助けてほしい
さて、現在ステラちゃんは僕の借りた部屋の隅で、真っ白い光の魔法陣の上に正座していた。どうやら、あの白い魔法陣がステラちゃんの言う『聖域』という奴らしい。ただ、無言かつ無表情でじっとしているからちょっと怖い。置き物みたいで凄い気になるんだよね。
まぁそういう訳で、僕はステラちゃんの部屋滞在を許した。僕を狙ってくるっていう可能性が無い以上、彼女に危険は無いんだし、別に部屋にいるだけなら構わないかなという考えだ。気になりはするけれど、居るだけならお金も掛からないしね。
それで、今この部屋では眠っているルルちゃんとフィニアちゃん、筋肉痛で動けない僕、部屋の隅で魔法陣展開して座ってるステラちゃん、という何やら奇妙な光景が出来ていた。
にしても、今の僕の状態だけど……筋肉痛で動けない。『痛覚無効』のおかげで筋肉痛の痛みはないから辛くはないんだけど、かといって『初心渡り』で状態を戻す事は出来なかった。
というか、固有スキル及びパッシブスキルに関しては一切使用不可能だった。『痛覚無効』とか自分の意思で発動するスキルは使えるみたいなんだけど、『初心渡り』を始めとした固有スキル、『不気味体質』を始めとしたパッシブスキルはどれも発動出来る感覚すらない。
多分これも『鬼神』の副作用だとおもう。
ステータスの大幅減少に加えて、固有スキルとパッシブスキルの使用制限、全身筋肉痛、とまぁこんな感じだろうか。たった1度の発動で此処までのリスクがあるなんて、凄まじい半面凶悪なスキルだ。まぁ恐らく時間とともにスキルは元に戻るだろう。
巫女とのいざこざの時は特に戦闘を行った訳じゃなかったから負荷が少なかったのかな? 多分そうだ。
「……つまり、自然治癒以外は認めないってことか」
「?」
「いや、なんでもないよ」
ぼそっと呟いた僕に、ステラちゃんが首を傾げた。適当に誤魔化すと、また室内に沈黙が訪れる。ステラちゃんは話し掛ければ会話をしてくれるから、暇にはならない。でも、彼女話し掛けにくいんだよねぇ……何分無表情無感情のクールビューティーだからさ。
にしても、今此処にステラちゃんがいるってことは、勇者達が訪ねて来てもおかしくは無いな。まぁこの宿に僕が居る事は知らないだろうから多分来ないだろうけどね。
今頃、奪われた調理セットとかキャンセルされた武器の注文とか、その辺の問題に気が付いてる頃じゃないかな? 巫女は……多分そろそろ立ち直るだろう。以前と同じ、とはいかないだろうけど。
あの巫女は僕が言った通り、巫女というシステムであり、道具であり、自分の意思を持てない哀れな人形―――という訳じゃない。あれは僕のこじつけで、決めつけで、唯のでっちあげだ。
彼女は僕に対してある程度トラウマを持っていて、更に勇者に対して底知れない思い入れがある。となれば、僕が『不気味体質』で威圧しながらそれっぽいことを強く吹き込むことで、彼女は勝手に『そうだ』と思ってくれる。
僕の言ったことの思い当たる節を思い出し、『そうかもしれない』という気持ちが生まれれば、後はそのまま押し切るのみ。
本当の所なら、彼女は勇者が好きでたまたま巫女として傍に居るだけの少女。でもそれを僕がわざと悪い表現で再確認させたことで、そうだと思いこんだ彼女は精神的に追い詰められたという訳だね。
