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空回り

 ずるり、そんな音と共にステラの身体から剣が引き抜かれ、同時に勇者が地面へと倒れた。その状態を見るに、どうやら先程の『天霆(ケラウノス)』のとばっちりを受けたらしい。桔音程直撃ではなかったことから、一瞬で消滅する様な事にはならなかった様だが、それでも満身創痍になる程にはダメージを貰っていたらしい。

 だが、今はそれは問題ではない。ステラは抱きかかえていた桔音を押し潰すように地面へと倒れた。ドクドクと絶え間なく血が流れていくのが分かる。負荷によるダメージはかなり大きかったようで、胸を貫かれたことで、ダメージが致命傷にまで達していた。

 倒れた勇者は動けずとも意識はある様で、桔音を地面に置いて上体を腕で支える様に身体を起こすステラを、敵意の籠った視線で睨みつけていた。ステラも血を失ってより青白くなった顔を、勇者の方へと向ける。戦闘に夢中になって気が付かなかった様だが、倒れている勇者、その奥にも倒れている男がいた。ジークだ。


 しかし、これは不味いと即座に判断する。胸から血が止まらない。このままでは正直死んでしまうだろう。

 桔音に敗北して1度は死を覚悟したけれど、こんな形で死ぬ事は正直受け入れ難かった。


「ッ……!」


 ズキッと痛みが走り、起こした身体が再度桔音の身体の上に倒れた。白い髪がふわりと揺れて、地面に広がる。白いドレスがじわじわと赤く染まっていく。ただでさえ朦朧としていた意識が、どんどん薄らいでいくのを感じた。視界が白く染まっていき、身体の感覚がすーっとなくなって行く。

 

 しかし、


「大丈夫?」

「! ……あ」


 そこへ、フィニアが飛んできた。ステラはその声に身動ぎするが、背中からじんわりと何か温かい力を感じて、動きを止める。どうやらフィニアが治癒魔法を展開して、ステラの治療を行っている様だ。

 その効果は凄まじく、見る見る内に傷が塞がっていった。流血は直ぐに止まり、傷も傷跡が残らない程に綺麗さっぱり治してみせた。


 血液が足りないのは変わらないけれど、傷が塞がったことでなんとか命は繋げそうだ。ステラはまた身体を起こし、立ちあがった。


「……ありがとうございます」

「どーいたしまして! きつねさんを運ぼうとしてくれたお礼だよ!」


 フィニアに礼を言って、ステラは倒れた勇者を見下ろした。


「ッ……!」

「……警戒せずとも、少年に危害を加えるつもりはありません」

「な……に……?」

「ジーク! ナギ!」


 と、そこへ外門から走って来る人物が1人。ステラはその人物を見たことがあった。勇者達と共にいた魔法使い、シルフィだ。

 どうやら凪とジークを心配してやってきたらしい。ステラはそれを理解して、再度桔音と、離れた場所にいたルルを抱えると、ジグヴェリア共和国の中へと歩いていく。その際にシルフィと擦れ違ったが、ステラは彼女と視線を合わせる事は無かった。背後で凪達に回復魔法を掛けるシルフィの声を聞きながら、ステラは桔音達を連れて桔音達の泊まっている宿へと、フィニアの案内で歩いて行った。




 ◇ ◇ ◇




 使徒が、きつね先輩を連れてジグヴェリア国内へと去って行った。

 俺はそれを見送りながら、駆けつけてくれたシルフィの回復魔法を受けている。全身火傷に加えて、骨も数本折れているけど、シルフィが回復魔法で皮膚の火傷だけは全部治してくれた。全身に走っていた激痛が消えて、少しほっとする。


 けど、俺はまたやってしまったと思っていた。


 使徒ときつね先輩の戦いを見ていて、俺が段々と近づいていた時、使徒があの光の柱を顕現させた。前を歩いていたジークはその余波をもろに喰らって、後ろにいた俺の方へと吹き飛んできた。

 なんとか受け止めはしたけど、意識は無く、全身の皮膚が焼け爛れていた。苦しそうな表情で、触れているだけなのに激痛を感じているようだった。だからジークは一旦地面に寝かせて、俺は駆け出した。


