、もう復讐と言えるだけの事はした筈だ。まだやるってんなら……俺はここでこいつに立ち向かわなくちゃならなくなる。
だが、意外にもきつねはあっさり答えて来た。
「いや? もう関わるどころか会っても手を出すつもりはないよ」
「……は? ほ、本当か?」
「うん、フィニアちゃん達も戻ってきたし、やり返すだけやり返したからね。この先会う度戦ってたら疲れるじゃん? 許してはいないけど、復讐を動機に手を出すつもりはもうないから、安心していいよ」
この言葉に、俺は心の底から安心出来た。言ってしまえば魔王以上に恐怖する相手が、これ以上手を出すつもりはないと断言してくれたのだ。この場で泣いて喜びたい位、俺は安堵していた。
ならば、この場にいる必要はもう無い。さっさと帰ろうと思い、俺はきつねに軽く頭を下げた。
「時間を取らせてすまなかった……聞きたい事はそれだけだ」
「そっか。うんうん、アレも良い仲間に恵まれたみたいで嬉しいよ! 同じ異世界人なんだ、仲良くしてあげてよ」
「ッ……あ、ああ……勿論だ」
自分であれだけ心身共に痛め付けておいて、まるで大事な友人を想う様な事を口にする。言葉だけ聞けば凄く良い奴に見えるが、あの姿を見た後だと不気味も不気味……魔王よりも魔王らしいと思った。
そして、俺はすぐさまその場を去ろうとする。
「あ、そうそう」
その場から数歩歩いたところで、後ろからきつねの声が掛かった。身体が硬直する。何かしただろうか? 不味い部分があっただろうか? 不安になって来る。
ギギギ、と壊れた機械の様に首を動かして桔音の方を見る。すると、桔音は苦笑しながら俺の腰の辺りを指差した。
「緊張したのか知らないけど……それはちゃんと始末しておいた方が良いよ?」
クスクス笑いながら、そう言ったきつねに、俺は視線を自分の下腹部に向ける。すると、股間の辺りがじんわりと湿っていた。気付かない内に俺は漏らしていたらしい。きつねに対する嫌悪感と、あまりの緊張感で気付かなかったのか……それともきつねの言葉に安堵したあまり、漏らしてしまったのかもしれない。
どちらにせよ、きつねに対して張っていた虚勢は隠し切れていなかったらしい。クスクス笑うきつねに、俺は羞恥心などよりも先に、この先俺はこの男にだけは2度と会いたくないと思った。コレはもう人間というよりは、災害の様な物だと、そう感じた。
「ああ……ちょっと我慢出来なかったみてぇだ」
「まぁ、そういう時もあるよ。見なかった事にしておくね」
俺が茫然と返すと、きつねはそう言って扉を閉め、姿を消した。
時間にしてたった1分かそこらの会話で、ボロボロにされた気分だ。ナギ達の気持ちが少しだけ分かった。シルフィは失禁こそしたが、早めに失神して逆に助かったかもしれないな。意識があったら人見知りのあいつのことだ、きっとちょっとした会話でやられていただろう。
だが、良かった。きつねはもう俺達に関わって来ない。会う事はあっても、手を出しては来ないと言っていた……それだけでも、救いだろう。
本当に―――良かった。
「後はお前次第だ……ナギ」
俺はそう呟いて、じんわりと冷たい股間を気にしながら部屋へと戻って行った。シルフィが目覚めてたら、格好悪ぃなぁ……畜生。
ジーク、ちょっと頑張りました。漏らしちゃったけど格好良いと思います。