本当、愉快愉快。
「ううん……なっ……生き別れの妹だと……そんなの聞いてないぞォ!! ハッ……!」
「おはよう、フィニアちゃん」
「おはよっ! きつねさん!」
そんなことを考えながら凄いあくどい笑みを浮かべていたら、フィニアちゃんが懐かしい感じで意味不明な夢から目覚めたらしい。今回は生き別れの妹か、君生まれたのつい最近だった筈なんだけどなぁ……まだ0歳なのに生き別れた妹がいるとは中々面白い事を言うね。
とはいえ、この懐かしい感じは悪くない。
「あれ? きつねさん何してるの?」
「いやぁ昨日の戦いのせいで全身筋肉痛なんだよねー」
「ふーん……そっか! それなら今日は私がずっと看病してあげる!」
「あはは、ありがとうフィニアちゃん」
フィニアちゃんに僕の状況を説明すると、どうやら彼女は僕の看病をしてくれるらしい。
というか、ステラちゃんが居る事はスルーなの? まぁあの時フィニアちゃんだけはお面の中で無傷だったから、ステラちゃんが気絶した事も知ってるんだろうけど、この場に残っている事に驚いたりしてもおかしくはないと思うんだ。
とはいえ、フィニアちゃんが起きたなら都合が良い。治癒魔法を掛けて貰おう。筋肉痛には効かないだろうけれど、治癒力を高めて怪我を治す治癒魔法なら、筋肉痛の解消も幾分早くなる筈だ。
「フィニアちゃん、治癒魔法掛けて貰っても良い?」
「ん! いいよ!」
二つ返事でオーケーを貰い、フィニアちゃんが僕の身体に治癒魔法を掛けてくれる。
この治癒魔法についてだけど、似たような魔法に回復魔法がある。この2つは及ぼす結果は同じくしているものの、その過程は大きく違う。
回復魔法というのは、例えるのなら絆創膏の様なものだ。術者の魔力を使い、傷付いた部分を補修し傷を塞ぐという、所謂応急処置をする魔法だ。といっても、レベルの高い術者であれば止血や傷の修復等、高い質で治療する事が出来るのだが。
一方治癒魔法というのは、絆創膏に対する自己治癒能力の向上。回復魔法の様に魔力で傷を塞ぐのではなく、自己治癒力を高めることで対象自身の肉体が傷を治癒させるのを手助けする魔法。つまり、対象の自己治癒能力が高ければ高い程、そして術者の腕が良い程、その効果は跳ねあがるのだ。
そこで、僕の自己治癒能力……つまり耐性値は現在10万程。だいぶ減ってしまったけど、十分な数値だ。そんな僕に対して、フィニアちゃんが治癒魔法を掛けた場合、大概の傷は直ぐに治ってしまう。
「ん、ありがとう」
「ん! どういたしまして!」
おかげで、僕の身体は多少動き辛くはあるけど、なんとか動けるようになった。本調子ではないけど、動けるだけマシだ。
フィニアちゃんの向日葵の様な笑顔が、少しだけ身体の調子が良くなった様な気にさせてくれる。やっぱり、フィニアちゃんは僕の唯一無二のパートナーだよ。しおりちゃんの顔をしてるからじゃない、フィニアちゃんがフィニアちゃんだから、信じられるんだ。
「さて……それじゃあルルちゃんは眠ってるけど、僕が1人で此処に来た理由について説明するよ」
そうして動けるようになった所で、僕は此処に来た本題に入る。フィニアちゃん達を取り戻す過程で色々あったから話せなかったんだよね。巫女とかステラちゃんとか冒険者達とか……あれ? 僕どんだけ障害あるの? 理不尽じゃね?