 あの光の中央に、きつね先輩がいると思うと動かずには居られなかったんだ。使徒に向かって駆け出して、剣を抜いた瞬間だ。あの光の柱は集束されていないらしく、近くにいた俺の剣に向かって一筋の雷が墜ちて来たのだ。

 そして、俺はその雷に直撃した。大きく吹き飛ばされ、全身の所々に火傷が出来、地面に叩きつけられた瞬間骨が折れた。更に言えば、雷の影響で筋肉が痺れたのだ。呼吸するのも難しくなり、一瞬で満身創痍に陥らされた。人外の力の一端でもこれほどの威力なのか、と自分の力不足を再確認させられる。


 でも、光の柱が収まった時に、きつね先輩が立っているのには驚かされた。朦朧とする意識の中、きつね先輩が勝ったのを見た。良かったと思った。

 しかし、きつね先輩がトドメを刺す前に倒れ、それを使徒の奴が受け止め連れ去ろうとしたんだ。薄れゆく意識が一気に覚醒し、助けなければと思った。使徒の目的は異世界人の浄化……このままじゃきつね先輩が殺されると思ったから、ここは俺が動かなければと思った。

 幸いにも、剣を手放してはいなかったから、ふらつきながらも使徒に近づいて攻撃した。多分向こうも疲弊していたんだろう、ごくあっさりと剣は使徒の身体を貫いた。あっさり行き過ぎて俺の方がびっくりしたくらいだ。


 そこで俺は力尽きた。身体から力が抜けて、使徒の目の前で倒れてしまった。でも使徒も倒れた、やったと思った。

 だから信じられなかったんだ。フィニアさんが、使徒の傷を治した事が。そして、使徒が次に俺に向かって言ったことが。


「ッ……!」

「……警戒せずとも、少年に危害を加えるつもりはありません」

「な……に……?」


 危害を加えるつもりはない、そう言った。もっと言えば、フィニアさんが使徒はきつね先輩を運ぼうとしていただけで、連れ去ろうとしていた訳ではないということを言っていた。

 俺はまた、勘違いで空回りしたらしい。

 フィニアさんと使徒が、きつね先輩とルルちゃんを連れてジグヴェリア国内へと去っていくのを確認して、シルフィに火傷を治して貰った後……俺は自分の顔面を殴った。


「……クソッ! 学習しねぇな……俺は、何も変わってないじゃないか!」

「な、ナギ……落ちついて」

「ッ……悪い……」


 俺はまた、勘違いで空回りしてしまった。きつね先輩を恐れて加勢する事も出来ず、きつね先輩を運ぼうとしていただけの使徒を攻撃した。愚かにも同じことを繰り返したんだ。

 しかも、今度はその対象である使徒にも、フィニアさんにも責められなかった。怒りの感情すら向けられなかった。ただ、勘違いだぞと言われて放置された。見向きもされなかった。


 もう、お前がそういう人間なのは分かったし、期待もしてない。と言外に言われた気分だった。


「畜生……!」


 俺は、また自分に負けたんだろう。




 ◇ ◇ ◇




 目を覚ました時、僕の視界に入って来たのはステラちゃんの寝顔だった。

 少しだけ考えて、寝ぼけた頭がクリアになって行くのを感じる。そして直ぐにこの状況のおかしさに気が付いた。

 状況確認。今僕が寝ているのは、宿のベッドだ。部屋の間取りも借りた部屋そのままだから、間違いないだろう。そして、僕は横を向いて寝ていて、真正面にステラちゃんがベッドに突っ伏す形で寝ていた。ヘッドドレスやドレスはそのままにだ。また背中側にはルルちゃんとフィニアちゃんが寝ていた。


 何故ステラちゃんが此処で寝てるんだ。しかも病人の看病をしにきてそのままベッドに突っ伏して寝てしまったパターンみたいな感じで。いや目覚め最初に美少女の寝顔が目の前にあったからソレはそれで嬉しいことは嬉しいんだけど、でもほらおかしいじゃん。仮にもあんな壮絶な戦いをした間柄じゃん、こんなギャルゲみたいな展開になるような関係じゃなかったじゃん。

 待て待て、慌てるな。冷静に考えてみよう。


 えー、僕はステラちゃんに勝った。でも気を失った訳だ。ステラちゃんは気を失った僕を殺さずに、宿まで運んでくれたってことかな? 一応悪意を嫌う子だし、戦闘的な一面を除けば優しい子なのかもしれない。だから自分に勝った僕を宿まで運んでくれた?

