結末は空気を読まない
放たれたソレは、元々天空の神であり、全宇宙、全気象を司る存在であるところの、ゼウスと呼ばれた神の使用した裁きの雷―――その威力はオリュンポス十二神中最強と謳われた、神の如き雷の名前をしていた。
神を殺す為の武器、使徒ステラが保有する『神葬ノ雷』を通じて放たれたソレは、確かに神話上の『雷霆』の名前に恥じない威力だった。
天空を覆い尽くす様な青白い光は、空を覆い尽くす雲のようであったが、しかして雲ではない。その真っ白で雲の様な光の全ては、ステラの『神葬ノ雷』から天空に伸び広がった雷だ。降り注ぐような威圧感は、今にも落雷として降り注いであらゆる命を消し飛ばす事が出来るという確信を与えてくる。
そして、その真っ白な雷で埋め尽くされた空を、多くの者が目撃した。
ジグヴェリア共和国の国民は勿論、周囲にあった村や街の人々、遥か遠くにある筈のグランディール王国やルークスハイド王国からも、それは見えた。
神聖且つ、神々しい光が降り注ぐその光景は、まさしく神が降りてくるのではないかと思う程の、異常気象であった。
だが、その光が降り注いでいる様な神聖な光景が見れたのは、ほんの少しの間だけ。何故なら、次の瞬間にはその神聖な光景は、反転して終末を体現する様な光景になったから。
そう―――そんな美しく神々しい空は、轟雷の音と共に墜ちて来たのだ。一直線に、まるでそこに裁くべき、浄化すべき対象が居るかのように、その地点へと。
だがしかし、それは雷ではあったけれど、規模が大き過ぎた。故にその雷は雷の様では無く、言うなれば巨大な光の柱の様だった。
それを見たグランディール王国のとある強気な受付嬢は呟く。
「何よ、これ……一体何が起こってるって言うの……!?」
それを見たルークスハイド王国の次期女王は呟く。
「……これは……無事なら良いのだが……きつね」
それを見たとある音楽姉妹は呟く。
「あれは……まさか、あの時の?」
「いや、似てるけど違う……けど危険な匂いがするな……取り敢えずもう少し離れるぞ」
それを見た多くの人々が、その光の柱を綺麗だと思う前に……危険だと認識した。けして触れてはいけない神の逆鱗であるかのように、その光の柱に対して本能的に恐怖を抱いた。
そして、
その光の柱が落ちて来た地点……そこに居た者は―――
◇ ◇ ◇
「―――ッッァァぁああああああああああああ゛あ゛!!!」
私の目の前で、少年の叫び声が響いています。いえ、叫び声というよりは……咆哮と言っても差し支えないでしょう。私の放った『天霆』という技は、神葬武装『神葬ノ雷』に秘められた力を異常気象現状という形で顕現させる……技とは到底言い難い技ですね。
元々、この技を掌握することは今の私には出来ません。その証拠に、今回も解放した雷の大半は空へと逃げて墜とす事が出来ていませんし、あの少年という落雷地点に対して墜とす事が出来た雷は全く集束出来ていませんから。
未完成で、不完全。現状では桁違いな威力任せの失敗です。
そのせいで、私の肉体にもかなりの負荷が掛かっていますが……恐らくこれで少年を浄化する事が出来たでしょう。私の雷は神を葬る為の特別な代物……少年は楯や防御策を練っていたようですが、この雷に―――防御は通用しません。
何故なら、私の扱う神を葬る雷は、魔法、物理、スキルといったあらゆる防御を破壊し貫く性質を持っているのですから。如何に耐性値が高く、肉体の防御力が高くとも、それも無効化して貫く事が出来ます。回避という行動が取れなかった以上、少年が『天霆』の浄化から逃れることは不可能でしょう。
「ギッ……ぐぅぅぅうウウ゛……!!」
現に、少年の展開した漆黒の楯は雷が触れた瞬間に崩壊し、獣人の少女に着せていた黒衣も消し飛びました。今彼は、何の防御もなく―――雷を生身で受けているのです。
「……?」
生身で、受けているにしては……何故消滅しないのでしょうか? 少年は、獣人の少女を抱きしめて蹲っています。あの獣人の少女の意識は失われている様ですが……あの少女の肉体も未だ健在、ソレは少年も同じです。
明らかに異常ですね、受け止めながら何かしている……? そういえば、戦闘が始まる直前に少年は獣人の少女の取り出した何かの残骸を首輪にしていましたが……あれは修復の能力か何かだったのでしょうか?
どちらにせよ、その能力が肉体にも通用するとしたら―――消滅しながらも修復し続けているということでしょうか? ですが、仮にそうであったとしても修復に痛覚の無効化は関係ありません……修復しながらも、その肉体には凄まじい激痛が走り続けている筈です。それこそ、精神が崩壊し、ショックで死んでしまう程の激痛が。
それを―――耐えているというのでしょうか? 異世界の来訪者とはいえ、ただの人間が……?