「あ、うん」
すると、フィニアちゃんは聞きたかった事だとばかりに真面目な表情を浮かべた。僕を気遣って聞かずに居てくれたんだろう。相変わらず、気持ちに聡い子だ。まぁだから一緒に居て心地良いんだけどね。
とはいえ、ざっくり話そう。ステラちゃんも居るけれど、聞かれて困る事でもない。
「まずリーシェちゃん達だけど……結論から言って、攫われた」
「え……!?」
「犯人は分かってるし、リーシェちゃん達の居場所も分かってる……でも、その犯人がちょっと厄介なんだ。フィニアちゃんなら分かるだろうけど、幽霊なんだ」
「ゆーれい? なにそれ?」
あれ? フィニアちゃん知らない? んー、まぁこの子は僕がしおりちゃんからお面を渡されたあの時からこっちに来るまでの、ほんの僅かな間の記憶しかない訳だから、異世界に付いて僕ほど詳しいわけでもないか。寧ろ、彼女はこっちの世界の事の方が詳しいだろう。幽霊についての知識を得られていないのも頷ける。
てことは、フィニアちゃんも幽霊の概念を知らない……つまりはフィニアちゃんにもあの幽霊は見えないってことか。また厄介な展開になってきた。
「……まぁ置いておこう、その幽霊って存在に攫われたんだ。で、呪いなのかスキルなのか、あの幽霊はリーシェちゃん達を昏睡状態に陥らせた。当然、起こそうと思って起こせる状態ではないよ」
「……じゃあ、きつねさんが私達を助けに来たのは、リーシェちゃん達も助けたいからだね?」
「うん、幸か不幸か……僕は1人になっちゃったからね。なら、出来ることをするしかないだろう? だから迎えに来たんだ、フィニアちゃん達を……僕1人の力じゃ駄目なんだ、力を貸して欲しい」
こう言うと、リーシェちゃん達の為にフィニアちゃん達を助けに来たように思われるかもしれない。でも、勘違いしないで欲しい。僕はフィニアちゃんもルルちゃんも大事で、リーシェちゃん達も助けたいと思ったからこそ、一旦リーシェちゃん達を置いてフィニアちゃん達を助けに来た。
1人は中々気楽ではあるけれど、孤独は中々寂しいからね。
1人になって、最初に思い浮かんだのがフィニアちゃんの顔だったんだ。だから助けに来た、僕の寂しさを埋める為に、そして約束を護る為に。こうして会えて、再確認出来たよ、やっぱり僕にはフィニアちゃんが必要だ。
「……うん! いいよ! リーシェちゃん達を助けにいこっ、レイラはどっちでも良いけど」
「相変わらずレイラちゃんに対してはシビアだなぁ」
「ふーん! レイラはきつねさんの眼を食べたもん、絶対許さないっ!」
ぷりぷり怒るフィニアちゃんに、僕は苦笑した。
どうやら、フィニアちゃんにも僕の気持ちは伝わったようだ。僕がフィニアちゃんを最も信頼しているのと同じで、フィニアちゃんも僕に絶対の信頼を寄せてくれているからこそ、僕の気持ちをちゃんと汲み取ってくれる。これは嬉しいことだ。
にしても、フィニアちゃん達驚くかな? 攫われた中には、リーシェちゃんとレイラちゃんの他にも、ドランさんがいるんだけど……まぁ黙っておこう。内緒にしておいた方が面白そうだ。
「それで、リーシェちゃん達は何処にいるの?」
「ああうん、ここから馬車で1週間位離れた所にあるルークスハイド王国だよ」
「へぇ、ルークスハイド王国」
フィニアちゃんの問いに、僕はそう答えた。フィニアちゃんはルークスハイド王国と復唱して、何度か繰り返し呟く。
すると―――
「―――ルークスハイド……王国……?」
ステラちゃんが初めて口を挟んできた。
いや、口を挟んだという訳じゃない。ただ、僕達の会話で出てきたルークスハイド王国の名前に反応したようだった。
視線を彼女に向けると、彼女は今までに見たことない位に動揺していた。目は見開かれ、瞳が揺れている。白い肌は青褪めて、何かあるのは明確な程の反応。
僕は怪訝な表情を浮かべながら、ステラちゃんに話し掛ける。
「ステラちゃん……? どうしたの?」
「……すいません、何故かは分かりませんが…………何か、悪寒が走りまして……もう、大丈夫です」
「……? そう、なら良いけれど」
どうやら、彼女自身にも良く分からないらしい。ルークスハイド王国の名前を聞いて、あんな反応をするなんて……明らかに何かあった様に思えるけれど、ステラちゃんは嘘を言っていない。本当に訳も分からず、何かの悪寒に囚われたってことだ。
でも、今はもう普段通りの無表情に戻っている。大きく深呼吸をした彼女は、また静かに座っている姿勢を整えていた。