 でもそれじゃなんで同じ部屋で寝て……いや、彼女も進んで寝ようとはしてなかっただろう。多分、この部屋に僕を運んで力尽き、意識を失ってしまった……とか?


「ありそうだね……」


 まぁ予想に過ぎない。彼女が起きたら改めて事情を聞けばいい、そう思って身体を起こそうとして―――動けなかった。身体に力が入らない……もしかして『鬼神(リスク)』の副作用、かな?

 自分の身体の確認ってことで、僕は自分のステータスを覗いてみた。


 ◇ステータス◇


 名前:薙刀桔音

 性別:男 Lv1

 筋力:100

 体力:42900

 耐性:102350

 敏捷:32500

 魔力:10231


 【称号】

 『異世界人』

 『魔族に愛された者』

 『魔眼保有者』


 【スキル】

 『痛覚無効Lv7』

 『直感Lv7』

 『不気味体質』

 『異世界言語翻訳』

 『ステータス鑑定』

 『不屈』

 『威圧』

 『臨死体験』

 『先見の魔眼Lv7』

 『瘴気耐性Lv8』

 『瘴気適性Lv6』

 『瘴気操作Lv8』

 『回避術Lv5』

 『見切りLv5』

 『城塞殺し(フォートレスブロウ)Lv5』

 『鬼神(リスク)


 【固有スキル】

 『先見の魔眼』

 『瘴気操作』

 『初心渡り』


 【PTメンバー】

 フィニア(妖精)

 ルル(獣人)


 ◇


「!?」


 驚愕だった。スキルには何の変化もないけれど、ステータスが著しく低下していたから。筋力など、まさしくHランクのステータスだ。

 これは……これが、『鬼神』と書いて『危険(リスク)』と読む所以ってことかな。強大な力には、強悪な副作用が付き纏ってくるって訳か。


「きついなぁ……」

「何がですか?」

「……起きてたの?」

「ええ、たった今目覚めました。すいません、どうやら少年を運んだ後気を失ってしまったようです」

「あ、うんそれはいいよ。運んでくれてありがとう」


 予想通りだったらしい。ステラちゃんが目覚めた。

 ルルちゃんはあの光の柱のダメージを貰ってる。『初心渡り』で戻したけれど、今のルルちゃんのステータスはかなり低いから痛みによる精神ダメージは大きい筈だ。時間は分からないけれど、今日は目覚めないかもしれない。フィニアちゃんはそもそも朝弱いしね。

 つまり、今目覚めているのは僕とステラちゃんだけだということなる。不味いな、これでステラちゃんがまだ僕の浄化を狙っていたら、今度は勝てない。

 『鬼神(リスク)』を使ったとしても、それほどの上昇は望めないだろうし、そもそも今動く事が出来ない。


「……そう警戒しなくても大丈夫です。もう私は少年を浄化しようとは思っていません」

「……そうなの?」

「私は負けましたので、約束は守ります」


 約束……ああ、負けたら僕の事を狙わないってあれか。良かったー、過去の僕グッジョブ。良く約束取り付けたよ。君の偉業は未来の僕にフィードバックされてるぜ。良くやった、褒めてあげよう。お手柄僕、ありがとう僕。

 さて、それはそうとして……ステラちゃんだ。彼女がこれからどうするのか、恐らく僕と一緒にいるわけじゃないことは確かだろうし、僕を襲わないとなれば勇者に牙を向けるのかもしれない。


「……ステラちゃんは、これからどうするつもり?」

「しばらく肉体の回復を図ってから、この場を去るつもりです」

「ふーん……回復ってどれくらい掛かるの?」

「『聖域』を展開して今日1日安静にしていれば、直ぐに回復するでしょう」


 『聖域』が何かは知らないけど、何その回復力。あれだけの技を繰り出しておいて1日で治っちゃうんだ、凄いな流石使徒。


「なので少年、多少気後れしますが……少年が良ければこの部屋に今日1日置いていただけないでしょうか?」

「え?」


 今なんて言った?


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