「っ……これ以上は、限界……ですか……」
疑問の解は得られません。ですが、残量魔力と肉体に掛かる負荷は限界を超えています……『天霆』を発動し続けるのはもう限界でしょう。
結果、極太の光の柱は段々と細くなっていき――やがて消えてしまいました。空も元の青空に戻り、あまりに強烈な光源に、失われていた色彩が戻ってきました。
そしてその色彩の中には……未だに存命の少年がいます。
荒い呼吸と、崩れ落ちそうに震えている肉体。それを支えて立ち上がろうとする少年の瞳は、あの蒼い瞳ではなく、元の黒と赤の虹彩異色に戻っていました。はっきり言って、驚愕しています。
未完成とはいえ、神を葬る技を受けて生きているという事実は、信じるには少し常識の範囲から逸脱していますから。
「はぁっ……はぁっ……ぐっ……ッハァ……!」
「……驚いています、あれを凌ぐとは思っていませんでした」
「冗談じゃない……正直、あと10秒も続いていたら死んでたよ……!」
少年はふらつく身体を支え、震える足に力を込めながらも、立ち上がり、大きく息を吐きました。私の予想が正しいのならば、彼の修復の力はずっと使用し続けられる様なものではないのでしょう。
もしも『天霆』が未完成でなかったら、私がもう少し雷を集束させる事が出来ていたら、おそらくその様な僅かな違いで、少年はその姿をこの世界から消していたかもしれません。
「っ……!?」
すると、『天霆』を放った負荷が祟ったのでしょう。膝から崩れ落ち、地面に立っていられなくなってしまいました。足に力が入らず、節々から駆動限界を告げる警告の痛みを感じ、手に握っていた筈の『神葬ノ雷』も顕現していられなくなり、空気に溶けるように消えてしまいました。
視線を移すと、少年が座り込んでしまった私の目の前に歩み寄ってきていました。気配に気付けなかった、それほどまでに疲弊しているということでしょうか……そして、少年の攻撃を防ぐ為の行動も取れない様です。身体が動きません……すると、少年は私の首筋に黒いナイフを添えてきました。
これは―――
「……私の、敗北ですか……」
「うん……僕の、勝ちだ……!」
―――私の敗北。これだけ出し切っても、少年を浄化する事が出来なかった以上、目を逸らす事の出来ない事実。認めずには居られない現実でしょう。
「……これも運命、ということでしょうか」
「……え……?」
「こうして敗北した、ということは……私は少年を浄化するべきではなかったという運命だったのでしょう。どうぞ、最後の一太刀を」
ならば、受け入れなければなりません。
私は負荷で震える腕を無理矢理動かし、白い髪を掻き上げて、刃の添えられた首筋を晒しました。そして、眼を閉じその時を待ちます。せめてもの幸福は、綺麗な意志を持った少年に介錯して頂けるということでしょうか。
「……?」
しかし、何時まで待ってもその最期は訪れません。不思議に思い、目を開けると……少年の手からは黒いナイフが消えていました。腕を伝って、少年の顔を覗きこむと、少年の瞳には既に意識がありませんでした。
どうやら、少年も限界だったようですね。しかし、それでも倒れないという意志が、意識を失いながらも立ち続ける彼の姿から伝わってきます。それは、やはり……綺麗です。
「!」
ですが、やはりずっと立ち続けられる訳ではないようで、少年の身体が重心を失ってふらりと揺れました。私も限界ではありますが、勝敗は変わりません……私に勝った少年には、相応の敬意を表さなければならないでしょう。
故に立ち上がり、私の方へと倒れて来た少年を抱き止めました。こうして抱き締めてみると、少年は戦っている時の印象に反してとても華奢で、背も低い事が分かります。
「……?」
「きつねさん!」
すると、少年の頭上にあったお面から、光と共に先程の妖精が現れました。そして、私が抱き止めている少年の顔を覗きこみながら、心配そうに跳び回り始めました。
「……心配ありません、気を失っているだけです」
「むっ……貴女、きつねさんをどうするつもりなの!?」
「どうもしません、彼は私に勝利しましたので……敬意を表して、宿まで運ばせていただいてもよろしいでしょうか?」
「な……どういう心境の変化? ちょっと私付いていけないんだけど……あっ! ルルちゃん!」
私が言った言葉に茫然とした妖精は、少し離れた場所で倒れている獣人の少女の下へと飛んで行き、具合を確かめに行きました。どうやら、私の言葉はどうであれ敵意が無い事は理解していただけたようですね。
少年を抱き上げながら、ふらつく身体を支えつつ、私は少し溜め息を吐きました。思った以上に疲労が積み重なっている様です。身体の節々から痛みが走って、今にも倒れそうですが……少年の泊まっている宿までは動けるでしょう。
客観的にそう判断し、私は妖精と獣人の少女の下へと歩み寄ろうとして、
―――背中から胸へと飛び出してきた『剣』に、その歩みを阻害されました。
「……ごふっ……?」
思わず吐血し、疑問を抱きながらも背後へと視線を移動させると……そこには、
「その人を……はな、せ……!」
意識も朦朧とさせながら、満身創痍で私を貫く剣の柄を握る……勇者、ナギがいました。